『ブレイヴイマジン』第5章 サンダー③
* * *
玄関から入ると、そこはいきなり居間だった。内壁も外と同じ白い石で、やはり俺の思い描くギリシア風建築そのものだな、と思う。奥にはキッチンがあるだけで、家具も少ない。二階への階段の存在感だけが、妙に強かった。
「スティ君が帰って来るまで、皆ここに泊まっていいよ。ちょっと手狭かもしれないけど、お泊まり会みたいで楽しいでしょ。部屋には後で案内するから」
セルナはそう言った。
俺たちはそれから、旅の目的と今までの出来事、更にブレイヴフォースの事を話した。彼女は大きくリアクションをしながら話を聴いていたが、やがて腕を組んで神妙な面持ちになった。
「うち、セイバルテリオでロゼルと一緒に襲われた時、逃げ出したんだ。ロゼルはうちを頼って、怖い怖いって震えていた。なのに、うちは……襲って来たのは金髪の太刀使いだったんだけど、うち、あいつには殺されるって思った。勿論、ヴェンジャーズがイマジンを殺す訳はないんだけど、メダルを奪われたままで居たら、ヤークトに殺される。具体的にどれくらい魔物の監視をしなかったらヤークトが来るのか、分からないでしょ? だから、うちも怖くて。でもロゼルの手前、うちが怖いなんて口に出せる訳ないじゃん。
それで……逃げちゃった。このまま一緒に居たら、二人同時にメダルを奪られちゃう、別々に逃げよう、って言って。そして一人で、北に向かってひたすら進んだ。うちは、ロゼルを見捨てたんだ。だから、罰が当たった。ミサンガを一杯着けた、ふわふわした髪の女の子──あれでもヴェンジャーズの三侯だったんだね──と、黒ずくめの吸血鬼みたいな男に追われて……その上、この街まで来た時に、遂に太刀使いにまで追い着かれた。
ロゼル、負けたんだって分かった。それにうちも、ここで負けるんだって。それなら、せめて彼女の傍に居てやるべきだったって、本気で後悔した。そして、そこでスティ君が助けてくれた」
「でも、結局は奪われちまったのか、フォームメダル」
アロードが唸ると、セルナは俯きがちになる。
「スティ君を責める訳には行かないよ。だって、相手はヴェンジャーズの三侯全員だよ? 彼が死なずに済んだのは、奇跡に近いもん。……いや、奇跡でもなかったのかな」
気掛かりな言葉を口走るが、俺たちが怪訝な顔になると、すぐに彼女は「ああ、気にしないで」と付け加えた。ユリアが口を挟む。
「それは、山の上での事だよね? って事はセルナ、フォームメダルを奪われた後に下りて来たって事? スティギオは、元々山の猟師で」
「……それ、誰から聞いたの?」
「港の人。あなたとスティギオが、その……駆け落ちして、集落に居た山の猟師たちが探しに来たって」
「……全く、これだからゴシップ好きのおばちゃんは」
セルナは顔の半分を隠すように手を置き、メイクの濃い顔を赤らめる。だが、すぐに立ち直り、説明してくれた。
「山の猟師の集落から逃げたのは、ヴェンジャーズ騒動のずっと後だよ。メダルを失ったうちは一ヶ月くらい、スティ君のお家──まとめ役のアタランテスっていうおじさんが家長の、大家族なんだけどね──に住まわせて貰っていたの。まあ、居候ってとこかな。
だけど、襲撃で集落やアタランテスさんの一家にも被害が出たし、元々自給自足の生活色が強い山の猟師たちじゃ、一人分の口が増えるだけでも大変な事だしね。女の人たちには疎まれるし、スティ君もうちを拾った事で、一杯悪口言われて……嫌な事も沢山あって、逃げたの」
説明は先程よりも歯切れ悪く、心なしかたどたどしい気がしたが、それだけ彼女も抱え込んでいたものがあったのだろう。ロゼルの事といいスティギオの事といい、こう見えても彼女はかなり繊細なのだな、と俺は思った。
セルナとスティギオが駆け落ちし、一年近く二人きりで暮らしているという話に色めき立っていたシルフィも、何処か申し訳なさそうにしている。俺は、気を取り直すように咳払いをした。
「だけど君たち、今は前より、生活は安定したんだよね?」
それだけは、確認しておきたかった。否定されたら、それはあまりに二人とも可哀想だ、と思ったが、幸いセルナは強く首肯した。
「それは勿論。スティ君、海の漁師の仕事にも慣れてきたんだよ。だから生活も安定しているし、皆変な噂は立てるけど根はいい人たちで、優しいし親切だし。幸せならまあOKかなー、って感じ」
「もう、セルナったら惚気ちゃって!」
シルフィは、気を取り直したように彼女を揶う。セルナは照れたように、
「別にそんなんじゃ……なくもないけど」
と言った。俺は微笑んでから、言葉を続ける。
「でも、ヴェンジャーズは今や君たちからその小さな幸せすらも奪おうとしている。俺たちは、それを止めたいんだ。そして君にフォームメダルを取り戻して、ヤークトに怯える必要もない生活を送って欲しい」
「……ありがとう、皆」
セルナは言うと、決意を固めたように「そうだよね」と呟いた。
「うちがメダルを取り戻すのは、自分の為だけじゃない。あの時、うちだけで抵抗していたら、弾みで太刀使いに殺されていた可能性だってある。スティ君とか皆の為にも、シルフィたちの村の為にも……うちはもう一回、魔物の監視者に戻らなきゃいけないんだ」
「よしっ、これで本人の理解も得られた」
シルフィは満足げに肯き、パンッと柏手を打った。
「じゃあセルナ、明日から宜しくね! 奪還作戦、絶対成功させよっ!」
* * *
二階は一階のように一部屋だけではなく、三部屋に分かれていた。それぞれ漁業組合のドダイさんという人物の両親が使用していたらしい寝室、そのどちらかの書斎と思しき部屋、ドダイさん本人の若い頃に自室だったらしい四畳半程度の部屋で、最後のものが現在セルナ、スティギオが使用しているとの事だった。
「うちとスティ君、普段寝る時は寝室だけど、こうやってスティ君が泊まりで漁に出る時は一人で部屋のベッド使うんだよね。だから、寝室はシルフィとユリアちゃん、使っていいよ。アローちゃんとケント君は……ごめん、床で!」
「俺は構わねえけどよ」
アロードは、ちらりと俺の顔を窺ってくる。俺も「大丈夫だ」と肯き、ユリアがやや残念そうな顔をした。シルフィは、意味深長な目つきでセルナを見つめる。セルナは、ぴくりと眉を動かした。
「な、何?」
「いやあ、やるなあ、やっぱりセルナは。イマジスハイムに居た頃から垢抜けしてるよね、それに今じゃ男の子とそんな事」
「べ……別にうちとスティ君は、そんなんじゃないもん。うちだって、男の子に可愛がられるのは悪い気はしないけど、平気でそういう事はしないよ」
「恥ずかしがらなくたっていいのよ。好き同士なら、別に倫理的にマズい事でもないんだし」
「本当に違うの!」
セルナは、むきになったように叫び、部屋の机をバンッと叩いた。
「スティ君とうちは、逃げただけ! まだ、スティ君が抱え込んでいた問題に決着が着いた訳じゃない。だから……」
「問題?」ユリアが眉を潜めると、
「あっ……ごめん、こっちの話。スティ君も、皆と同じように色々と抱えているものがあるって事だけよ。だから……シルフィ、うちはともかく、そういう邪推はスティ君に失礼だからね!」
セルナは一瞬だけその瞳に陰りを見せ、シルフィに言った。シルフィは突発的なセルナの態度の変化に面食らったようだったが、やや吃りながら謝る。
「ごめん、セルナ」
「まあ、いいんだけどさ」
セルナは曖昧に言葉を濁したが、話題を変えようとするかのように「さてと」と呟いた。
「少し早いけど、夕飯の支度でもしよっかな」




