『ブレイヴイマジン』イベント キャット・パニック②
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川岸に舫ってあるボートを借り、向こう岸に渡ると、俺たちは森の中の探索を始めた。アロードと見張りの男性の話によると、ユナ・モモコネコ……ではなくキャスパリーグは夜行性で、日中は薮の中などで眠っているという事だったが、縄張り意識は相当強いらしい。近くを通ると襲って来る事があるので、進むには細心の注意が必要となった。
遠くから見て、茂みに黒っぽい影が見えたらなるべく避ける。もし誤って刺激してしまったら、スキルを発動されないよう注意を払って倒す。
先程の村人たちを伝染病に感染させたのは、キャスパリーグの親玉だけではないだろう。このように、群れに属する下級の山猫を倒す事でも、禍根を断つ事には繋がるので、俺たちは遭遇した場合でも逃げずに戦った。
「出没する地域にしても、さすがに居すぎだな、キャスパリーグ」
「まあ、ねえ……まだ二時間も経ってないと思うけど、たまたま最初の方に集中しただけなんじゃない?」
「つってもなあ、もう三十二体目だぜ、さっきので? 俺数えてんだからな」
「なあんだ、それじゃあまだまだじゃない」
相変わらず姉弟のようなやり取りをしているイマジン二人を見、ユリアが苦笑しながら「まあまあ」と間に入った。
「見えてきたよ、洞窟。あれが見張りの人が言ってた『明月洞』じゃない?」
彼女に言われて、俺も行く手を注視する。なるほど、茂った薮の向こうに、峠の岩壁から一枚岩が突き出している箇所が見える。ちょっとした雨宿りに使えそうな場所だが、その下に蟠っている影は大分濃い。確かに洞窟となり、峠の下の方まで続いているようだ。
あの中に、伝染病の治療薬となる月香の願い花がある。キャスパリーグは何度も村に襲来しているようなので、根本からの解決を図るのであれば親玉の討伐が必要となるだろう。だがそれよりも優先すべきは、現在苦しんでいる村人たちの病状を改善する事だ。
俺たちは一枚岩の下に走り、入口を確認すると、明月洞の中へと踏み込んだ。洞窟は峠の下一杯に広がっているらしく、入口も広かった。エストクライス山と同じく、造山帯に属していた頃の溶岩洞窟なのかもしれない。
「それにしてもねえ。幾ら凶暴化しているっていっても、この規模の魔物の群れが、そう繰り返し村を襲うなんて」
シルフィは、独り言のように呟いた。
「この手の縄張り意識が強い魔物は、他人のテリトリーに踏み込む危険性ってものを知らないはずはないのに。それに、こんなに伝染病を広めたって事は、パイカ・ビールスの使用後に皆して魔法を使ったって事でしょ?」
「村の連中が舐められてるって事だろ。縄張り侵犯の危険を知っているからこそ、相手が弱いって認識した奴には容赦しねえよ?」
アロードが言うが、彼女は「それにしたって」と返す。
「あの人、今まで家畜を襲いに来た猫を撃退した事があるって言っていたじゃない。それで、もうあの自警団は弱い、って認識しない材料は集まったように思うんだけどなあ」
「……何が言いたいんだよ?」アロードは眉を潜める。
「だから、あの村が何か、ユナ・モモコネコの恨みを買うような事をやったんじゃないかって事」
「考えすぎだろ。そうだったとしても、俺たちのする事は変わらねえ……ん?」
言いかけた彼が、不意に口を閉ざした。どうした、と俺が尋ねると、彼は視線を前方に向けたまま行く手を指差した。「あれ、何だ?」
俺は、彼の指差す先を見つめる。
そこに、古びた長櫃のようなものが放置されたようにぽつんと置かれていた。誰かが運び込み、忘れでもしたかのようだが、あの大きさのものを置き忘れるという事などあるだろうか、と俺は首を捻った。
「村の奴らは、ここには来られなかったんだろう? それなら……」
アロードが呟くのを聞きながら、俺はその箱へと歩を進めた。が、次の瞬間ユリアが「駄目!」と鋭く叫んだ。
「ケント君、それは魔物だよ!」
「えっ!?」
ユリアの言葉に俺が反応するよりも早く、突然箱の蓋が開いた。その縁から鋭い牙が覗き、中の暗闇に鬼火のような目が浮かび上がった。カメレオンの如く伸びた舌に足を絡まれそうになり、俺は悲鳴を上げて跳び退く。
アクスフェルトの森に生息していた植物系たちと同じく、潜伏タイプの魔物のようだった。俺が以前プレイしていたRPGにも登場したミミック系に似ている。
「シャラクよ! あたしも見るのは初めてだけど……ユリアちゃん!」
「了解! トランスフォーム『シルフィ・アクア』!」
ユリアは変身すると、尚も俺の足元を掬おうと狙ってくる魔物に飛び掛かった。シャラクは箱状の体を左右に揺らすようにし、こちらに駆けて来る。俺も、すぐさま変身して彼女に続いた。
「スピニングマリン!」「覇山焔龍昇!」
俺たちの剣技は左右から交差し、大きなクロス状の軌道を描く。シャラクが第二の攻撃をする前に外装が砕け、蝸牛のような軟体動物じみた本体が覗いた。
連携攻撃も、大分取りやすくなっている。俺の斬り上げとユリアの斬り下ろしは交差する軌跡を描きつつも、刀身同士をぶつけて阻害し合う事がないので、互いの技が最大限に敵にダメージを与えられる。水と炎の属性攻撃が触れ合う事により、水蒸気を発生させて追加ダメージすら付加出来た。
「ケント君、お願い!」
「ああ! 爆炎天翔斬!」
炎を纏った横薙ぎが、シャラクの本体を切り裂く。ぬるぬるとした肉がジュウッと音を立てて収縮し、硬化すると、魔物は咆哮と共に電撃の球のようなものを吐いてきた。どうやら、麻痺効果のある攻撃らしい。が、
「ユリア!」
「合点承知! 効かないわよ、スパイラルストリーム!」
俺と交替したユリアが、カシャロットの水ブレスを両断した時の如く必殺技を繰り出し、その麻痺攻撃を防ぐ。レジーナソードは勢いを殺す事なく、シャラクの脳天に直撃する。魔物は完全に真っ二つとなり、水エフェクトに巻き込まれて姿が見えなくなった。
激流が消えた時、通路を塞いでいた大きな箱は何処にもなくなっていた。ユリアは剣を納めると、ふうっと息を吐いてシルフィを分離させる。俺もアロードの憑依を解かせ、肩を回す。
「雑魚敵だってけど、麻痺も使うやつだったなんてな……不意討ちされていたら危なかった」
「不自然な出現の仕方だったよね。そもそも、人工物に擬態するシャラクが、こんな天然の洞窟に出現する事自体がおかしいのよ。普通は長年人の立ち入りがなかった物置小屋とかに発生して、犠牲者を出すんだけど」
「物置小屋って、ユリアの家……ギアメイスの村長の屋敷にもあるよね、結構大きいやつ? それも危ないんじゃない?」
俺は、少々ずれたところで懸念が浮かぶ。ユリアは律儀に答えてくれた。
「実際あったよ、前にも。勿論お父様は、税金とかアルヴァーラントとの貿易で得たものとか、村人への配給物資とかを保管している訳だからちゃんと物置の中身は把握してて、見覚えのない箱が現れたからすぐに魔物だって分かって退治したから大事には至らなかったけど」
「本当に危ない世界なんだな、エヴァンジェリアって……」
「そうでもないよ、よっぽどの事がなければ。ちゃんとイマジンが魔物の動向は監視しているし。だけど、火事とか地震とかと同じ。起こる時には起こるから、シャラク対策の整理整頓はしておかなきゃね。私もちゃんとするから、ケント君もあんまり散らかしちゃ駄目だよ」
「ああ。……えっ?」
俺は自然に返事をしたが、そこでユリアが想定している未来の状況を思い浮かべ、一瞬の思考停止を経て顔がぶわっと熱くなった。
彼女に悟られないよう咄嗟に顔を背けたが、ユリアは俺の「えっ?」という一言で自分の発言に解釈が追い着いたらしく、微かに赤らみながら俺の顔を覗き込もうとする。シルフィが、割り込むように言った。
「ユリアちゃんが乙女モードになる前に話を戻すけど、これは明らかにこの明月洞で発生した魔物じゃないよね。さっきの村とか、近くの民家とかで出現して撃退されたのか、或いは誰かが意図的にここに置いたのか……」
「それって、本物の罠って事じゃねえか」
アロードが言い、ユリアもぎりぎりで真面目モードに戻って考え込んだ。
「私たちが来る以前からあの見張りの人はマスクをしていたし、事実ユナ・モモコネコも森に居た。だから、あの村の人たちが罠を仕掛けたって訳じゃないと思うけどなあ……伝染病は本当みたいだし」
「そもそも、本当に罠なのかどうかも」
俺が口を挟んだその時、次の異常が発生した。
前方の闇の中に、突如として無数の眼光が浮かび上がったのだ。変身を解いたばかりなのに、と戦慄しながら見ていると、それらは黒猫の形を滲むように浮かび上がらせ、俺たちの方へと進み出てくる。
「ニャゴウ……グルルルル……ッ」
シルフィが、「あらー」と棒読み口調で言った。
「猫ちゃんたちが、こんなに一杯」
「ユナ・モモコネコでしょ、シルフィ」ユリアが応じ、
「キャスパリーグ!」
アロードが、焦れったそうにまたもや訂正した。




