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『ブレイヴイマジン』第4章 グランド②


          *   *   *


 村が近づくに連れて岩場は段々小さくなり、やがて足元にイネ科のような短い草が見え始めて野原に出た。溶岩の流れた後の大地は植物に必要なミネラルの多くが含まれている、という話は聞いた事があるが、元々ここは痩せた土地だったらしく、年月が経つに連れてその栄養も(ほとん)ど失われたようだ。今は、丈の短い下草しか生えていない。

 歩きやすくはなったものの、身を隠せる遮蔽物もなくなった。こんな所を歩いていたら、岩山の方からは丸見えだ。早く村まで行ってしまわなければならない。俺たちがタイタスを救出したのはレーナが魔物を集めに行ってから数分しか経っていない頃なので、余程の事がない限り彼女が今すぐ俺たちを襲って来るとは考えにくい。しかし、何処を哨戒しているのか分からないギデルも居る。

 ギデルはハルバードルズの地下神殿で、空属性の魔物に由来するイコルを喰らっている。魔物の能力吸収がいつまで効力を維持するのかは分からないが、彼らはギデルの飛行能力を用い、グレイバンド山脈を一息に越えたのだろう。俺たちは地下水脈を通らなければ、山越えだけで一週間は掛かるはずだった。彼らは、こちらの接近にはさほど注意を払っていないだろう。このまま村に入って姿を隠せば、奴らは俺たちがタイタス脱走に関与したとは思うまい。

 そう思ったが、やはり全てはそう一筋縄では行かせてくれないらしかった。

「おいてめえら! 何してやがる?」

 背後から、裏返り気味の叫び声が背中に叩きつけられた。あまりの事に脱力感さえ覚えながら振り返ると、案の定ギデルがそこに立っていた。口元を震わせ、眉を吊り上げ、足を小刻みに揺すり、怒りを全身で体現している。その周囲には、彼が最寄りのキャンプで人員補充を行ったらしく、槍や片手直剣を持ったヴェンジャーズ兵が二十人程群がっていた。

「てめえら……どうして、ここに居る?」

 ギデルは、両手剣クライシスバスターの柄に指を掛けながら言う。何と返答してもそれを攻撃の合図とする、というような意志を感じ、俺は少々押され気味となる。だが俺もユリアも、タイタスを後ろ手に庇いながら抜刀の準備をする事だけは、忘れなかった。

「それは、こっちの台詞よ」

 ユリアは圧に負けない為か、低く押し殺した声で問い返す。

「ランストゼルドに近かったのは、レーナのはず。だから彼女はタイタスを見つけ、その場で捕まえたんだから。どうしてあなたが……部隊を連れて歩みも遅くなっているはずのあなたが、より村の近くに居るの?」

「けっ、俺が必ずしも、あいつの歩いた道だけを歩いて動いていると思うなよ。あいつも魔物集めに気を取られて、こうしててめえらにタイタスを逃がす隙を与えるなんて、間抜けやりやがる。……けどよ、こうして実際に手を下したてめえらはもっと悪質だ。タイタスを返しやがれ」

 ギデルの威圧的な口調に、俺たちは押し黙る。しかし、その一方的な言い草には怒りが湧いた。タイタスに「離れていて」と言うと、ユリアと共にフォームメダルを構える。

「返せと言っている!」

 彼は叫び、両手剣を抜いた。彼が動くと同時に、周囲に居たヴェンジャーズ兵たちもそれぞれの得物(えもの)を取り、飛び掛かって来る。結局こうなるのか、と思いつつも、このまま村に逃げ込むなどは論外だった。

「トランスフォーム『アロード・ファイヤー』!」

「トランスフォーム『シルフィ・アクア』!」

 俺たちは変身し、迎撃に入る。先頭の兵士は、右手で槍を突き出しながら左手ではHMEを操作し、メッセージを吹き込もうとしていた。

「レーナ様、至急村の方までおいで下さい。タイタスが、例の四人組に強奪されました。ギデル様が現在……」

「させるかよ! 覇山焔龍昇ハザンエンリュウショウ!」

 俺は叫び、兵士の槍を弾き上げる。返す刀でHME諸共、その胴体を袈裟斬りにする。草の上に落下し、表示が消えようとするその画面を咄嗟に見ると、一瞬ではあるがはっきりと「Sent(送信済み)」の表示が見えた。

 口腔内で舌打ちが弾ける。レーナは、この途中で途切れたメッセージを見、すぐにここへと向かって来るだろう。その前に何としてでも、敵の数を減らしておかねばならない。俺は動きを止めた兵士から視線を外し、まだ十九人居る兵士たちを睨む。ユリアは早くも五人程の敵を相手にしており、そこに更に追加の者たちが駆け出そうとしていた。

 俺は抜き銅の要領で剣を振るい、片手剣を上段に振り被った二人目の脇腹を切り裂く。その敵が翻筋斗(もんどり)打って転ぶのを見るのもそこそこに、更に連続して斬撃を放ち続ける。槍兵(スピアマン)を更に二人、片手剣士(ソードマン)を一人屠ると、その先でギデルがクライシスバスターを下段から振り上げようとしていた。

冥府猟(メイフリョウ)!」

 巨大な剣に似合わぬ三連撃が、空中に肉食獣の爪痕の如き軌跡を残す。俺は相殺しようとしたが、通常攻撃の速さで三発全部を防ぐ事は出来なかった。最後の一撃が俺の肩口を切り裂き、口から苦悶の声が漏出した。

「ケント君!? ……もう、あんたたち許さない!」

 ユリアが、オーシャンスラストで自分を取り囲むヴェンジャーズ兵を一掃する。水流は俺の方まで飛来し、俺に追撃を掛けようとしていたギデルのクライシスバスターを側面から直撃した。ギデルは「おおっ!?」と声を上げて蹈鞴(たたら)を踏み、体勢を立て直すと、両手剣の先端をユリアの方に向けた。

 その(やいば)がギラリと危険な光を放ち、俺は背筋に冷たいものが走る。ユリアに警告の声を上げようとしたが、そこでまた一人の兵士が襲い掛かって妨害してきた。

「”不愉快な仲間たち”の中心人物、ギアメイスの後継者ユリア……」

「………?」

 ユリアの表情が、そこで怯えに変わる。それで主導権を得たと思ったのか、吸血鬼男は獣牙のような犬歯を剝き出して嗤った。

「貴様は、レーナには殺らせたくねえんだよっ! ブラッドサースティデーモン!」

「ユリアに手を出すな!」

 俺はヴェンジャーズ兵を斬り倒すと、横からユリアの前に滑り込んだ。覇山焔龍昇ハザンエンリュウショウをもう一度繰り出し、振り下ろされたクライシスバスターを跳ね上げようとする。最初に剣技の直撃を受けた肩が軋むのを感じたが、目の前でユリアが斬られるよりは余程マシだと思えた。

 ユリアは俺の行動に目を見開いたが、今度はすぐに俺自身の危険を感じたらしい、俺がギデルの剣の重みに耐えきれなくなってきた時、スピニングマリンを繰り出しながら彼の体側に回り込んだ。

 ギデルを庇おうとした兵士たちの残りが、ユリアへと向かって行く。彼女はそれらを蹴散らすと、水泡のエフェクトが散るレジーナソードをギデルへと振り下ろそうとした。

 その時、上空から戦場に飛び込んでくる影があった。

「ロイヤルホミサイド!」

 レーナだった。彼女は魔物で滑空してくると、飛び降りつつヴァルキュリアピアサーを抜き、剣技を繰り出す。一直線の刺突は、俺があっと叫ぶ間もなくユリアの右の太腿に突き刺さった。

「きゃあっ!」

 よろめいた彼女の傷口を、レーナはブーツの爪先で容赦なく蹴る。ユリアは剣技をキャンセルし、草の上に両手を突いた。

「もう、ギデルはレーナが居ないとちゃんとしてくれないんだから」

 レーナは言うと、俺の方を顎でしゃくる。俺はそこで、自分が突如乱入した彼女に気を取られ、ギデルの技への防御(ブロック)が疎かになっていた事に気付いた。

 が、気付いた時には既に遅かった。

「シャアアアッ!」

 ギデルは奇声を上げ、俺の鳩尾(みぞおち)の辺りを薙ぐ。俺は吹き飛ばされ、離れた場所で俺たちの戦闘の様子をやきもきしながら見守るタイタスの足元へと転がった。

「ケント!」

 タイタスは声を上げ、俺の背を起こしてくれる。俺も自分で腹を見たが、傷は思っていたよりも深くはないようだった。ひとまず安心するが、それでも痛みはある。呻きながらヴェンジャーズたちの方を見ると、彼らは危機感などまるで感じていないかのように言葉を交わしていた。

「不用心すぎるんだよ、お前は。お陰で俺は……」

「兵士を二十人も引き連れて、それをことごとく全滅させられたギデルの方が明らかに問題でしょ。レーナ、あんたの事助けてあげたのよ」

「うっ……」

「それを感謝もしないで。元はと言えば、あんたがさっさと戻って来ないからこういう事になるんでしょ」

「違う、俺はちゃんとパトロールを」

「それじゃ何で、こんなになるまでユリアちゃんたちを見つけられなかったのよ!」

「それは何というか……ごめん」

「駄目っ。レーナ、お誘い断られて傷ついた。反省しているならタイタスを捕まえなさい。お情けで、レーナも手伝ってあげる」

 レーナはこちらに──正確には、俺の後ろに居るタイタスに視線を移すと、短剣の先で地面を指した。「コールドストローク!」

 素振りか、と思った瞬間、冷風が吹き抜けた。下草が、俺の居る位置まで一直線に凍りつく。俺は唐突に悪寒を感じ、地面に蹲った。

「ケント君に何するのよ!」

 ユリアは飛び出し、レーナに剣を突き出す。レーナはそれを短剣の先端で絡め取るようにし、もう片方の短剣を素早く抜いて彼女の喉を狙った。

「終わりよユリアちゃん! ごめんねー、早く死んじゃって!」

「やめろ、レーナ! ユリアは君の……」

 俺は顔を上げ、叫ぼうとしたが、また体の奥の方から痙攣が起こり、言葉が途切れる。顫動で胃液が込み上げた、と認識した瞬間、唇の端から流れ出したそれがみるみるうちに凍りついた。

 これだけ体が冷えると、寒さよりも、過剰冷却された体の組織が異常を起こすのではないか、という恐怖が(まさ)ってくる。無謀を承知で、体を温めるべく火属性技を繰り出そうと剣を握った時だった。

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