『ブレイヴイマジン』第3章 クライメット⑪
「うおっ!?」
ギデルの手が、シェリカから離れた。彼はそのまま絡め取られ、オブリヴィオンの口へと運ばれていく。シェリカは動かずにそれを見つめていたが、それは先程までのように強い意志でそこに立っているというより、頭上で蠢くオブリヴィオンの恐怖に動けなくなっているようだった。
「畜生が! こんなところで、食われて堪るか!」
ギデルは叫ぶと、突然上体を伸ばし、球体に噛みついた。レーナがあっと叫ぶ。
「何やってんの、ギデル!?」
「霊血は、元々魔物だったんだろう!」
紫色のスライムめいた一角が貪られると同時に、ギデルはオブリヴィオンの口腔に消えた。
その直後、魔物の鼻先で水色の光が炸裂する。断ち切られた魔物の舌が、軟体動物の如くのたうちながら落下してきた。
「シャアアッ!」
「ゴオンッ!」
オブリヴィオンが、球体の残骸とギデルを吐き出す。服の裾から魔物の血を滴らせつつ、ギデルは空中に浮かんだ。その手に、空属性エネルギーと思われる水色の弾を持っている。舞い降りつつ、それはオブリヴィオンのこちらに向けている背面に撃ち込まれた。
「あれが……ギデルの『魔物食い』……」
ユリアが呟いた時、ギデルは安全な着地点を選んで降り立った。投げ出されたクライシスバスターを拾い上げ、背中に背負い直してレーナに叫ぶ。
「レーナ! 撤収するぞ!」
「ちょっと! 置いて行かないでよ、この薄情者!」
ヴェンジャーズの二人は儀式場の出口へ、一目散に駆け去って行く。取り落としたシェリカのフォームメダルには、最早目もくれようとしなかった。
オブリヴィオンは、天井でギデルのカウンターに暫し悶えていたが、やがて体表を過熱したような赤紫色に染め、煮え滾るような憎悪に眼光を燃やしながら跳んだ。空中でくるりと回転し、地響きを上げて床に降り立つ。
「トランスフォーム『シルフィ・アクア』!」
ユリアが、変身して飛び出した。俺も、怯えている場合ではないと考えてすぐさま変身し、抜刀する。
「ユリア! あいつが!」
「分かってる! スピニングマリン!」
彼女が剣技を使い、加速する先で、オブリヴィオンがシェリカに向かって動いていた。彼女は、オブリヴィオンに踏み潰された祭壇の向こう、先程ギデルが立っていた場所で腰を抜かしており、俺たちからは離れすぎていた。
ユリアの斬撃が、魔物の尾を切り裂く。しかしその巨躯の為か、こちらにターゲットを移すまでには至らない。
俺は、側面から頭部を狙おうと回り込んだ。尾部で駄目なら直接弱点を狙い、確実にこちらに振り向かせてやる。俺は、剣の柄を握る手に力を込めた。
魔物の顔が見えてきた時、その口元にマグマのような火の玉が生成され始めているのが目に入った。大気が揺らめく程の熱。直撃すれば、シェリカはたちまち焼き尽くされてしまうだろう。……駄目だ、間に合わない。
「シェリカ、逃げろ!」
「あたし……嫌、死にたくない……!」
彼女が、両手を顔の前に広げながら目を閉じた。
炎が膨れ上がり、この場に居る誰もが絶望を心に宿しかけた、その時だった。
「お願い……応えて」
張り詰めた空気の中に小さな、だが強い祈りを内包した声が響いた。
「シェリカを守って! プリヴェントファクター!」
マティルダだった。彼女はツインクリングタクトを床に突き立て、その先端に額を押し当てていた。傍に居るアスタークの顔に、はっとした表情が浮かぶ。
次の瞬間、二つの事が同時に起こった。
まず、ツインクリングタクトが強く発光。
それと同時に、シェリカの前に光の壁が出現し、オブリヴィオンから射出された特大の火球がそこに直撃した。爆発めいた音と、閃光。ジュウッ! という焼けたような音が響き、爆ぜた火球は──蒸発し、空気に溶けるように消えた。
「マティルダ……?」
シェリカが呟く。オブリヴィオンまでが、心なしか驚いているように見えた。
「分かったんです……分かったんですよ! 皆さん!」
マティルダは、嬉しそうにツインクリングタクトを胸に抱き、言った。
「この杖に登録された魔法を使う為の条件、それは……誰かを守りたいという、強い想いです。今まで使った時は、実験の為だったり、自分の身を守る為に咄嗟に使ったりしていました。でも、お兄ちゃんを助けた時や今は、強い想いがあった……魔具はどんな人をも、魔法使いに出来るアイテムです。だからこそ、母はこういう制約を設けたんです。
私欲の為じゃない、誰かの為に魔法を使いたいと願う人にだけ、この杖が応えてくれるように……誰かの為に、心で魔力の流れを生み出せるような人の力になってくれるように!」
「そっか……! ありがとう、マティルダ!」
シェリカは、泣き笑いを浮かべながらそう言った。
オブリヴィオンは頭を、自分の攻撃を防いだマティルダに向けようと振り返る。その目はまず最初に、ゼドクの上で止まった。
「賊は取り逃がしたか……だが、今はこちらを優先すべきだろう」
ゼドクはクリアレストライトの先を、魔物の広大な眉間に向けて言い放つ。
「神獣よ。古より地に根差しし紛い物の神、破壊者の偶像よ……頭上の国の審判者は汝に非ず!」
彼は、ちらりと俺に一瞥をくれた。その目は、眼前の危機を突破する事のみを見据えており、先程までのように俺たちを蔑む色は微塵もなかった。
「俺は今から、この魔物の速やかな排除を開始する。お前たちはどうする?」
「俺たちも戦うさ、勿論」
言いながら、仲間たちを見る。シェリカは駆け出し、飛び散ったイコルの中からフォームメダルを拾い上げてアスタークに手渡した。
「アスターク、これを使って。あたしも、皆と一緒に戦う……あたしにだって、守りたいって思うもの、ちゃんとあるから」
「……分かった」
アスタークはメダルを受け取り、妹に「掩護お願い」と言う。マティルダが肯き、シェリカはペールブルーの粒子となり、メダルに吸収されて紋章を発光させた。
「ゼドク」
俺は、純白のブレイヴに言葉を掛けた。
「君とやり方は違うけど、俺たちだって……世界の為に戦うっていう、目的は同じつもりだよ。ブレイヴなんだから」
「……そうか」
ゼドクは小声で言い、魔物に突進する。俺とユリア、イヴァルディさんも動き、マティルダはもう一度魔法を使おうと杖を突き出した。
アスタークは、メダルを掲げて声高に叫んだ。
「トランスフォーム『シェリカ・クライメット』!」
出現した魔方陣は、空色をしていた。服装は同色の軽装鎧とベストに変わり、鍔の広い羽根付き帽子が頭に出現する。そこから覗く髪も、ブロンドからシェリカと同じペールブルーに変化した。
「行くよ! ツインタービュランス!」
アスタークは細剣を回転させ、目にも留まらぬ速度で突進した。高速で突き出された二連撃が、オブリヴィオンの横腹にヒットする。同時に、ゼドクが魔物の額を閃光の射出で穿った。
「霹靂疾孔穿!」
脚部には、イヴァルディさんが技を放つ。「崩瀑陣!」
「ゴオオオオオオンッ!!」
オブリヴィオンはまたもやマグマ球を撃ち出し、最も接近しているゼドクを葬ろうとする。俺は警告の声を上げたが、彼は
「先刻承知!」
フレイリオスで聞いたのと同じ声を上げ、エストックを掬い上げるように低位置から斬り上げた。
「曙光戴天!」
発光した刀身は巨大な火球を下方向から両断し、爆散させる。すぐ傍に居る俺やユリアにも、火の粉以上の攻撃能力を伴ったものは襲い掛かって来なかった。
「凄い……!」俺はつい感嘆した。
「手を休めている暇などないぞ」
ゼドクは鋭く言い、更に斬撃を繰り出していく。俺も慌てて剣を振るい、攻撃に戻った。
「ケント君! 皆!」
ユリアが、「交替!」と叫びながら俺の前に出てきた。マティルダも、いつの間にか彼女の後ろから、俺たちの居るオブリヴィオンの頭部側に駆けて来ていた。
「ゼドク、オブリヴィオンの火属性攻撃は、ほぼ正面にしか来ない。私の水属性技なら反属性で相殺出来るし、マティルダも防御魔法で防いでくれる。部位は、脇腹がいちばん斬撃が通りやすいみたいだから、あなたとケント君は側面に回ってくれた方が効率いいかも」
「分かった!」「……了解だ」
俺たちは駆け出す。オブリヴィオンは俺たちへのターゲットを継続しようとせず、前に出てきたユリアたちに火炎放射を行う。しかし、マティルダが
「リキッドショット!」
杖の先から水弾を放ち、それを打ち消した。
オブリヴィオンは巨大な体躯を持ち、体力も攻撃力も今まで戦ってきた魔物たちより桁違いに高かったが、慣れてくると対処は意外と簡単だった。
まず体が大きい分、六人で取り囲んで攻撃を加えられる。左側を俺とゼドク、右をアスタークとイヴァルディさんが担当する、というフォーメーションを確立させ、手数でダメージを稼ぐ。ネックの火球や火炎放射は、ユリア、マティルダが殆ど無効化してくれた。
これは、街を壊滅させるSクラスのオブリヴィオンが弱い、という事を意味しなかった。俺たちの方が強いのだ。俺たちの中には世界最強の戦士であるブレイヴ四人が含まれ、更には魔法持ちのマティルダ、王家の用心棒であるイヴァルディさんというメンバーも居る。
もしかしたら、という俺の思いは、最早確信へと変化していた。
勝てる。




