『ブレイヴイマジン』第3章 クライメット⑤
* * *
「いやあ、まさか道からそう離れていない場所にティーザーが出るとはねえ……おまけに、擬態スキル持ちが他にもこんなに出るなんて」
シルフィはユリアが変身解除すると、大きく伸びをする。俺も、投げ飛ばされたり無茶な動きをしたり、新しい技を使ったりしたりでかなり体の節々が痛んでいた。軽くストレッチをしながら、魔物たちに襲われていた少女を見る。
「大丈夫?」
ユリアが声を掛けると、少女は「はい……」と小さく答えた。
「助けて下さって、ありがとうございます」
「危ないじゃないの、こんな所に居たら。どうして、一人で森になんか足を踏み入れたの?」
ユリアが尋ねると、少女はあっと思い出したように小さく叫んだ。
「そうでした、私はお兄ちゃんを……」
「お兄ちゃん?」
「お兄……えっと、兄はフレイリオスで働いているんです。けど、最近帰って来るのが遅くて、心配して迎えに行こうと思ったんです、居候と一緒に……お二人、ブレイヴなんですよね? そちらのお二人がイマジンで……シェリカ・クライメットってご存知ですか?」
「ああーっ!」
シルフィが、突然大声を上げて少女を指差した。俺も、恐らくユリアもアロードもはっと気付いたようだが、まず彼女の大声に驚いてしまった。少女は、怯えたように仰反って「な、何ですか?」と尋ねる。
「あなた、もしかしてマティルダ? シェリカと同居してるって……」
「は、はい。そうですけど……?」
「お兄ちゃんっていうのが、アスタークね?」
「ええ……」
「気を付けて。あたしたち、これからその事であなたたちを訪ねる予定だったの。ヴェンジャーズが、またあなたたちを襲うかもしれないから……」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
マティルダは、シルフィを制止するように両手を上げた。アロードが「カツアゲかよ」と呟き、シルフィは振り返って
「うるさいわねえアローちゃん! お姉さんにそういう事言うと!」
彼の顳顬の辺りを両拳でぐりぐりと捏ねた。アロードは「勘弁してくれ!」と悲鳴を上げ、彼女を押し返そうとする。姉弟のような絡みを見せるイマジンたちに、マティルダは強張った表情を幾分か和らげたが、すぐにまた不安そうな顔に戻り、両手を組んで祈るようにユリアを見た。
「どういう事ですか? ヴェンジャーズは、もうシェリカのメダルを奪ったのに……そのせいで、お母さんも……まさか、さっき襲って来た男もヴェンジャーズなんでしょうか?」
「襲って来た男?」
「吸血鬼みたいな、黒いマントを羽織った男です。大きな剣を持っていて、犬歯が牙みたいに長くて。お兄ちゃん、今日はすぐに帰ったみたいなんです。私とシェリカで迎えに行こうとしたら、森を抜ける辺りでそいつが現れて……皆で森の中に逃げていたら、途中ではぐれてしまったんです」
「それで、あなたはアスタークを探していたのね」
ユリアは肯いた。「その男、ギデルかも」
「ギデル? ユリア、彼の事を知っているの?」俺は尋ねる。
「一回だけ、会った事があるけど……正直、戦っても勝てないかもって思った。魔物と喋ったり、魔物の肉を喰らって取り込んだりする特異体質みたいで、レーナみたいに使役の術を身に着けている訳ではないけど、本人の純粋な戦闘力で言ったらレーナ以上かな。武器は両手用大剣『クライシスバスター』」
マティルダは「教えて下さい」と尚も言った。
「あなた方は、一体何者なんですか? どうして、シェリカを訪ねようと?」
「えっとね、何処から話せばいいのか……さっき見て貰った通り、私たちはブレイヴなの。私がシルフィ・アクアと契約したユリアで、彼がアロード・ファイヤーの契約者、ケント君。ヴェンジャーズに奪われたフォームメダルを取り戻す為に、旅をしているのよ。それで最近、ヴェンジャーズが新しい計画を」
ユリアが言いかけた時、森の奥から微かに剣戟のような音が聞こえてきた。誰かが戦っているらしい、と思い、俺は一同に言った。
「アスタークとシェリカを探そう。道々、俺たちの事を話すよ」
* * *
ティーザーやゾトムスとエンカウントしながら進む間、俺たちはマティルダにブレイヴフォースの事を話し、俺たちが彼女やアスタークに辿り着くに至った経緯を語った。彼女は黙って話を聴いていたが、旅の目的をもう一度語った時、「そうですか……」とやや寂しそうに呟いた。
「お兄ちゃんの帰りが遅い理由、私、今日分かったんです」
マティルダは、最初に魔物に襲われた時に持っていた杖を、ぎゅっと握り締めながらそう言った。
「お兄ちゃん、この森でずっと戦闘訓練をしていたんですよ。最近いつも細い包みを持ち歩いていて、聴いても『仕事で使うものだから見るな』って言うばかりで……あれ、細剣だったんですよね。ギデル、でしたっけ? あの男が襲って来た時、すぐに抜刀したんです、お兄ちゃん」
「どうしてそんな事を?」
俺がつい口にすると、彼女は「多分」と答える。
「シェリカのフォームメダルが奪われた事が、お母さんが命を落とす事に繋がったと考えたんだと思います。私も、そう思う考えが捨てきれなくて。……母が亡くなった事、皆さんは聞かれましたよね? 魔物の事故で……それ、空属性のものだったんですよ。フレイリオス郊外の丘で、占星魔法の実験の為に、天体観測をしていた時の事でした。突然の事で、避難した人たちも何が起こったのか分からない程だって言っているんです。
それが、シェリカがメダルを奪われた二ヶ月半後の事でした。メダルを奪われたその時も、どうしようもなかったんです。シェリカはお使いで、近所の雑貨店に行って帰ってくる途中で不意を突かれて……お兄ちゃん、自分がシェリカを守れていたら、お母さんが死ぬ事にもならなかったって、ずっと悔しがっていて」
「でも……こんな事言ったら悪いかもしれないけど、もうそれは終わってしまった事なんでしょ? どうして、その後に戦闘訓練なんか?」
ユリアが尋ねると、
「納得出来ない事って、どうしてもありますから」
マティルダはそう言い、杖を差し出してきた。
「これ、母の形見なんです。母が作った魔具で、ツインクリングタクトっていうれっきとした武器なんですよ。簡易的な魔法が幾つか使えるんですが、私にはまだ発動条件が分からなくって」
「魔具?」俺は、新しい言葉に首を捻る。
「あらかじめ、魔法が込められている武器の事よ」ユリアが説明してくれた。「魔法っていうのは素質が必要だけど、魔具だったら誰でも魔法を使える」
「はい。私も、その練習がやめられないんです。ツインクリングタクトには防御魔法も登録されている、私がそれを使えたら、って……勿論、母の生前、これを持たせて貰えた事はありませんでしたが」
「分かっていても、やらずにはいられない事か……」
俺は、ヴェンジャーズの駐屯地に一人で挑んだリビィの事を思い出した。人の感情に対して、無駄だという客観的な言葉は届かないものだ。俺が現実世界で、優等生で在り続ける事を自分に課し、反動が来るまでやめられなかったように。あれ程、無自覚の言葉のナイフを突き立てられたというのに。
「だから私には、兄を咎める事は出来ないんです」
マティルダがそう言った時、再び剣戟が聞こえた。今度は、かなり近い。
耳を澄ますと、それは断続的に聞こえてくるようだった。俺たちは足を止め、皆で顔を合わせ、肯き合ってから進む。音は、木々の向こうに見える開けた草地から響いていた。途切れ途切れに、怒鳴り合う声も聞こえる。
その先に居るのは、アスタークとシェリカ、ギデルだろうか。レーナとゼドクという可能性もある。ゆっくりと進み、そこまで茂み一つを隔てた場所まで来ると、俺は皆に向かって唇に人差し指を当てた。
「様子を見よう、静かにな」
言いながら覗き込むと、そこでは二人の男が斬り結んでいた。
巨大な両手剣を振っているのは、漆黒を通り越して闇色に見える髪を持ち、黒い襟の立った外套を羽織った青年。本当に、ドラキュラを絵に描いたような容姿だ、と思った。
彼が追い詰めているのは、青灰色のトレーナーを着たブロンド髪の少年。持っているのは細剣だったが、相手の両手剣に押されて今にも折れそうだ。彼の背後では、ペールブルーの長い髪を持つ、ネグリジェ風のワンピースドレスを纏った少女が恐怖に目を見開いていた。彼女はお伽話に登場する姫君のようで、怪物に襲われる姫と、それを守ろうとする勇者の構図が頭を過ぎった。
「ギデル……」
ユリアが、拳を握りながら呟く。俺は、彼女の視線をなぞる。「あいつが?」
「で、あいつがシェリカだ」
アロードは、少女を親指で指し示しながら言った。という事は、ギデルと戦っている青年がアスタークという事だ。マティルダの方を見ると、彼女は杖を胸に抱いたまま小刻みに震えていた。見ていられないが、怖くて飛び出せない、というように目を見開き、斬り結ぶ両者を見つめている。
「初心者め! 赤の他人にそこまで尽くそうなんて思わなきゃ、死に急ぐ事もなかったのによ。そろそろくたばれ! ブラッドサースティデーモン!」
ギデルが不意に、剣技を発動した。宙を滑った巨大な刀身が、その軌道上に血飛沫のようなエフェクトをべったりと残す。その口元が、猟奇的に嗤った。
「やめろーっ!」
俺は、変身もしないうちに飛び出して抜刀した。
剣が叩き折られそうな衝撃を伴い、激しい火花が散った。
「誰だお前?」
ギデルは、目の色をぎろりと変える。アロードが「ケント!」と叫びながら俺に続いて出て来、ユリアたちも最早隠れてはいられない、という様子で茂みを飛び出してきた。背後で、シェリカが「シルフィさん、アロードさん……」と呟く。
「なるほど……お前ら、レーナが言っていたブレイヴだろ? 村長の娘と不愉快な仲間たち、だっけか。よく邪魔をする!」
叫び声と同時に、ギデルが腕を捻った。デュアルブレードを巻き取られかけ、離すまいと俺が力を込めると、草の上に引き倒されてしまった。
「あなた!」
アスタークが、俺の方に駆け寄ろうとする。だがそれより早く、アロードが俺の傍らに飛び込みながら「馬鹿!」と叫んだ。
「お前はシェリカから離れるな!」
「ええっ!?」
声の裏返ったアスタークへ、ギデルが蝙蝠の如く飛翔した。クライシスバスターというらしい両手剣を、軽々と上段に振り被る。その刀身が、先程と同様剣技の予兆である光を纏った。
「罰が当たったんだな、坊や!」
「畜生っ! 震空破!」
彼が細剣を突き出し、迎撃の体勢に入る。だが、三侯の渾身の剣技を、最近訓練を始めたばかりだという少年が防ぎきれるとは思えなかった。あの剣の一撃を真面に受ければ、アスタークの頭は粉々に吹き飛ぶ。
俺が変身して割り込もうと、フォームメダルを取り出した時だった。
「助けて、ギデルっ!」
突然、木々の梢を突き破るようにして飛行系の魔物が転がり込んできた。ギデル、アスタークは双方とも剣技をキャンセルし、上を見上げる。俺は、呆然と乱入してきた魔物を見つめる。それは、レーナが移動用に使うあのニューニだった。当然の如くレーナ本人も、その横に倒れている。
「痛たたたた……! もう、酷すぎー! レーナ、あの男の子嫌い!」
「何だ、また何かやらかしたのか?」
ギデルは、剣先を地面に突いて彼女に問い掛ける。マティルダが、「また、ヴェンジャーズ……」と怯えた声で呟いた。
「ギデル! 緊急よ、レーナは光のブレイヴに……」
「ああ? 何言ってんだお前──」
吸血鬼男がそう呟いた時、木立の中で閃光が煌めいた。




