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『ブレイヴイマジン』第3章 クライメット⑧


          *   *   *


 夜襲に備え、俺たち四人はシェリカたちの部屋に泊まった。当然寝室は、アスタークのものとマティルダ、シェリカが共用で使っているもの、彼らの母親のものという三つしかなかった為、俺とアロード、ユリアとシルフィのペアは最後の部屋を使わせて貰い、交互にアパートの外を見張る事にした。

 強奪があった際、シェリカは路上で襲われたと言っていたが、ヴェンジャーズに部屋を把握されているのでは、と俺は不安だった。それで神経が張り詰めていた事、交替で眠るとはいえユリアと同じベッドを使うという気分の問題もあり、俺は(ほとん)ど眠る事が出来ずに朝を迎えた。が、幸い夜間にギデルたちが襲撃を掛けてくる事はなかった。

 翌朝、簡易的な朝食を済ませると俺たちは分散し、街の人々への聞き込みを開始した。襲撃は起こらなかったが、ギデル、レーナが街に来ていないとは限らない。それにゼドク、ルクスも、街に現れている可能性がある。

 俺とアロードがユリアたちと別れて間もなく、思いがけない人物に会った。

「やっ、青少年」

「イヴァルディさん?」

 住宅街を慌ただしく駆けていたのは、例の庁舎から俺たちを逃がしてくれた職員、イヴァルディさんだった。あの時と同様、ハンチングとサングラスで変装しているらしい。

「いいんですか、殿下の傍に居なくて?」

「実はね、殿下もここに来ているんだ。今、パトリオットの者たちが森に入る辺りで待機しているよ。……青少年」

「あ、俺はケントです。こっちは、ご存じかと思いますがアロード」

「ケント君たちの為なんだ、申し訳ないんだけどね。庁舎の例の被害、パトリオットの連中はゼドクの仕業だって決めて掛かっている。二度もこういう被害があれば、さすがに彼らも必死にならざるを得ないのさ。フレイリオスの人から、ゼドクがヴェンジャーズのビーストサモナーと交戦しながらこの街方面に抜けたっていう垂れ込みがあってね」

「そんな! 俺のやった事なのに……」

 幾らゼドクでも、自分の事ではない罪まで被る必要があるだろうか。

 俺は思ったが、イヴァルディさんは(かぶり)を振った。

「元々、パトリオットはゼドクを捕らえるつもりだったんだ。二回目がなかったとしてもね。僕だって、君たちを逃がす為に結構体張ったんだよ? それを、水の泡にはしないでくれよ」

「でも……」

「それに、さ」彼は肩を竦める。「殿下がここに来たのは、ミッドガルド皇太子を弑逆しようとした重罪人の処刑に立ち会う、っていうのが表向きの目的だけど、本当はゼドクに恩赦を与える為なんだ。言っただろう、ゼドクは殿下の恩人だ、って。それをちゃんと、パトリオットにも分からせる」

「それで、イヴァルディさんも彼を探しているんですか?」

「まあ、殿下の意思でね。パトリオットっていうのは、勿論表向きは殿下に絶対服従さ。だけど、色々と強引な事はするし、時には殿下に確認を取らず自治体の政策に容喙したりするからね……警備隊の誰かがゼドクを見つけて、彼が抵抗して、その場でズドンなんて事になったら、恩赦も何もあったものじゃないだろう? 僕とゼドクなら、顔見知り同士だ。僕がパトリオットよりも早くゼドクを探し出し、殿下の元にお連れするって訳」

「なるほどですね……」

 俺は肯き、少々考え込んだ。

 デイビル王子という人物がパトリオットを止めているのか、街ではまだ彼らによる捜索が開始された様子はない。だが、それが始まる前に、イヴァルディさんがゼドクを見つけられるという保証もないのだ。

 俺たちは、ゼドクよりも先にギデルとレーナを見つけようとしている。しかし、俺たちよりも早く彼らの追跡を始めたゼドクが、彼らを既に探し出している蓋然性は十分にある。もし、ここでイヴァルディさんに協力して貰えれば、彼はゼドクに行き着く事が出来るし、俺たちも邪魔されずに作戦を遂行する事が出来るようになるかもしれない。

「俺たちも……」

 俺は、意を決して口を開いた。アロードが、いきなり何だ、とでも言いたげに俺を見つめてきた。

「俺たち、フレイリオスでゼドクが戦っていたヴェンジャーズを探しているんです。もし不都合がなければ……俺たちと、共同作戦を実施しませんか?」

「おいケント、相手は王宮から派遣された役人だぞ」

 アロードが慌てたように窘めてきたが、

「それはいいね」

 イヴァルディさんは、駄目で元々、という気持ちが否定しきれなかった俺が拍子抜けする程、即座に肯いた。

「僕も憧れるんだよね、『仲間との冒険』ってさ」

「いいんですか?」

「おいおい、誘ったのは君だろう? 大人にだって、夢を見せてくれよ」

 彼はウィンクをしたようだったが、サングラスのせいでよく見えなかった。

 台詞が黒田さんみたいだな、と思いながら、俺は『ブレイヴイマジン』をログアウト出来なくなって今日で二週間目である事に気付いた。


          *   *   *


 集合場所である公民館前に俺たちが着くと、他の五人は既に集まっていた。

 俺たちの集めた情報といえば、街には既にヴェンジャーズが入ったらしい、という噂が住民の間に流れ始め、町内会が確認に動いている、という事くらいで、実際に目撃情報などを得るには至らなかった。

 が、俺が何かを言うよりも先に、ユリアが口を開いた。

「ケント君、その人は?」

 聞き込みに出たはずの俺たちが突然見知らぬ男を連れ帰った──しかも、職業上仕方ないのかもしれないが顔を隠している──ので、皆警戒したらしい。()しくも彼らのすぐ後ろには、「Be careful of suspicious people(不審者に注意)」の看板が立っていた。

 俺とアロードが口々に事情を説明し、仕方がないのでフレイリオスで彼と出会った時の事も正直に打ち明けると、ユリアは少々咎めるような目で俺を見た。

「ケント君、そんな危ない事したの? パトリオットって怖いのよ」

「ごめん、反省している」

 とはいえ、あれはやむを得ない事だったと思う。イヴァルディさん本人も「あんまりケント君たちを責めないであげな」と言い、ユリアは(いささ)か不満そうだったが頰を膨らませる程度でそれ以上何も言わなかった。

 一人一人の紹介が済むと、シェリカが「それにしても」と言った。

「結局、イヴァルディさんは王子様の何なの?」

「正式な役職名は『第一王子付き特別顧問官兼特殊免許保持独立傍付き警護人』っていうんだけどね」彼はすらすらと言う。

「そんなに長い役職名、覚えられないよ。偉いの?」

「偉くはないかな? 分かった、これでいこう。”通りすがりの男”」

「うわ、雑ですねえ……」

 シルフィが少々引き気味に言ったが、イヴァルディさんは恬淡と笑った。

「その方が気楽だろう? 僕も、王宮の人間だとか何とか、変に身構えられても困るしさ。実際君たちにとって、僕は単なる通りすがりの男だろう?」

「随分、あっけらかんとした人だね」

 ユリアが囁いてくる。俺は苦笑しながら「まあ」と曖昧に返事をした。

 イヴァルディさんは一通り対面が済むと、それで、と手を打った。

「肝腎の情報は集まったのかい、皆? 僕やケント君は、もう街にヴェンジャーズが入ったって事以外は何も。町内会が自警団を動かして、慎重な捜索が始まるって事くらいだな」

「私もそうですよ」「僕たちも」

 マティルダとアスタークが言い、シェリカも肯く。そういえば街の様子が心なしか静まり返っているように思うが、やはりこれも住民たちが警戒し、緊張して屋内に閉じ籠っているからなのか。

 その時、ユリアが「私たち」と挙手した。

「フレイリオスでやったみたいに、噂の出所を辿る方法で聞き込みをしたの。そしたら、一件だけそれっぽい目撃情報があって」

「ほんと!?」

 シェリカが、期待の込もった眼差しを彼女に向ける。

「街の中に、地下に降りる階段とかない? 何か、地下神殿っていう場所に黒ずくめの男と白服の女の子、それから二人を追って騎士みたいな少年が入って行ったって、荷物を抱えたおばさんが」

「えっ! それはいけないですよ!」

 マティルダが叫び、突然駆け出そうとした。アスタークとシェリカもさっと顔面蒼白になり、その後を追おうとする。話の途中だったユリアは面食らったように言葉を切り、すぐに我に返ってマティルダの肩を掴んだ。

「いけないって、どういう事? 地下神殿に何があるの?」

「説明している時間はないんです! ただ、すぐに確かめないと……」

「皆さん、ここは僕たちに従って下さい。説明は後でしますから!」

 アスタークも言う。俺たちは混乱したが、ただならぬ予感を感じてすぐに彼らの後を追った。


          *   *   *


 小規模な集会でも行われるのであろう広場には、町内会と思しき人々が多く集まっていた。武装した自警団が、その中心にある、地下鉄の入口にも似た屋根付きの階段に群がって規制線を張ろうとしている。

 住民たちは皆、疎開でもするかの如く大荷物を背負い、或いは引いていた。逃げ出す途中で立ち寄った、というような様子で広場を眺めている。町内会の者たちはそんな彼らに、「離れていろ」と口々に怒鳴っていた。

 俺たちが聞き込みをした時は、まだこのような様子ではなかった。ユリアが先程話を聴いた人について「荷物を抱えていた」と言っていたが、それがこの避難の始まりだったのかもしれない。

 マティルダたちは、そんな人々の間を縫うように駆けて町内会に近づいた。

「野次馬はさっさと逃げろ!」

「ブレイヴの方々を連れて来ました!」

「何? そりゃあ……」

 群衆の壁が一斉に割れる。マティルダが手招きするので、俺たちも後から続いて階段の方へ向かった。

 そこを降り、(しば)らく地下に向かって進んだ時、壁の一部が崩れ、有刺鉄線が床に落下している箇所があった。そこまで辿り着くと、マティルダは「遅かった……」と呟いてへたり込んだ。

「どうしたの、マティルダ? この先に、何があるの?」

 ユリアが、おずおずと彼女の背に手を置きながら尋ねる。

「オブリヴィオンです。Sクラスの、巨大な爬虫類の魔物が居るんですよ。火属性なんですが、何百年も前から定期的に湧くんです。今の個体は、約半年前に湧出したと思われています」

「ちょ、ちょっと待てよ」アロードが声を上げる。「ここ、あんな広場に入口があって、入場規制もされていなかったよな? そこにどうして、Sクラスなんかが出没するんだよ? 第一、火属性なんだろ? 俺、まだフォームメダルを奪われてはいねえけど……」

「ヴェンジャーズの暗躍がなくても、湧く時は湧く。それが魔物だし、Sクラスだって例外じゃないでしょ」

 シルフィが冷静に言う。アロードは「でもよ」と口籠った。

「ここ、本当は遺跡だし、観光スポットではあるんです。子供だってよく遊ぶし……だから完全に封鎖はしないんですが、こうして有刺鉄線を張って、悪戯(いたずら)でもあまり深い階層には行けないようにしてあるんです」

 マティルダは説明した。

「オブリヴィオンは、発生してからずっと眠りっ放しです。ですから昔から、発生する度に街の自警団、果てはフレイリオスの助けを借りて、総力戦で駆除に当たってきました。しかし、百年前に一度だけ、それに失敗した事があるんです。その結果、地上に出てきてしまって……住民たちは勿論避難していましたが、当時の火のブレイヴが倒しに来るまで、街の三分の二が灰燼に帰したと文献にあります」

「それって!」シルフィが声を上げた。「何も知らないレーナたちや、ゼドクが遺跡の深層で激戦を繰り広げたら」

「はい。オブリヴィオンの目を覚まさせてしまうかもしれません。そうなれば、総力戦なんて行う暇もありません。住民の皆さんも避難しきっていませんし、どれだけの犠牲が出るか……」

 俺は戦慄が走った。確かに、それは緊急事態だ。もしギデルやレーナとゼドクが戦い、それでオブリヴィオンが目を覚ませば、まず彼らを含めて俺たちは全員死に、もしくは旅の継続が不可能な怪我を負う。ハルバードルズは壊滅し、計り知れない犠牲が出る。

「危険すぎるな。ゼドクに先を越された以上、僕はここで止まれないけど……」

「僕たちも同じですよ」

 イヴァルディさんの呟きに、アスタークが応じた。彼は「そうでしょう?」と俺たちの方を向いてくる。

「当たり前だ。止めるよ、そんな戦い。悲劇が起こる前に、誓った事はちゃんとやり遂げる。俺たちで終わらせるんだ」

「もしも、もう手遅れで」考えたくないけど、とイヴァルディさんは言った。「そのオブリヴィオンが、もう覚醒していたらどうする?」

「……私たちで倒します」

 ユリアは村に居た時と同じように、怯えを見せない毅然とした態度で宣言した。

「当たり前じゃないですか」

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