『ブレイヴイマジン』イベント キャット・パニック④
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歩いていると、今度こそそれらしい場所が見えてきた。緩やかな上り坂となった道の先に、天井からスポットライトの如く光が差し込んでくる場所がある。その光は青白く、午後からこの戦いを始めて時間が経ち、既に太陽は月に置き換わっているのだという事が分かった。
その光の下に、差し込む外光を受けて短い下草が生えていた。その真ん中から他より幾分か長い茎が伸び、先端には百合の蕾の如く、鏃に似た薄桃色の花が付いている。葉は三日月の形をしており、それが件の薬草だとすぐに気付いた。
「月香の願い花……あれが」
「ここからでも分かるよね、凄くいい香り」
ユリアは、うっとりと目を閉じて深呼吸する。確かに、今まで歩いて来た、籠った土臭い洞窟の空気が嘘のように、その花の方からは甘い香りが漂っていた。だが決して後を引くような粘つく甘さではなく、清冽な夜の仙気を思わせる自然な香りで、俺も思わず息を深く吸い込んだ。
あれがあれば、伝染病に苦しむ村人たちを救う事が出来る。彼らを救ったら、もう同じ事でキャスパリーグの恨みを買う事がないよう、そして下流の村と和解出来るよう、ダムの件を訴えよう。
俺は心の中で再確認すると、願い花を採るべく足を踏み出した。
そして、その刹那、不意に殺気が頭上から俺の体幹を貫いた。
「………!?」
俺は思わず足を止め、辺りを見回す。後方に居るユリアたちは、俺の察した殺気にはまだ気付いていないらしく、怪訝に思ったのか声を掛けてきた。
「ケント君? どうしたの、早く採取を……」
ユリアが足を進めてくるので、俺は咄嗟に「駄目だ!」と叫んだ。
彼女からは、周囲に気配を感じられないようだ。という事は、俺が踏み込んだ瞬間に全身を貫くように襲ってきた、この殺気の元凶は──。
(上か!?)
はっと気付いて頭を上げた時、天井に開いた円形の穴から月が見えた。暗い洞窟内からなので、その光は妙に明るく感じられる。そして、その光を背負った天井の裏側の闇に、巨大な影が張り付いていた。
闇から滲み出すように、その影が分離した。赤い一対の眼光がゆっくりと俺を見下ろし、こちらの視線と合う。殺気が一層強くなった一瞬、その目が俺のすぐ後ろに向けられた。
「駄目ってどういう事? 一体そこに、何が……」
「ユリア、逃げろ! 後ろに跳べ!」
俺は叫ぶと、抜刀した。数瞬遅れ、影が天井から飛び降りてくる。
「ギャアアゴロロロロッ!!」
凄まじい咆哮と共に、小型の曲刀の如き爪がユリアに肉薄する。俺は彼女を突き飛ばすようにして後方に跳躍すると、デュアルブレードを頭上に掲げた。爪が刀身にぶつかり、激しい金属音と衝撃が響く。
襲撃者は、くるりと宙返りをして壁際に下がる。
それは、これまでも俺たちが戦ってきたキャスパリーグだった。しかし、その大きさは先程まで戦った猫たちとは比べ物にならない。その体躯は、月光の降り注ぐ洞窟の奥を埋め尽くすようで、猫らしい愛らしさなど欠片も感じられない。あたかも、漆黒の虎を相手にしているようだった。
「間違いねえよ……これ、キャスパリーグの親玉だぜ」
アロードが呟くので、俺は絶句した。
「まさか、月香の願い花が生えている場所が、親玉の塒になっていたなんて……俺たちが来なかったら、あの人たちは第二のプランも駄目になっていたって事じゃないか!」
「結局いつも、私たちが戦闘を回避しようとしても、名前の出てきた魔物とは戦う事になるわね……でも、丁度いいじゃない。多くの村人を伝染病に感染させたのはこの個体なんだし、倒せば多くの人が救われるはずよ。勿論、他の個体から感染した人たちだって居る訳だから、願い花は採らなきゃいけないけど」
「それが踏み潰されそうだな、あのポジションじゃ……」
アロードは、親玉の足元で揺れる願い花を指差す。ユリアは、
「そんな事、させないわよ。……ケント君」
言い、シルフィをフォームメダルに宿らせる。俺も肯き、同じようにアロードに憑依の準備をさせた。
「ああ。絶対、全員助けるんだ。行くよ、ユリア。トランスフォーム!」
飛び出し、前脚から顎にかけての部位を斬り上げる。ターゲットが完全に俺に移ると、俺は道を引き返すように駆け、親玉を誘導した。これでもう、願い花が敵に踏み潰されてしまう心配はない。
「ユリア! ターゲットは俺が取るから、そっちに行かせないで!」
「分かった!」
ユリアは応じつつ、猫の足元に滑り込む。腹の下をスライディングするように潜り抜けながら、柔弱な肉質の腹部にレジーナソードを走らせる。猫自身の加速も相俟って、魔物は鋭く切り裂かれたらしい。悲鳴のような咆哮を上げたが、死角を移動した為かユリアに狙いが移動する事はなかった。
猫は、口元に闇属性の球状ブレスを生成し、こちらに放ってくる。今まで戦った個体は体毛から病原体を放つ以外に特殊攻撃はしなかったが、やはり闇属性としての技も使用するらしい。
「ケント君! 威力の分からない攻撃よ!」
「当たらなきゃ大丈夫だ! 灼炎界破刹!」
俺は、この洞窟で戦闘を行ううちに修得した突き技を使用し、闇の球を貫く。自らも突進してきた猫の鼻筋に剣先を撃ち込み、敵は怯んだように遅延を見せた。
「どうだ!?」
分裂しつつ、後方に飛んだ闇の球の行く末を見る。球は俺に穿たれ、変形しながらも四散する事なく飛び続け、地面に当たった──瞬間、想像もつかなかった変化を見せた。
重油の池に火種を落としたかの如く、闇色の炎のようなエフェクトが、地面から湧き上がるように出現した。それは生き物の如く蠢き、時折虚空に粉末のようなものをパッと散らす。見るも悍ましい光景に顔を顰め、その後出口へと至る道を塞がれた、と気付いて戦慄した。
ディレイから回復し、尾の辺りをユリアに攻撃されながらも体勢を立て直しているキャスパリーグに視線を向け、今の攻撃が何だったのかを掴もうとする。が、俺がもう一度攻撃を誘う前に、憑依しているアロードの声が直接頭に届いた。
『ケント、今の攻撃は山猫の歯牙だ。キャスパリーグの専用魔法で、パイカ・ビールスを含む設置型のシェルを展開する。直撃すれば相手は感染、回避しても設置されたシェルは、足を踏み入れた者を病原体に感染させる。踏まなければいい話だけど、それでも動きの阻害効果はあるよな』
「なっ!? それ、先に行ってくれよ!」
俺は思わず声を裏返し、再び向かって来た親玉猫の爪を防ぐ。
『だってよ、今までの連中、全っ然使わなかったじゃねえか。だから、俺も言う機会がなくて……実際、あいつらにとっても奥の手なんだ。こうも出し惜しみしねえとなると、本気だぜ、こいつ』
「今じゃもう、仕方ないけどさ……」
俺は呟くと、爪の攻撃を跳ね上げる。親玉猫は仰反りつつ、また口から闇の球──アロードの言ったイル・ダン・デュ・シャを放ってくる。今度は俺の頭上、放物線を描くような軌道だ。落下すれば、俺のすぐ後ろにシェルが広がり、俺は回避行動の一切が取れなくなる。
(一か八かやってみるか……!)
俺は、覇山焔龍昇で闇の球を斬り割り、軌道を逸らそうかと考えた。
が、次の瞬間ユリアの鋭い声が耳に届いた。
「ケント君、頭を下げて! ウォーターフォール!」
反射的に従い、俺が腰を屈めた瞬間、魔物の体の向こうに居たユリアがその背の上に向かって跳躍した。滝落としを伴う重攻撃が魔物に上部からヒットし、その巨体を洞窟の地面に押し付ける。
魔物の頭部が下に逸れた隙間を突き、彼女は更に次の技を繋げる。ウォーターフォールからの構えの切り替えは、一秒にも満たなかった。
「激流推剣!」
オーシャンスラストの上位互換、とも思える極太の水柱が射出され、落下軌道に入りつつあった闇の球にヒット。球は水流に呑まれ、それが消えると既にそこには存在しなかった。
「ユリア……」
「スピード技、私も使えるようになったの! 重攻撃にも連続させて使えるから、間に合わせられた!」
ユリアは些か得意げに言うと、俺のすぐ横に着地する。俺が「ありがとう!」と言うと、いつものようにはにかんだ後、すぐに真面目モードの表情に戻って剣を構え直す。
キャスパリーグは、体毛によって分かりづらい顔でも判別出来る程表情筋を歪め、怨嗟の滲むような眼差しでこちらを睨む。赤い目はより一層爛々と輝いており、その睨む先はユリアだった。どうやら、先程の一撃で大ダメージが入った事が、ターゲットが再び彼女に移るきっかけとなったらしい。
「ゴロロロロッ!」
猫は唸ると、ゆっくりとこちらに歩を進めてきた。先程のように、足の間を抜けて反対側へ移動する事は出来ない。跳躍も、大技を使っただけあり反動が激しいユリアには厳しいだろうし、今の彼女から俺が離れるのも危険だ。
俺とユリアは、じりじりと近寄ってくる魔物に向き合ったまま後退する。だが、背後には先程のイル・ダン・デュ・シャで設置された病原体のシェルがあるはず。このままではそれを踏んでしまうが、確認しようとして振り返れば隙が生まれ、首をあの巨大な爪で薙がれる事にもなりかねない。
逆に不意を突き、正面から仕掛けて喉笛を狙おうか、という考えが脳裏に萌しかけた時、突然次のアクションが起こされた。




