『ブレイヴイマジン』第4章 グランド⑤
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翌日、ジーゼイドさんは店の前に「臨時休業」と書かれた看板を出し、店の裏手にある彼の工場でフォームメダルの修理を始めた。
前日の成分分析の結果、フォームメダルの材質は「魔鏡石」という魔石であり、希少鉱石である事が判明した。シルフィ曰く、イマジスハイムには豊富に存在し、イマジンの派遣が決定すると素材から自動生成されるという。
このような性質から、魔鏡石がヒトの手によって加工された事は過去にない。もしかしたらこの行為自体が理に背くものである可能性も否定しきれないので、俺やユリアはヤークトの再来に備え、ジーゼイドさんが作業を行う間、店の周囲で警戒に当たる事にした。
「これを見てくれ」
ジーゼイドさんの加工作業は、昼休憩を挟んで夕暮れまで続いた。幸いヤークトが襲来する事はなかったが、やはり魔鏡石の内包する魔力は一般的な魔石よりもかなり強力なものらしい、昼に顔を合わせると、ジーゼイドさんは魔石からの反転作用を受け、かなり体力を削られたらしく疲労を満面に浮かべていた。
夕暮れ、彼に声を掛けられた俺たちは作業場に入り、溶接されたフォームメダルを覗き込んだ。かなり精神力を試される作業だったのだろう、メダルは一応繋げられていたが、紋章は歪み、縁はギザギザとなり、全体的に一回り小さくなっていた。
タイタスはそれを掌に載せると、また魔物の動きを掴む事が出来るか試した。だが、今度もまた上手く行かなかったらしい。
「ジーゼイド、これは断片を、ただ溶接したものか?」
「そうだが、やはり不完全なものと判断されたらしいな。破砕された時に、細かな欠片が多く飛び散ってしまっている。そのせいで、こうして小さく薄く、そのまま繋げても粗雑な作りになってしまうようだ」
「でもなあ……」
タイタスは、今一つ納得が行かない、というように首を捻った。
「俺のケースみたいに粉砕される事がなくても、メダルはれっきとした物質だ。しかも石、金属よりずっと欠けやすい。過去にフォームメダルが欠損して、それが修復された事が一回もなかったとは思えないんだよな……」
「イマジンのメダルを二つ作る事は、出来ないはずよ。だとしたら、修復の時は元のメダルの断片は残しつつ、不足を新しい魔鏡石で補う、っていう方法になるんじゃないかな」
シルフィが考えながら言う。ユリアは「それじゃあ」と手を挙げた。
「壊れたメダルをベースに、魔鏡石を採取して作り直すしかないって事? ジーゼイドさん、それは可能ですか?」
「出来ない事はないだろうな。ただ……」彼は、憔悴した顔に困惑を浮かべながら答える。「『金鉱綱目』を参照し、魔鏡石については調べてみた。希少鉱石なだけあり、イマジスハイム以外の世界にて地表近くで採掘される事は、まずないらしい。ミッドガルドで確実に採掘出来るのは地下二キロメートル、人間の到達可能な地底の最奥部らしい」
「二キロ!?」
俺とユリアは、同時に素っ頓狂な声を上げてしまった。
二キロメートルというと、富士山の標高約半分より深い場所だ。それ程深いところまで掘削を行うのは、まず俺たちでは不可能だろう。
「実は、ある意味僥倖ではある」
ジーゼイドさんは、絶望的な表情になった俺たちを宥めるように付け加えた。
「地下二キロメートルまで潜る事は、可能だ。すぐそこのエストクライス山、その最奥部が丁度その程度だからな。それ以上深く潜ると、地熱によって生命に危険を及ぼす事になる」
「じゃあ、掘削しなくても魔鏡石の採掘に行けるって事?」
シルフィが勢い込んで尋ねる。すると、ジーゼイドさんの表情は先程の俺たちと同じく、絶望的なものへと変化した。
「……エストクライス山の地下は、足を踏み入れれば戻って来る事の出来ない、死の領域だ。それは、既にかつての冒険者たちにより、証明されている」
「えっ?」
「エストクライス山は岩に覆われ、活火山時代に噴出した火山ガスの影響も相俟って草木は全く生えていない。当然山の上には、魔物はおろか鳥や虫も巣を作る事が出来ない。まさに、呼吸をするものが全く居ない山と言っても過言ではない。だが、山の麓には内部へと続く溶岩トンネルがあり、採石場を更に地下に進むと迷宮の如き洞窟になっている。
そこは毒性の強い鉱石が多く眠る未知の領域で、夜になると瘴気が立ち込める。しかし、それ故に山で生き残った魔物はミッドガルドに於いて最強クラスのものばかりだ。毒性物質の影響か体も巨大で、適応能力のせいか非常に丈夫で力の強いものが跋扈している。たとえDクラス、Cクラスの危険度であっても、エストクライス山の個体はAクラスにも匹敵する戦闘力を秘めているのだ。
そんな洞窟が採石場と隣り合わせになっている為、私たちのような鉱山警備員が必要なのだ。中への一般人の立ち入りは禁止されているが、何処からか山に入る裏道があるらしい。修行の為、洞窟の踏破に挑む人も多いが、その人たちの殆どは山から帰って来ない。時折、採石場の方に回り込んだ者たちが助けを求めてきて救出される事もあるが、彼らの話によると、多くの人々は道に迷って疲れ果てたところを魔物に襲われ、殺されてしまう。
この辺りでエストクライス山の恐怖は広く人口に膾炙しており、巷間で『山入り』という言葉は『死ぬ事』を意味している」
ジーゼイドさんの説明は、真に迫るものがあった。俺たちが「そんな……」と呟くと、彼は「更に」と付け加えた。
「猶予はあと二日。魔鏡石の加工作業に今日と同じ時間を要するとしたら、我々は小型溶鉱炉やその他の道具を持って山に挑み、一日で最深部まで到達し、採掘、次の一日で、その場で加工を行うという方法を採らねばならない」
「魔物と戦いながら、地下二キロを一日で!?」
「すまない、脅すつもりはないのだ。しかし、それが現実だ。私も、友であるタイタスを救いたいという気持ちに嘘はない。だが……」
彼は、深々と俺たちに向かって頭を下げた。場に重い沈黙が降り、誰もが次の言葉を発せずにいる中、再び開口したのはタイタスだった。
「いいんだ、ジーゼイド。俺だって、後先を考えないのが悪かった。……俺の問題なんだ、お前を、そんな危険な場所へ行かせる訳には行かない。アロードやシルフィたちも……」
「じゃあ……じゃあお前は!」
アロードは、彼の両肩を掴んで自分の方に向かせた。
「お前だけが死んで、残される俺たちはどうなる!? そんな簡単に済む問題じゃねえだろ、そこをよく考えろよ!」
「アロード! 口でなら何とでも言えるんだよ。だけど、実際に行動するのはお前だけじゃない。ケントもユリアも、ジーゼイドだって動かなきゃいけない。そこをよく考えて言っているのか? 俺の自己責任だって、もう何回も言った。フォームメダルを破壊してヤークトを逃れようとしたのは、俺なんだから」
「だけど! それはお前が、俺たちの為に……」
話は、堂々巡りを始めそうだった。俺もアロードと同じ気持ちだったのだが、確かにエストクライス山踏破を目指すのであればジーゼイドさんの同行は欠かせない。店も持つ彼を危険に巻き込む事は、容易く頼み込めるものではなかった。
だがその時、黙って彼らのやり取りを聴いていたジーゼイドさんが、再びゆっくりと言った。
「アロード君、タイタスの友であるのは、私もまた同じだ。その死を回避する為であれば、私は喜んで協力しよう。……無謀な挑戦である事は分かっている。だが、あなた方が前人未到の地へ挑む事を恐れず、そこまでタイタスを想い危険な旅路へと進むのであれば……私も、力を使わぬ訳には行くまい」
「行きます!」
ユリアが、力強く宣言した。彼女に見つめられ、俺も肯く。問題はジーゼイドさんの都合であり、彼が同行する必要を口に出す前であれば、俺は危険を承知で動くつもりだった。これもまた、勇者で在る事に必要な勇気なのだと思った。それに、
「友達の友達は、つまり友達って事でしょ?」
ユリアなら、絶対にそう言うだろうと思っていた。
「ユリア、ケント……」
タイタスが、眩しそうな表情で俺たちを見る。ジーゼイドさんはそこで、対面から初めて見せるような笑顔を浮かべた。
「分かった。ならば私も、あなた方と共に行こう。……心配する事はない。ヴァンガードアームズは、いや、私は伊達ではない」
「ジーゼイド、恩に着るぜ」
タイタスは言い、また俺たちの方を見る。感謝の言葉と共に、彼がまた頭を下げかけた時、アロードは彼の肩に手を回し、自分にぐいっと引き寄せた。
「親友だろ、俺たち? 困っている時は、何処までも付き合うぜ」




