『ブレイヴイマジン』第3章 クライメット②
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シェリカについての情報は殆ど集まらなかったばかりか、俺たちはとんでもないアクシデントに見舞われる事となった。
観光エリアの中央を走る大通りに出た時、すぐ傍で聞き覚えのある声がした。
「あっ、ミサンガ一本切れた!」
びくっ、と思わず硬直し、恐る恐るビル陰から声の聞こえた方向を覗くと、案の定そこに”彼女”は居た。山吹色のウェーブの掛かった髪、白いノースリーブのワンピースと白鳥の羽のようなケープ、大量のミサンガ。見紛う事なく、魔物招喚士のレーナだ。馬車の通る大通りの真ん中であるにも関わらず、立ち止まりって切れたミサンガを嬉しそうに眺めている。
またかよ、と内心で毒吐き、俺はアロードに囁いた。
「どうする……?」
「逃げようぜ。街中で魔物を招喚される訳には、行かねえだろ。今のうちならバレねえ、全力で走って通りの向こうまで行っちまおう。こっちみたいなビル陰に入っちまえば……」
彼に言われ、俺は肯いた。忍び足で通りに出ると、ダッシュの準備をする。だが、これがイベントだとしたら、俺たちに回避は不可能だったのかもしれない。悪魔的なタイミングで、レーナがこちらを向いた。
歩き出そうとした彼女は、こちらを見逃す事はしなかった。
「あっ、ケント君とアロード!」
しまった、と思うが、もう遅かった。彼女は俺たちの方に歩いて来る。
「ミサンガ切れたら、すぐに願い叶っちゃった! 一週間ぶりねえ、ケント君。レーナ、会いたかったぞっ」
可愛らしさを装ってか、語尾を上げる。俺は油断なく構えた。
「レーナ……どうしてここに居るんだ?」
「あらあら、つれないお返事ね。でも、レーナは優しいから教えてあげる。次のブレイヴフォースにシェリカを使うからよ。それに、この街の近郊では可愛い魔物もゲット出来るし」
という事は、レーナは今シェリカのフォームメダルを持っているのか。ギアメイスを出発してから拠点が近い順にイマジンたちを訪ねる予定の俺たちだが、それはヴェンジャーズも同じ事なのか。
この先、俺たちは行く先々で、必ずレーナたちと戦わねばならないのか。俺は戦闘態勢を整え、フォームメダルを構える。ユリアには申し訳ないが、周囲には一般人が居る。勝負を即決して、被害が出るのを防がねばならない。その為には、レーナを斬らざるを得ないかもしれない。
俺は覚悟を固めたが、彼女はそれを馬鹿にするように、ひらひらと躱すように身をくねらせた。
「そんな怖い顔しないでよー。シェリカのフォームメダルは今ギデルが持っているので、ここにはありませーん! 彼、一足先にハルバードルズに行こうとして、アクスフェルトの森を抜けているところかな。残念だけど、レーナを襲ってもどうにもならないから、代わりにこの子たちと遊んであげて。アーヴァンク!」
彼女は左腕のブレスレットを回した。空中に魔方陣が出現し、ビーバーに似た魔物が五体湧出してきた。
「こんな街の中で、魔物を……!」
何も知らずに遊覧や買い物を楽しんでいた人々は、突如出現した魔物に悲鳴を上げながら逃げ惑い始める。アーヴァンクたちは飼い主の性格に似たのか、傍を通った人に牙を剝き出し、威嚇していた。
人々の退去が大方済むと、俺はアロードを憑依させた。
「トランスフォーム『アロード・ファイヤー』! 覇山焔龍昇!」
手近な一体に飛び掛かり、デュアルブレードを振るう。幸い、アーヴァンクの危険度は低いようだった。旅を進め、戦闘を経験するうちに、魔物のクラスというものが大体感覚で把握出来てきた。これらはD、高くてもCクラスの下の下だろう。剣技と通常攻撃一、二回で仕留める事が出来る。火属性の俺に対する水ブレスなどの技は厄介だったが、回避出来ない程でもない。
可能であれば、早めに片付けたかった。戦闘のせいで、周囲に被害が出るのは避けたい。何とか五体を倒し終えた時、俺は「助かった」と安堵しかけたが、レーナは相変わらず潔くなかった。
「やっぱり、ケント君はこの程度じゃ倒せないかー。じゃあ、これならどう?」
彼女は再びブレスレットを回す。今度は巨大な魔方陣が現れ、それに相応しい大きさの人型が這い出してきた。
ダガルキエス峠に居たヴィラバドラより、一回り小さいだけの巨躯。目は単眼で、ギラギラと危険な色に輝いている。Aクラス、と俺は見当をつけた。
「バロール、スキル『魔眼』。睨みつけるだけの攻撃でも、クリティカルヒットすれば命に関わるわよ。さてケント君は大丈夫かしら?」
レーナが短剣を抜き、指先でくるりと回転させたのを合図に、バロールと呼ばれた巨人が足を振り上げた。踏圧、と察し、俺は横ざまに跳躍回避する。踏みつけられた場所に、蜘蛛の巣状の亀裂が走った。
「グアアアアッ!!」
俺が着地するかしないかのうちに、今度は顔がこちらに向けられる。その単眼からレーザーのような光線が照射され、俺の足元で小爆発を起こす。大変な魔物を招喚させてしまった、と思ったが、そこでレーナの面白がるような笑みが目に入り、頭に血が昇った。
彼女はここが街中である事を理解した上で、わざとこの魔物を使ったのだ。
(君という奴は、どうしてそこまで……!)
やむなく俺が技を繰り出そうとした、その時だった。
突然、背後から声が飛んできた。
「……賊が、この街に紛れ込んだか」
「えっ?」
俺が振り返った瞬間、バロールまでが停止した。単眼を細め、突如現れた闖入者を訝しげに見つめているが、その目は何処か畏怖を湛えていた。
闖入者は、二人の少年だった。最初に声を上げたと思しき方は、背が高く、綻んだ灰色のジャケットを着用していた。髪は黒く、瞳はこの距離からでも分かる鮮やかな紫色。何処か混血児のような印象を抱かせる彼が握っているのは、エストックと呼ばれる類のナイフ様の剣。
もう一方の少年は銀髪で、真っ白なシャツを着ている。その顔には、何故か妙にふてぶてしい笑みが浮かんでいた。
「賊じゃないもん! ビーストサモナーのレーナちゃんよ!」
レーナは、賊呼ばわりされて怒ったように叫んだ。そんな彼女を一瞥すると、黒髪の少年はゆっくりと口を開いた。
「世の秩序を乱す者、人界に魔を解き放つ者。そのような所業を実行した輩を、賊と呼ばずして何と表白し得ようか。俺は、人の世に蔓延る邪偽を、禍根を、我が剣によって杜絶する為に存在する流浪の士……」
彼はエストックを持った右手を顔の高さまで持ち上げると、包帯を巻いた左手でその手首を押さえた。中二病、という言葉が脳裏を掠めたが、次に彼が叫んだ台詞を聴いた時、俺は思考が停止した。
「煌めけ白き閃光! 迸れ、蒼き生命の懸河! 白光の聖戦士ゼドク、推参! ルクス!」
少年が突き出した左手には、いつの間にかものが握られていた。六芒星の紋章が刻まれた、薄い円盤。フォームメダル。俺が息を呑むと、銀髪の少年は白い光の粒子に変じ、そこに吸収されていった。
「トランスフォーム『ルクス・フォトン』!」
「嘘!?」
レーナが声を上げた時、ゼドクと名乗った少年の姿が変わった。
黒髪は、ルクスと同じような銀髪となり、目映い光を放つ。ジャケットは白地に青い模様の付いたレザーアーマーに変化し、背中には純白のマントが翩翻と翻る。眩しい程に白いその姿は、紛れもなくブレイヴだった。
「ルクスの……ブレイヴ?」
「ヴェンジャーズ、理に仇成す鬼子よ。俺は、己が指針を以て貴様を、悪と断罪する! 受けよ、『クリアレストライト』の粛清を! 光輪斬撃破!」
彼はエストックを振るい、レーナへと飛び掛かった。彼女は口を開けたまま暫し唖然としていたが、
「バロール、レーナを守りなさい!」
短剣を振り、バロールを操って自分の前に立ち塞がらせた。ゼドクの剣技は魔物の分厚い胸板に直撃し、澄んだ光の粒を散らす。俺もふと我に返り、自分も行かなければ、と思って駆け出す。
驚愕と困惑は消えなかったが、このまま立ち尽くしている訳にも行かない。デュアルブレードを横薙ぎにし、技を繰り出す。
「爆炎天翔斬!」
俺の攻撃が魔物にヒットした時、ふと隣を見ると、既にゼドクはバロールを飛び越えてレーナに向かっていた。
「覚悟! ラディアントブリッツ!」
「何するのよ!」
レーナはヴァルキュリアピアサーを二本とも抜き、水平に薙がれたゼドクの剣技を防御する。バロールは主人を掩護すべく、仰反った姿勢で目から光線を放った。
「ゼドク、危ない!」俺は咄嗟に叫んだが、
「先刻承知!」
彼は振り向き、エストックを一閃した。光線が屈折し、近くの建物の屋上を吹き飛ばす。俺が足元に滑り込むように魔物に剣を振るうと、そのターゲットは完全に俺へと移ったようだった。俺を仕留めねば、主人を襲うゼドクの相手は出来ないと考えたらしい。
「こっちだって……」俺は、体内で爆発するアロードの闘志に引かれるように雄叫びを上げた。「戦いをそう長引かせる訳には、行かねえんだよ!」
鞘に剣を戻し、居合の要領で勢いをつけ、アグレッシヴブレイズを放つ。魔物は建物を突き崩すようにしながら隣の広場に後退し、先程大通りから避難した人々がまた悲鳴を上げる。
舌打ちし、俺が向かって行くと、敵は牽制するかのように広場の地面へと光線を照射した。絨毯爆撃の如く地面が爆裂し、土煙や石畳の欠片が容赦なく俺に打ちつけてくる。俺は抗うように、剣速で風圧を巻き起こし、それらを切り裂きつつバロールに肉薄する。
「う……おおおおおおっ!!」
視界が遮られているのは、相手も同じだ。俺は突進し、勢いを殺さないままバロールの胴体を貫いた。刀身を押し込み、広場の向こうに聳え立つ塀を突き崩す。力加減を誤った、と思った時には、魔物は塀の向こうに立つ一際大きな建物の壁に背中から倒れ、めり込んでいた。
土煙に抗いつつ俺が跳び退いた時、魔物は単眼を閉じ、動かなくなった。刹那の静寂を挟み、代わりに人々の騒めきが耳に届いた。
「おいおい、大丈夫かよこれ?」
「またブレイヴ絡みか、勘弁してくれよ……」
「そろそろ戒厳令が出てもおかしくねえって」
「パトリオットが動くとか、行動制限だけはやめて欲しいね」
「やった奴、死刑かな?」
「いや、これはどう考えてもヴェンジャーズが悪い」
俺は、嫌な予感をひしひしと感じた。何か、とんでもない間違いを犯してしまったのではないか、という。
アロードが分離し、俺を塀の陰に引っ張った。
「おい、ケント……俺たち、やっちまったパターンじゃねえのか?」
「やったって、何をさ?」
「分からねえけどよ、ここって……」
彼が口を開きかけた時、魔物の骸が消滅した建物の損壊箇所から一人の青年が現れた。鳥打帽を被り、サングラスを掛けている。
「これ、やったのは君たちかい?」
尋ねられ、克服しつつあったコミュ障が顔を出してしまう。
「あ、えっと……俺たちは……」
「すぐに離れた方がいい。警備の者が来たら、捕まって大変な事になるよ。周りには人の目も多い、僕に着いて来て。通りの方に抜ける道を知っているんだ」
青年は俺たちの腕を取って立たせると、敷地の一角を指差す。そこには、塀を作る角石の一部が微かに凹んだようになっている箇所があった。彼の言った”警備”と思しき者たちの靴音が建物の中から響き始め、俺とアロードは考える余裕もなく青年に従って土煙の中を駆け出した。
彼は凹んだ石を押し込み、抜け穴を作ると、俺たちをそこから外に出す。そこは隣の建物との間、路地裏のようで、続いて出てきた青年は石を嵌め直し、更に「こっちだ」と俺たちを導いた。
俺は、彼に着いて駆けながら尋ねた。
「あの……さっきの建物って?」
「フレイリオス駐在大使の庁舎! 大使はミッドガルド王家の皇太子、デイビル王子だ。見つかったら君たち、ブレイヴだろうが関係ない、王軍衛士にしょっぴかれて処刑だよ、処刑。縛り首」
「ええっ!?」
俺とアロードは、同時に声を裏返した。想像を遥かに超えていた。
「正確には、殿下はまだ問題ない。まだ若く、凡庸なご性格であらせられる。政務を取り仕切っているのは彼を取り巻く側近たちで、中でもパトリオットの連中はおっかないよ。彼らは、治安維持部隊でもあるんだからね」
「パトリオット?」俺が尋ねると、
「民間から結成された、反ヴェンジャーズ団体だよ」アロードが答えた。「でも、あれはあくまで各街自警団の延長だろ? 何で、そいつらが王軍に入って、しかも上層部みてえな事になってんだよ?」
「ステファン陛下や軍部は、世界中で暗躍するヴェンジャーズへの対応に追われている。彼らは疲弊し、最早各自治体への指示で封じ込めを行う事も限界を迎えつつあってね、各地で独自に反ヴェンジャーズ運動を行っているグループに、対応を委ねる事にしたんだ。如何にヴェンジャーズに対抗する組織でも、武装集団である事には変わりないからね。パトリオットの活動は政府非公認だったが、それを公的に許可する。そうすれば彼らは活動しやすくなるし、軍部も負担を軽減出来る。
でも、彼らを軍の上層部に組み込んだのは少々やりすぎだったかな。政治の事なんて、何も知らない一般人から結成された組織だからね、だから、一国の皇太子をセイバルテリオ姉妹都市の駐在大使なんていう職に就けようなんて言い出して、王宮から引き離すような事を許してしまう。そのせいで、殿下も未だに為政者となる教育の半ばで……あのように奔放で困った成長をされてしまった。もう、二十を五つも過ぎていらっしゃるというのに」
嘆かわしい、とでも言いたげに、青年は走りながら頭を振る。それから「僕が偉そうな事を言える立場でもないんだけどね」と苦笑した。
「そういうあなたは、誰なんですか?」
「僕? 単なる庁舎の職員だよ。殿下の相談役にして、軍には所属せず用心棒のような警護を行っている。まあ、身内だから、雇用に金が掛からなくていいんだろうけどさ。名前はイヴァルディだ」
青年は路地を幾つも曲がる。よくこのような抜け道を知っているな、と思ったが、彼はその疑問を悟ったように言った。「殿下はこっそり庁舎を抜け出して、遊び歩いたりするから。あの抜け穴も殿下が作られたものだよ。僕は、捜索の為に毎回駆り出される。嫌になってしまうよ」
歳が近い相談役なんて遊び相手と同義さ、と彼は笑った。




