『ブレイヴイマジン』第4章 グランド③
ギデルがタイタスを狙おうと駆け出し、ユリアがレーナの右手の短剣を振り切って喉を守ろうとしたその刹那、視界の隅で人影のようなものが動いた。
俺は考える間もなく、手の震えを押さえ込んで目の前の地面にアグレッシヴブレイズを放つ。炎が体を包み込み、それだけでは俺まで丸焦げになってしまうが、レーナの放った冷気のフィールドが熱を奪い、炎を消した。熱平衡によって体温が元に戻った一瞬を狙い、俺は冷気のフィールドから跳び退いた。
突如現れた人影は、こちらへ突進してきたギデルへと斬撃の軌道を走らせた。彼が驚愕の声と共によろめくと、今度は俺とタイタスの方へと来る。俺は迎撃しようと技の構えに入ったが、その瞬間俺がこの世界で見た中で最速と思われる剣捌きで斬撃の雨が俺に襲い掛かった。
「お前は……!」
俺は、連撃を必死に受け止めながら、その間隙に新たな敵の姿を見る。
そこに立っているのは──ブレイヴのような、イマジンのような”人”だった。俺と同じようなデザインのコスチュームだが、そのベースカラーや髪は赤紫色で、目の位置には円環状のバイザーを嵌めていた。
「誰だ、お前は! 何で、そんなに強い!?」
俺は叫ぶように問い掛けたが、返答はなかった。口から時折短い呼吸音を漏らすだけで、そのまま無言で、連続して剣を振るってくる。タイタスが背後から、突然声を掛けてきた。
「ケント! そいつはイマジン・ヤークトだ!」
「えっ!?」
「知っているだろう、魔物の監視能力を失ったイマジンを、世界の新陳代謝として殺害するルーラーの使い。きっと俺が生きている事が、世界の害になると理に判断されたんだ!」
タイタスは、言っているうちに自分で恐ろしくなったらしい。後退り、今にも背を向けて逃げ出そうとしているようだった。
「どうして、そんないきなり……」
「そうでもねえよ、俺がフォームメダルの強奪に遭ったのは一年前、闇属性のロゼルとほぼ同時期だ。最近、各地で大きな地震が増えてきたって聞く。それに……いちばん危険をもたらすのは……」
タイタスは、今すぐにでも逃げ出したいだろうに必死に堪え、何故ヤークトが現れたのかを懸命に分析していた。
「エストクライス山が、また噴火する事だ」
「えっ、死火山のはずじゃ」
俺が呟いた時、ヤークトの剣が剣技のエフェクトを帯びた。回避や相殺を行う間もなく、半円形に曲がったような軌跡が空中に刻まれる。俺の胸甲が大きく欠損し、心臓を抉られはしなかったものの、衝撃が肺に叩きつけられた。俺は思い切り吹き飛ばされ、地面に背中を打ちつける。圧縮された呼気が口から漏れ出し、数秒間息が出来なくなった。
「ケント!」
「大……丈夫だ」俺は何とか立ち上がろうと、手に力を込める。「それより教えてくれ、エストクライス山が噴火するかもしれない? 何でそんな事になるんだよ、そしたら君も、ランストゼルドも……」
「生息する魔物の中に、『岩石溶融』の特性を持つやつが居る。エストクライス山は今、死火山じゃなくて休火山の状態になりつつあるんだ。火砕流が発生したらランストゼルドは壊滅するし、火山灰が拡散したらミッドガルド西部は広範囲で寒冷化が起こる。ある意味、メダルを奪われた時にいちばん直接人命に被害を出しやすいのが俺なんだよ、食糧危機で持続的な危機を起こす空属性より、よっぽど……」
「だからって君が、人柱になるみたいな事は!」
俺は立ち上がると、最早俺の事など見向きもせず、タイタスに飛び掛かろうとしているヤークトを睨んだ。ヤークトの目は見えなかったが、視線は痛い程に感じた。急所にダメージを入れても尚俺が戦おうとしているので、再び警戒をこちらに向けたらしい。
イマジン・ヤークトは、殺戮者ではない。だからこそ、一度戦闘不能に陥りかけ、タイタスの前から離れた俺を殊更に襲おうとはしなかった。しかし、そのイマジンの排除を邪魔する俺は、同じく世界に有害な存在と見做されたようだ。
(こいつの速度と威力に適う人間なんて、居ない)
俺の顳顬を、冷や汗が伝った。今、俺は胸甲を破壊された。先程と同じ攻撃を喰らったら、心臓を抉り出されてしまうだろう。
考えると戦慄が走ったが、タイタスには応戦の術がない。俺が迎撃せねば、彼はたちまちヤークトの凶刃に斃されてしまう。覚悟を決め、相手の動きを見極めようと俺が目を凝らした時だった。
「今は俺たちも、タイタスを殺される訳には行かねえんだよ!」
ヤークトの一撃を喰らい、地面に片膝を突いていたギデルが動いた。背後からヤークトに向かって、大剣をその頭頂に振り下ろそうとする。
「特両断!」
俺は、先程まで自分がギデルと戦っていた事も忘れて「行け」と心の中で叫んでいた。だが、世界のシステムの一部であるヤークトが、不意討ち程度にやり込められるはずはなかった。
俺に襲い掛かろうと足を後方に引いていたヤークトは、その姿勢からくるりと背後を振り返り、振り下ろされたクライシスバスターを横薙ぎの一撃で弾いた。嘘だろ、とでも言いたげに、ギデルの表情が歪んだ。返す刀で、ヤークトはギデルの手首を斬り払う。
「ぎゃっ!」
彼は例の”魔物食い”の能力を用い、手首を硬化させる。袖口から覗いた肌に鱗らしきものが輝いたが、ヤークトの剣はその硬質な鱗すらも切り裂き、血液をバッと散らせた。
「赫閃燃導劔!」
俺はヤークトが後ろを向いた隙に、一か八かで飛び出す。この戦いに於いてチャンスとは、致死の可能性が僅かに低い瞬間を意味するだけのものだった。
当然のように、ヤークトはギデルに斬りつけた剣の勢いをそのままに俺の方まで百八十度斬撃を繰り出した。ギデルに斬られた腹部の傷口を更に抉られ、血がドクドクと流れ出す。
向こうで交戦していたユリア、レーナが、同時にこちらを向いた。
「ケント君!」「ギデル!」
「ユリア、よせっ!」「レーナ、来るんじゃねえ!」
俺、ギデルは同時に叫んだ。しかし、やや遅かった。
俺とユリア、ヴェンジャーズの二人が共に武器を振り上げ、ヤークトの制空圏内へと入った時、敵は剣を鞘に納め、ぐっと腰を落とし、足の撥条を使って垂直に跳躍した。空中で体をぜんまいの如く捻り、威力を溜め、落下と同時に抜刀してそれを解放する。
予備動作が長く、あらかじめこの技を知っていたらしい他三人が防御の構えを取った為、俺もデュアルブレードで心臓を守る、という動作を行えた。それをしなかったら、俺の命はそこで尽きていただろう。
朱色の光エフェクトを伴う斬撃の渦が、俺たちの武器に叩き込まれた。ガードしたにも拘わらず、腕や胴から血飛沫が舞い散る。四人全員が、弾かれたように大きく地面を削り、地面に身を打ちつけた。
「ストーミング・ホイール……こんな上位技まで……!」
ユリアが呟くと、イマジン・ヤークトは刀身を口に近づけ、血糊を舌先で舐め取った。顔を微かに動かし、草の上のある一点に見えざる視線を向けた。
技のダメージに悶えながらも、俺は釣られてそこを見つめた。何やら光るものがある、と思い、目を凝らすと、それがギデルかレーナの懐から落下したと思われるタイタスのフォームメダルである事が分かった。
ヤークトはそれを見つめ、やがて視線をゆっくりとタイタスに移す。メダルを拾って彼に渡せば全てが解決なのに、彼を殺す必要などなくなるのに、と俺は思ったが、理の一部であるヤークトに、行動原理を逸脱した判断能力は付与されていないようだった。
擬人化された死が、タイタスへとゆっくり歩み寄った。
「逃げろ……タイタス!」
叫んだのが俺自身なのか、俺に憑依しているアロードなのか、判断する事は出来なかった。ただ、口から血液を飛ばしながらそう言った言葉は、現状のタイタスには効力を持たなかった。
背を向けて逃げれば、彼は殺される。
そのままの位置に留まり続けても、イマジンに反撃能力がない以上、やはり彼は殺されてしまう。
タイタスは一網打尽にされた俺たちを見、怯えるように顔を歪めていたが、やがてある種の覚悟のようなものを窺わせる表情となり、顔を上げた。
ヤークトが、剣を突き出しながら彼に肉薄する。その先端が彼を貫こうとしたタイミングで、タイタスはスライディングするかのように敵の足元に滑り込み、フォームメダルを手に取った。
彼の手にメダルが戻るのと、ヤークトが振り返って次の攻撃──剣先からの極太の光線──を放つのは、寸分も違わぬ同時だった。
光線がタイタスに迫った時、彼は拾い上げたメダルを振り被り、その光の渦に向かって投擲した。俺たちが口々に「あっ!」と声を上げた瞬間、それはヤークトによる攻撃の直撃を受け──砕けた。
その欠片がキラキラと輝きながら四散し、草の中に紛れ込んでその残滓が消えたのは、それから僅か二秒も掛からないタイミングだった。
「タイタス……あなた……」
ユリアが掠れ声で言った時、ヤークトが動きを止めた。剣を突き出していた手が、だらりと体側に下がる。バイザーの嵌められた頭部も俯くように下がり、項垂れたまま直立不動となった。
何が起こっているのだ、と俺は混乱したが、すぐに理由に思い至る。タイタスはメダルを失い、既に魔物の監視者としての能力を喪失した。それが、イマジスハイムから派遣されたイマジンの欠落と判断されたらしい。ヤークトは攻撃対象を失い、現在地属性のイマジン枠は、後任の派遣を待つ状態となった──。
俺の推測を裏付けるかのように、そこでイマジン・ヤークトの姿が掻き消すように見えなくなった。
「タイタス、自分でメダルを……?」
レーナは呆然と呟くと、傷を押さえながら立ち上がった。タイタスは悔しそうに歯を食い縛っていたが、やがて満腔の憎悪を滲ませて低く言った。
「お前たちは、失せろ」
「何ですって?」レーナは目を吊り上げ、反駁する。「あんた、あたしたちが守ってあげようとしたのに、それについては何とも思わない訳?」
「黙れ! 元はと言えば、お前らのせいだろ!」
ヤークトに手玉に取られた後、先程まで自分の掌底に居たタイタスに噛みつかれた事が、余程気に障ったらしい。レーナは震える手でヴァルキュリアピアサーを取り、両手で逆手に持ち、蟷螂の如く振り上げた。
「あら、そんな事言うならもういいわよ。あんたはもう、魔物の監視者としての役目は終わった。どうせ次のイマジンも派遣されてやり直しになるんだし、腹いせくらいしてもいいでしょ。切り刻んで、レーナの魔物たちの餌にしてあげる」
「やめろ、レーナ!」
叫んだのは、ギデルだった。
「これ以上の交戦は、無意味だ。地属性魔物の解放が振り出しに戻るなら、俺たちが急ぐべきはそっちだろうが。しかも、俺もお前も大怪我をしている。お前さ、いつも自分が可愛いんじゃねえのかよ?」
「……っ!」
レーナは歯軋りすると、「ギデルの癖に生意気言っちゃって」と吐き捨てた。
「いいわよ、特別に見逃してあげる。第一、あんたみたいな負け犬は、惨めったらしく死に損なって生きているのがいいわ」
「この卑怯者が!」
俺からアロードが分離し、口角泡を飛ばしてレーナを怒鳴りつけた。
「どういう神経持ってやがるんだよ、人でなしが! てめえらは鬼か? 野蛮で悪辣で、非人道的な事しかしねえのか!」
「何とでも、罵詈雑言飛ばして悔しがりなさい」
レーナはアロードの反応を見、幾分か溜飲を下げたらしい。怒りに燃える表情をやめ、普段の悪役らしい蔑んだ笑みを浮かべた。
「どうせレーナたちは、魔王ディアボロス様に忠誠を誓った悪逆非道な集団なのよ。柳に風ってやつ。……さ、ギデル。行くわよ」
「はいよ」
ヴェンジャーズ三侯の二人は、レーナの招喚したニューニに跨り、空の彼方へと飛び去って行った。
その姿がエストクライス山の山肌と同化するように見えなくなった時、アロードは小さく舌打ちし、タイタスの方へと歩み寄る。タイタスは「アロード……」と彼の名を呟きかけたが、その瞬間彼はタイタスの胸倉を掴んだ。
「お前、何て馬鹿な事をしやがったんだ!」
「……仕方がなかったじゃねえか。お前たち皆が、助かる方法なんて」
タイタスは寂しそうに微笑むと、アロードの手に自分の両手を添えた。アロードは激情を押さえるように歯を食い縛ると、悲しそうに下を向く。畜生、という濡れた声が、微かに空気を揺らした。
「アローちゃん……」
シルフィがユリアへの憑依を解き、彼の肩に手を置く。
草原に、季節外れの乾いた生暖かい風が吹き、俺たちを嘲るかのように頰を撫でていった。




