『ブレイヴイマジン』第4章 グランド⑦
* * *
二十分程度の短い昼食休憩を終え、俺たちは再び下降を再開した。
山登りならぬ”山下り”は、それから一時間程の間は魔物との戦闘を挟まずに続行された。斜面はどんどん急になり、やがて半ば崖のような斜面が現れた。俺が先行して降り、滑ったり崩れたりしない事を確認してから後の五人を呼び、皆が無事に降りる事が出来た。
勾配が酷いだけに、帰りの方が危険かもしれないな、と俺は思った。もし帰る事が出来ればの話だが、などという後ろ向きの思考をそこで付け加えなかったのは、ジーゼイドさんの言葉のお陰だった。
分かれ道を選んだり引き返したり、毒ガスを放つ鉱石に触れてしまい逃走したりしていると、やがて初めて広い空間に辿り着いた。円形で天井の高いドーム状の中継地点となっており、更なる洞窟が奥の壁に三つ口を開けている。どうやらそれはこの辺りの土地が今より低かった時代、溶岩が流れ出た痕跡で、この空間はマグマ溜まりだったと思われる。
その空間に足を踏み入れようとした時、先客が居た。
「ケント君、あれって……」
ユリアに袖を引かれ、俺は足を止める。空間の中心にはまた蛇の魔物が居たが、ザルテュスよりも小さく素早い動きをしていた。その周囲を回り、ナイフのような剣を振るっているのは、
「光輪斬撃破!」
白ずくめの戦士だった。間違いなく光のブレイヴ、ゼドクだ。彼はクリアレストライトを振るい、魔物へと斬り掛かる。大蛇は伸び上がり、彼の身長より高い位置から牙を剝き出した。
「あの魔物は……」
「ヤクルス、ザルテュスよりも小型で動きは敏捷だ。狭い洞窟の中で戦うのは至難の業だが……」
ジーゼイドさんが呟いた時、ゼドクの剣技が発動した。
「ナイトメアスクラッチ!」
「キュイイイイッ!」
ゼドクの頭に噛みつく寸前で、ヤクルスは喉を上に向けて後傾し、静止した。彼はそれを見届けると、血払いしてクリアレストライトを鞘に納める。
「底根に生きし族の戦士は、常闇の中、人知れず燃やした紅き生命を久遠の暗窖へと葬る」
彼が変身を解除し、ルクスが分離した。ゼドクが羊皮紙のような巻物を取り出すと、頭の後ろで手を組みながらそれを覗き込む。
「何処まで行った?」
「どうやら、まだこちらの方面がどうなっているのか見ていないようだから……」
ゼドクは何かを書き込みながら応じる。
俺は二人の居る空間まで入り、駆け寄って声を掛けた。
「やっ、久しぶり……でもないか。一週間ぶり、ゼドク、ルクス」
「……ケントか。お前たちも来ていたんだな」
ゼドクは羊皮紙を指の間に挟むと、右手で左手首を押さえるポーズを取りながら言った。ルクスが「やっほー」と手を振る。
彼の顔が見えたからだろう、タイタスがあっと声を上げてこちらに駆けて来、ユリアたちも彼の後からやって来た。
「ケント君たちの知り合いか?」ジーゼイドさんが尋ねてくる。
「はい、二人はゼドクとルクス・フォトン」
「ルクス、久しぶりだな!」
タイタスは、ルクスに手を突き出す。彼もハイタッチでそれに応じ、「まさかな」と言った。「アロードに続いて、こうして友達二人と立て続けに会えるとは」
「三馬鹿、ここに再び集結って訳ね」
シルフィは「アローちゃんも行きなよ」とアロードを促す。人が増えすぎたからだろう、ゼドクは若干複雑そうな表情になった。
「君たちは、何かの目的があってここに?」
俺が尋ねると、
「地図作りだ」ゼドクは答えた。「この前来た時は、迷いそうだったからな。我々の目的は災厄の根絶、そして今、特に破局の萌芽を育みつつあるのがこのエストクライス山だ。魔物を狩っておかねばな」
「修行とは違うの?」
「当然だ。しかし、同じ志を持つ者たちが図らずもここを死地と定めるのも、また事実。故に俺は、彼らの行き着くべき場所を……再び現世と定める羅針を作らねばならない」
「もしかして、あなたたち」
ユリアは、微かな期待の込もった目でゼドクの方に身を乗り出した。
「この山の最深部に行った事があるの? 私たち、これからそこに用事があるんだけど……」
「俺は流浪の士。故に単独での潜行には時間を要し、五日掛かったがな。……気を付けろ。この蟒蛇の王国は、冥土へと繋がっている」
相変わらずの演劇めいた言い回しに、俺は思わず苦笑しかけた。
「分かっているよ。だから君たちも、この山の危険を少しでも排除しようと頑張っているんだろう? でも俺たちは今までだって、多くの魔物と戦って生き延びてきた。そもそも今回は、戦いに来た訳じゃなく……」
「違げえよ、ケント」
ルクスが、俺の言葉を遮った。
「ゼドクの言っているのは、喩え話なんかじゃない」
「死の国を見たのか? まさか」
アロードが鼻を鳴らす。ルクスは首を振り、言葉を続けた。
「まだ公表はしていないけど、俺たちが最深部を見た時の光景は……陳腐な言い方になるけど、この世のものとは思えなかったんだ。そこは地底の奥底なのに、光が溢れていた。周りを岩壁に囲まれていなければ、山頂と錯覚する程の」
「あの光は、澄んでいた。妖しく、命を吸い取られてしまうかと思えた。かの地は、華麗なる仮面を被った魔の巣窟。人知れぬ地の底に育ちし、遥か古の幽魂たちの世界。そこでは死天使が輪舞を踊り、冥府の眷属が危険な鎮魂歌を唄う……そのような場所だ」
「………」
ゼドクの説明は些か話を盛りすぎに思えたが、とにかくこの世とは思えない場所に繋がっているのは本当らしい。だが、何故そのような光景が、この薄暗い山に生じるのだろう。元々都市伝説めいたいわくはありそうだが、物理的に死の世界と接続されていた、などというオチは洒落にならない。それ以前に、「物理的な死の世界」という言葉自体に倒錯を感じるが。
俺があれこれと思索していると、ユリアが控えめに声を上げた。
「ねえ、ゼドクの言った事で思ったんだけど、それってもしかして魔鏡石のせいなんじゃないかな?」
「魔鏡石が? 何でさ?」
ルクスが首を傾げる。ユリアは胸の下で手を組み、考え込むように下を向いた。
「魔鏡石は、魔石の中でもとりわけ強力な魔力を持っている。だから、外界への干渉効果も持っている。それは、昨日ジーゼイドさんが確かめたでしょ? その石が大量に、何千年も人の手の加わらない場所で放置されていたら、魔力が漏出して空間自体に性の変質をもたらすんじゃないかな?」
「……全く」
ゼドクは、片手で顔の半分を押さえ込みながら頭を振った。
「魔神族により世界に魔物が放たれ、イマジン・ルーラーによってその監視者イマジンたちが創造された。そこまではいい。だが何故、イマジスハイムに坐す彼らにのみ有用な、フォームメダルの材質たる魔鏡石が、人間世界にも存在しているのだ? 俺には、この世の摂理の多くが解せない。神秘と恐怖は紙一重……」
言い終えると、彼はまだ探索していない洞窟の方──右側──へと歩を進めた。
「真実はともかく、俺とルクスは二度とあの摩訶不思議な光の間には行かない。お前たちも気を付ける事だ。……行くぞ、ルクス」
「へいへい。じゃあな、勇者さんたち!」
ルクスはこちらに手を振り、悠然とした足取りでゼドクを追って去って行った。
* * *
タイタスが危惧していた通り、そこからの道では頻繫に魔物が出現するようになった。ゼドクたちも、宣言通り最深部付近までは足を延ばしていないらしく、敵の多くは退治されていない。
ザルテュスやヤクルス、その他蛇の魔物を討伐して進む間、俺はゼドクの言葉を思い出して焦りを感じていた。
──単独での潜行には時間を要し、五日掛かったがな。
正直、微妙なところだと思った。ゼドクは恐らく最深部に至るまでに全ての枝分かれを調査し、魔物と戦いながらゆっくりと進んだのだろう。それも、連携攻撃の行えないソロで挑んだのだ。
俺たちは、恐らくそれ程時間を要さない。だが、具体的にどれ程の短縮になるのかは分からなかった。
時計が夕方七時を回り、夕食の為にもう一度休憩をとってから間もなく、蛇の魔物が出なくなった。傾斜のない一本道に出、道幅も一気に広くなる。路傍、岩壁に近い位置に岩石の散乱しており、そこを複数の土煙が駆け抜けるのを見た。
「魔物?」
ユリアが、フォームメダルを取り出す。俺も正体を見極めようと目を凝らしたが、シルフィに「視線に反応するタイプかもしれないからあんまり凝視しないの」と窘められた。
何事もない風を装いながら、しかしいざとなったらすぐにブレイヴに変身出来るようメダルを構えながら進み、ちらりと横目で窺うと、一瞬土竜のような魔物が地面から顔を覗かせ、すぐにまた姿を消した。
「コンデムだな」
同じものを見たらしく、タイタスが呟いた。
「地属性の魔物の中では弱小クラスだけど、素早いし地中からの攻撃もするし、厄介さで言ったらかなり上だな。危険度はDクラスか。だけど」
彼は俺たちの方を向き、「妙だな」と言う。
「コンデムは、本来このエストクライス山には生息しないはずの魔物だ。蛇の連中が強力で、すぐに食っちまうからな」
「考えられるとすれば、魔物の凶暴化の一環として、コンデムの戦闘力や適応力も上がったのか。或いは誰かが意図的に連れて来て置いたのか、だけど」
アロードは言い、俺とユリアをちらりと見た。
「やるか? 何にしろ、気味が悪りい。襲って来る気配はねえけど、俺たちを見張っているようにも感じられるぜ」
「……いや、やめておこう」
ジーゼイドさんは、変身しようと身構える俺たちに言った。
「コンデムは地中を進む。何処から私たちに着いて来ていたのかは分からないが、もしも敵が何らかの意図を以て私たちを監視させているのだとしたら、そこには罠があるかもしれない。警戒を続け、動向は暫しこちらからも窺う事としよう。監視されていた場合、それを除く事で、敵に私たちが勘付いた事を知らせてしまう恐れもあるからな」
「確かに……」俺は、メダルをポケットに戻す。
土煙を上げていたコンデムたちは、数秒間その場に留まっていたが、やがて水に飛び込むかのように後ろ足を見せ、地面の中へと消えた。足元から急襲を仕掛けてくるのでは、と警戒したが、また数秒の後に土煙が上がり、並ぶように道の先に進んで行った。
俺たちも前進すると、行く手にまた洞窟の入口が見えてきた。コンデムたちの上げる土煙はその入口に留まり、俺たちが接近するとその中へと入って行く。いよいよ、謎が深まった。
「俺たちを、案内しているのか……?」
タイタスは「有り得ない」と言いたげに手を振った。
「地属性魔物のコントロールや意思疎通能力は、俺にはもうない。コンデムなら同じ地属性と交信して、この山の奥に進む道を聞き出したりも出来るだろうが……それを俺たちに伝える理由が分からねえ」
「ねえ、本当に大丈夫なの?」
ユリアが心配そうに尋ねる。アロードは「何にしろ」と肩を竦めた。
「一本道なんだし、行くしかねえだろ。もし、それで何かあったら」
「戦えばいい、でしょ? 分かっているわよ、それは。でも……」
「大丈夫だよ、ユリア」
俺は、彼女に優しく言った。グレイバンド山脈の地下水脈で告白されてから、俺はやはり彼女をNPCとして見る目は変えられなかったが、その後ろめたさからか、分かっていて尚意識する事をやめられないからか、ユリアになるべく丁寧に接しようと考えていた。
「今まで通りにやれば大丈夫だ。ジーゼイドさんだって、俺たちならこの山でも生き延びられるって言ってくれた。それにユリアは、俺が守るから」
「ケント君……」
ユリアが、そこでまた目を輝かせる。
シルフィが、やれやれと両手を上げて残りの三人に言った。
「この二人、すぐにこうやってイチャイチャするんです。あたしは好きだし、もっと見たいから先に進む事を提案しまーす」
「ちょっと、シルフィ!」ユリアは赤面し、シルフィの口を塞ごうと背後から手を伸ばした。シルフィは笑いながらそれを避ける。緊張していた辺りの空気が幾許か弛緩すると、タイタスが肯いた。
「確かにアロードも言った通り、行くしかねえよな。せっかくここまで来たんだし」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、とも言うしな」
ジーゼイドさんも肯く。ユリアの腕を逃れたシルフィが、
「虎子って魔鏡石ですか? イチャイチャシーンですか?」
と、余計な事を尋ねた。




