『ブレイヴイマジン』第3章 クライメット⑥
転瞬、ビシッ! という音と共にギデルの手が稲妻のような光に射抜かれた。彼がクライシスバスターを取り落とした瞬間、光の糸に引かれるように人影が草地に突入してくる。「霹靂疾孔穿!」
「舐めくさりやがる!」
ギデルは、神業といえる程の速度で回避し、地面を蹴り上げる。切れた草が舞い散ったが、飛び込んできた者は剣の一振りでそれを払い落とした。
「追い詰めたぞ、賊め……」
低く呟いたその人物は、ゼドクだった。
「白夜の光を剣に宿し、暁に染められし地平より尚目映く、光輝なる白光の聖戦士……己が信念を依り代に、膚を鏡とし、戦野をこそ我が独擅と定めたり。光のブレイヴ・ゼドク、推参! 世界は、俺の剣にて裁く!」
彼はクリアレストライトを掲げ、指揮者が四拍子を取るかの如く振り回してギデルに向けた。
「ね、ねえ、ケント君……」ユリアが、微妙に顔を引き攣らせながら俺に近づいてきた。耳元に口を寄せ、囁いてくる。「この人が、ゼドク?」
「ああ……そうだよ」
「イメージと違う……何なの、このキャラ? 濃すぎるでしょ……」
「ギデル、こいつがレーナの事苛めるの! 何とかしてよ!」
「何とかって、お前なあ」
ギデルはクライシスバスターを拾い、射抜かれた手をパタパタと振りながらそれを構え直した。
「ルクス、あなたなの?」
シルフィが、両者の横に回って腕を広げた。「今まで何をしていたのよ?」
しかし、ゼドクに憑依しているイマジンが答えるはずはなかった。ゼドク自身も、彼女をちらりと見ただけで何も言わない。アロードの時もだが、ルクスの知り合いであるイマジンたちと出会っても無反応なのは、それだけ彼が他人に関心を払っていないという事なのかもしれない。
レーナは魔物の招喚を解くと、腰の短剣に指を這わせる。マティルダもアスタークも、俺たちでさえ、どんどん人数を増やし、こじれていく事の推移に戸惑い、見守るしか出来なかった。
ゼドクは、エストックを正面に構えたまま動かない。戦闘が始まれば自分が主導権を握ると確信し、ギデルの出方を窺っているようだ。
「皆さん……」
マティルダが呟いた時、ギデルが動いた。しかし、その剣先が狙ったのはゼドクではなかった。
「俺はな、イレギュラーってのが大っ嫌いなんだよなあっ!!」
彼は、ゼドクが全く注意を払っていないアスタークを標的に定めたのだ。アスタークも、まさか自分の方に彼が迫って来るとは思わなかったらしい。防御の姿勢を取ろうとするが、間に合いそうになかった。
それは、俺もまた同様だ。俺とアスタークの間にはゼドクが立ち、距離的には届くが遮蔽されている。ゼドク本人も、急に注意対象を変えるのは難しいらしく、現在やっと振り向いたところだった。
その瞬間、マティルダがツインクリングタクトを突き出した。
「お願い、お兄ちゃんを助けて! プリヴェントファクター!」
──駄目だ、マティルダ。
俺はそう思った。ツインクリングタクトに登録されている魔法は、発動条件が分からないのではなかったか。アスタークも首を振った。
「マティルダ、お前……」
だが、次の瞬間。
「うっ……!?」ギデルが、剣を振り下ろしかけて呻いた。
奇跡が起こっていた。アスタークの前に、突如光の壁が出現してギデルの斬撃を防いだ、否、跳ね返したのだ。ギデルは弾かれ、後方に押し返されかけながらも足を踏ん張り、その場に踏み留まった。
「マティルダ……?」
その奇跡は、起こした本人であるマティルダにすら予想外の事だったらしい。彼女は呆然と、自分の手の中にある杖を見つめていた。
すかさず、ゼドクが動いた。ギデルに生じた隙に、エストックで斬り込む。ギデルは無防備な腕をスパッと薙がれ、後方に跳躍して身を翻した。
「光のブレイヴが居るとか、聴いてねえぞ! 撤収だ、レーナ。ブレイヴ三人を相手にする程、俺は驕っちゃいねえよ!」
「ああっ! ギデル、待ちなさいってば!」
レーナも彼を追って駆け出す。俺たちは彼らを追おうとはせず、アスタークたちの保護に向けて動いた。ゼドクはクリアレストライトを振り、血払いをしてから鞘に戻した。
「……古森で唄われし妖しき剣戟の魔歌は、聖なる光に融けし夕闇の中に呑まれ、消え逝く」
彼は言い、ルクスを分離させた。そのまま、ヴェンジャーズの二人が去って行ったのと同じ方向へ歩き出す。ユリアが、「待って!」と声を投げ掛けた。
「ゼドク。あなた、いつの間にルクスと契約したの?」
「……ルクスが、そんなに珍しいか」
彼はぶっきらぼうに返す。シルフィが口を挟んだ。
「勝手に行方不明になるからでしょ、ルクス! 今まで何処に居たの?」
「やれやれ」
ルクス・フォトンは、そこで俺の記憶にある限り、初めて言葉を発した。
「本拠地を定めていないだけで行方不明扱いされていたなんてな。俺たちのネットワーク、薄すぎだろ。まあ、ミッドガルドに居られるイマジンなんて八人だけだし、仕方ないんだろうけどさ。で、何処に居たかって? こいつと契約して、あっちこっちで戦っていた。現世代で、ブレイヴ持ちのイマジン第一号は間違いなく俺だな。売り手と買い手みたいな契約だから、自慢出来るものでもないけど」
軽薄な調子で言うが、そこでやや声を低めた。
「ま、その行方不明だとかいう話が人間たちに伝わっているなら、そのままにしておいてくれ。その方が、ゼドクの身も安全だしな」
「……ルクス」
そこで、ゼドクがちらりと彼を振り返った。
「ヴェンジャーズと剣を交え、俺は今まで勝ち続けてきた。連中と剣舞を奏で、生かして取り逃がしたのはこれが初めてだ。いや、それ以前に俺は、策謀によりお尋ね者に堕されているのだったな。光のブレイヴ・ゼドクの存在は間もなく人口に膾炙するだろう。しかし、それもまた演劇のシナリオ。元々、孤独と旅を住処とする俺にとって、『安全』などなかった」
「じゃあ、それで……死んだりしたら?」
アロードが、彼なりに刺激せぬよう気を付けて言ったつもりなのだろう、抑えた声でそう問い掛けると、ゼドクは微かに鼻を鳴らした。
「我が畢生という舞台は、一幕の笑劇に過ぎなかったという事だ」
「まさかあなた、この後もあいつらを追うつもり?」とシルフィ。
「賊を放っておく訳には行かないからな。流浪の士として戦い続け、世界に蔓延る悪を摘み取り続け、力尽きれば魔物の顎か、ヴェンジャーズの剣に斃れる。それが俺の流儀……生き様だ」
「と、まあこいつは石頭なんだ」
ルクスは、軽い調子で「すまん」というように手刀を切った。
「だから、せっかく会えた訳だけど、今お前たちとゆっくり久闊を叙す、なんて事は出来そうにねえや。……ああ、いけないいけない。ゼドクの喋り方が伝染っちまってやんの」
彼らは、それ以上俺たちと話す気はない、というかのように森の中に進んで行き、見えなくなった。
フレイリオス駐在大使の庁舎襲撃について、ゼドクは仄めかすような事を言ったものの、結局俺の口から聞き出す事は出来なかった。ユリアは、力が抜けたかのように足を折り、草の上にぺたんと座り込んだ。
「あの……」
シェリカが、おずおずと遠慮がちに声を出した。彼女は口を開いたものの、声を出す前にそれを再び閉じた。ぶわっ、という擬態語が浮かぶ程、一瞬にして大粒の涙を目尻に浮かべる。そのまま彼女は、シルフィの胸に顔を押し当てて嗚咽を漏らし始めた。「怖かった……!」
「お兄ちゃん……」
マティルダは小さく言い、アスタークに駆け寄る。兄が言葉を発せないでいると、彼女は唐突にその頰を平手で張った。だがすぐに、シェリカと同じように涙を流しながら、その胸に縋りついた。




