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『ブレイヴイマジン』第5章 サンダー②


          *   *   *


「ああ、駆け落ちカップルの事ね」

 漁港の作業場に居た噂好きそうなおばさんは、俺たちが話を聴くとやはりニヤニヤと面白がるような表情でそう言った。

「駆け落ち?」

「ええ。十ヶ月くらい前かしら? 夜、いきなり山の上から、港まで男と女が降りて来てねえ。漁業組合のドダイさんに『匿ってくれ』って頼み込んで。次の日、山の猟師たちが降りて来てその二人らしい人の事を聞いてきたんだけど、彼もすっとぼけて追い返したっけね。それから男の方は海の漁師として漁に参加する事になったけど、まだ若者だったから皆喜んでねえ……いや、だって可愛いじゃない、愛し合う若者たちが大人から逃避行してきたなんて」

 おばさんは饒舌に語った。そこで「ここだけの話だけどね」と前置きをされたが、この分では他の大勢にも話しているに違いない。

「あの二人、去年ドダイさんのお母さんが亡くなって、空き家になっていた岬の実家を譲り受けたらしいわよ。ドダイさん自身は組合の宿舎に泊まりきりの生活をしているし、自由に使ってくれって。それで、今じゃ岬の家でずっと一つ屋根の下。愛の巣を営んでいるって訳」

「はあ……」

 シルフィ、アロードは顔を見合わせる。彼らも、何処までが本当なのか、というような顔をしていた。が、港ではすっかりセルナとスティギオの噂は知れ渡っているらしい。どうりで人々が彼らの話を持ち掛ける度に「ニヤニヤする」訳だ、と、ユリアは納得したように肯いた。

「スティギオ君、あんまり自分の過去については話したがらないんだけどね。セルナちゃんについても、イマジンって事は分かってたんだけど。噂なら色々あるわよ、スティギオ君が村の掟を破って、猛獣刑に処されるところで逃げてきたんじゃないか、とかね」

「そんな野蛮な……」

 シルフィが呟くと、おばさんは「本当にねえ」と呟いた。

「そうじゃありませんよ、山の猟師たちの集落に、そんな噂を立たせるなんて、という意味で」

「ああ、勿論あたしも、本当に山の集落でそんな事が行われているとは思っていないわよ」

 おばさんは慌てたように手を振る。

「っていうより、今じゃそんな差別的な見方は許されていないわ。だけど長い事地域に根差した風習とか偏見は、時間が経てば自然に消える、っていうものでもないしねえ。この山の斜面に作られた街を見ても分かると思うけど、元々あたしたち海の漁師の祖先は移住者なのよ。山の猟師たちが先住民(ネイティブ)で。今でこそ和解しているし、リョウシも居るし、海と山で婚姻を結ぶ事もあるけどね」

「因みに、それ以降で山の猟師たちがスティギオさんを探しに来た事は?」

 ユリアが尋ねた。

「ないわよ。勿論、こうまで街で噂になるととっくに気付かれてはいるんだろうけどね。でも、その上でもう聞きに来ないって事は、殊更(ことさら)に探す必要はないって判断されたんでしょう。一応ここは二つのグループが住んでいるけど、ブレディンガルっていうれっきとした自治体なんだから。私刑なんて許可されていないし、人の生き方なんて自由なんだし」

 おばさんの言葉に、そういうものか、と俺は肯いた。

 海に突き出した岬の方を見ると、確かに家が一軒立っている。駆け落ち云々という話は俺も気になったが、それもまた本人に聞けばいい。

「ありがとうございました、行ってみます!」

 ユリアがぺこりと頭を下げると、おばさんはまた表情を綻ばせた。

「ええ、行ってあげてちょうだい。イマジンのお友達が訪ねて来てくれたら、セルナちゃんも喜ぶに違いないわ。それに……」

 視線を、俺とユリアに向ける。

「あなたたちだって、あの二人に負けないくらい素敵なカップルよ」

 俺たちは思いがけない不意討ちに、一瞬顔を見合わせ、互いにぽっと赤らみながら目を逸らし合った。


          *   *   *


 岬の先端に建つ小さな家は、ブレディンガルに建ち並ぶ他の建物と似ているが、二階建てで屋上には見晴らし台が付いていた。家の前には魚を焼く七輪のようなものがあり、その脇には釣り竿や網などが乱雑に置かれている。少し奥には係留用の柱があり、(もや)い綱が伸びて小舟が繋がれている。

 ユリアがインターホンを押すと、「はあい」という少女の声が聞こえ、数秒後に扉が開いた。「誰、あなたたち?」

 顔を見せたのは、金髪ショートボブの女性だった。髪は先端の方が黒く染められており、健康的な虎を彷彿とさせる。かなり化粧が濃く、目がそれこそネコ科動物のように大きい。太腿まで裾のある長いTシャツを被ってスカートなどは穿いておらず、胸元には稲妻の形をしたペンダントを提げていた。

 なるほど、確かに原宿、竹下通りに出没(ポップ)する「ギャル」のようだ。

 俺が一人で納得していると、シルフィたちが前に出た。

「ケント君、ユリアちゃん。セルナ、こう見えてもまだ十七だからね? あたしと同い歳」

 彼女がそう言った瞬間、セルナも気付いたらしい。目を増々大きく見開き、きょろきょろとイマジン二人を交互に見ながら驚きの声を上げた。

「シルフィとアローちゃん!? えっ、どうしてここに!? 生きてたの!?」

「仲間に会って一言目に『生きてたの』はやめようぜ」

 アロードは、やれやれというように首を振る。

「お前こそ大丈夫だったのかよ? 俺らはギアメイスの村まで行って、このユリアに助けられたんだけどよ。今は五体満足だし、ブレイヴも居る。ヤークトに襲われるような事もねえけど、ついこの間は奴がタイタスを襲撃したんだ。お前も、そろそろ危ねえんじゃねえの?」

「まあね。でも、スティ君が助けてくれたから」

 メダルは奪われちゃったけど、と、セルナは小声で言った。

「スティ君、ねえ」

「あ、言っておくけどうち、スティ君とは全っ然そういう事してないからね! そりゃ、確かに彼は男らしいし、うちも彼と一緒に居られて幸せだな、助けてくれたのが彼で良かったな、って思う事もあるけど……」

 シルフィの呟きを聴き、彼女は慌てたように両手を振る。ユリアが「大丈夫よ」と言い、シルフィの隣に進み出た。

「スティギオ、だよね? あなたにとっては恩人なんでしょ?」

「………? あなた、誰?」

「私はユリア。こっちはケント君。私たち、それぞれシルフィとアロードのブレイヴなのよ。……今日は、セルナとスティギオにお話があって来たの。いきなりでびっくりするかもしれないんだけど」

 そこでセルナは、思い出したようにあっと声を上げた。

「ごめん、うちとした事が、こんな玄関で! そういう事なら入って入って、何にもないけど……」

 手招き、俺たちを中へと(いざな)ってくるので、俺たちは「お邪魔します」と断りながら室内へと上がり込んだ。だがそのタイミングで、セルナは更に一言──それも、思いがけないものを付け加えてきた。

「あ、それとね、今スティ君、留守にしてるよ」

「えっ?」

「彼、昨日から二泊三日で、組合のドダイさんたちと沖合漁業に出ているの。帰って来るの、明日のお昼頃になるって言ってたよ」

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