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『ブレイヴイマジン』イベント キャット・パニック③


          *   *   *


 わらわらと集まったキャスパリーグの群れを掃討すると、俺たちは遂にそこで足を止め、腰を下ろして話し合いを開始した。

 今の戦いでは、やはり気を付けてはいたものの、ユナ・モモコ症候群の病原体を受ける事を完全に避けられはしなかった。幸い俺とユリアが同時に感染する事はなかったので、片方が罹ればもう片方が発生源の猫を討つ、という事を繰り返し、魔法が発動されて病気が発症する前に解除する事は出来た。しかし、俺たちがどちらか一人だったら詰んでいただろう。

「つまり、こういう事でしょ」

 シルフィが指をぴんと立て、仮説を語り始めた。

「元々、ユナ・モモコネコはこの洞窟に居て、何体かが川の近くまで出て来ていた。村にも猫が現れるようになって、村人たちはこれではいけないと思って洞窟を封鎖する為に、村の中で発生したシャラクを生け捕りにし、ここに置いた。確かにユナ・モモコネコだって、奇襲で麻痺させられればここを通る事は出来なくなるしね。でも、それで村人たちもここに月香の願い花を採りに来る事が出来なくなった。……見張りの人は、嘘を()いた訳じゃないよね。本当に戦力外通告をされていたから、自警団がやった事を知らなかったのよ。

 そして分断された猫ちゃんたちは、この洞窟と森で、ロゼルの監視がなくなったのをいい事に増殖した。森に居た子たちは、群れを、()いては縄張りを分断されたから怒って、執拗に村を攻撃し続けている……とか」

「でも、それじゃあキャスパリーグども、シャラクを設置したのがあいつらだって分かっていたって事になるぜ? それはちょっと、考えづらくね?」

 アロードが言うと、今度はユリアが「じゃあ」と言った。

「群れの分断は、ユナ・モモコネコたちが村に攻撃を仕掛けるようになってから取られた措置で、原因じゃなくて結果なのかも。シルフィの言う通り、村人たちは他に、何か彼らを怒らせるような事をして……」

「やっぱり、そういう事になるのか?」アロードは、今一つ解せない、という顔だった。「直接確かめる必要があるって事か」

「当然よ。だって……」

 ユリアが言い、俺は肯いた。

 そうだ、もしもこの過感染(エピデミック)が、村人たちの犯した過ちによりキャスパリーグに目を付けられた事によるものだとしたら、ここで一時的に感染を収束させたとしてもまた同じ事が繰り返される可能性も否定出来ない。月香の願い花を入手する事は第一目標だが、それだけでこの件を解決とする訳には行かない。

 立ち上がり、話し合いを一段落させるように手を打ってから言った。

「取り敢えず、先に進もう。この先もユナ……」

 アロードに睨まれ、咳払いと共に言い直す。

「キャスパリーグが出るだろうから、気は抜かずにね」


          *   *   *


 (しば)らく分岐のない道が続いたが、それ故に前方からキャスパリーグが現れると、戦闘は避けては通れないものとなった。一体この狭い洞窟で、どれだけ多くの数が生息しているのだろう、と考える。

 十分程歩いた時、道が二股に分岐している地点に出た。左側は道幅が右寄り比較的広く、奥からは光も差しているのかやや明るかった。

 見張りの男性から、月香の願い花が咲いているのは洞窟のいちばん奥で、天井の穴から光が差し込んで植物を成長させているというという事を聞いていたので、俺たちは特に意見を交わす事もなく自然にそちらへと曲がる。また真っ直ぐな道が続き、そこを三分程歩くと、俺たちが間違っていた事が判明した。

 俺たちは明月洞の、反対側の出口まで辿り着いてしまったのだ。

 造山帯から扇状に広がり、マクロンティア方面へ続く界廊を覆い隠している山脈がすぐ近くに見えた。その下には未開らしい樹海が遥々と広がっており、こちらまで途切れる事なく続いているように見えるその手前、俺たちのすぐ目の前には──湖のような、縹渺(ひょうびょう)とした水面が広がっていた。

「あの分かれ道で見た光は、出口が近い事を意味していたんだな。道を間違えたみたいだ、引き返そう」

 俺は言い、(きびす)を返そうとした。しかし、そこでユリアが声を上げた。

「待って!」

「………? どうしたの?」

「カルデラ湖にしては何かおかしいと思ったけど、やっぱり。ここ、天然の湖じゃないみたい。あれを見て!」

 彼女が指差したのは、俺の視界では片隅に位置するような場所だった。見ると、そこにはもう一本、数時間前に俺たちが渡った川よりも幅の狭い流れがあった。沢山の男たちが、スコップを振り上げたり、土砂や倒木を積んだ手押し車を押して運んだりしている。

「ダム工事?」アロードが呟いたが、

「っていうより、ダムを壊そうとしているみたいね」

 シルフィは言い、反対側の端を示す。そこでは、森の奥、グレイバンド山脈の外れから伸びる川が、湖に流れ込む直前で堰き止められ、同じく労働者たちが懸命に水を汲み出していた。川は、この湖の底が浚われた後で向こうの流れに接続され、海の方まで繋がる本流へと合流するようだった。どうやらこれは、先程の川の支流に当たる流れらしい。

 俺たちが出てきた明月洞のある、峠の岩山へと視線を移すと、俺たちの居る場所で峠はおしまいになり、俺たちが今まで歩いてきた森が見えた。その奥にはあの村の板垣も見え、最初から川を渡って明月洞を通れば、村を通らずとも迂回して西へ行ける事が分かった。

「……何となく、分かったかも」

 ユリアは低く呟くと、工事を行っている労働者たちの方へ駆け出す。俺とイマジンたちも慌てて追い駆けたが、彼女が何に気付いたのかは分からなかった。

「すみません!」ユリアは、こちらに土木を運搬してきた一人の中年男性に声を掛ける。相手は迷惑そうに眉を潜めたが、「何だ?」とおざなりに返事をした。「あなた方は一体、何の工事をしているんですか?」

「見たら分かるだろう、治水工事だよ」

 男性は、運搬を再開しようとする。ユリアが慌てて続けた。

「ダム、壊しているんですか? 一体どうして……」

「あそこの連中の仕業さ」

 彼は忌々しそうに、親指を返して村の囲いを指差す。

「俺たちはもう一つ下流の村の者だけどよ、奴らがここにこんなものを勝手に作りやがって、支流の水を堰き止めやがった。半年前から水量が減ったなとは思っていたけど、その時にはもうこうなっていた訳だ。それでここ二ヶ月、工事をしっ放しだ。山に近いだけあって水はどんどん流れ込むし、壊すのも一苦労さ」

「支流を堰き止めた? 何の為?」

 俺が首を傾げると、シルフィが素早く解説してくれた。

「こういう僻陬(へきすう)の地になると、水を持っている村が地域で力を持つのよ。多分この川は、支流と本流が合流するのがそこの村じゃなくて、一個下流に下った所にあるこの人たちの村なんでしょ。だから、手に入る水の量が元々下流の村の方が多かったんだけど、そこの村はそれを堰き止めて、ここにダムを作って自分たちが沢山の水を得ようとしたって事」

「全く、セコい事をしやがるぜ。こんなに水は沢山あるんだし、俺たちだって権益をガメようとしていた訳じゃねえのに」

 男性が呟いた時、そこでユリアが更に身を乗り出した。

「もしかしてなんですけど、この辺りにキャスパリーグが出るって話は、今までに聞いた事はありませんか?」

「キャス?」

「ユナ・モモコネコともいいます。闇属性の、黒猫の魔物で……」

「ああ、ユナモモか。確かに、川向こうで見るって話は聞くな。こっちまで来ると、言った通り支流が本流に接続されるから川幅も広くなって、あいつらが泳いで来る事もなくなるが……」

「それだよ、ケント君!」

 彼女は、突然指を鳴らして俺を指差した。急に話を振られ、しかも全ての謎が解けた、と言わんばかりの興奮した口調だったので、俺はつい身を引いてしどろもどろに応じた。「な、何が……?」

「ユナ・モモコネコがあの村を襲う理由! 彼ら、このダム工事のせいで元々縄張りがあった場所を壊されたのよ。明月洞が彼らの住処じゃないの、元々の住処を追われて、彼らは明月洞を通って森に出て来たのよ。シャラクは、それを防ぐ為に村人たちが設置したもの」

「それじゃ、やっぱりユナ・モモコネコは村に復讐を?」

 シルフィが言った時、労働者の男性は「なるほどな」と肩を竦めた。

「ユナモモの被害が、連中を襲っているって訳か。それじゃ自業自得だな、自分たちならあいつらにも勝てるって驕ったからこういう事になるんだよ」

「でも!」俺は、つい声を上げる。「村人全員が、そういう考えだったとは思えません。それに、伝染病が村の外まで蔓延したら、真っ先に被害を被るのは隣村のあなた方なんですよ」

「それじゃ、迷惑極まりない話だが」

「そうですよ、あなた方にとっては迷惑でしょう? だから、俺たちはあの村を救うんです。そして、このダムを撤去するように言います。ですからあなた方も、出来るだけ平和な話し合いによる解決をお願いします」

 俺が頼み込むと、彼はしげしげと俺たちを見回した。

「あんたらもしかして……あれか、ミッドガルドを旅して、イマジンたちのフォームメダルを取り戻している勇者たちっていう」

「あー……」

 俺は、三人と顔を見合わせる。つい一昨日にタイタスの冒険を終えた事は早すぎるにしても、それ以前にシェリカのフォームメダルを取り戻したのも、まだ半月も経っていない出来事なのだ。

 逆に、これ程の速度で旅が進んでいるからこそ、噂になるのかもしれない。一度人の口に上った噂の影響力については、シェリカの一件で既に実感していた。

「ヴェンジャーズの奴らは、『村長の娘と不愉快な仲間たち』とか呼んでいるらしいが……まさか、こんな僻地でお目に掛かれるとは思ってもみなかった」

「勇者たちのお願いだったら、聴いてくれますか?」

 ユリアは、小首を傾げるようにしながら男性を見る。彼はもう一度村を睨んだ後、ふっと息を吐き出した。

「そうだよな。ユナモモの増殖がヴェンジャーズのせいだとしても、それに拍車を掛けたのは現地の人間だ。現地の人間の問題は、現地の人間同士で解決しねえと駄目だよな」

「話し合いの相手、私たちが絶対に助けます! とんずらなんて、絶対にさせませんからね!」

 ユリアの言葉に、俺たちは力強く肯いた。


          *   *   *


 洞窟内に引き返し、分かれ道の反対側から引き返してきたキャスパリーグと戦いながら分岐点まで戻ると、今度は右側に曲がった。こちらの道は岩山の内部、深くへ続いているらしく、暗さは一層増した。

 俺たちはエストクライス山でしたように懐中電灯を頭に巻きつけ、戦闘用に両手を空けた状態で進む。キャスパリーグはやはり沢山居たが、この電灯と、暗闇でも彼らの目が光る事で、奇襲を掛けられて危機に陥るような事はなかった。彼らは夜行性だが、暗い洞窟の中では日中でも活動するらしかった。

「ねえ、さっきから何か、敵が大きくなったような気がしない?」

 また一体の山猫を倒し終えると、シルフィがそう言った。俺は魔物の(むくろ)を見下ろし、そういえばと肯く。住処が変わると変節も起こるのだろうか。

「適応って考えれば、狭い洞窟内で動きやすくする為には体を小さくする必要があると思うんだけど……これが、進化と凶暴化の違いなのかな」

「もしくは、増えすぎた割にここが洞窟の奥って事もあるかもな」

 アロードが言い、俺は「どういう事だ?」と尋ねる。

「魔物のエーテル・マナ転換能力だよ。ここは、大気があんまり動かねえ。だから、マナの濃度が高いんだ。そうなると、生成されたマナは魔物に還元され、自然災害の規模を増大させるように、魔物の成長も促進する」

「待ってくれよ、それって危ないんじゃ」

 俺は、基礎的な事を思い出す。

「マナが自然災害の原因になるなら、それでここの大気が満たされているのは危険な状況だよ。この洞窟が崩落したら、峠も大規模に崩れる」

「でも、それが対魔法効果のある薬草を育てたりもする。自生魔法以外の魔法的概念は、自然発生的にならマナに由来するんだから。どんな物事も、バランスが大事って事よね」

 ユリアは言い、シルフィとアロードを見た。

「そのバランスを取ってくれているのが、あなたたちイマジン。だけど、イマジンだけじゃ戦う事は出来ないし、さっきの村の人たちみたいに、自分たちの手で魔物の被害を出さないように気を付けなきゃいけない。自然の再生能力に限界があるみたいなものだよね。……この世界を創ったルーラーって、人と人が助け合えるって分かっているから、こういう(ことわり)を敷いたんだよね」

「その一方で、ヤークトみたいな残酷なシステムも作った。両面、どっちも持っているのが神って事だろうな」

 アロードが、しみじみとそう呟いた。

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