『ブレイヴイマジン』第5章 サンダー⑤
* * *
暫らく海上を進むと、バウエ船長は船を停めた。目視で確認出来る距離に、中型の漁船が停泊している。その甲板に大勢の人が並び、代表と思しき筋骨隆々たる男性が旗を振っていた。
「あれが、ドダイさんだよ」
船長は言うと、向こうの船に向かって「おーい!」と声を掛けた。
接近しない理由は、明らかだった。俺たちと向こうの船との間、深い納戸色の海面に、激しく白い飛沫が立っているのだ。どうやらこの飛沫の主が、組合の帰港を妨げている件の魔物らしい。
「怪我人は居ねえか!? 今の状況は!?」
「今のところは大丈夫だ! でも、海中に逃げられちまった!」
ドダイさんと呼ばれた男性が、叫び返してくる。
「結構でけえ! 船で上を通ったら、転覆させられるかもしれねえ! 応援は連れて来てくれたか!?」
「ああ、こっちだ! もう心配ねえよ!」
バウエ船長が言うと、俺たちは船縁まで進み出た。セルナは組合の船を見、きょろきょろと船員を見回していたが、やがて手を振りながら声を上げた。
「スティ君!」
彼女の視線を辿り、俺もその人物を見つける。エナメル革のコートを羽織り、捻じり鉢巻きを締めた青年。周囲に集まっている海の漁師たちに比べると細身ではあったが、肌は浅黒く日焼けし、身長も高かった。
「セルナ! バウエさんを呼んでくれたか!」
彼は、手摺りから身を乗り出すようにして叫ぶ。彼がスティギオと見て、間違いはないようだった。
「心配したんだよ、スティ君! 大丈夫なの?」
「まあな、戦えるのが俺と、海上警備隊しか居なかったから……ちょっと無茶はしちまったけど、問題はねえよ!」
「釣り上げようとしたが、この有様だ」
ドダイさんは、組合の一同を示す。皆、そこで自分たちの釣り竿を掲げたが、どれも糸が途中で切れていたり、酷い場合には竿の半分がへし折られていたりする者も居た。
「バウエさん!」スティギオは更に叫ぶ。「伝書に書いた例のもの、持って来てくれましたか?」
「巻き上げクレーンだな、勿論それ付きの船で来たぞ。……ケント君」
「はいっ!」
急な指名を受け、俺は硬直した。バウエ船長は淡々と説明する。
「餌を使い、俺が魔物を釣り上げる。ケント君は海面に魔物が現れた瞬間、電気ショッカーを撃ち込んでくれ。無論魔物がこれ程の大きさとなると、鮪のように完全に失神させるのは難しいだろうが……少なくとも、また逃げられるのは阻止出来るだろうからな」
「これですか?」
俺は、船に積まれた銛のようなものを持ち上げる。デュアルブレードと同程度の重量があり、少々油断していた俺は足元が覚束なくなった。
「気を付けろよ。ブレイヴにならないまま水中に落っこちたら、魔物に襲われてお陀仏だ。怖いのは魔物だけじゃねえ、水も同じなんだからな」
「了解です。餌というのは……?」
「これだ」
バウエ船長がクレーンの綱を解くと、セルナが慣れた手つきで巨大な肉塊のようなものをその先端に取り付けていった。
「消える前に剝ぎ取った魔物の肉。山の猟師から組合が卸しているやつ」
「嘘だろう……」
「大マジ。マナには進化を促進する作用もあるし、魔物にとっては被食種の魚でも、リスクがないと判断したらその肉を食べる。生存本能だからね。勿論、魔物も魔物の肉を食べる……海の魚が、同じ海の魚を食べて生きているんだから、当たり前の事でしょ?」
「………」
海の男たちも、元々肝が据わっているセルナも、かなりワイルドな部分があるのだな、と思った。若干距離を取りつつ、俺は電気ショッカーを構える。
「それじゃ、釣り上げるぜ。ユリアお嬢ちゃん、いつでも戦えるようにスタンバっててくんな」
船長が言うと、肉塊の取り付けられた綱が水中に投げ込まれた。巻き上げ機が回転し、綱はするすると海中に呑み込まれて行く。海面に立っていた水飛沫が、一分ずつ経過するごとに静まっていく。
皆が息を詰めて見守る中、時間は五分、十分、十五分……と経過した。その体感時間が速いのか遅いのか、俺には判断出来ない。
バウエ船長の顳顬を、汗が一筋伝った。
その瞬間、綱の投げ込まれた場所を中心に、物凄い波が上がった。バタン! という激しい音と衝撃が船底を叩く。船体が大きく揺れ、俺たちは体勢を崩して大きくよろめく。
船長が、巻き上げ機のハンドルを回し始めた。
「ちょ、ちょっと! 一人で大丈夫なんですか!?」
ユリアが慌てたように声を掛けるが、
「おうよ! 梃子を使えば、人間一人分の力でも……!」
揺れと波はどんどん激しくなり、水面から灰色の塊が見え隠れするようになる。俺は、それが船に引き寄せられるのを確認すると、すかさずそれを目掛けて電気ショッカーを撃ち出した。
「グァエエエエエエッ!!」
鼓膜でざらつくような怪音を上げ、魔物は船のすぐ手前の水面に消える。そして、緑灰色の藻類が混じった泥を巻き込み、大量の海水をこちらに打ち上げながら上体を露出させた。
「ドダイさん! そっちの船を近づけろ!」
「合点だ! 取り舵一杯!」
向こうから応じる声が響き、船が接近してくる。俺は、海面に姿を現わした巨大な魔物に見入ったまま、電気ショッカーを取り落とした。
それは、黒い巨体を持つ、何やらクトゥルフ神話めいた蛸の魔物だった。大蛇の如き八本の足は、それだけで独立した怪物ででもあるかのように、ジュルジュルという不快音を立ててのたくっている。
「あんた……ロゴトゥムヘレじゃん!」
シルフィが叫ぶと、蛸は半ば飛び出しかかった両の眼を細め、その体躯を後傾させた。鋭い牙の覗く口が、体の下側に見える。そこが光った、と思った瞬間、俺たちが反応するより先にそこから光弾が放たれた。それはクレーンをへし折り、船の中へと転倒させる。
「バウエさん危ない!」
セルナが叫び、バウエ船長は
「ヤベっ!」
叫びつつ、船首の方に退避した。倒れた巻き上げクレーンは操縦室に激突し、その屋根を圧し潰す。船長はそこで、頭を押さえながら呻いた。
「ああ……ローン返済を終えたばっかりだってのに」
「大丈夫です、船長。私たちが仇を取りますよ! ケント君!」
「勿論だ。行こう!」
俺とユリアは、声を揃えて「トランスフォーム!」と叫んだ。
「『アロード・ファイヤー』!」
「『シルフィ・アクア』!」
変身し、それぞれ武器を抜いて飛び掛かろうとした時、船底に堆積した泥が蠢き、中から小型の魔物が二体現れる。ダンゴムシに似たトリロバイトだが、ロゴトゥムヘレを釣り上げた拍子に巻き込まれたらしい。
「先にこっちを何とかしよう! 激流推剣!」
ユリアは、あたかもロゴトゥムヘレの取り巻きででもあるかのように前に出てくるトリロバイトにスピード技を繰り出し、退ける。空いた隙間に、蛸が足を叩きつけてこようとするが、
「爆炎天翔斬!」
俺はそれが船体を叩く前に、横薙ぎを放って捌く。しかし、軟体動物であるはずのロゴトゥムヘレにヒットしたその斬撃は、火花を散らすだけで肉へと通る事はなかった。いつの間にか、二匹目のトリロバイトが張り付いており、その甲殻が俺の剣技を防御したのだ。
「邪魔臭いな、こいつ……!」
うねる触手の表面をなぞるように、俺はトリロバイトを削ぎ落とす。甲殻のない腹部を見せて倒れ込んだ魔物に、ユリアが逆手に振り上げたレジーナソードを突き刺した。一匹目のトリロバイトは動かなくなったが、そこで最初にユリアが水流で吹き飛ばした個体が再起し、突進攻撃を繰り出そうと体を丸めた。
そうはさせない、と俺は再び動こうとしたが、その時ロゴトゥムヘレが、信じられない行動を起こした。
「グェルルルルリッ!」
咆哮すると、魔物は突然そのトリロバイトを触手で絡め取り、一体目を屠り終えたユリアに向かって投擲したのだ。反応が追い着かなかったユリアは、肩の辺りを痛撃されて床に尻餅を突いた。
「ユリア!」
バランスを崩した彼女に、魔物の第二の触手が迫る。俺は掩護に入ろうとしたが、その刹那魔物がまた予想外の動きをした。投げられ、目を回したようにきょろきょろと頭部を左右させているトリロバイトを掴むと、俺の剣技の軌道を封鎖するように差し出した。
剣が弾かれると共に、俺は最初のトリロバイトの動きを思い出す。あれも偶然などではなく、ロゴトゥムヘレが意図的に触手へと貼り付け、自らを守る盾としたに違いない。
「ロゴトゥムヘレ……って」
ユリアが、憑依しているシルフィと何かを語り合ったらしい。はっとしたように顔を上げ、俺に向かって叫んできた。
「別名『海の悪魔』……Aクラスなのは、総合的なステータスが僅かにSクラスに及ばないから。敏捷性は電気ショッカーである程度封じられたけど、その知能で低いステータスを補っている。多分、実際の戦闘力はヴィラバドラと同程度なんじゃないかなって」
「それじゃあもしかして、トリロバイトを巻き込んだのも……」
俺が睨むと、魔物は目を細めて狡猾そうな表情となった。その背後に到達したスティギオたちの漁船が、銛や警備隊の武器を撃ち込んでいくが、裏側に位置する触手が一閃されると、その多くが船へと薙ぎ倒されてしまった。
攻守交替、とばかりにロゴトゥムヘレが動いた。口を見せ、先程の如く口から光弾を吐き出そうとする。狙われたのは、魔物のすぐ目の目前に居る俺。だが、俺が回避したら背後で体勢を立て直しているユリアに直撃してしまう。
──かくなる上は、予備動作中に阻害するしかない。
俺は覚悟を決め、船縁に足を掛けた。
「ケント君!?」
ユリアが声を上げたが、俺は迷わず海へと身を躍らせる。落下エネルギーを利用しつつ、剣を振り被って袈裟斬りの構えに入る。
「赫閃燃導劔!」
先程のようにトリロバイトを盾にしても防ぎきれない程懐に入り込み、光弾の光が見え始めている口元に剣技を叩き込む。溜め込んでいたエネルギーが暴発し、ロゴトゥムヘレがそこで初めて仰反った。俺はそこで手を休める事なく、通常攻撃で触手の一本に斬りつける。根元に剣を食い込ませ、落下に任せてそれを切断しにかかる。水中に呑み込まれる寸前、手に掛かっていた負荷が消えた。触手一本の切断には、成功したのだ。
「ケント君ーっ!」
ユリアの声が、水面越しにくぐもって聞こえる。心配するな、と叫びたかったが、水が口腔へと侵入してくるのでそれは出来なかった。
傾倒した魔物の頭部が、俺のすぐ傍にあった。その視線から避けるように、俺はスティギオたちの居る漁船の方に泳ぐ。半ば流されるようにしながら船底を潜り、反対側から安全に漁船へ上がる。
俺の動きに気付かないようにロゴトゥムヘレに攻撃を繰り出す警備隊に近づき、俺は「避けて下さい!」と叫んだ。
「あ、あんたは火のブレイヴ……!?」
銛を振り上げつつ、ドダイさんが驚愕に目を見開く。俺は答える余裕もなく、ロゴトゥムヘレ越しに今まで自分が居た船を見る。魔物は俺を見失い、ターゲットをユリアに戻したらしい。トリロバイトを貼り付けた触手でまたもや叩きつけを行おうとしているようだが、
「オーシャンスラスト!」
ユリアは水の波動を放ち、トリロバイトを引き剝がした。空中で体を丸めようとする敵に、それよりも早く更に通常攻撃を一本入れる。落下したトリロバイトはじたばたと藻掻いたが、やがて限界が来たように体を海老反りにし、動きを止めた。が、触手は軌道を反らされながらも止まる事なく船にヒットし、バウエ船長の居る船首の辺りを破壊する。
「バウエさん!」
「すまねえ! 後は任せた!」
彼は水中に落ちると、浮沈を繰り返しながら船から遠ざかる。ロゴトゥムヘレのリーチからは出ているようだが、大波が起こされれば引き寄せられる位置だ。守りながら戦う事の難しさは、ユリアも分かっているはず。
狡猾な魔物は、その心理を見事に利用した。
突然目に獰猛な光を宿すと、少しでも魔物から遠ざかろうとしているバウエ船長に触手の一本を向ける。だが、その時
「させるかってーのっ!!」
叫び、動いたのはセルナだった。俺が最初に使用した電気ショッカーを拾い上げ、船のすぐ傍で蠢いている触手にそれを放つ。
「セルナ、無茶よ!」
ユリアが叫び、動こうとしたが間に合わなかった。危険に輝く魔物の眼光が、自分の行った行動に気付いて青褪めたセルナに照射された。
セルナの手から、電気ショッカーが落ちた。ロゴトゥムヘレはユリアを阻むように船に触手を横断させ、彼女の方を向く。その頭部がまた後傾し、光弾を放つ口腔が彼女に向かって開く──。
「逃げろ、セル……」
俺が叫びかけた、次の瞬間だった。
「セルナに手を出すんじゃねえ! 鷹嘴連!」
スティギオが、先程の俺と同じように船縁から跳躍した。腰から抜いたのは、刃渡りの長い狩猟用ナイフ。短剣程の長さがあるそれで、彼は短剣カテゴリの三連撃を発動した。
三本の光の柱を出現させ、その剣技が魔物の頭部にヒットした。スティギオは反動を、そして魔物の弾力を利用するようにして、更にセルナの方へと跳ぶ。
「スティギオ!」海の漁師の誰かが叫ぶのを聴き、
(そうか、彼は元々、山の猟師だから……)
俺は気付き、彼の動きを見守る。ユリアが、船体を分断するように渡された触手を切断し終えた時、スティギオはセルナの前に着地した。そこから体を捻るようにし、更に技を繋げる。
「迅鷲双翼旋!」
猛禽類が翼を振るうような、短剣から繰り出されたとは思えない程の太い軌道を描く、横薙ぎ二連撃技。セルナに向けられていたロゴトゥムヘレの口が切り裂かれ、軟体生物特有の青い血液が散った。
「ケント! やってくれ!」
スティギオは、組合の先頭に居る俺に叫んでくる。俺は、考えるよりも先にデュアルブレードを振るっていた。
「アグレッシヴブレイズ!」
後傾した魔物の頭をかち割るように、俺は斬撃を放つ。それはスティギオが刻んでいた傷にヒットし、それが魔物にとっては致命傷となった。
「グェリリリリイイイイッ!!」
ロゴトゥムヘレは蛸らしく、光弾の代わりに高々と墨を噴き上げ、海の底へと沈んでいった。開けた視界の向こうで、スティギオはナイフを納め、セルナの体に腕を回してひしと抱き締めていた。
「スティ君、ごめん……うちが……」
「俺こそ悪かったな、セルナ。お前を巻き込んでしまった」
「いいんだよ、スティ君。何より皆、無事で良かった……」
ドダイさんが船を寄せ、俺はユリアのすぐ傍に飛び移った。彼女はほっと安堵の息を吐くと、拳で俺の胸を軽く突いてきた。
「もう! 無茶するんだから!」
「ごめん、ユリア。それに、勝手に離れちゃって」
言うと、イマジンたちがそれぞれから分離する。バウエ船長も戻って来て、船の上に上がった。
スティギオは、セルナと手を繋いだままこちらを見た。
「えっと……ごめんな、いきなり呼び捨てにしちゃってさ。ケントって呼んだけど、合っているよな?」
「あ、ああ、まあ。こっちがユリア。君は……スティギオだよね?」
「そうだ。セルナから聞いたんだよな?」
「彼女と、街の皆からね」
ユリアが言い、俺の方を見た。
「ケント君、彼にも話さなきゃ。私たちの旅の事」
「ああ。でもまずは……」
陸に戻らないと、言おうとして俺は口を噤んだ。俺たちが乗ってきた船は、操縦室を含めて半分が潰されてしまった。浮かんでいるので精一杯だし、手漕ぎで動かせる規模の船でもない。
バウエ船長はすっかりしょげたように肩を落としていたが、ドダイさんが「ご愁傷様だったな」と言いにくそうに声を掛けると、むっと顔を上げた。
「あんたたちの船を助ける為に、こうなったんだからな。今回仕留めた獲物は俺たちが貰って、修繕費用にするからな」
「まあ、俺たちもそれで文句は言わねえよ」
ドダイさんは言い、水中にまだ微かに見えるロゴトゥムヘレを見下ろす。
「じゃあ、消える前にさっさと引き上げようぜ」
魔物の引き上げに入った海の漁師たちを見、俺とユリアは顔を見合わせた。戦闘終了直後だというのに、皆元気だな、という感想を、彼女も抱いたらしい。




