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『ブレイヴイマジン』第3章 クライメット⑩


          *   *   *


 三十分程神殿の中を進むと、戦闘音や叫び声が響いてきた。入り組んだ迷路の壁に反響して増幅されてもいるのだろうが、それでもかなり近いようだ。

 誰からともなく、駆け足になった。埃の上に、乱れた足跡が複数確認出来る。どうやら、そう時間は経っていない過去、ここをヴェンジャーズやゼドクが通過したらしい、と俺は思った。

「そこの角の先です!」

 アスタークが、突き当たりで右に折れている曲がり角を指差した。そこを曲がるとまた一直線の、今度は少し広い道があり、その先に観音開きの大扉が半ば開かれた状態で存在していた。戦闘音は、その中から聞こえてくるようだ。

 速度を上げて駆け込むと、そこは他よりも天井のやや高い大広間だった。中央に祭壇のようなやや高い台があり、それを円形に燭台が取り巻いている。天井には、天球図にも似た巨大な絵が彫られていた。どうやらここが、神殿の最深部であり、実際に祭祀を行う儀式場だったらしい。

 祭壇の更に奥で、ゼドクが戦っていた。両手剣クライシスバスターを振り上げる吸血鬼めいた男ギデルと、ヴァルキュリアピアサーを二本とも抜き、一撃離脱で攻撃を仕掛けているレーナ。

 かつてない強敵を相手にしても、ゼドクは相当粘っているらしい。だが、その息は荒く、純白のコスチュームにも点々と血液の染みが付着していた。

「ブラッドサースティデーモン!」

 俺たちの見ている前で、ギデルがクライシスバスターを振るった。エフェクトの血液にも似た飛沫(しぶき)が、俺にはそのままゼドクの出血のように見えた。ゼドクはそこで、遂に吹き飛ばされて祭壇に激突した。

「ゼドク!」

 イヴァルディさんが叫ぶ。だが、ゼドクは俺たちなど目に入っていないかのようだった。

「話し掛けるな! 我が舞台は、まだ閉幕していない! 光輪斬撃破(コウリンザンゲキハ)!」

冥府猟(メイフリョウ)!」

 ゼドクは再びギデルに向かって行き、彼の大剣がそれを迎撃する。両者の武器はぶつかり合ったが、エストック一本が両手用大剣に敵うはずがなかった。彼は鍔迫り合いの後、大きくノックバックして祭壇の上に立つ。俺たちが賭け寄った時、彼はがくりと膝を突いた。

「おのれ……人の世に不和の種を蒔き、荒廃の萌芽を育み、混沌をもたらす罪人(つみびと)どもめ……(ことわり)に弓引く逆賊め!」

「ゼドク、もうよせ!」

 怨嗟の滲む声で呟き、再び飛び出そうとするゼドクだったが、イヴァルディさんは祭壇に飛び乗って彼を羽交い絞めにした。

「ゼドク、分かるか? 僕だ、イヴァルディだよ。君に……」

「イヴァルディ、お前か……分かるだろう、お前も憂国の徒であれば。奴らが、裁かねばならない賊という事が。俺を……止めるな」

 ゼドクは、やはりイヴァルディさんを知っているような口振りだった。しかし、そのイヴァルディさんの言葉ですら、彼を止める事は出来ないらしい。

「君はもう無理だ、その傷を見ろ! このままじゃ本当に……死んでしまうぞ!」

「死を恐れ、敵を選ぶ勇士が何処に居る……俺は、全ての征野を死地と心得、剣を振るっている」

「ゼドクっ!」

 イヴァルディさんは、そこで声を荒げた。が、

(おの)ずから剣を取れぬ輩が、吠えるな!」

 ゼドクは叫び返し、彼を振り解いた。イヴァルディさんは体勢を崩し、祭壇から転落する。俺があっと声を上げた時、ゼドクはクリアレストライトを持ち直した。

 ギデルは、哀れむような、蔑むような嗤いを浮かべた。

「生意気な小僧だな。さっさと失せたらどうだい? 俺だって、用があるのはシェリカだけなんだよ。お前みたいなガキを一人殺したって、どうにもならないんだよ。俺は二兎を追うつもりはない、ルクスの事は見逃してやるから、さっさと何処かに消えてくれ」

「俺は、貴様らヴェンジャーズを討滅するべく天命を受けた。勇者として生を受け、世界に安寧をもたらすと誓った。俺の役柄だけは、誰にも譲れない」

「頑固なのもいいが、その為に命を落としたって始まらねえ。いいか、逃げってのも大事な事なんだぜ? プライドや体裁が何より大事な、お前みたいなお年頃のガキには屈辱だろうがな」

「人生は劇場。終焉がシナリオに刻まれた一幕なら、俺は受容する」

 俺は聴きながら、全く理解出来ない、と思った。

 ゼドクは他人を拒絶しているのだ。それでいながら、進んで危険な戦いに身を投じようとする。どれだけ勇者を演じていたとしても、それでは死に場所を探している人と同じではないか。

「ゼドク……頼む、やめてくれ」

 俺は、彼の後ろから近づいて肩に手を置いた。

「ギデルたちだって、君を狙っている訳ではないんだ。いい加減にしないと、本当に殺されてしまうぞ。それに……」

 俺は、後方のユリアをそっと窺った。

「あそこに居るレーナは、ユリアの親友だった人なんだ」

 言った時、ゼドクが爛々と燃える目でこちらを見た。それは、自分に向けられた未曾有の怒りだったので、俺はつい動揺した。

「この偽善者が! 恥を知るべきだ!」

「えっ……?」

「賊の言う事に、従えというのか! 俺は誓いを立てた、浮世の闇に屈しないと。邪悪を討つ為修羅を宿し、荊棘(けいきょく)を往くと。己が信念を曲げた時、屈服した時、この生を終えると! 俺はここで、屈する訳には行かない! ……それを貴様は、人の命を奪わせぬ事が、最大の善行だと妄信している。下らぬ傍観者の価値観で、俺を縛ってくれるな。知った顔をするな。生半可な覚悟で、戦場に歩を刻むな。貴様の善意は、自己完結の偽善に過ぎん」

「俺は……」

 反論しかけた時、彼は「(あまつさ)え」と言いながら俺の後方を見た。その視線は、両手を結び、微かに表情筋を戦慄(わなな)かせながらこちらを見つめているユリアに向けられていた。

「賊と、朋友だと? 破壊者に堕したその者を前にして、今でも尚、その情が断ち切れぬというのか。己が感情を優先し、混沌の継続を是とすると? ……反吐(へど)が出そうだ。ブレイヴの風上にも置けん、貴様も賊の(たぐい)だ」

「酷い!」

 ユリアは気圧されたように口を噤んでいたが、それでも遂に堪忍袋の緒が切れたようだった。

「自分の事を過信して、他人に価値観の押し付けをしているのはあなたの方じゃないの!?  固陋で、唐変木で、独り善がりで! 自分と同じ考えの人間以外、認められないっていうの!? 当事者たちの事なんて何も……何も知らない癖に!」

 俺は、事が推移するのをおろおろと眺める事しか出来ない。イヴァルディさんが立ち上がり、仲裁に入ろうとした。

「味方同士で争うのはやめろよ、皆。ゼドクも、少しは本人たちに任せようというつもりはないのか? 君には、僕のお願いした事がまだ……」

「……イヴァルディ。お前も、自らの力で(いまし)めを破ろうとはしないのだな」

 ゼドクは苦虫を噛み潰したように顔を顰めていたが、やがて頭を振り、「馬鹿馬鹿しい」と吐き捨てた。

「全く……誰も彼も、しようのない腰抜けばかりだ。劇場に居ながら、人生という舞台を演じながら、自分自身の(みさお)を守って……いや、持ってすらいない。……節操がない。虫酸(むしず)(はし)る」

「皆、可愛いわねえ」

 レーナはこちらのやり取りをニヤニヤしながら聞いていたが、やがていつものように高笑いをしながらそう言った。

「仲間同士で、罵り合っちゃってさ。レーナの期待通りの展開ね。もっと聞かせて、レーナを酔わせて!」

「ラディアントブリッツ!」

 ゼドクが、またもや飛び出そうとした。

 刹那、ずっと黙っていた人物が発言した。

「やめて、ゼドク!」

 全員、ゼドクまでが動きを止めて声の主を振り返った。今まで、このメンバーの中で誰も聞いた事のない、毅然とした声。

 シェリカだった。

「ギデルたちが出て行ったら、ゼドクもやめるんでしょ? この地下神殿でこれ以上騒ぎを起こさず、誰も死なずに済むんでしょ?」

「シェリカ……君はまさか……!」

 アスタークが、急に青褪める。俺は、彼が何に思い至ったのか分からなかった。だが、それに続くシェリカの言葉を聴いた途端、はっとした。

「ギデル、あなたの狙いはあたしでしょう? あたしを捕まえて、ここから出て行きなさい。二度と、この街で騒ぎを起こさないで」

「駄目だ、シェリカ!」

 アスタークは、彼女の手を掴んだ。彼女は首を振り、微笑む。

「あたし、アスタークとマティルダを信じてる。マティルダが言った事も、起こした奇跡も嘘じゃない。アスタークが、あたしの為に剣を練習して、戦えるようになろうとした事も、絶対に無駄なんかじゃない。だから……二人とも、あたしを助けてくれるよね? ここじゃない、何処かで……」

 シェリカの瞳は、真剣そのものだった。怯えるような、弱々しい色は消えていなかったが、そこには同居人たちへの信頼があった。そしてその奥に、微かな殉教者の如き覚悟も。

 ギデルが、ギザギザの歯が並ぶ口を大きく開けて笑った。

「これだよ、これこれ! 俺の大好物さ、君みたいな女の子はね!」

「いわゆる『悲壮な覚悟』ってやつ?」

 レーナも獰猛に笑む。ケープをパタパタと鳴らし、ギデルの横に並んだ。

「おいで、シェリカ」

「行くな! 行っちゃ駄目だよ、シェリカ!」

 アスタークが叫ぶが、シェリカは「お願いね」と彼に言い、ヴェンジャーズの方へ足を進める。ゼドクが舌打ちし、剣を握り締めた。

 俺たちは、いざとなったらすぐに飛び出せるよう身構えた。皆がそれぞれの武器に手を掛け、俺とユリアはブレイヴへの変身準備を整える。シェリカはギデル、レーナの前まで行ったが、そこで彼らの嗤いが大きくなった。

「でも、残念! その覚悟、レーナたちは無駄にしちゃう。時間は、そう残されている訳じゃないのよ。むしろ準備万端ってくらい」

 レーナが言った時、ギデルがマントの中から何かを取り出した。

 紫色の球体。それは、スパロウ兵長の持っていたものと全く同じだった。中に、シェリカのフォームメダルが入っているに違いない。

「ブレイヴフォースの準備は、(はな)から整っていたってか……」

 アロードが呟いた。俺は、アロード、と短く彼に言った。彼は微かに顎を引き、フォームメダルに入り込む。シルフィも彼と同じように、ユリアの持っているメダルへと宿った。

「ケント君、皆、行くよ」

「……ああ」

 俺とユリアは、変身のコマンドを口に出そうと息を吸った。ギデルも、ブレイヴフォースを開始しようと三白眼を剝き出す。

「トランスフォーム……」「ブレイヴ……」

 双方が口に出しかけたその時、不意にそれは襲ってきた。

 突然、天井の天球図がみしみしと音を立て始めた。細かい砂塵や石の欠片が、ばらばらと降り注いでくる。最初は微かな震動だったそれは、たちまち儀式場全体を震わせる程の大揺れとなった。

 何だ、と思った瞬間、

「二人とも、危ない!」

 イヴァルディさんが飛び出し、俺たちの上に覆い被さった。数瞬の後、天井からガラガラと音を立てて岩石が崩れ落ちた。ゼドクが跳び退()き、ギデルは大剣を放り投げてシェリカを抱え、後方へと下がる。レーナや、マティルダ、アスタークの兄妹もその場を離れた。

 天井に大きく開いた割れ目から、巨大な蜥蜴(とかげ)のような魔物が這い出てきた。全身は黒いが微かに青く光り、表皮は鱗ではなく、両生類のようなてらてらと光る皮膚に覆われていた。その表面は不気味に小波(さざなみ)立ち、通過した跡を油のような体液が濡らしている。両目は、火の玉のように赤く輝いていた。

「オブリヴィオン……」

 マティルダが、呆然と呟いた。イヴァルディさんは俺たちの上から避けると、「痛たた……」と呟きながら背中を摩る。

「すみません、俺たちを庇って……」

「何、気にしないでくれ。それより、あいつが?」

「ゴオオオオオオン……ッ」

 機械のような、巨大な石と石が擦れるような、自然の生物とは異質な気味の悪い咆哮を響かせ、魔物が天井を移動し始めた。全貌が見えてくると、俺は鳥肌が立つのを押さえられなかった。全長二十メートルは優に超えているだろう。

「嘘、やっぱり手遅れだったの?」

 シェリカが呟いた瞬間、オブリヴィオンはターゲットを定めたようだった。狙ったのは、彼女を片手で拘束しつつ立ち尽くしているギデル。

 あっと叫ぶ間もなく、魔物の口から舌が伸びた。天井は十メートル近く離れているというのに、それは一瞬にして地面に届き、紫色の球体を持つギデルの左手を巻き上げた。

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