『ブレイヴイマジン』第3章 クライメット⑩
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三十分程神殿の中を進むと、戦闘音や叫び声が響いてきた。入り組んだ迷路の壁に反響して増幅されてもいるのだろうが、それでもかなり近いようだ。
誰からともなく、駆け足になった。埃の上に、乱れた足跡が複数確認出来る。どうやら、そう時間は経っていない過去、ここをヴェンジャーズやゼドクが通過したらしい、と俺は思った。
「そこの角の先です!」
アスタークが、突き当たりで右に折れている曲がり角を指差した。そこを曲がるとまた一直線の、今度は少し広い道があり、その先に観音開きの大扉が半ば開かれた状態で存在していた。戦闘音は、その中から聞こえてくるようだ。
速度を上げて駆け込むと、そこは他よりも天井のやや高い大広間だった。中央に祭壇のようなやや高い台があり、それを円形に燭台が取り巻いている。天井には、天球図にも似た巨大な絵が彫られていた。どうやらここが、神殿の最深部であり、実際に祭祀を行う儀式場だったらしい。
祭壇の更に奥で、ゼドクが戦っていた。両手剣クライシスバスターを振り上げる吸血鬼めいた男ギデルと、ヴァルキュリアピアサーを二本とも抜き、一撃離脱で攻撃を仕掛けているレーナ。
かつてない強敵を相手にしても、ゼドクは相当粘っているらしい。だが、その息は荒く、純白のコスチュームにも点々と血液の染みが付着していた。
「ブラッドサースティデーモン!」
俺たちの見ている前で、ギデルがクライシスバスターを振るった。エフェクトの血液にも似た飛沫が、俺にはそのままゼドクの出血のように見えた。ゼドクはそこで、遂に吹き飛ばされて祭壇に激突した。
「ゼドク!」
イヴァルディさんが叫ぶ。だが、ゼドクは俺たちなど目に入っていないかのようだった。
「話し掛けるな! 我が舞台は、まだ閉幕していない! 光輪斬撃破!」
「冥府猟!」
ゼドクは再びギデルに向かって行き、彼の大剣がそれを迎撃する。両者の武器はぶつかり合ったが、エストック一本が両手用大剣に敵うはずがなかった。彼は鍔迫り合いの後、大きくノックバックして祭壇の上に立つ。俺たちが賭け寄った時、彼はがくりと膝を突いた。
「おのれ……人の世に不和の種を蒔き、荒廃の萌芽を育み、混沌をもたらす罪人どもめ……理に弓引く逆賊め!」
「ゼドク、もうよせ!」
怨嗟の滲む声で呟き、再び飛び出そうとするゼドクだったが、イヴァルディさんは祭壇に飛び乗って彼を羽交い絞めにした。
「ゼドク、分かるか? 僕だ、イヴァルディだよ。君に……」
「イヴァルディ、お前か……分かるだろう、お前も憂国の徒であれば。奴らが、裁かねばならない賊という事が。俺を……止めるな」
ゼドクは、やはりイヴァルディさんを知っているような口振りだった。しかし、そのイヴァルディさんの言葉ですら、彼を止める事は出来ないらしい。
「君はもう無理だ、その傷を見ろ! このままじゃ本当に……死んでしまうぞ!」
「死を恐れ、敵を選ぶ勇士が何処に居る……俺は、全ての征野を死地と心得、剣を振るっている」
「ゼドクっ!」
イヴァルディさんは、そこで声を荒げた。が、
「自ずから剣を取れぬ輩が、吠えるな!」
ゼドクは叫び返し、彼を振り解いた。イヴァルディさんは体勢を崩し、祭壇から転落する。俺があっと声を上げた時、ゼドクはクリアレストライトを持ち直した。
ギデルは、哀れむような、蔑むような嗤いを浮かべた。
「生意気な小僧だな。さっさと失せたらどうだい? 俺だって、用があるのはシェリカだけなんだよ。お前みたいなガキを一人殺したって、どうにもならないんだよ。俺は二兎を追うつもりはない、ルクスの事は見逃してやるから、さっさと何処かに消えてくれ」
「俺は、貴様らヴェンジャーズを討滅するべく天命を受けた。勇者として生を受け、世界に安寧をもたらすと誓った。俺の役柄だけは、誰にも譲れない」
「頑固なのもいいが、その為に命を落としたって始まらねえ。いいか、逃げってのも大事な事なんだぜ? プライドや体裁が何より大事な、お前みたいなお年頃のガキには屈辱だろうがな」
「人生は劇場。終焉がシナリオに刻まれた一幕なら、俺は受容する」
俺は聴きながら、全く理解出来ない、と思った。
ゼドクは他人を拒絶しているのだ。それでいながら、進んで危険な戦いに身を投じようとする。どれだけ勇者を演じていたとしても、それでは死に場所を探している人と同じではないか。
「ゼドク……頼む、やめてくれ」
俺は、彼の後ろから近づいて肩に手を置いた。
「ギデルたちだって、君を狙っている訳ではないんだ。いい加減にしないと、本当に殺されてしまうぞ。それに……」
俺は、後方のユリアをそっと窺った。
「あそこに居るレーナは、ユリアの親友だった人なんだ」
言った時、ゼドクが爛々と燃える目でこちらを見た。それは、自分に向けられた未曾有の怒りだったので、俺はつい動揺した。
「この偽善者が! 恥を知るべきだ!」
「えっ……?」
「賊の言う事に、従えというのか! 俺は誓いを立てた、浮世の闇に屈しないと。邪悪を討つ為修羅を宿し、荊棘を往くと。己が信念を曲げた時、屈服した時、この生を終えると! 俺はここで、屈する訳には行かない! ……それを貴様は、人の命を奪わせぬ事が、最大の善行だと妄信している。下らぬ傍観者の価値観で、俺を縛ってくれるな。知った顔をするな。生半可な覚悟で、戦場に歩を刻むな。貴様の善意は、自己完結の偽善に過ぎん」
「俺は……」
反論しかけた時、彼は「剰え」と言いながら俺の後方を見た。その視線は、両手を結び、微かに表情筋を戦慄かせながらこちらを見つめているユリアに向けられていた。
「賊と、朋友だと? 破壊者に堕したその者を前にして、今でも尚、その情が断ち切れぬというのか。己が感情を優先し、混沌の継続を是とすると? ……反吐が出そうだ。ブレイヴの風上にも置けん、貴様も賊の類だ」
「酷い!」
ユリアは気圧されたように口を噤んでいたが、それでも遂に堪忍袋の緒が切れたようだった。
「自分の事を過信して、他人に価値観の押し付けをしているのはあなたの方じゃないの!? 固陋で、唐変木で、独り善がりで! 自分と同じ考えの人間以外、認められないっていうの!? 当事者たちの事なんて何も……何も知らない癖に!」
俺は、事が推移するのをおろおろと眺める事しか出来ない。イヴァルディさんが立ち上がり、仲裁に入ろうとした。
「味方同士で争うのはやめろよ、皆。ゼドクも、少しは本人たちに任せようというつもりはないのか? 君には、僕のお願いした事がまだ……」
「……イヴァルディ。お前も、自らの力で縛めを破ろうとはしないのだな」
ゼドクは苦虫を噛み潰したように顔を顰めていたが、やがて頭を振り、「馬鹿馬鹿しい」と吐き捨てた。
「全く……誰も彼も、しようのない腰抜けばかりだ。劇場に居ながら、人生という舞台を演じながら、自分自身の操を守って……いや、持ってすらいない。……節操がない。虫酸が奔る」
「皆、可愛いわねえ」
レーナはこちらのやり取りをニヤニヤしながら聞いていたが、やがていつものように高笑いをしながらそう言った。
「仲間同士で、罵り合っちゃってさ。レーナの期待通りの展開ね。もっと聞かせて、レーナを酔わせて!」
「ラディアントブリッツ!」
ゼドクが、またもや飛び出そうとした。
刹那、ずっと黙っていた人物が発言した。
「やめて、ゼドク!」
全員、ゼドクまでが動きを止めて声の主を振り返った。今まで、このメンバーの中で誰も聞いた事のない、毅然とした声。
シェリカだった。
「ギデルたちが出て行ったら、ゼドクもやめるんでしょ? この地下神殿でこれ以上騒ぎを起こさず、誰も死なずに済むんでしょ?」
「シェリカ……君はまさか……!」
アスタークが、急に青褪める。俺は、彼が何に思い至ったのか分からなかった。だが、それに続くシェリカの言葉を聴いた途端、はっとした。
「ギデル、あなたの狙いはあたしでしょう? あたしを捕まえて、ここから出て行きなさい。二度と、この街で騒ぎを起こさないで」
「駄目だ、シェリカ!」
アスタークは、彼女の手を掴んだ。彼女は首を振り、微笑む。
「あたし、アスタークとマティルダを信じてる。マティルダが言った事も、起こした奇跡も嘘じゃない。アスタークが、あたしの為に剣を練習して、戦えるようになろうとした事も、絶対に無駄なんかじゃない。だから……二人とも、あたしを助けてくれるよね? ここじゃない、何処かで……」
シェリカの瞳は、真剣そのものだった。怯えるような、弱々しい色は消えていなかったが、そこには同居人たちへの信頼があった。そしてその奥に、微かな殉教者の如き覚悟も。
ギデルが、ギザギザの歯が並ぶ口を大きく開けて笑った。
「これだよ、これこれ! 俺の大好物さ、君みたいな女の子はね!」
「いわゆる『悲壮な覚悟』ってやつ?」
レーナも獰猛に笑む。ケープをパタパタと鳴らし、ギデルの横に並んだ。
「おいで、シェリカ」
「行くな! 行っちゃ駄目だよ、シェリカ!」
アスタークが叫ぶが、シェリカは「お願いね」と彼に言い、ヴェンジャーズの方へ足を進める。ゼドクが舌打ちし、剣を握り締めた。
俺たちは、いざとなったらすぐに飛び出せるよう身構えた。皆がそれぞれの武器に手を掛け、俺とユリアはブレイヴへの変身準備を整える。シェリカはギデル、レーナの前まで行ったが、そこで彼らの嗤いが大きくなった。
「でも、残念! その覚悟、レーナたちは無駄にしちゃう。時間は、そう残されている訳じゃないのよ。むしろ準備万端ってくらい」
レーナが言った時、ギデルがマントの中から何かを取り出した。
紫色の球体。それは、スパロウ兵長の持っていたものと全く同じだった。中に、シェリカのフォームメダルが入っているに違いない。
「ブレイヴフォースの準備は、端から整っていたってか……」
アロードが呟いた。俺は、アロード、と短く彼に言った。彼は微かに顎を引き、フォームメダルに入り込む。シルフィも彼と同じように、ユリアの持っているメダルへと宿った。
「ケント君、皆、行くよ」
「……ああ」
俺とユリアは、変身のコマンドを口に出そうと息を吸った。ギデルも、ブレイヴフォースを開始しようと三白眼を剝き出す。
「トランスフォーム……」「ブレイヴ……」
双方が口に出しかけたその時、不意にそれは襲ってきた。
突然、天井の天球図がみしみしと音を立て始めた。細かい砂塵や石の欠片が、ばらばらと降り注いでくる。最初は微かな震動だったそれは、たちまち儀式場全体を震わせる程の大揺れとなった。
何だ、と思った瞬間、
「二人とも、危ない!」
イヴァルディさんが飛び出し、俺たちの上に覆い被さった。数瞬の後、天井からガラガラと音を立てて岩石が崩れ落ちた。ゼドクが跳び退き、ギデルは大剣を放り投げてシェリカを抱え、後方へと下がる。レーナや、マティルダ、アスタークの兄妹もその場を離れた。
天井に大きく開いた割れ目から、巨大な蜥蜴のような魔物が這い出てきた。全身は黒いが微かに青く光り、表皮は鱗ではなく、両生類のようなてらてらと光る皮膚に覆われていた。その表面は不気味に小波立ち、通過した跡を油のような体液が濡らしている。両目は、火の玉のように赤く輝いていた。
「オブリヴィオン……」
マティルダが、呆然と呟いた。イヴァルディさんは俺たちの上から避けると、「痛たた……」と呟きながら背中を摩る。
「すみません、俺たちを庇って……」
「何、気にしないでくれ。それより、あいつが?」
「ゴオオオオオオン……ッ」
機械のような、巨大な石と石が擦れるような、自然の生物とは異質な気味の悪い咆哮を響かせ、魔物が天井を移動し始めた。全貌が見えてくると、俺は鳥肌が立つのを押さえられなかった。全長二十メートルは優に超えているだろう。
「嘘、やっぱり手遅れだったの?」
シェリカが呟いた瞬間、オブリヴィオンはターゲットを定めたようだった。狙ったのは、彼女を片手で拘束しつつ立ち尽くしているギデル。
あっと叫ぶ間もなく、魔物の口から舌が伸びた。天井は十メートル近く離れているというのに、それは一瞬にして地面に届き、紫色の球体を持つギデルの左手を巻き上げた。




