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『ブレイヴイマジン』第4章 グランド⑥


          *   *   *


 事件発生から二日後の朝。ジーゼイドさんが知り合いの鉱夫たちに頼み、特別に開けて貰った採石場からの入口を通って、俺たち六人はエストクライス山の地下洞窟に入った。

 そこはハルバードルズの地下神殿より暗く、俺たちは採掘仕事で使用されるライト付きのヘルメットを被り、有毒物質を刺激しないように気を配りながら進んだ。地面は急な傾斜となってどんどん地下に続いており、そこをひたすら下る。一時間程が経過したところで、初の魔物と遭遇した。

「ケント君、来るよ!」

「承知! 爆炎天翔斬バクエンテンショウザン!」

 俺はユリアと交替し、鎌首を(もた)げた大蛇の魔物──ザルテュスの鼻面に思い切り横一文字斬りを繰り出した。大きく仰反(のけぞ)った隙に、その首を縦に掻き切ろうと二撃目を放つ。が、その皮膚に当たったデュアルブレードの(やいば)は、火花を散らすだけでダメージが入った様子はなかった。

「硬い……!」

「ウォーターフォール!」

 ユリアが横から跳躍し、最近使用出来るようになった縦斬りを行う。剣が振り下ろされると同時に大瀑布が出現し、ザルテュスの頭部を衝撃が襲う。ジーゼイドさんも戦斧ヴァンガードアームズを振るい、その重量で魔物の幹の如き首を断ち切ろうとした。

 ヴィラバドラやオブリヴィオンなど、今まで戦ってきたボス級ではない普通の雑魚敵にしては、手強い相手だと思った。似たような魔物とは何度か戦っており、見たところCクラス程度だが、種としての危険度に(まさ)る個体としての能力を有しているようだった。

「シュアアウッ!」

 ザルテュスは咆哮すると、持ち上げていた首を元に戻す。攻撃の予備動作だ、と俺が思い、ジーゼイドさんが「回避!」と叫ぶが、それよりも早くザルテュスが体をくねらせ、押し出した。

 ∞の字を描くように、魔物が地面を滑る。ユリアが足元を絡められ、転倒しかけた。傾倒した後頭部に魔物の牙が迫り、俺は「ジーゼイドさん!」と叫ぶ。

「任せろ! アップリフト!」

 ジーゼイドさんは俺と交替(スイッチ)すると、地面から回転を付けて斧を振り上げた。ユリアは蛇の胴体の上でよろめき、こちらに倒れてくる。彼女が体をずらし、空いたスペースにジーゼイドさんの剣技が炸裂した。

「シュウウッ!」

 重い斧頭による斬撃の渦が、ザルテュスの頭部を刈り取った。首を刎ねられた蛇は(しば)し胴体だけでのたうち回っていたが、やがて地響きを立てて体を倒し、動かなくなった。

 俺は素早く納刀し、蛇の上から落下してきたユリアを両手で横抱きに受け止めた。

「あ、ケント君……」彼女が、微かに赤らむ。

「えっと……ユリア。足、大丈夫?」

「ちょっと痛いかも……一瞬だったけど、強く絞められたから」

 俺は少々躊躇い、それからゆっくりと彼女を下ろした。壁に背中を着けさせ、座らせる。それぞれからアロード、シルフィが分離すると、俺はポーチから包帯と湿布を取り出し、痣の生じたユリアの足に巻いてあげた。

「ありがと、ケント君」

 ユリアは少々はにかみ、嬉しそうにすらしながら俺の治療した部位を撫でた。ひとまず問題がなさそうな事に安堵すると同時に、気恥ずかしさが湧いてきて俺は顔を背けた。「雑だったら、ごめん」

「大丈夫よ!」

 彼女は言い、立ち上がる。シルフィが、斧を背中に戻しながら戻って来るジーゼイドさんに手を振った。

「お疲れ様です! いやあ、それにしても強かったですねえ……」

「あの硬度と、体躯の大きさが曲者(くせもの)なのだ。鉱毒に対して耐性を得る為の適応なのだろうが、鉱毒はそれ自体でも人体に影響を及ぼすものだからな。我々は公害を防止すべく、現在の採掘場より地下は封鎖しているのだが……」

 ジーゼイドさんは、作業用のエプロン代わりに身に着けている鱗状鎧(スケイルメイル)の、襟首に付いたマスクを指で引っ張ってみせた。ザルテュスの(むくろ)をちらりと一瞥し、説明してくれる。

「この山に入る修行者の多くは、このザルテュスの湧出地帯を突破出来ずに命を落とすのだ。あの蛇たちに絡み付かれたら一瞬で四肢の骨を折られ、成す(すべ)はなくなるからな。ニシキヘビなどと同じ殺しの手段だが、こちらは体の大きい分余計に危険度は高いだろう。ユリア嬢も危ないところだった」

「………」

 俺は、エストクライス山の恐ろしさを知りながらも挑もうとする冒険者たちに思いを馳せた。彼らは、過去に誰かが最奥部まで到達出来た事がないと分かっているからこそ、挑むのではないだろうか。自分ならそれが出来る、という驕りにも似た自信なのかもしれない。

 俺たち自身も、その命知らずな者たちの一員となるのだろうか、と思った。俺たちも実際、最深部に到達する事を目指している。しかし、その意図は違う。自分たちの力をを過信しているからではなく、タイタスのフォームメダルを修復し、彼を救う為だ。しかし客観的な現象だけを見れば、魔の山へと挑もうとするという行為自体は、何も変わらないのだ。

 世界の(ことわり)の前には、個人の心の在りようなど意味を成さないのかもしれない。タイタスが俺たちを救おうとして無能者となり、理によって抹殺されようとしているように。

 だが、だからこそ俺たちはその無情に屈服する訳には行かないのだ。

「ケント君?」

 俺が物思いに耽っていると、ユリアが声を掛けてきた。

「ぼーっとしているけど、ケント君も具合悪いの? 大丈夫?」

「えっ? ……あ、ごめん。少し、考え事をしていただけだ」

「気を付けてよ。こういう場所で一点に立ち続けていると、魔物はどんどん寄って来ちゃうから。何を考えていたの?」

「えーっと……」

 俺は、エストクライス山の恐怖を改めて思い起こしていた、とは言えなかった。恐らく誰もが今、目の前に現れたザルテュスの強さを実感し、今日中に最深部へと辿り着く事に対して焦燥を感じているのだ。それを煽るような発言は、たとえ決意であっても控えるべきか、と判断した。

 そこで、代わりに頭の中にあった事の一つを引っ張り出し、口に出した。

「……この山、修行の為に来る人が多いんだろう? ここに居るザルテュスたちは、厳しい山の環境で、何とか生きて強大化している訳じゃないか。それが、単に強い魔物だからって、修行者たちの戦闘訓練の為だけに何百、何千と殺されるのは……何だか、俺は嫌だなって思っただけ。今みたいに向こうから襲ってきた訳でもない、野生の魔物がさ」

「ケントは、やっぱり自分の手で何かを殺すのは嫌か?」

 タイタスが尋ねてくるので、俺は肯いた。

「勿論。仕方がない事もあるけど、気持ちのいいものじゃないのは確かだよ。俺、剣で戦い始めたのはつい最近だからさ。……俺、今まで魔物以外にも、多くの人を殺めてしまった。ヴェンジャーズだったし、それが平和の為で、自分たちの身を守る為だったとしても……やっぱり、嫌なものだね」

 俺が言うと、皆が黙り込んだ。俺はそこで、しまった、と思い直す。

 今まさに心の中で、タイタスの為ならどんな危険な戦いにも挑むと決意を改めたばかりで、弱気な発言をしてしまった。

「……いや、変な事言ってごめん」少々後ろめたさを感じ、俺は若干早口で付け足した。「俺って極端に感傷的だし臆病だよな……」

「そんな事ないよ!」

 ユリアが、突然割り込んできて俺の両手を取った。潤む瞳に覗き込まれ、思わず顔が熱くなるのを感じてしまう。

「私、そういうケント君の優しいとこ、大好きだから!」

「そ、そう? ありがとう……」

 言ったはいいが、皆が俺たちを見ているのでやや()まり悪くなる。だが、実際に感じていた自分自身に対する不安が、ユリアのお陰で解消されたように思った。俺は彼女に感謝しつつ、話題を変えるように言った。

「さて……じゃあ、次のラウンドに行ってみるか」


          *   *   *


 更に三匹のザルテュスを倒しながら進み、ジーゼイドさんの持って来た腕時計が丁度正午を指し示した頃、洞窟の壁に穴が出来ている場所に出た。入口には、蛇のものと思しき皮や鱗が落ちている。どうやらザルテュスの巣穴らしく、ここに棲んでいた個体が前に訪れた修行者に斃されたらしい。再湧出の気配がない事を確認すると、俺たちは中に入り込んで携行食を開けた。

「私たち、どれくらい進んだんだろう……?」

 ユリアが呟き、タイタスがそれに応じる。

「山に入ったのが大体五時間前、でも思ったより魔物の出現は少なかったな。多分、また修行者が入り込んだんだと思うけど。半分……は、来たんじゃないかな」

「思ったよりいいペースって事?」

「いや、それでも若干急いだ方がいいだろうな。今まで魔物の数が少なかったのは、先客に倒されて再湧出がまだだったからだ。だけど、ザルテュスの幅を利かせている場所はもう抜けた。この先に行けば行く程……」

「冒険者たちが生還する可能性は、限りなく低くなる」

 ジーゼイドさんは低く言い、レーションを齧った。

「すまない、脅かす訳ではないのだがな。時折ここにも、途中で引き返した生還者から行方不明者捜索の依頼を受けて、鉱山警備員が入る事がある。だが大抵、孤立や遭難、死亡があった者はザルテュスの縄張りで見つかり、この先で発見される事はないのだ。……我々も危険なので、あまり深くへは足を踏み込まないという事がその理由なのだがな」

「警備員の仕事も、大変なんですね」とシルフィ。

「この山の地下への入口は、採掘場以外は発見する度爆破し、封鎖するようにしている。だが、大きな山であるが故、全てを発見するのは難しいのだ」

「冒険者ねえ……あたしたちはそれこそ命懸けで、世界の滅亡を阻止しようとフォームメダルを探しているのに。度胸試しとか、生半可な気持ちでそういう危険な事をするの、やめて欲しいですよね」

「だが」

 ジーゼイドさんは咳払いし、俺たち一人一人を見回した。

「私は、山が危険な場所である事を知っているので、現実が見くびられる事のないよう気休めは決して言わない。その上で、聴いて欲しい。……あなた方は、ブレイヴとイマジンだ。世界最強の戦士であり、その実力は確かなものだ。実際にヤークトと剣を交え、生き延びたのだから」

「ジーゼイドさん……」

 俺は、驚いて彼を見つめる。彼は念を押すように、ゆっくりと言った。

「私の本職は、生産だ。たとえタイタスの為であったとしても、あなた方が百パーセント生きて帰る事が出来ないと判断したら、協力はしなかっただろう。それは、タイタスのみならずあなた方や私も、死に追い込まれてしまうという事だから。ブレイヴとしての矜持を忘れず、だからといって慢心する事もなければ……あなた方なら、きっとタイタスを、私の友を救ってくれると信じている」

 その言葉に、俺もユリアも(しば)し声が出せなかった。ただ、感動にも似た気持ちが胸の底を熱く震わせるのを感じた。

「何言ってんだよ、ジーゼイド」

 タイタスは、微笑みながらジーゼイドさんの肩を叩いた。

「あんたもそうだろ? 俺が頼りにしているのは」

「……確かに、そうだな」

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