『ブレイヴイマジン』第3章 クライメット③
* * *
数分で、先程レーナと交戦した大通りから一本離れた隣の通りに出る事が出来た。イヴァルディさんは辺りを見回し、「もう大丈夫」と言った。
「だけど今日はもう、あまりこの辺りを歩き回らない方がいいよ。君たちを探さないにしても、ヴェンジャーズを捕まえようとパトリオットは街に出てくるだろう。世界的に見れば、イマジンは替えが効く。彼らも、フォームメダルは奪わないにしても、イマジンやブレイヴを殺める事を躊躇わないから」
「はい。その……ありがとうございます」
俺は頭を下げる。それから、ふと思い出して尋ねた。「あの、ゼドクは……」
「ん?」
「俺たちと一緒に、光のブレイヴ、ゼドクって人が戦っていたんです。あの人は、どうなったんでしょうか?」
言ってしまってから、イヴァルディさんが知っている訳はないのに、と思い返し、すぐに謝ろうとする。だが彼は、そこでぴくりと眉を上げた。
「ゼドクか。僕も実は、彼を探しているんだ。まだこの街に居たんだね?」
「えっ、イヴァルディさんも?」
「君は彼の仲間……では、ないんだよね?」
「はい、さっき会ったばかりです」
何の質問だろう、と思いながらも、俺は答える。
「彼は自ら『流浪の戦士』と名乗っているんだ。彼は孤高を貫き、一人で世界の絶対悪と戦うんだってさ。契約相手のルクスとすらも、利害の一致を超えた付き合いはしない。風来坊みたいで格好良いけど、人を頼るって事は弱さの証明でも何でもないと僕は思うんだけどな。
で、その彼がついこの間、庁舎を襲ってきたんだ。『悪の巣窟だ』とか言ってさ。近隣住民がすぐに気付いて騒ぎ立てて、治安部隊が出そうになったから彼も退散したんだけど。警備隊は未だに彼を指名手配している」
「そんな……」
俺は、何故ゼドクがそのような事をしたのか分からなかった。先程の様子では、彼は正義感が相当強いようだった。イヴァルディさんの話では、庁舎の警備隊は恐ろしい存在のようだが、決して世界に害をなす者たちではないように思える。これではゼドクの方が”賊”のようではないか。
彼は決して、悪い人間ではない。俺をレーナから助けてくれた事でも、それは分かる。だからこそルクスも、彼と契約を結ぼうと決意したのだろうに。
「イヴァルディさんも、彼を探して……見つけたら、捕まえるんですか?」
俺は、口籠りながらも尋ねた。イヴァルディさんは俺を見下ろしたまま、神妙な顔で沈黙していたが、やがてふっと息を吐き出した。「拘束はしないよ」
「えっ?」
「ゼドクは、恩人なんだ。僕にも、デイビル殿下にとってもね」
謎めいた言葉を残すと、彼はそれ以上何も言う事なく路地裏へ引き返した。俺は放心したように立ち尽くしてから、慌てて彼に声を掛けようとする。話は最後まで聴いておきたかった。
しかし、既にイヴァルディさんの姿は見えなくなっていた。
* * *
待ち合わせ場所のカフェに入ると、俺はまず店内を見回した。そろそろ二時間経つが、ユリアとシルフィの姿はまだない。確認すると、俺はコーヒーを注文してテラス席に座った。
手摺りに絡んだアイビーの葉の斑を眺めるともなく見ていると、十五分程経ってから彼女たちは広場に現れた。俺が手を振って呼ぶと、ユリアはぱっと顔を輝かせて手を振り返してくる。店内に入ると、カフェオレとミルフィーユのような洋菓子──無論、異世界の設定であるからにはその通りの名前ではないのだろう──を持って俺の向かいに座ってきた。
「お待たせ、ケント君!」
雰囲気的には完全にデートだが、イマジンたちが居るので雰囲気はいつもと変わらない。ユリアは「頂きます!」と手を合わせ、フォークでお菓子を口に運ぶ。
「美味しいー! ギアメイスの村じゃこういうお店ないから、ずっと憧れだったんだよね! あ、ケント君も一口食べる?」
彼女が、フォークをこちらに差し出してくる。女子からこのような事をして貰う日が来るなどとは思ってもいなかったので、俺はつい心臓が高鳴る。しかし、同じフォークという事が埒もない事を考えさせ、慌てて自制した。ユリアを、そちら方面のゲームキャラにしてはならない。
「い、いや、俺はいいよ……」
「えー、残念。美味しいのに。もしかして、ケント君は甘いもの苦手?」
「そういう訳じゃないけどさ……今、お腹空いてないんだ」
「そっかあ。じゃあ仕方ないや」
ユリアは少々落胆したように、スイーツを自分で食べる。とても残念そうに見え、俺はどぎまぎしながら慌てて話題を変えた。
「それより……さ。掴めたの、シェリカの情報?」
「ん? まあ、結構大事な事も分かったよ。シェリカはハルバードルズで、ある兄妹に匿われているみたい。年齢はお兄ちゃんの方が私より一個下で、妹はもう一つ下だって。名前はそれぞれアスターク、マティルダ。アパート暮らしで、シェリカも同居している。どっちも非戦闘職だからブレイヴの契約はなし」
ユリアは夢中でフォークを動かしながらも、すらすらと簡潔にまとめて報告してくる。俺は詳細な情報に驚き、「よくそこまで」と零した。
「二人のお母さんが、この街の研究所で魔法学の研究をしていたんだって。職場に子供を連れて来る事があって、その頃からシェリカは一緒に居たみたい。確か、今派遣されているイマジンの中では最年少なんでしょ、彼女?」
「まあ、彼女は俗にいう『天才児』だからねえ。自分の眷属の魔物については、動向を百パーセント漏らさない。大分小さい頃から派遣されたから、歳は下でもあたしやアローちゃんより先輩って訳」シルフィが言った。
「それでね……でも、そのお母さんは去年魔物の事故で亡くなっているの。シェリカのフォームメダルが奪われた二、三ヶ月後じゃないかな。アスタークは研究所の職員と顔見知りだったって事もあって、今は雑用とか事務でアルバイトをして、妹とシェリカを養っているみたい」
ユリアの情報収集能力に、俺は舌を巻いた。後半一時間程が潰れたとはいえ、俺は一時間あって収穫は皆無だったのだ。やはりこれも、コミュニケーション能力の違いなのか、と思って肩を落とすと、
「どうして、そんなに詳しく調べられるんだ? 俺とケントなんて、さっぱり何も聞けなかったぞ?」
アロードも同じ事を考えていたらしく、彼女に尋ねた。ユリアは答える。
「イマジンを連れた人って、珍しいでしょ? だからそういう人の噂があれば、多くの人に知れ渡っていると思うの。『シェリカと一緒に居る人について知っていませんか?』って聞いて、本人が知らなかったら『誰か、詳しく知っている人について心当たりはありませんか?』って続けるの。私たちはそれで、件の研究所に辿り着いたんだよ」
「なるほどなあ……ユリア、頭がいいんだね」
俺は素直に感心して言ったのだが、ユリアはぽっと赤らんで「もう、ケント君ったら上手なんだから」と呟いた。「もっと褒めて?」
「えっと……偉いよ、ユリア」
「えへへー。ケント君に褒めて貰っちゃった」
「ユリア、やっぱりお前は頼りになる。居てくれて助かる」
アロードが、何故か早口で俺に続けた。どうした、と思って視線を向けると、彼はそれから逃れるように、真っ赤になってそっぽを向いている、ユリアが「アロードもありがと!」と言い、シルフィは面白がるように一同を眺めていたが、やがて手を打ち鳴らした。
「可愛いプレイはそのくらいにして、今度はケント君とアローちゃんの報告も聞かせてよ。さっきは何も聞けなかったとか言ってたけど……」
「そうだ、ヴェンジャーズが次のブレイヴフォースについて、狙いをシェリカに定めるとかってレーナが言って……」
言いかけ、俺は報告すべき事を思い出した。
「そうだ。俺たち、大通りでレーナに襲われたんだよ。そのまま魔物をけしかけられて……だけど、そこで助けられたんだ、光のブレイヴに」
「えっ、光……って事は、ルクス・フォトンも?」
ユリアが、目を丸くした。ブレイヴフォースやレーナの事もだが、質問したい事は山程ある、という表情だった。俺は掌を向けて彼女を宥めつつ、「順番に説明するから」と言った。
「光のブレイヴは、俺より少し上くらいの男子。成人は、しているかどうか分からない。名前はゼドクで、武器はエストック『クリアレストライト』。だけど、自分で孤高って名乗って、誰とも深く付き合おうとしないみたいだ。一人で、世界の秩序を乱す者、魔物やヴェンジャーズの事だと思うけど、そういった敵と戦い続けているらしい。俺たちは共闘したんだけど……」
俺はそこまで言い、アロードと顔を見合わせた。戦っているうちに、駐在大使の庁舎に突入して建物を破壊した、などと言ったら怒られるだろうかと判断し、途中は省く事にした。
「ゼドク、レーナと戦いながら何処かに行っちゃって。俺は魔物を倒せたんだけど、あの後二人がどうなったのかは分からないんだ。何でか知らないけど、ゼドクは少し前に駐在大使の庁舎を襲ったらしくって……警備隊に追われているから、俺たちも深追いする訳には行かなかった」
まあ、要点を押さえながらもまとめられたのではないか。
俺がそう思った時、ユリアが不意に心配そうな顔になって呟いた。
「レーナ、そのゼドクって人に斬られていないよね……? でも、ゼドクがやられてもルクスのメダルは奪われちゃうし……」
「………」
ユリアは、やはりレーナの事を案じているのだな、と俺は改めて実感した。昔の親友への想いが断ち切れない事と、世界の行く末。その板挟みとなっている彼女の辛さに、俺も寄り添う事は出来ないだろうかと考える。
「心配しないで」
言えたのは、そんな台詞だった。
「ゼドクも、何で庁舎を襲うような事をしたのかは分からない。でも、警備隊に追われている以上、街に長く留まろうともしないはずだ。それに、レーナはあの通り引き際は見誤らない」
「ケント君、ヴェンジャーズが次にシェリカをブレイヴフォースの標的にしようとしているって言ったよね?」
シルフィが言った。
「レーナ、シェリカのメダル持っていたの? 彼女、これからハルバードルズに行こうとするんじゃない?」
「あ、いや……メダル自体は、三侯のギデルって奴が持っているんだって。今、こことハルバードルズの間にある森に居るって、レーナが。ハルバードルズに行くには、森を抜けなきゃならないのかな。だとしたら、レーナも彼に合流しようとするかと思うけど」
「それだ、それだよ」
アロードが、指を鳴らして俺を指差す。
「ゼドクとルクスも、それを追って森に入るんじゃねえか? 確かアクスフェルトの森だよな、名前?」
「アクスフェルトかあ……あたしたちもどうせ通る事になるんだし、そこでちょっと探してみようよ。ルクスにも久々に会っておきたいし。……あ、でも一時間前の時点でギデル、森に居たなら、もうとっくに抜けちゃったかな?」
シルフィは言うと、ユリアの肩に手を回した。
「急ごう、ユリアちゃん。あたしたちはレーナやギデルと戦って、メダルを取り戻さなきゃいけない。ゼドクやルクスだけに任せる訳にも行かないでしょ、これはあたしたちの戦いなんだから。何はともあれ、ややこしい事態になる前にあたしたちも出発しよう」
ユリアはぽーっとした目でシルフィを見つめ、数秒の後にこくりと肯いた。いつもの元気な顔に戻り、カップに残っていたカフェオレを呷る。
「じゃあ、私たちも行こっか」




