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『ブレイヴイマジン』第5章 サンダー⑦


          *   *   *


 遅めの昼食、兼早めの夕食を済ませ、皆が解散すると、その場に残ったスティギオは「さて」と言った。「それじゃ、聞き込みを始めようぜ」

「えっ、今日?」

 ユリアが面食らったように声を上げる。

「だって、夜まではまだそれなりにあるぜ?」

「そうだけど……スティギオは、疲れていないの? 三日間、ずっと船の上だったんでしょ?」

「ブレディンガルでは日常茶飯事だぜ。それに、ケントたちがここまで俺やセルナの為に必死になってくれているっていうのに、その俺たちがやる気を見せねえ訳には行かねえよ。な、セルナ?」

「まあ、そうね。それに聞き込みだけなら、大して疲れないでしょ」

「強いなあ……”海の男”やその周りの人たちは」

「セントラルエリアなら、聞き込みも簡単だよ。顔見知りも多いしね。この街のいいところは、皆が家族みたいな連帯感を持っているところね。馴れ馴れしすぎるっても言えるんだけど」

 セルナはスティギオと顔を見合わせ、照れたようにやや早口で言った。

「この街の人たち、うちとスティ君が一緒に出歩いていると。いちいち『デートなのか』って聞いてくるんだよね。別に、大した事している訳じゃないのに。セントラルエリアでお買い物したり、カフェに行ったりするくらい」

「………」

 デートじゃん、と思ったが、深掘りはしなかった。

 とにかく、彼ら本人がその気なら俺たちもそれに乗ろう、と決めた。確かに(つら)い戦闘があった後だが、疲労困憊して今にも倒れそうだ、という程ではない。行動は、早くて損する事はないのだから。

「……じゃあ、移動時間もあるから三時間、七時半になったらここに集合ね。ヴェンジャーズ以外のイレギュラーがあったら、すぐに撤退する事」

 ユリアがまとめる。分かった、と言い、俺たちはそれぞれ動き始めた。


 と、いうのが、一時間前の出来事だ。

「……ったく、どんだけ登るんだよ」

 アロードが、不機嫌そうに呟いた。

 気持ちは分かる。山の猟師たちが住む集落は、セントラルエリアをいちばん上まで登り、更に舗装されていない山道を三十メートル程歩き、森を抜け、アスファルトの坂を十メートルくらい追加で登ると辿り着くのだ。山に囲まれ、森の中には魔物が平気で徘徊している。よくこんな場所に住めるものだな、と思ったが、もしかするとアクスフェルトの森で通った道のように、魔物避けの魔法が集落や街との境界には施されているのかもしれない。

「あと少しだから頑張れよ、アロード」

 俺は言うと、後ろから登って来るアロードから視線を外して集落を見た。

 集落の建物の周辺にも平気で魔物がうろついていたが、どうやらいつもあのような感じらしく、パトロールをしている山の猟師たちは慣れた様子でそれらと戦闘を繰り広げている。

「帰りも一時間掛かるって考えるとなあ……あの様子じゃ、残った一時間でしっかり聞き込みをするっていうのも難しそうか」

「入口だけだと思うぜ。見たところ夜行性の魔物も居るし、夜の間に平然と家の周辺をうろつかれたら、あいつらだって生きた心地がしねえだろ。やっぱり、魔物避けの魔法とか結界とかさ」

 会話を交わしながら、俺たちは坂道を登り切る。

 山の猟師たちの狩り場を抜け、畑の中を通る畦道に出た時、背後からギャーッという潰れた咆哮が聞こえてきた。俺は、ちらりと振り返る。

「さすがに心配になるなあ……でも、下手に手伝いに入って、足手まといになるのも嫌だし……」

「まず、お前自身の事を心配しろよ」

 不意に言われ、俺はアロードを見る。彼は、俺のすぐ隣を指差していた。

「そこ、何か居るぜ」

「ええっ!?」

 俺は、慌てて横に跳び退()く。咄嗟に距離を取ろうとダッシュを試みたが、そのタイミングでさっと影が飛び出して行く手を塞いだ。

「何だこりゃ……小鬼(ゴブリン)?」

「に、してはずんぐりむっくりって感じだな」

 現れた魔物の姿は、RPGで定番のエンチャント系小悪魔「ガーゴイル」に似ていた。だが、その体躯は大きく、肩幅もかなり広いし腕は地面に付く程長い。おまけにその両手には、円月輪(チャクラム)のようなリング状の武器を持っている。

「モーティファイだ。思い出したぞ、Cクラスで、大した強敵じゃねえ。けど、すげえ面倒臭せえ戦い方をするから気を付けろよ」

 アロードは言うと、フォームメダルの中に吸収されていく。

 魔物モーティファイは品定めするような目つきで俺を見ていたが、やがて

「ヒャッヒャアアアッ!」

 ノイズの掛かった人間の高音のような、奇怪な声を上げてこちらに向かって来た。恰幅のいい体躯に見合わぬ素早い動きだった。

「トランスフォーム『アロード・ファイヤー』!」

 俺は飛び出し、走って来るモーティファイに斬りつけようとする。

 そのタイミングで、敵が左手のチャクラムを投げつけてきた。

(打ち落とせない程じゃない!)

 俺は、赫閃燃導劔(カクセンネンドウケン)の一振りで叩き落とそうと試みる。だが、それは俺の目の前まで来ると、あたかも魔球の如き変則的な動きを見せた。唐突に曲がり、俺の首筋を切り裂かんばかりに斜め上昇を掛けてくる。

「うわっ!?」

 慌てて回避しようとすると、いつの間にかもう片方のチャクラムも投げられていたようだった。回避した方向から、その輪が挟撃するように飛来する。

「何だこいつ!」

 俺は毒()くと、低姿勢で前方に駆ける。チャクラムを両方投げたモーティファイは現在、武器がない状態だ。今なら、武器を持っている俺の方がリーチは長い。Cクラスのステータスだったら、主導権さえこちらが握れば、一刀の(もと)に斬り伏せて勝負は終わりだ。

 そう思った直後、姿勢を低めた俺の頭上をチャクラムが通過した。魔物はそれに指を引っ掛けてキャッチすると、下半身を持ち上げて逆立ちの体勢を取る。輪を車輪の如く回転させ、ぐるぐると回ると、剣を突き出した俺の前腕を思い切り蹴りつけてきた。

「痛っ!」俺が腕を押さえつつ俯せに倒れると、

「ハアッ!」逆立ちを解き、俺の目と鼻の先に着地したモーティファイが、嗤い声のような息を漏らした。

 確かに面倒臭い、というか、癪に障る戦い方をする魔物だ。

 俺は素早く起き上がると、ノックバックして距離を取る。魔物は挑発するように、指先でチャクラムをくるくると回転させていたが、

「ヒェッヒェーッ!」

 絶叫しつつ、足跡が残る程強く地面を踏みつけて跳躍した。俺は相手を睨み、次の攻撃を必ず命中させるべくデュアルブレードを大きく振り被る。指先から放たれたチャクラムの斬撃を避け、擦れ違うようにしながら爆炎天翔斬バクエンテンショウザンを放つ。が、角度が僅かに悪かったらしく、その斬撃が切り裂いたのはモーティファイの尾、その表皮のみだった。

 振り向き、今度はガードの構えを取る。敏捷性では向こうの方が優れているのだ、同時に攻撃を行ったのなら、それに対する反撃への転じ方は、俺よりモーティファイに分があるだろう。

 必ずガードし、体技で軽いダメージを入れてディレイさせる。そして、隙が出来たらそこに(とど)めの一撃を叩き込む。

 俺が今後の戦い方を組み立てた時、俺に向かって飛び掛かりかけたモーティファイの体が、空中で一瞬硬直した。えっ、と俺が呟くよりも早く、魔物はドシーン! と地響きを上げ、土の上に落下する。

「ハアアアッ……」

 モーティファイが立ち上がり、俺に背を向ける。振り向いた魔物の背中を見、俺はあっと声を上げた。その背に、矢が突き刺さっていたのだ。

「こいつ、あんたの獲物かい?」

「えっ?」

 唐突に声を掛けられ、俺は魔物の視線の先を見る。

 そこには、弓矢を持った山の猟師の少女が立っていた。サラシを巻いた胴の上に、魔物の毛皮で造ったと思しき蓑を羽織っている。同じく魔物の革で造ったと思しきレザースカートに包まれた腰には、スティギオが持っていたような狩猟用ナイフを差しており、その原始的な風貌とは不釣り合いに、ポニーテールの髪の上には、中世フランスの女性が着けていそうなレースの襞があるヘアバンドを被せていた。

 俺は(しば)し呆気に取られた後、慌てて首を振った。

「いや……襲ってきたから、戦っているだけだ。別に俺は……狩りをしようとしている訳でも、君の狩り場を荒らすつもりでもなくて……」

 久しぶりに、しどろもどろな喋り方が顔を出してしまう。だが少女は、俺の動揺などお構いなしに「そう」と言った。

「じゃあ、あたしも戦っていいね?」

「ど、どうぞ!」

 俺は叫び、そこで我に返って駆け出す。モーティファイは既に俺の事など眼中にないようで、自分に不意討ちを行った少女に向かってチャクラムを投擲しようと腕を振り上げた。

灼炎界破刹(シャクエンカイハサツ)!」

熾燕弓(シエンキュウ)!」

 少女は矢筒から火花を散らせて矢を抜くと、炎を纏わせたそれを高速回転させつつ魔物に撃ち込んだ。腹に一撃を受けたモーティファイは、振り被っていたチャクラムを投げ捨て、傷口から矢を引き抜く。俺の突き技が背後から魔物の心臓を貫きかけたが、こちらは身を捩って躱された。

「ヤハアアアッ!!」

 魔物は引き抜いた矢を、少女に向かって投げ返す。彼女はひらりと宙返りを打って回避すると、矢筒から抜いた十本の矢を一気に弓へと(つが)えた。

「受けてみな、あたしの必殺技! 遡行砕星弩(ソコウサイセイド)!」

 四十五度程上向きに放たれた火矢は、赤々と燃えながら放物線を描き、雨の如くモーティファイへと降り注いだ。魔物は今度こそ、反撃の(いとま)もなく蜂の巣にされ、地響きと共に倒れ伏した。

「ひゃあ、すげえ……」

 俺から分離したアロードが、気の抜けたような声で呟く。

 少女は弓を背負い直すと、いそいそと魔物の(むくろ)に駆け寄った。

「今日いちばんの大物じゃないかっ!」

 彼女はそれを担ぎ上げ、去って行こうとする。が、すぐに思い出したように足を止め、俺の方に引き返してきた。

「ありがとう、手伝ってくれて!」

「ああ……まあね。俺も、ありがとう。お陰で助かったよ」

 お礼を言うと、彼女はまじまじとアロードを見つめた。

「ブレイヴだったんだね、あんた。この子はイマジンだろう?」

「子?」

 眉を潜めるアロードだったが、俺は「ああ」と肯いて名乗った。

「俺、ケントっていうんだ、火のブレイヴ。彼はアロード・ファイヤー」

「へえー、あんた、なかなか格好いい顔してんじゃん。あたしはフィアリス、山の猟師の弓使い(アーチャー)さ。副業も色々やってるけど……で、ケントはあたしたちの集落に、何か用かい?」

 彼女は気取った素振りでくるりと一回転し、両手でスカートの裾を摘まんでお辞儀をする。こう見えて、お姫様に憧れるような部分があるのかな、と思いながら、俺は本来の目的を思い出して尋ねた。

「そうだ、フィアリス。この集落に、ヴェンジャーズが来ていない? 分からなかったら、金髪の太刀使いとか、白ずくめの女の子とか、黒い吸血鬼みたいな男とか……見ていないかな?」

「ヴェンジャーズ……太刀使い……」

 フィアリスと名乗った少女は熟考するように黙り込んだが、そこではっと気付いたように「もしかしてあんた」と俺の顔を見た。

「もしかして、あんたが例の勇者? ミッドガルドを旅して、ヴェンジャーズに奪われたフォームメダルを奪還して回っているっていう……」

「ま、まあね」

 既にこの街にも伝わっていたのか、と思い、俺は少々驚いた。

「それなら……もしかしてブレディンガルに来たのは、セルナに?」

「ああ、セルナは今」

 言いかけ、俺は口を噤む。スティギオとセルナは、現在は山の集落から離れて静かに暮らしたいと望んでいるのだ。最近山の猟師が彼らを探しに海辺に下りてくる事はないといっていたが、軽々しく彼らの現状を話すのは良くないかもしれない。無論、フィアリスが悪い人にも思えないが。

 俺が不自然に言葉を切ったので、フィアリスも気付いたらしい。若干顔が強張ったような気がしたので、俺は慌てて「ごめん」と言った。

「いいんだよ」彼女は微笑む。「確かに、あたしも山の猟師である事には変わらないしね。それに、あたしとあのスティギオはただならぬ関係だったし」

「ただならぬ関係?」

 当人が口にするような言葉では、ないような気がするが。

許婚(いいなずけ)。スティギオ、あたしの家に婿に来る予定だったのさ」

 フィアリスはさらりと言う。俺は思わず「ええっ!」と声を上げてしまった。

 予想していたリアクションででもあったかのように、彼女は「まあまあ」と苦笑して肩を竦めた。

「今はもう違うよ。あの馬鹿がセルナと”駆け落ち”した以上、半ば自然消滅って形だけどね。大人が決めた事だから、まあいいんだけど」

 俺は面食らったが、あまりそれについて深く追及するのはデリカシーのないように感じられ、自重する事にした。俺が緘黙(かんもく)してしまったので、彼女も気まずくなったらしく、数回咳払いして声の調子を変えた。

「で、ヴェンジャーズの件だっけ? ……すまないねえ、あたしたちの集落に来るお客といえば、山の魔物くらいなもんだから」

「そっか……情報提供、ありがとう」

 俺は頭を下げ、少し躊躇ってから「あの」と言葉を続けた。

「………? 何だい?」

「その……もし君が、スティギオとの婚約の事──婚約が破談になった事で、何か思う事があるんだとしたら……ごめん。俺、君の話を聴いた後でも、彼とセルナに幸せになって欲しいって思う気持ちは、変えられない」

 俺は逡巡し、言葉を選びながらも何とか言ったのだが、フィアリスは、今度は彼女自身が面食らったように黙ってしまった。マズい事を言ってしまっただろうか、と俺が不安になった時、唐突に彼女が笑い崩れた。

 無理をしているようではなく、本当に、何か俺がおかしな事でも口にしたかのような晴れやかで健康的な笑いだった。

「優しいね、ケントは。大丈夫大丈夫、あたしは別にどうともないから。スティギオとセルナは自分たちの手で、ああいう選択をするって決めたんだ。それはまあ立派な事だし、あたしもむしろ、誰かに縛られて勝手に自分の事を決められるのは真っ平だから清々したくらいだよ」

「フィアリス……」

「まあ、それであいつに何かあったら……自業自得ってだけさ」

 そこで幾分か低く、暗いトーンになったので、俺の心配は消えない。

「自業自得?」

「ああ、深い意味はないよ。ただ、あいつは根っからの山の猟師だったからさ。あたしも、彼の従兄(いとこ)のメグロスも、狩りでは敵わなかった。そんなあいつが山を下りて海の漁師になって、一人で食い扶持を稼いで女を養う……相当苦労する事だと思うよ。でも、それについてあたしたち山の猟師は、一切の責任を負わないって事さ。そうだろう? 男一匹の生き様としてさ」

 なるほど、と俺は肯いた。それは確かに、スティギオも覚悟している事ではあったはずだ。フィアリスたち山の猟師がこれ以上彼らの生活に干渉しないというのであれば、それは互いの為に良い。

 彼女が理解のある人間で良かった、と思いながら、俺は改めて「ありがとう」と言った。フィアリスはサラシの胸元に手を置き、先程と同様にやや大仰に頭を下げると身を翻した。

「じゃあね、ケント! あいつの事、宜しく頼むよ」

 手を振ると、背負った獲物の重さなど意に介さないような軽い足取りで駆け去って行く。

 俺とアロードは、顔を見合わせて話し合った。

「……どうする? 聞き込み、一瞬で終わっちゃったけど」

「もう用はないんだから、戻るしかねえだろ。モーティファイとの戦いで時間食っちまったし、帰ろうぜ。帰り道でまた魔物が出ねえとも限らねえし、暗くなったら山道も危ねえ。片道、最低一時間は掛かるんだろ?」

「確かにそうだね。……戻るか」

 スティギオの元婚約者という人物に出会えたのは驚きだったが、この集落はギアメイスの村より小規模だ。住民全員が知り合いで、各々(おのおの)に何かしらの繋がりがあるとしてもおかしくはない。冷静に考えてみると、そこまで凄い偶然だ、と言えるような事でもないのかもしれない。

 苦労して辿り着いた割には、何だか間の抜けた終わり方だな、と今一つ晴れない気持ちで、俺とアロードは帰途に就いた。

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