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『ブレイヴイマジン』第3章 クライメット④


          *   *   *


「ケント君、アクスフェルトの森には、樹木に擬態するティーザーって魔物が居るから気を付けてね」

 フレイリオスを西側へ抜け、長閑(のどか)な田園の中を歩いている時、ユリアがそう言ってきた。エヴァンジェリアでの主食はパンなので畑には小麦が多く植えられているようだが、秋に種を蒔かれ、成長を始めつつあるはずのそれらは心なしか立ち枯れているようにも見えた。

「ティーザー?」

「擬態スキルを持つ植物系は他にも色々居るけど、ティーザーは世界中に居るの。アクスフェルトの森では最近増えすぎて、環境問題みたいになっているけど。怪鳥湧出地帯と同じね、元々その土地で特に危険とされていた魔物が増えすぎて、その土地が危険である理由になるの」

 行く手に、鬱蒼と茂る森が見えてきた。街と街の間にあるにしては大規模だな、と思った時、ユリアはそれを指差して続ける。

「今見えているあれの、三分の一はティーザーだと思っていいよ」

「そんなにヤバいの?」

「しかも、凄い悪質。旅人とかが森に入ると、樹木の振りをして気配だけを悟らせるの。で、それを何回も繰り返して、相手が怖くて堪らなくなってきたら今度は仲間たちを呼んで、配列を変えたりして相手をどんどん迷わせる。で、相手が恐怖と疲労で動けなくなったら、バラバラに引き裂いて骨以外全部喰らい尽くす」

「ティーザーの悪質なのは、獲物を肉体的、精神的に甚振ってから殺す事ね」

 ユリアに続けて、シルフィが説明してくれた。

「怖いな……でもさ、一応森は街の行き来の為には通らなきゃいけない場所なんだろう? フレイリオスで働いている人も結構居るだろうし」

「まあ、フレイリオスは地価が高いからね。ハルバードルズに住んで、仕事は都市でするって人が多いかな」

 俺の言葉に、ユリアが肯く。東京の中心部と郊外みたいなものか、と納得しながら俺は疑問を続ける。

「それなら、そんな危険な森が間にあって大丈夫なの?」

「一応、森の中には魔物避けの魔法が掛けられた道はあるよ。私たちも、そこを通って行く予定だったし。でも、最近じゃティーザーが凶暴化して、そこも絶対に安全とは言えなくなってきているかな。今に出勤する人々が通行出来なくなる為、森を伐採せねばならないという事も検討されているみたい」

「もしティーザーが、ユリアを標的にして痛めつけたりしたら、俺が許さないよ。木質のボディだったら、火属性攻撃には弱いかもしれない。覇山焔龍昇ハザンエンリュウショウとか喰らわせれば、きっと心配ないから」

「ケ・ン・トくーん?」シルフィが、手をひらひらと振る。「そういう事言うと、ユリアちゃんがまたデレデレしちゃうわよー」

「ケント君、今のは不意討ちすぎ……反則だって」

 ユリアはうっとりとこちらを見つめてくる。アロードが咳払いし、「覇山焔龍昇は俺の技だけどな」と付け加えた。何だか今日のユリアはいつもより可愛いな、と思いながらも、耐性のない俺は返答に窮して曖昧に「はあ」と答えた。

「まあ、冗談はさておき」シルフィは、ちらりとユリアを見る。「ティーザーを完全に駆除するには、森を除去するしかない。でも、周囲の生態系への影響は計り知れないし、近隣への木材供給はアクスフェルトの森が賄っている面が大きいしね。簡単に色々やる訳には行かないのよ」

「そっか……」

 魔物を倒さない限り、世界は滅ぶ。しかし、自然発生するそれらへの対応を中心にして、世界を回す事も出来ない。それに、以前ユリアは「エヴァンジェリアの技術には魔物の発生させるマナが必要不可欠だ」と言っていた。

 共存せざるを得ない、人間と魔物。その均衡を保つ者たちが、両者の特徴を併せ持つイマジンであり、フォームメダルなのだ──。

 俺は、改めて旅の重要さを噛み締めた。


          *   *   *


 森の道を歩き始めて、十分程が経過した頃だった。

 突然、何の前触れもなく路傍の森から悲鳴が響き渡った。俺たちは咄嗟に歩みを止め、辺りを見回す。森に十メートル程入った場所に、格子垣(トレリス)のような、蔦の這う壁があった。ユリアと同い歳くらいの少女がそこに背中を預け、震えている。魔法用の杖と思しきものを、身を守るように体の前で持っているが、どうやら武器ではないようだ。

 魔物に襲われているのか、と思い周囲を見るが、それらしい姿は確認出来ない。その時ユリアが、「あーっ!」と叫んだ。

「あそこに!」

「何処!?」

 彼女が指差したのは、少女の前に生えている苗木だった。あれが何か、と思った瞬間、俺はすぐにそうではないと気付く。同時に、その苗木が跳躍した。葉の密集している頭頂部が柘榴(ざくろ)の如く割れ、鋭い牙がびっしりと生えた真紅の口が覗く。

「いけない、ゾトムスよ! ティーザーと同じ擬態スキル持ち!」

 ユリアは叫ぶと、シルフィに合図を出す。

「トランスフォーム『シルフィ・アクア』!」

 俺が何かを言う前に、彼女は変身して森の中へ飛び込む。ゾトムスというらしい魔物は少女に突進する直前にユリアの接近に気付き、口から球状の電撃を吐き出して応戦した。

 俺もブレイヴに変身し、森の中に飛び込んだが、すぐに視界の片隅で動くものを捉えて反射的に回避した。木の枝のような腕が、蛇の如く撓りながら俺の足元を掬い上げようと迫って来る。俺は空中で身を捻り、抜刀の威力に任せてデュアルブレードを振るった。

 メキメキッ! という、生木を折ったような音が鳴った。視線を向けると、腕で俺の攻撃を防いでいるのは三メートル程の太い木だった。その洞には、鬼火のような眼光が爛々と輝いている。樹皮が動いた、と思うと、幹の中央がぱっくりと開き、ぬらぬらした口が現れた。

 こいつがティーザーか、と俺は心の中で呟いた。刹那、地響きと共にその幹が揺れ始め、俺は後方に跳んで身構える。地面から根っこに似た足を抜き出し、それを引き摺るようにしながら、ティーザーは俺に向かってきた。

「ビュオオオオオッ!!」

覇山焔龍昇ハザンエンリュウショウ!」

 先程、斬撃の手応えは完全に木だった。恐らく、この魔物はステータスが攻撃に全振りされている。不意を突く事でのみ獲物を得る彼らは、防御力はさほど高くないらしい。

「悪かったな。俺の火と相性最悪だよ、お前たち!」

 炎を纏った刀身が、ティーザーの口を縦に斬り上げる。魔物は仰反(のけぞ)ったが、断面から湯気を湧き立たせるのみで、傷口から炎で蹂躙されるような事はなかった。どうやら水分含有量は、普通の木と同じかそれ以上らしい。弱点対策はしっかりしているのか、と俺は考えた。

 反撃とばかりに、ティーザーは腕を振り抜いた。枝状の腕の先、鉤爪の付いた(てのひら)土塊(つちくれ)を生成し、俺──ではなく、ユリアに投げつけた。

「ユリア避けろ!」

 俺は叫びつつ、ゾトムスと交戦する彼女に駆け寄る。しかし、それこそがティーザーの狙いだったらしい。駆け出した俺の足が、突然魔物から伸びた蔓のような触手に絡め取られた。

(しまった……!)

 青褪めた瞬間、思い切り投げ飛ばされる。咄嗟に受け身の姿勢を取ったが、背中から近くの木に激突し、俺は蹲った。

「ケント君!」

 ユリアが、ティーザーの投げつけた土の弾を両断し、湧き立つ土煙の中ゾトムスに向かって突きを繰り出した。

「オーシャンスラスト!」

「ギュアアッ!」

 ゾトムスは細い幹の中央を高水圧に貫かれ、ティーザーの方へ弾き飛ばされる。俺に追撃を掛けようと動き出していたティーザーは、いきなり吹き飛んできたゾトムスに衝突され、両者が喧嘩になりそうな程睨み合った。だが、やがて早い者勝ちだと言わんばかりに同時に飛び掛かってくる。

 これはマズい、と思った時、ユリアが動いた。

「スパイラルストリーム!」

 僅かに前を走っていたゾトムスが、胴体を両断されて散る。

「ケント君、今!」

「アグレッシヴブレイズ!」

 俺は彼女の声に被せるように、大きく素振りをするかの如く手を振り、技を発動した。腕が抜けたのではないかと思う程の勢いと共に、両腕を突き出しつつ肉薄しつつあったティーザーが大きく焼け焦げて倒れた。

「あなた、怪我はない!?」

 ユリアは、最初に襲われていた少女の方を向いて問い掛ける。が、彼女の顔がそこで引き攣った。どうした、と尋ねようとし、俺もはっと口を噤む。

 少女の背中を預けている物体が、激しく震えていた。蔦がシュルシュルと動き、逃れようとする彼女を羽交い絞めにする。彼女が藻掻けば藻掻く程、それはまとわり付いて自由を奪うようだった。

「助けて下さい! この壁、何か勝手に動いて絡まってくるんです!」

「それ、壁じゃないわ! メルヘアっていう魔物よ!」

「えっ!?」

 俺は少女と一緒に声を上げてしまう。ユリアが動いた時、メルヘアは蔓かと思われた腕の一本をこちらに伸ばしてきた。

「絶対に動かないでね! 危ないから!」

 ユリアはそれを断ち切り、メルヘアの本体に小さな傷を付ける。先程ティーザーに斬りつけた時と同じ、メキメキという不快な音がやけに大きく響いた。

爆炎天翔斬バクエンテンショウザン!」

 俺はこちらに伸びてくる腕を一気に斬る。出来た隙に、ユリアがオーシャンスラストに伴う水の光線で本体の蔦を切断し、少女をメルヘアから解放した。自分の周りに攻撃を撃ち込まれ、少女はびくりと身を震わせて目を瞑ったが、見事に動く事はしなかった。

「やった! ケント君!」

「ユリア! 少し離れていて!」

 少女が解放され、ユリアの方に駆ける。メルヘアは奇怪な咆哮を上げ、大暴れを開始しつつそれを追おうとした。

 俺は一歩下がり、擬態を完全に崩して向かって来た魔物を正面に捉える。その懐に入り込むように飛び掛かりながら、渾身の力で袈裟斬りを放った。

 技の形が、しっかりと頭に浮かぶ。次の瞬間にそれを繰り出している自分の姿が、脳裏にはっきりと浮かんでいる。目の前で見る見るうちに狭くなっていく、魔物との間にある空間に、その姿が幻視されるようにすら思えた。

 これは、新たな剣技の解放。俺は、知らない間にレベルアップしていたらしい。

「喰らえ! 赫閃燃導劔(カクセンネンドウケン)!」

 単発で振り下ろされた(やいば)が、メルヘアを撫でるように斬り割った。断面をなぞるように、小爆発が連続して発生する。魔物は声を上げる間もなく、地響きを立てて倒れ、動かなくなった。

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