『ブレイヴイマジン』第4章 グランド①
五感接続型VRソロ用RPG『ブレイヴイマジン』の舞台、メタバース空間エヴァンジェリアに接続されて、今日で二十日目だった。
当然のように、現実世界で本作の体験会を主催した株式会社レーラズ、その開発責任者・黒田薛里氏からは依然連絡が来ない。向こうでの出来事も、時間の経過すらも不明な状況は、思い出す度に俺を焦燥と不安の混沌へと駆り立てたが、日々山野を進んだり、魔物と戦ったりしているうちに、眼前の問題への対処で精一杯になり、俺の主観に於ける”現実”をこの世界と定義した。
俺ことケント、ユリア、アロードとシルフィは、グレイバンド山脈を横断し、ごつごつとした岩場を進んでいた。仮想空間であるこの世界で、現実で体育の授業を行った時と同じ発汗や疲労を伴いながら、だ。最早呆れる程の再現だが、それだけにこの世界の危機が、ゲームオーバーが現実の肉体の死を意味するという事以上の危機に感じられた。
目的地は、地属性のイマジン、タイタス・グランドの定住している「ランストゼルドの村」。死火山エストクライス山の麓に位置し、山が活発に活動していた頃の溶岩が周囲の岩場に地中深くから噴出した希少な鉱産資源や魔石を供給し、採掘場へと変えている。現在俺たちが歩いている道の途中にも、溶岩ドームに作られた人工の岩窟や、そこから伸びるトロッコの線路などが散見された。当然村も鉄鋼業が盛んで、鍛冶屋の家系も多いそうだ。
「資源とか加工品を輸出して都市と貿易をすれば、もっと発展するかもしれないのに……」
それにも拘わらず村は寂れている、という話をユリアから聞いた時、俺はそう呟いた。その疑問に対する説明は、シルフィがしてくれた。
「作っているのは、主に武器とか防具なんだよね。都市部ってなると、そういう職人は貴族のお抱えとか、自警団や冒険者ギルドに専門的に技術提供をする人とかが出てくるし……かといって、船とか魔科学兵器とか、重工業は出来ないんだよね。周りはこう険路で、輸出しようにも大きいものを持っては通れない」
実際、村外との交流も殆どないようだった。ギアメイスの村もそうだったが、辺境はどうしても過疎化が進んで行くようだ。そうなると行政のサービスや店の数も少なくなり、不便さを感じた者たちは更に都市部へ流出する。
悪循環や、世の中の因果も現実と変わらないのだな、と俺は思った。
そのような通行しにくい岩山を、俺たちはエストクライス山を大きく回り、村に入るべく苦労しながら進んでいた。
* * *
「ケント君、隠れて!」
夜明けから進み始めて山を迂回しきり、かれこれ二時間近くが経過したか、という時、ユリアが唐突にそう言った。勢いに呑まれ、慌てて岩陰に身を隠す。
「どうしたんだよ?」
「あれ、見える?」
彼女はミーアキャットの如く岩の上に顔を出し、少し先に見える採掘場跡地と思しき開けた場所を指差す。俺も目だけを覗かせて様子を窺い、思わずあっと声を上げそうになった。
「……ええ、終わったわよ。早い? ギデルが遅いだけでしょ。たかが人員補充で近くのキャンプまで行くだけで、何でそんなに掛かるのよ」
短剣を、指先でくるくると回している白ずくめの少女──レーナ。やはり、イマジンを当たる順は俺たちと同じらしい。彼女らと接触しなければフォームメダルの奪還は不可能だが、それでもげんなりする気持ちは捨てきれない。
レーナはいつもの癖なのか短剣を回す事をやめないが、もう片方の手には何か平たいスマホのようなものを持ち、その下部に口を近づけていた。何やらメッセージを吹き込んでいるらしい。
「あれが、HME?」
以前スピナジアの村で、彼女たちがそれを連絡手段として用いているような旨の言葉を耳にしたような気がする。ユリアがいつものように解説した。
「ホログラムメッセージエクスチェンジャー、音声を吹き込むとそれが手紙みたいになって、別の端末に届けられるの。ヴェンジャーズが、マンティス総統からいつでも連絡を受け取れるようにって開発したんだけど、あれだけは純粋にいい発明だと思うなあ……世界に普及したら、ミッドガルド中、他の六つの世界とだってもっと交流出来るのに」
電話兼メールみたいなものか、と俺は納得する。この世界は通信技術が発達していないし、電話もないので、これが先端技術なのだろうな、と思った。
「いやー、それにしてもラッキーよね。やっぱりレーナは可愛いから、運も味方してくれるのかなあ? ツイてる、ツイてる。またミサンガ一本切れたから、願いが叶ったのかも」
レーナは何やら、上機嫌そうに報告している。相手はギデルだろうが、何があったのだろう、と俺が考えていると、すぐに謎は解けた。彼女が、短剣を腰に戻し、俺たちの死角まで移動すると、何かを引き摺りながら戻って来た。
アロードが、鋭く息を呑んだ。
レーナの引っ張ってきたものは、少年だったのだ。濃い焦げ茶色の髪はおかっぱ風で綺麗に切り揃えられており、育ちの良さを窺わせる。だが、着ているものは工事現場で働く人のような作業服で、どうもミスマッチのような気がする。その両手は縛られ、足にも鎖が巻かれ、鉄球へと繋がっていた。口には猿轡を噛まされ、首には黒い首輪まで嵌められていた。
「あいつ……タイタスだ」アロードが唸る。「偶然村を出たら、ヴェンジャーズと鉢合わせたって訳か」
「あの拘束は幾ら何でもやりすぎな気がするけど……」
シルフィが、レーナの嗜虐性に対してやや引いたように呟いた。それは俺も同感だったが、今は動けない、と判断した。
「あ、来た来た、返信。HME、いちいち向こうの吹き込みを待たなきゃいけないから焦れったいのよね。誰か、リアルタイムに通信が出来る装置でも作ってくれないかなあ。……って、ええー? 嘘でしょ、このタイミングで哨戒って何よ。ギデル、あんたはさっさと戻って、レーナの魔物集めに協力しなさい。霊血がなきゃ、ブレイヴフォースも出来ないじゃない。タイタスが居ても。
……何それ、意味分かんない。魔物なんて、ペットか害かじゃない。
……へえ、それなら分かったわよ、いいわよ。レーナが一人でやるから。それにしてもギデルは酷いし、勿体ない事するのね。せっかくレーナみたいな女の子から貰ったお誘いを断るなんて! 最低!」
レーナはHMEに向かって舌を出し、機器を何処かにしまった。それからタイタスの襟元を掴み上げ、顔を近づけた。
「タイタスー、あなたはギデルみたいになっちゃ駄目よ? あなたはいい子だから、ブレイヴフォースでレーナのペットになるの。沢山可愛がってあげるから、楽しみにしてなさい。今はだーめっ」
彼女は間延びした調子で言い、それから何の前触れもなくタイタスの耳朶に噛みついた。猿轡のせいで声の出ない彼は、表情を歪めて呻く。アロードがかっとしたように立ち上がりかけたが、俺はその手をぐっと掴んだ。
「さっきの台詞だと、レーナはこれから魔物を捕獲しに行く気だ。もうすぐタイタスを助けられる、今は我慢しろ」
「でもよ……!」
「ほら! レーナが動いた!」
ユリアが小さく叫び、俺たちに頭を下げるようジェスチャーしてくる。
レーナは口元に付いた血液を舐め取ると、鼻歌を歌いながら空地から出て行く。彼女の姿が完全に見えなくなると、俺たちは顔を見合わせた。先程の様子だと、ギデルももう暫らく戻って来そうにない。今が絶好の機会だ。
「……ユリア」
「分かってる。行こう」
念の為周囲に十分な注意を払いながら、俺たちは岩陰を出た。ぐったりとしているタイタスに近づき、軽く肩を叩く。彼はぼんやりと顔を上げ、イマジンたちを見ると目を見開いた。
俺たちは彼に「大きな声を出さないように」と断ってから、彼の拘束を解いた。足の鎖と首輪が切断されると、彼は咳き込むように息をした。どうやら、首輪は窒息寸前まできつく巻かれていたらしい。
「アロード、シルフィ……どうしてお前たち、ここに居るんだよ……?」
「タイタス……お前、マジでドジだな」
アロードは彼の隣に跪き、心なしかいつもより優しげな声で話し掛けた。
「大丈夫か? 怪我とかしてないか?」
「俺は問題ねえよ。お前たちこそ大丈夫だったのか? ヴェンジャーズに襲われて逃げたんだろ? フォームメダル、盗られてねえか?」
「シルフィと合流してから、ギアメイスでユリアに助けられた。……俺にしては、へまをしちまったもんだな」
「って事は、その子がお前のブレイヴか?」
「いや、ユリアはシルフィと契約したんだ。俺のブレイヴはこいつだよ、ケントっていう。なかなかいい奴だぜ」
アロードに「いい奴」と言われたのが初めてで、俺は何だかこそばゆいような、嬉しいような気持ちになった。だが、それよりもまず「アロードとタイタスは何故これ程親しげな話し方をするのだろう?」と疑問に思った。
俺が首を傾げているのを察したのか、シルフィが耳打ちしてきた。
「アローちゃんとタイタス、イマジスハイムに居た頃からの幼馴染で親友なのよ。ルクスも含めて『三馬鹿』とか呼ばれていたっけ。アローちゃんは、悪戯っ子を拗らせて悪い事するのが格好良いみたいに一時期なったけどね。お子ちゃまだよね、あたしがよくお説教した」
「へえ……何か意外だな。アロードって、何となく一匹狼って感じがするから」
俺が呟くと、アロードはしっかり聞いていたらしく、振り返って心外そうな顔で言った。
「勝手な妄想でイメージ作んなよな。俺だって、ダチが居ておかしくねえだろ。タイタスとルクスがいわゆるマブダチ、あとはユリア、シルフィ、それからお前。ここまで旅したんだから、気付くだろ」
俺は、彼の「それからお前」という言葉に少々感激しかけたが、照れ隠しに虚空を見、現在の状況を思い出した。感動の再会、という場面だが、それを悠長にしている時間はない。レーナやギデルがいつ戻って来るか分からない以上、今は急がねばならない。
「ケントだ。俺とユリアは、君のフォームメダルを奪還しに来たんだ。詳しい話はすぐにする、アロードがこう言うんだから、俺たちの事も信じてくれるだろう?」
「そりゃ、勿論信じるけど……」
タイタスは、困惑の表情を浮かべてアロードを見た。
「何でまたヴェンジャーズが俺を襲うのか、全く分かんねえんだけど……フォームメダルは前に奪ったじゃねえか。しかも今回は俺本人をどうにかしようとしているようだし、俺があいつらの手下になるとかどうとか……ブレイヴフォースって何だ? お前たち、何か知らねえか?」
「そう、それ!」ユリアが指を鳴らす。「そのブレイヴフォースっていうのが凄く危ないの! 早くここを離れよう、村に着いたら全部説明するから」




