『ブレイヴイマジン』イベント キャット・パニック⑤
「ユリア危ない!」
俺自身が叫んだのか、俺に宿ったアロードがそう叫ばせたのか、分からなかった。しかし俺の目には、魔物が攻撃の予備動作を見せたのが、コマ送りのように映し出された。
そして、俺が見切ってユリアの前に飛び出すのよりも、魔物の予備動作が攻撃のアクションへと変化する方が先だった。
「ギャアッ!」
親玉猫は地面を蹴り、爪を鷲の如く鉤状にした。それをユリアの肩に突き立て、押し倒す。彼女の仰向けになった頭部が、病原体が湧き立つシェルの中へゆっくりと後傾し、俺は「やめろ!」と叫んだ。
ユリアが病原体を吸い込むと同時に、親玉猫が魔術を発動させた。ユリアは大きく一度痙攣した後、「ヤバっ」と声を上げ、自分の体を抱くようにする。
「発症した!? このままじゃ私、虫を食べたくなるの? どうしよう、早く治さなきゃ……!」
叫びつつ、彼女は俺の方に腕を伸ばした。俺は猫の巨体に割り込まれ、壁際に背を押し付けられながら、辛うじてその脇腹に斬撃を入れる。
「いけない!」俺は、ユリアに向かって叫んだ。「俺を……虫を食べて、治さなきゃって思っているんだろう!? それが、こいつの罠なんだ! しっかりしろ! 今俺が治す、絶対に治してあげるから!」
『どうやってだよ!?』
アロードが叫んでくる。俺は、デュアルブレードを逆手に握った。
「こいつを倒してに、決まってるだろ!」
答えつつ、それを思い切りキャスパリーグの脇腹に突き立てる。だが、ぎりぎりで肉質の柔らかい部位からは逸れている位置だった。一撃で与えられるダメージが足りないのか、魔物のターゲットはなかなか俺には移らない。段々と激しく身を捩り、半狂乱に陥りつつあるユリアを、魔物は執拗に痛めつけていた。チュニックの裾はボロボロになり、血が滲み出している。
「畜生、こいつめ……!」
俺は剣を、自分の体の正面に、切っ先を天井に向けて垂直に掲げた。背後の壁に触れ、その存在を確認すると、覚悟を決める。
「ユリアを甚振るのは、もうやめろ! アグレッシヴブレイズ!」
俺は後方に跳ぶモーションをし、背中を強かに壁に打ちつけながら、剣技が発動するぎりぎりの動作で刀身を振り下ろした。無理があったか、と思ったものの、それはしっかりと技として認識されてくれたようだった。
目の前で炎が爆ぜ、俺の体前面を焦がす。猛烈な熱さが全身を襲うが、キャスパリーグもまた加速の掛かった剣に傷口を切り裂かれ、患部を炎に蹂躙された事で、ユリアから爪を上げて後ろ脚で立ち上がった。俺は空いた猫の腹下に滑り込み、地面を転がるように体を擦り付け、自身の燃焼を消火する。火傷はひりひりと痛んだが、生命維持に支障を来す程のものではないようだった。
倒れた姿勢のまま腕を伸ばし、剣先で更にキャスパリーグの後ろ脚を薙ぐ。敵がバランスを崩し、足を滑らせて数歩バックすると、俺は前足が打ち下ろされる直前で跳び退った。蹈鞴を踏んだ猫が前傾してくるが、既に俺はその下敷きにはならない位置に移動していた。
大分、敵の体力は削れたはずだ。噛みつきや闇の球を回避すれば、懐に入って首を狙う事が出来る。もし無理でも、頭をかち割る事も可能だ。が、俺自身もまたかなりのダメージを被った。次の一撃で決めきれなければ、後はない。
俺は、もう一度必殺技を繰り出すべく構えを修正した。
その時、項の辺りに激痛が走った。
「ぐっ……!?」
呻きながら振り返ると、ユリアの水色の髪が、すぐ傍に見えた。
「ごめんね、ケント君……私も、すぐに病気を治して、戦闘に復帰するから!」
だから食べなきゃ、と小さく呟き、彼女は歯を突き立ててくる。今のはユリアが噛みついてきたのか、と悟った時、また少し下側に痛みが走る。彼女の歯が、俺の肉に食い込んだのがはっきりと分かった。
「ユリア、耐えてくれ! もう少しだけ……我慢して!」
爪に、先程の病原体を含む黒い炎を纏わせた魔物が、俺に飛び掛かるべく姿勢を低めた脚部の撥条に弾性力が溜められるのを見、俺は背筋を冷たいものが滑り落ちるのを感じた。迎撃出来なければ、俺もまたユリアと同じく感染してしまう。そうなったら万事休すだ。
危険な賭けだと思いながらも、俺はユリアの方を優先した。素早く剣を納め、彼女を横抱きに抱え上げつつ、魔物に背を向けて走る。イル・ダン・デュ・シャ、病原体の湧き立つトラップの向こう側へと。
「シルフィ!」
叫びつつ、俺は痛む体に鞭を入れ、炎を飛び越えた。激しく抵抗し、嚙みつこうとするユリアを岩壁に寄り掛からせる。彼女から、俺の叫び声に応えてシルフィが分離した。
「ケント君、ユリアちゃんは……」
「暴れないように、押さえててくれ。俺は、あいつを倒す」
素早く指示を出し、また抜刀。まさにその瞬間、敵が跳んだ。
「ズギャアアアゴロロロロロルルルルッ!!」
「これで終わりだ! アグレッシヴブレイズ!」
もう一度、必殺技を使用。イル・ダン・デュ・シャの炎の中を突っ切ったが、最早キャスパリーグが発動させる魔術を恐れる必要はなかった。感染しても、発症させられる前に倒せば問題ない。
炎のエフェクトにより伸びた刀身のリーチは、猫の鉤爪が俺に到達するよりも早く山猫の制空圏を侵略し、敵の首筋に猩猩緋の光芒を刻みつけた。
爪の先が俺の腕に食い込み、皮膚を切り裂く。と同時に、キャスパリーグの親玉はか細い鳴き声を発し、四肢をがくりと折って倒れ込んだ。その目の狂気的な光が消えるのを合図にしたように、背後で立ち昇っていたシェルがふっと消えた。
「ユリア!」
俺は変身を解除すると、ユリアの方に駆ける。彼女はシルフィに肩を支えられながら、我に返ったように口元を押さえていた。
「ケント君……?」
呟き、下ろした手の甲に血液を認めると、はっとして俺を見つめてくる。その視線が、煤に塗れ、切創が至る所に付いた俺の服を捉え、彼女は慌てたように立ち上がって駆け寄って来る。戦闘中に受けた大きなダメージのせいかその足元が乱れ、倒れ込んでくるので、俺は慌てて支えた。
「ユリア、傷は?」
「一杯負ったけど、そこまで深くはないみたい。ありがと……でも、私もごめんね。病気の事はちゃんと分かっていたのに、抑え込めなくて、ケント君に怪我させちゃって……」
「大丈夫だよ」俺は首を振った。「ユリアだって、さっき俺の事を助けてくれたじゃないか。それに、いつもユリアは俺にこの世界の事を色々教えてくれる。旅の役割なんて特に決まってないけど、最初に会った時から自然にそうなっていた……俺の務めは、ユリアを守る事だよ。そうだろ?」
ノリで、またつい少々キザな台詞を口にしてしまう。ユリアがまた頰を染めると、シルフィが揶ってきた。
「戦った後のケント君って、いっつも男前な事言うよねえ?」
「こいつだって、意識し始めたんだろうぜ。心ん中じゃ、ユリアの事」
アロードも追随するので、俺は照れ隠しに話を逸らした。
「それよりさ、アロード! 魔物って、幾らマナ濃度の異常な場所でも、ここまで大きくなるものなの? 今まで戦ってきたユナモモ……キャスパリーグの三倍以上あったように思うけど」
「いいや、ならねえな」
彼は、揶っている途中を邪魔されてやや残念そうな表情だったが、それでも律儀に答えてくれる。
「厳密にはなるけど、そもそもここまでマナ濃度が上がる事自体がねえんだ。洞窟なんかの狭い場所じゃ、魔物が発生しすぎると互いの生活を脅かすからな。窮屈だし。だから、これはそもそも、マナの発生源である魔物が増えすぎた結果って事だ。あと一ヶ月も遅かったら、キャスパリーグって種の危険度自体がAクラスに見直されていたんじゃねえか?」
「ロゼルのメダルは、奪われた五人のイマジンのうちでいちばん最初だからねえ……一年前の話だけど、イマジンの監視から解放される事が、こんなに影響を顕著に見せるものだとは。イマジン本人でもちょっとびっくり」
シルフィの言葉に、ユリアは”恋する乙女”の表情を改めた。
「って事は、彼女にもヤークトが向かっているかもね」
「そして、セルナもそろそろ危ない。ヤークトはとっくに、イマジン自体が強力な兵器に転用出来る事を悟ったはずよ。そして多分、ヴェンジャーズが今まで通り最寄りの場所から攻めて行く予定なら、次に狙われるのはセルナのはずだもの」
「だとしたら、早くブレディンガルまで行かなきゃね。ヴェンジャーズが彼女に接触する前に、港町に着いちゃいたいから。でも、その前に……」
ユリアは言い、消滅する魔物の亡骸の向こうを見る。
いつしか月は傾き、天井から差し込む月光は既に淡くなっていた。その微光を凝集させたように、鏃型の蕾は仄かに輝いている。あたかも、それは花自身の内から光を放っているようだった。
俺は今度こそ、その花──月香の願い花に向かって、足を進めた。




