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『ブレイヴイマジン』第4章 グランド⑧


          *   *   *


 次の洞窟に入ると、そこもまた元マグマ溜まりだったのか、かなり広いドーム状の空間になっていた。しかし、ゼドクと会った時のようにその先の洞窟は分岐しておらず、また一本道が続いているようだった。そこに上がっていた土煙が、更に奥へと消えたのが見えた。

「道がもう、勾配のない坦道になった。そろそろ最深部じゃないか?」

 タイタスが呟く。俺は「かもな」と応じ、歩みを進める。

 道中は困難を極めたが、もうすぐ目的は達成出来る。そう思い、気持ちが逸り始めた時だった。

 不意に、冷たい鋼のような殺気が体幹を貫いた。

 俺のすぐ後ろ、ユリアの後方に人の気配がする。それが確信となる前に、俺はデュアルブレードを抜いて気配の根源へと突き出していた。

「危ない、ユリア!」

 カシンッ! と鋭い音が洞窟内に反響し、俺の剣は突き出された太刀の刀身を弾いた。それが合図になったかのように、俺以外の全員が跳び退()いた。

「やはり、駄目だったか」

 俺は襲撃者の顔を見、声を聞いた瞬間、悲しみと怒りが同時に湧き上がった。

「ガーディさん……こんな所まで、ユリアを付け狙っているんですか!」

 洞窟の入口で待ち伏せ、入ってきた俺たちの背後を突いたその男は、ヴェンジャーズ三侯の一人、太刀使いのガーディさんだったのだ。

「まさか、さっきのコンデムは……」

「違う。これは、俺独自の行動だ。お前たちの動きを……手段は口に出来ないが、悟って動いたのだ」

 ガーディさんは言うと、太刀インフェリアブランドの(やいば)をさっと振った。

「ケント、余計な事をしたな。お前の見ている前で、ユリアを殺したくはない。だから、不意討ちをしたのだ。俺がお前の見ている前でこいつを殺そうとしたら、お前は絶対に、俺を止めようとするだろう」

「当たり前じゃないですか!」

「そうなれば、俺はこの刀でお前を斬る事になるだろう。それは、したくない事だ」

「だったら……」

 俺は言うと、デュアルブレードの切っ先を彼に向けた。

「俺、あなたと戦う覚悟は出来ています。俺は、アロードのブレイヴだ。俺から彼のメダルを奪うには、俺を殺さなければならないんでしょう? 俺だって……本当なら戦いたくはない。でも、ユリアを傷つける、ましてや殺すなんて事をしたら、俺は自分を抑えていられる自信がありません」

「俺が総統マンティスから与えられた任務は、シルフィのメダルを得る事だ。その為には、お前には申し訳ないが、ユリアを殺すしかないんだ」

「駄目です! ユリアは誰にも渡しません!」

 俺はそのまま、剣先でガーディさんの心臓に狙いを付けた。

「さあ、俺を斬り殺して下さい。それをしないなら……俺が、ガーディさんを斬ります!」

「ケント……君……」

 ユリアが、たった今殺されかけたという現実を反芻したらしく、声を震わせて俺の名を呼んだ。俺は素早く振り返り、「何やってるの!」と叫ぶ。

「アロードは俺と残ってくれ! 他の皆はすぐに逃げろ、最深部はもうすぐなんだから、先に行くんだ!」

「わ、分かった!」シルフィは言い、ユリアの袖を引く。「行くよ!」

「ケント君、どうか無茶はしないでね!」

 ユリアは言い、ジーゼイドさんとタイタスと共に駆け出して行く。俺は、フォームメダルにアロードを宿らせた。

 牽制の為とはいえ、ガーディさんを斬る宣言などするのは(つら)かった。これは、ガーディさんの俺に対する優しさを利用するような、卑怯な言い方だ。それも分かってはいたが、これ以外に彼を止める方法があるだろうか。

 止められなかったら、俺はどうするというのか──。

「……ケント。お前に俺が斬れるものか」

 彼は、油断なくインフェリアブランドを構えながら低く言った。

「お前と俺では、生殺与奪……命の主導権は俺にある。その上でお前は、俺とやり合おうというのか?」

「そんな脅しが通用すると、本当に思っているんですか? 俺はブレイヴ、弱さがあるのだとすれば、それは俺自身の迷いです。……勇者の始まりは、いつでも小さな勇気から。そう言ったのは、ガーディさんですよね?」

 彼の表情が、そこで変化した。

 悔しそうに俺を睨むガーディさんに、剣先を向け続けていると。

「……俺の出る幕のようだな」

 洞窟の、俺たちが入ってきた方から声がした。俺とガーディさんは、揃って視線をそちらに向ける。現れたのは、ゼドクとルクスだった。

「鬼神という名の破壊者は、我が(やいば)(くれない)の雫を残し、散るだろう。此岸と彼岸の境界たるこの地底の王国に、悪意に染まりし刀を持ち込んだのだから」

「貴様か」

 ガーディさんは低く唸り、刀を俺から彼に向ける。ゼドクはクリアレストライトを音高く抜き放ち、指揮棒の如く振った。

「我が真名を知らぬのならば、今この瞬間に(きこ)し召せ。俺は白光の戦士ゼドク、光のブレイヴにして孤高の士。授けられし天命を剣舞の祭壇へと捧げ、五常を解き糺し、煌々たる霊光の祝福を給わん……世界は、俺の剣にて裁く!」

「俺の正体を知らぬのは貴様の方だ、ゼドク」

 ゼドクの決め台詞に対し、ガーディさんが返したのはそのような呟きだった。その声に、僅かに憐憫のような色を感じ取り、俺はつい彼の横顔を窺う。だが、ゼドクは俺にもガーディさんにも、口を差し挟む隙を与えなかった。

「俺は、己が指針を以て貴様を、悪と断罪する。……トランスフォーム『ルクス・フォトン』!」

 彼はブレイヴへと変身し、ルクスを憑依させて飛び出す。ガーディさんも迎撃の構えに入った。俺は咄嗟に「やめろ!」と叫びかけたが、そこですぐに思い直し、口を噤んだ。

 俺たちを誘導しているらしいコンデムは、更に奥へ向かった。ガーディさんの配置したものでないとすると、この先に何者かによる罠が待っている可能性は否定出来ない。主戦力の俺が欠けるのは一同にとって危険だ。それに、俺たちはこの夜、最深部で一夜を明かさねばならない。ガーディさんをこのままにして俺が逃げ、夜襲を掛けられたりしてはマズい。

 最深部へ至るという事は、袋小路に自ら飛び込むという事でもあるのだ。一度ガーディさんに──ヴェンジャーズに追い着かれたという事は、それなりの受け止め方をせねばならないのだ。

(もし……ここでゼドクたちが足止めしてくれるなら……)

 俺は、変身前にアロードを実体化させた。突然戻され、アロードが困惑の声を上げかける。が、彼が口を開くより先に、俺はゼドクに叫んだ。

「ゼドク! どうかそのまま、ガーディさんをそこで押さえていて欲しい! でも、殺しはしないでくれ!」

「ケント、お前はまた甘い事を……」彼が言いかけたが、

「いいから! その人にはまだ話さなきゃいけない事も、聞き出さなきゃいけない事もあるんだ。それは……俺がブレイヴとして、世界を守る為に必要な事なんだ。君と同じように」

 俺は切実に言った。ゼドクには、この言葉がいちばん有効だろうと思いながら。

 ゼドクはガーディさんに光輪斬撃破(コウリンザンゲキハ)を繰り出したが、一度刀によって防がれると、大きく後方に跳躍して距離を取った。

「承知した。だがもし、それでお前に危険が及ぶようであれば」

「その時は、俺がやるよ。……君には、やらせない」

「いいだろう」

 ありがとうゼドク、と小声で言い、俺は身を翻した。ユリアたちはコンデムの導きで、奥まで最短ルートで向かっただろう。俺にその案内はない為、距離は大分開くかもしれない。だが、絶対に追い着いてみせる、と心に誓った。

「逃がすか!」

 ガーディさんの殺気が背後で動いたような気がしたが、

「貴様の相手は俺だ! 霹靂疾孔穿(ヘキレキシックウセン)!」

 爆発音と剣戟が響き、その殺気が俺の背中から逸れた。ガーディさんの舌打ちと怒声が、ゼドクへと向かって行った。


          *   *   *


 その先は、魔物との交戦もなかった。先程の洞窟に入る直前も敵は出現しなかったが、これより先もそれと同じなのか、ユリアたちが既に倒していたのかは、俺には判別出来なかった。

 歩いているうちに、唐突に疲労が襲って来た。昨日はヤークトを警戒しっ放しで、今日はエヴァンジェリア最大の危険スポットをひたすら進んできたのだ。結局抗いきれず、俺とアロードは瘴気の湧き出す気配がない事を確認し、そのまま交替で仮眠を取る事にした。

 ジーゼイドさんの時計を最後に確認したのは、丁度夕食が終わった午後七時半の事だった。あれから時間はかなり経ったようにも思うが、謎めいたコンデムとの遭遇やガーディさんの急襲があり、単に体感時間が凝縮されているようにも感じる。辺りを見回しても、ただ暗いだけで時刻を知る要素は何処にも見当たらない。そして、なるべく下り坂を確かめて進んできたが、自分が本当に進んでいるのか、確信すらも得られなかった。

 自分の現在居る場所、時刻、世界に於ける座標が何一つ分からないという事が、これ程不安を煽るものだとは思ってもみなかった。

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