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『ブレイヴイマジン』第5章 サンダー①

 川沿いの町や村を経由し、更に八日が経過した。『ブレイヴイマジン』開始からとうとう一ヶ月が過ぎ、三十五日目となる。

 森の小径(こみち)を抜けた時、行く手の街を見てユリアが歓声を上げた。

「見て! すっごく綺麗な街!」

 見ると、俺もあっと叫びそうになった。

 斜面に白亜の如き石材を積み重ねて造られた建物の並ぶ、ギリシアのサントリーニ島──無論、PCのロック画面に表示された画像でしか見た事がないが──を思わせる街並み。同じく清潔感のある石畳も、白くキラキラと光っている。

 その光の正体は、水明かりだった。街並みの奥に遥々と広がっている紺碧の海が、丁度南中高度に差し掛かりつつある太陽の光を反射し、夏と見紛うばかりの輝きを街に照射しているのだ。

 その海から最も近い場所には港が広がっており、漁船と思しき船が並んでいる。今まで旅を進めてきた街々と同じく、ファンタジー風の、異国のような情景ながら、何処か現実世界、東北の三陸地域のようなノスタルジアも感じさせ、俺は(しば)し声も出せずに立ち尽くした。

 その力動は、紛れもなく「感動」だった。自分が、風景に感動出来るような叙情をまだ残していたのだ、と思うと、何故だか途方もない安心感が湧き上がった。

「あたし、ずっとブレディンガルには来たかったのよね」

 シルフィは、水属性のイマジンとしての本能が刺激されるのか、はしゃいだ声を上げた。

「だって、海がこんなに綺麗に見えるんだもの!」

「ねっ、それに山も」

 ユリアは、松に似た木々の並ぶ斜面のいちばん上を指差す。なるほど、ブレディンガルは元々海に面した山の斜面を段々に削り、街にしたらしい。整備されていない頂上付近は、天然の森が広がっているようだ。

「あの上にも、ちゃんと集落があるのよ。でも、住んでいる人々のファッションとか生活とかは、下の人たちとは大分違うんじゃないかな。ブレディンガルは勿論漁業が盛んなんだけど、山には狩人も居るの。漁師(フィッシャー)猟師(ハンター)の街、って訳」

「発音がどっちも『リョウシ』だから分かりにくいな」

 アロードが呟くと、シルフィが微かに笑った。

「だから、この街ではいちいち『海の漁師』『山の猟師』って呼び分けるのよ。滅多に居ないけど、兼業の人だったらただ『リョウシ』」

「海の(さち)と山の幸、どっちにも恵まれている訳か……この街じゃ、食糧難は絶対に起きないね」

 俺は、かなり暮らしやすい街かもしれない、と思った。

 シルフィは「責任重大だなあ」と呟く。

「それも、あたしがフォームメダルを保持していて、海に棲む水属性の魔物を統制出来ているからこそ。魔物は生態系の上位を占めるから、増えすぎると魚介類が食べ尽くされちゃう。だからあたしも、ガーディとかにメダルを奪われる訳には、絶対に行かないの」

「大丈夫よシルフィ、私もケント君も居るんだから」

 ユリアが言うと、

「俺も居るけど?」

 アロードが主張する。ユリアは笑い、「忘れていないから大丈夫よ」と言った。

「さて……と。ブレディンガルについての知識はこのくらいにして、セルナを探しに行こうよ。私たち、到着まで大分時間掛かっちゃったし、レーナたちはもうブレイヴフォースの準備を始めているかもしれない」

「そうね、でもその前に……」

 シルフィは、坂道を数歩街の方へと降りる。

「先にお昼にしない?」


          *   *   *


 潮風の吹き込む海辺の食堂で和洋折衷の魚介料理──無論、これらもまた現実世界と名前は変わっていた──に舌鼓を打っていると、セルフサービスの飲み物をお代わりしに行ったユリアが戻って来た。

「お帰り、ユリアちゃん。遅かったね?」

 シルフィが声を掛けると、彼女は「ついでだったし」と軽く言った。

「向こうに居たお客さんたちに、セルナが何処に住んでいるのか聞いて来た」

「あー、抜け駆け! ずるーい!」

「シルフィだって、早くセルナに会いたいでしょ? 今までのイマジンたちだって人間の誰かの家を拠点にしていたし、基本的な情報だけでも聞いておこうと思って。同居人やブレイヴは居るのか、とか、何処に住んでいるのか、とか」

「確かにねえ……」

 シルフィは、海老ピラフを咀嚼しながら言う。

「セルナについてあたしやアローちゃんがギアメイスに逃げ込む前に聞いた事といえば、一年前にこの街に引っ越したって事くらいだもんなあ。元々セイバルテリオに住んでいて、確かロゼルと一緒に行動していたはずだけど」

「一年前っていうと、ロゼルがガーディに襲撃を受けた頃か。何だってそのタイミングで、あいつら別行動になったんだろう?」

 アロードが眉を潜める。

「セルナがメダルを奪われたのは、もっと後になってからだしね。多分、襲撃があってロゼルが奪われた時に、危ないから別々に逃げろって事になったのかも」

「にしても、あの二人がなあ」

 アロードの口調は、人生は何が起こるか分からない、と呟く年配者のようなしみじみとした響きを帯びていた。

「セルナは陽キャ、男子とも結構仲いいし、パーソナルゾーンなんてほぼない開けっ広げ。いわゆるギャル。対してロゼルは、超絶人見知りのビビり。絶対にあの二人は絡まねえと思っていたんだけど」

「ロゼル、ミッドガルドへの派遣を凄い嫌がっていたしね。まあ、だからこそ”強い女の子”って感じのセルナに着いていて欲しかったのかもね。彼女だって、大人しい子からすれば怖いかもしれないけど、根はとっても素直で優しい子だし。姉御肌って感じ?」

「それはお前だろ、シルフィ」

「あ、アローちゃん、自分が弟分だって認める?」

「認めたくないっ!」

 二人だけにしか分からないような会話を交わすイマジンたちを、俺とユリアは無言で見つめる。やがて俺の気持ちを代弁したように、ユリアが

「イマジンたちって、仲いいんだね」

 と口に出した。

「まあ、イマジンは少数派(マイノリティ)中の少数派だし、ミッドガルドに派遣されるのは八人だけだし。必然的に連絡し合う事も多くなるだろ? 俺は行った事ないけど、街の方で金持ちの子供が通う学校なんかでも、最初の頃は席が近かった奴らがつるむようになるっていうし」

「そう……なんだ」

 現実世界の博輔の事を思い出し、俺は少々不快感の塊が胸に詰まると共に、幾分かの寂しさのようなものも感じている自分に気付いた。

「……まあ、本人に会えば色々事情も聴けるでしょ。それで、ユリアちゃん。お客さんから何か有益な話は聞けたの?」

 シルフィに問われると、ユリアは困ったような顔になった。

「それが、何か変なのよね。皆、スティギオっていう男の子……といっても私たちより少し年上で、もうすぐ二十歳(はたち)になるみたいだけどね、その人の事を口に出すんだけど、揃ってニヤニヤするんだもん」

「ほうほう」

 シルフィは察した事があるらしく、にんまりと笑った。

「食べ終わったら、街でもうちょっと聞き込みしてみよっか。……いやはや、やるなあ、セルナの奴」

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