『ブレイヴイマジン』第3章 クライメット⑫
* * *
四十分程が経過した。戦闘パターンは段々とサイクルを早め、やがて俺たちの攻撃は同じ一瞬に重なり合った。俺、ユリア、アスターク、マティルダ、イヴァルディさん、ゼドクの技が、六色の軌跡を描く。
「アグレッシヴブレイズ!」
「スパイラルストリーム!」
「スカイブレイク!」
「インフィニットフォーチュン!」
「ヴォーパルスラッシュ!」
「ナイトメアスクラッチ!」
黒々とした魔物の表皮が、鮮やかに照らし出された。オブリヴィオンは一際大きく吠えると、ゆっくりと地面に倒れていく。炯々と光る赤色の目は灰色に変じ、光が消える。
やがてその巨躯は、半透明となってゆっくりと消滅していった。
「やった……やったよ! 倒したよ、皆!」
ユリアが沈黙を破ると、張り詰めていた空気が解けた。どっと歓声が上がり、俺たちに憑依していたイマジンたちも分離する。
「いやー、正直日和りかけたけどよ、思ったより早く終わっちまったな」
アロードが大きく伸びをすると、「それはそうよ、アロードさん!」とシェリカが言った。
「だって、こっちにはブレイヴが四人にマティルダ、それから最高の”通りすがりの男”……イヴァルディさんが居るんだもの!」
「昔を思い出すねえ、俺とアロードとタイタス、ブレイヴごっこなんかしてさ。シルフィが自分の事、ギルドリーダーなんて言って……まさか本当に、俺たちで世界の為に戦う日が来るなんてな」
ルクスは言い、ゼドクをちらりと見る。
「こいつが本当に仲間だったら、いや、せめてもう少し愛想が良ければ」
「俺はただ、人の世の為に信念を振るっただけだ」
ゼドクは相変わらずのぶっきらぼうで答えたが、俺も悪い気はしなかった。ユリアも、戦闘前のやり取りが嘘だったかのようにあっけらかんと笑っている。
「それでも、協力してくれたのは確かでしょ。ゼドク、ルクス、ありがとね」
シルフィが快活に言う。俺も、少し考えてからお礼を口にした。
「俺からもありがとう。フレイリオスの事とか、アクスフェルトの森での事も含めたら、君に助けられるのはもう三回目だね」
「まあ、これが」イヴァルディさんも言った。「仲間ってやつだよ。どうだい、ゼドク? 悪いものじゃないだろう?」
ゼドクは少々目を伏せたが、答えた口調は変わらず淀みないものだった。
「……それでも俺は、孤高の士で在り続ける。戦友は命を預け、預かるもの。現今、我がシナリオに記された運命を演じ続けるのは、俺一人でいい。イヴァルディ、やはりお前の事は認められない、悪く思うな。俺は俺の流儀で、世界に蔓延る厄災の根絶を続ける」
目を背け、踵を返したゼドクの目が一瞬見えた。その強い意志を秘めたように輝く瞳に悲しげな色が浮かびかけたのを、俺は確かに捉えた。
ゼドク、と俺は心の中で彼に語り掛けた。
君はその顔の裏に、どんな過去を秘めているんだ?
直接聞きたかったが、やめた。他人の過去を興味本位で暴くのは、それがNPCだとしてもよそう。彼らが少なくとも、このメタバースの中では偽りない生命と心を持った存在である事は、既に俺も身に染みて分かっていた。
だが──もし、だからこそ彼が、仲間を作らないというその理由に、他人に心を閉ざしたという事があるのだとしたら。力になりたいと、俺は切実に思った。
僭越だろうか。実際についこの間まで心を閉ざしていた俺の、妄想による存在しない過去への同情に過ぎないだろうか。
結局、俺はあまり深く考えない事にした。
考えた上で、距離感を自分の意思で操作出来るようになったのも、俺自身の成長なのだろう、と信じてみた。
「残念だけど、僕も他人の生き様に口を出す事は出来ないからな。仕方ないか。でもな、こっちが依頼した事については、ちゃんとやり遂げて貰うぜ」
イヴァルディさんは、若干肩を竦めながら言う。恩人、という言葉も蘇り、俺はまた疑問が頭を擡げるのを感じたが、
「それに関しては、問題ない」
ゼドクが、彼らだけに分かるような台詞で返した。
* * *
午前中から地下神殿に潜ったというのに、俺たちが外に出る頃にはとっくに夕方になっていた。長く暗闇の中に居たので、夕焼けの茜色に燃える空はとても眩しく、美しく感じられた。
太陽は西の空で地平線の向こうに消える前の、一際強い赤の光を投げ掛け、街は清冽な澄んだ橙色に染め上げられている。
「お昼抜きだからお腹空いたー!」
シルフィが、やっと埃のない空気を吸える、というように大きく深呼吸をする。俺も空腹感を覚え、皆に「食事にしようか」と提案しようとした時、突然緩みかけた空気がまた緊迫した。
「居たな、光のブレイヴ・ゼドク! 神妙にしろ!」
逆光を浴びながら、広場にぞろぞろと大勢の人が入って来た。
銀色の鎧を纏った兵士たちだった。その装備は見るからに、ヴェンジャーズや自警団のような安物ではない。「パトリオット……」とアスタークが呟く。
あれが、王宮から派遣されたという軍部のエリート部隊なのか。俺は緊張が走るのを感じたが、次の瞬間彼らが取った行動で、それは緊張から困惑へ、数秒の頭の整理を経て焦燥へと移り変わった。
「ゼドクよ。この者たちを見ろ」
パトリオットの隊長らしき人物が、横に動いた。部隊がさっと左右に分かれ、その間を数人の兵士が歩いて来る、彼らに引っ立てられて来たのは、大荷物を背負った老若男女──今回の地下神殿騒動で街の外に避難しようとした、ハルバードルズの住民たちだった。
「何……やっているんですか、あなたたちは!?」
マティルダが声を上げた。縄打たれた住民たちは、皆目隠しと耳栓をされ、周囲の状況は分からないらしい。ただ、不安げな声を上げていた。
「我々の集合場所を通ろうとした、不審者どもだ」
「集合場所って……」
俺は、イヴァルディさんが、街を出た辺りにパトリオットが待機している、と言っていた事を思い出した。街の外に出るには通らねばならない場所だし、これは不当な拘束だと言わざるを得なかった、
「何だ、その顔は? 不満げだな。もしかして、この街の住民か?」
「見れば分かるでしょう! 彼らを放して下さい!」
「と、そちらのお嬢さんは言っているが……」
隊長は、ゼドクの方を見てニヤリと笑った。
「君は、デイビル殿下を弑逆しようと試みた大罪人だ。大人しく我々に投降しろ。そうすれば、この人間どもは助けてやる。が、もし逆らったら……どうなるかは分かっているだろうな?」
「あんたたち、本当に王軍なの?」ユリアがいきり立った。「汚いわよ!」
「ゼドク。君は私たちを襲った時、『悪の巣窟だ』と言ったな? それ程に正義感の強い男なら、それを見せてくれ。自分の身を犠牲にしてでも、この人たちを救ってみたらどうだ?」
隊長は最早、歪んだ嘲笑を隠そうともしなかった。ゼドクは悔しがっているのか、怒りに震えているのか、俯いたまま何も言葉を発しない。先程の共闘で彼への疑念が晴れただけに、俺は彼がパトリオットを襲った理由が何となく分かったような気がした。
もし、彼らが住民に手を出すような事があったらすぐに動かねば。そう思い、ユリアやマティルダたちと視線を交わそうとした、その時。
「その、殿下からの命令だ」
いきなりイヴァルディさんが、帽子とサングラスを外した。思いの外端正な顔が現れ、俺は「えっ?」と声を出す。彼はゼドクの肩にぽんと手を置き、会心の笑みを浮かべながら言った。
「ゼドク、あの悪党を片付けてくれ」
「イヴァルディ、お前が……」
ゼドクはそこで、初めて驚愕の表情を見せた。それは、パトリオットも同じようだった。「デイビル王子……何故そこに?」
隊長のその呟きに、ゼドクは我に返ったらしい。変身コマンドを唱え、例の物凄い速度で飛び出す。夕日の逆光が作り出す影の中、クリアレストライトの光芒が次々に閃いた。
僅か三十秒も掛からないうちに、集まっていた兵士たちは驚きに打たれて動けないまま、一斉にその場に倒れてしまった。
「イヴァルディさん……これって……?」
シェリカが、まだ現実が信じられない、というようにイヴァルディさんを見る。彼はほっとしたように息を吐き、晴れやかに笑った。
「ごめんね、皆。僕、色々と嘘吐いちゃっていたんだよ」
* * *
「ヴェンジャーズによる被害の拡大、それに伴う王家と軍部の疲弊に、ヴェンジャーズの当人たちが付け込むなんて誰が予想しただろうね? ……お察しの通り、パトリオットの正体はヴェンジャーズの分隊だったのさ。王軍の目をごまかして自分たちの活動を円滑化する為に、王家を骨抜きにしようとしてね。
簡単な事だよ、ヴェンジャーズ被害の実態をごまかして国王に報告する、っていう手段だ。王家だって、現地を実際に見ている訳ではないから報告書が改竄されても分からないしね。
父上……ステファン陛下は、聡明なお方だ。噂の力が凄い事は、皆も経験済みだろう? 軍部で、上層部をパトリオットに牛耳られた武官たちが囁き合っているのを陛下も耳にし、彼らの正体について疑問を抱かれ始めた訳だ。だけど、パトリオットの連中も馬鹿ではない。陛下が動かれる前に、それを牽制するように皇太子をフレイリオスに駐在大使の任に就け、それを文官たちにまで承認させてしまった。今、軍部の力は王宮でも凄いから。
そして、王都セイバルテリオから遠く離れたこの街で、人質としての監視が始まったのがデイビル皇太子、即ち僕って事だったのさ」
「それで……」
俺は、頭の中で全てが繋がった。
「自由奔放で、頻繁に庁舎を抜け出して遊び歩く王子。それを、イヴァルディさんは……いえ、殿下は演じていた、じゃない、演じていらしたのですね?」
「無理しなくていいよ、今まで通りイヴァルディって呼んでくれ」
「『Ivaldi』っていう偽名も、『Daivil』のアナグラムでしょう?」
「大正解。……まあ、そうだね。無能な王子を演じながら、僕はパトリオットを排除し、王宮に帰って父上を助けようと思っていた。だから、街に居ると聞いたゼドクを探し出して依頼したんだ。庁舎を襲って、奴らを倒してくれって」
イヴァルディさんは言うと、何処か不貞腐れたようなゼドクを見た。
「ごめんな、ゼドク。僕が王子本人だって明かしたら、君は信じてくれないと思ったんだ」
「お陰で、一ヶ月もこの地に滞在する事になった」
「君にはお礼も、お詫びもしなければならない。だけど……僕と一緒に王宮まで行こう、って言っても、断られるんだろうなあ」
心から困ったような顔で言った彼だったが、ゼドクは首を振る。
「俺には、自らに課した使命がある。それに従い、賊を討っただけだ。時間も無為には出来ないし、礼を言われる程の事ではない」
「王子としての命令だ、と言ったら?」
「そのような世継ぎなど、認めたくない」
「だろうね」
イヴァルディさんは肩を竦め、それ以上無理に引き留めようとはしなかった。ルクスは残念そうにしたが、ゼドクは彼に「行くぞ」と声を掛ける。
「俺は流離い続ける。さらばだ、一幕を共に演じた者たちよ」
「じゃ、機会があればまたいつかな」
ゼドクは歩み去り、ルクスも大きく手を振ってから彼を追って行った。
彼の姿が見えなくなるまで見送ると、アスタークがこちらを向いた。
「皆さん、今日は本当にありがとうございました。お陰で、シェリカはフォームメダルを取り戻せた。そして僕はブレイヴに、マティルダは魔法使いになる事が出来ました!」
「何、いいって事だよ」
イヴァルディさんがウインクし、シルフィが「何で”通りすがりの男”が代表するんですか」と突っ込みを入れる。彼も、微かに笑ってから「さて」と言った。
「僕は、この件を王宮に報告しなくちゃね。手紙を書いて、フレイリオスの自治体に陳謝して、セイバルテリオに帰らなきゃ」
じゃあね、と軽く言い、彼もまた去って行った。
マティルダが「皆さんは」と尋ねてくる。
「皆さんは、次の目的地は何処なんですか?」
「南西、ランストゼルドの村かな。地属性のタイタス・グランドが居るけど、ここから最寄りだし」ユリアが答える。
「タイタスさんに会えたら、あたしからも宜しくって伝えてね」
シェリカが言うと、シルフィは「その前に」と口を挟んだ。
「もう夕方だし、今晩まであなたたちの部屋に泊めてよ」
「あ、そうだ!」とユリア。「今日は交替で見張りをする必要もなくなったし、昨日と同じ部屋で私とケント君が……」
「……ごめん、やっぱりいいや。さすがに図々しい頼みだったよね」
シルフィが、顔を赤らめる兄妹とシェリカに手刀を切る。ユリアが慌てたように手を振り回し、「嘘だってば!」と早口に言った。




