『ブレイヴイマジン』第2章 ウィンド⑨
* * *
「トランスフォーム!!」
俺とユリアが叫びながら窪地に飛び込むと、すぐ横にリビィが着地した。見回りをしていた兵士たちが一斉に、ぎょっとしたように俺たちの方を向く。昨日と全く同じ銅鑼の音が響き、各天幕から兵士たちがわらわらと出てきた。
彼らに道を塞がれる前に、俺たちは素早く目を合わせ、無言で肯き合った。まだ人壁は薄い。今のうちに活路を開かねば。
「スピニングマリン!」
「覇山焔龍昇!」
俺たちは剣を突き出し、行く手を塞ぐ兵士を跳ね飛ばす。後方で、倒し損ねた兵士にリビィが斬撃を喰らわせた。
「退魔剣!」
更に後方から現れた敵には、グリム団長ら自警団が向かう。数の差が顕著な為、彼らは散開し、敵の密集を避けて出来るだけ分散させようと努めていた。ヴァレイも、リビィの後ろにしっかりと着いて敵に割り込む隙を与えていない。
「リビィ、大丈夫?」
ブレイヴとしての身体強化がないので、俺たちよりも一つのアクションで生じる疲労が大きいらしく、リビィは第一陣を抜けた時点で荒い息を吐いていた。ユリアが呼び掛けたが、彼女は「平気」と答えた。
「でも……人と戦うの、あの襲撃の時が初めてだったから……」
「そう、だよね……」
ユリアは悲しそうに目を伏せる。俺も同感だと思いつつ、だからこそ俺はここで止まる訳には行かないのだ、と再認識した。
俺にとって、この世界の人間はNPCだ。レーラズによって作られた存在だという事が分かっている。だが、ユリアやリビィ、元々ゲーム世界に生きる彼女らにとっては、本来リセットボタンを押せば蘇る仮初の命は紛れもない本物だ。蘇ったところでそれは客観的な事象に過ぎず、凄まじい恐怖の体験そのものを、また他人の命を刈り取ったあの不快感を消す事は出来ない。
──己は、人を殺している訳ではない。
そう自分に言い聞かせる事が出来るのは、俺だけだ。ならば、命の重みをいちばん背負っていない俺がやるしかない。
「……ユリア、リビィ、ヴァレイ」
俺は、迫り来るヴェンジャーズ兵の第二陣を見据え、仲間たちの名を呼んだ。
「俺の後に着いて来て。出来るだけ、早く突破出来るように頑張ってみる」
デュアルブレードの切っ先を兵士たちに向け、俺の体を通して流れ出るアロードの力を剣に載せる。視界が、剣先に向かって収斂していくように見える。
「アグレッシヴブレイズ!」
俺の、コントロール能力が向上したのだろうか。
刀身から迸った炎の柱は、今まで使用した同じ技のそれよりも太く、リーチが長かった。しかも、炎が周囲に飛び散って威力が放散する様子もない。理由を考える間もなく、俺はそれを思い切り振るった。
兵士たちと、その湧出の源泉となっている周囲の天幕が、大光量の中で一瞬にして消滅していった。ヒットした際に響いたのは、剣戟や人体を切り裂く湿った音ではなく、爆発音に近いものだった。
「今!」
俺は叫び、空いた道を正面のパビリオンに向かって疾駆した。ユリアたちは俺の行った大規模攻撃に、一瞬呆気に取られて足を止めてしまったようだったが、すぐに俺に続いてくる。
天幕から、レーナが現れた。相変わらずニューニに乗っており、現れると同時にそれを横に向かせ、跨るのではなく腰掛けるような姿勢になる。すぐ後ろからスパロウ兵長が続いてくるが、今度の彼は剣を握っておらず、代わりに紫色のスライムの如き球体を先端に取り付けた錫杖を持っていた。
「おっはよー、皆。いやあ、昨日は派手にやってくれたわねえ。レーナ、本当に大変だったんだから」
「ガーディさんは……?」
俺の口から最初に出た言葉は、その一言だった。
「ガーディ? ああ、彼は居ないよ。次の作戦もあるし、ユリアちゃんたちのメダルはレーナが回収するって言って、先に行って貰ったの。でも、レーナはちょっと焦っているのです。色々とイレギュラーが起こってさあ」
レーナは言うと、リビィを挑発的な目で見た。
「元を糺せば、あんたのせいよね。ちょっと可愛い顔して、健気なところ見せようとしたって、レーナはもっと可愛いから響かない。むしろ、あんたのせいでプランが目茶苦茶になったんだから、イライラしちゃう。レーナ、勘違いで可愛い子ぶってる女の子には死んで欲しいって思うから」
ユリアちゃんもね、と彼女は付け加える。ユリアはレジーナソードの先を彼女に向けたが、その手は小刻みに震えていた。
「レーナ。私、やむを得ない時はあなたを斬るしかない、って覚悟で居るのよ。分かっているの?」
気丈に言い放ち、レーナを睨む彼女の目は深い悲しみを湛えていた。かつての親友と今では敵同士というのは、どれ程辛い事なのだろう。親友というものを持った事のない──そして、誰かと命のやり取りをする必要のない平和な日常に生きていた──俺には、その気持ちを測り知る事は不可能だった。
底知れない不安だけを感じながら見守っていた俺だが、レーナは切実なユリアに対し、全く意に介さないように甲高く嗤った。
「その心配はないよ、ユリアちゃん。だって、戦うのは雀ちゃんだもの。ほら、やっちゃって雀ちゃん!」
彼女が指示を出すと、控えていたスパロウが近づいてきた。戦闘態勢を整える俺たちだったが、彼は武器を取り出す様子もなく、リビィの背後に隠れるヴァレイをただ睥睨したのみだった。
「……ヴァレイ・ウィンド」
低い声で、彼の名が呼ばれる。
「お前のフォームメダルは、私が持っている。私はお前と、このメダルを縁にブレイヴの契約を行うつもりだが、どうだ?」
それは、思いもしなかった言葉だった。ヴァレイは一瞬驚愕に目を見開いたが、すぐに「ふざけるな!」と反駁した。
「僕のブレイヴはリビィちゃんだ! お前に……世界を滅ぼすヴェンジャーズのお前なんかに、そんな資格があるもんか!」
その時、スパロウは口元を歪めた。獰猛な笑みを浮かべ、今まで見せなかった悪辣な、狂気じみた表情で大声を出す。
「あるんだな、それが!」
固まるヴァレイに、彼は杖の先、紫色の球体を向ける。
「風のイマジン、ヴァレイよ! 我に従え……ブレイヴフォース!」
球体が膨れ上がり、弾ける。その中から、薄紫の電撃めいたエフェクトを散らす一回り小さなエネルギーの球体と、その中央に浮かぶフォームメダルが現れた。弾けたスライム状の物質は粘液の如く膨れ上がり、ヴァレイに絡み付くと、その全身へ瞬く間に増殖を始めた。
「ヴァレイ!?」
リビィが叫んだ時、ヴァレイは声を上げる間もなく口までをそれに塞がれ、体中を覆い尽くされた。それに溶解させられたかの如く、粘液は彼の体諸共崩れ落ち、杖の先に浮かぶフォームメダルへと吸収されていく。メダルは禍々しい黒紫色に発光し、そのオーラはスパロウへと流れ始めた。
「トランスフォーム……」
「まさか!」
ユリアが叫んだ時、そのコマンドはスパロウの口を突いた。
「……『ヴァレイ・ウィンド』!」
嘘だろう、と思うか思わないかのうちに、魔方陣が彼を包み、変身させた。
髪は緑色となり、服装も緑色の軽装鎧となる。腰にはいつの間にか長剣の鞘が出現しており、変身を終えた自分の姿に満足したらしいスパロウ兵長は、杖を傍らに放ってその剣を抜いた。
「憑依……? でも、ヴァレイは……」
ユリアが呟くと、レーナがまたもや笑い声を上げた。
「これが、ヴェンジャーズの新兵器。完成したのは二週間前、実際に使ってみる事が出来たのは、まさに今。ブレイヴフォース、イマジンを強制的に憑依させて、力を捻出する技術よ。基になったのは、レーナのビーストサモナーの力」
彼女は、愉快で堪らないというように説明を続ける。
「レーナは魔物を操れる。じゃあ、人間と魔物の中間的なイマジンだって、操れるんじゃないかって思ったの! さっきの粘液……霊血っていうんだけどね、魔物を磨り潰して、エーテルと練って作ったの。対象のイマジンと同じ属性の魔物から作ったイコルなら、イマジンに流し込んで魔物としての成分を強められる。元の魔物にレーナと主従関係があれば、それから滲み出したマナがイマジンを引っ張ってくれる。凄いでしょ、レーナちゃんって天才でしょ!」
「それが、ヴァレイを狙っていた理由……」
ユリアは顔を歪め、「何の為に?」と問いを投げる。それに対しては、スパロウが答えた。
「お前たちのような人間が、現れないようにする為だよ」
「私たちみたいな?」
「フォームメダルを我々から奪還し、イマジンへと還元しようとする者だ。我々は、世界の理上イマジンを殺す事が出来ない。そして、ヤークトの存在がある。我々が手を下さずとも、ヤークトにイマジンを狙われたのでは元も子もない。ならば、イマジン諸共取り込めばいい。ブレイヴを与え、魔物の監視という役割のみを剝奪する。理を、世界を騙す計画だ」
「世界を……」
「ルーラーが、ミッドガルドに使徒を招喚したという話もある」
それは俺の事だろうか。だが、何処からそのような情報が生じたのだろう。俺自身も、自分がそのアポストルなのかどうか分からないのだ。まさか、アポストルとは作中の登場人物だったのか?
俺が考えていると、スパロウは「話は終わりだ」と言わんばかりに剣をさっと振った。
「ブレイヴフォースの有用性が証明された以上、我々の、否、魔王ディアボロス様の計画に於けるリスクは排除された。私もブレイヴとなり、最早お前たちに後れを取る事はない。殺す! そして、シルフィ、アロードのメダルを回収させて貰う」
「……ユリア」
俺は、小声でユリアに尋ねた。
「もしもイマジンが憑依した状態のブレイヴを倒したら、そのイマジンはどうなるんだ?」
「……分からない」ユリアは唇を噛む。「でも、イマジンとブレイヴは一体化している。もしここでスパロウを倒したら、ヴァレイまで死んじゃうかも……」
「どうしよう、それじゃ攻撃出来ないよ……!」
リビィが泣きそうな表情になる。俺も焦燥が湧き上がったが、ユリアは俺たちを落ち着けるように冷静に言った。
「大丈夫、幾ら未知の力でも、イマジンの意思を無視して強制的に操る技術なんて、何処かに綻びがあるに決まっている。解除する方法は、絶対にあるはずよ。だってブレイヴの契約は、本来心同士の約束なんだから」
相手の尊厳を踏み躙った一方的な束縛なんて、と彼女は吐き捨てる。俺は剣を構えながら、まずはひたすら防御に集中しよう、と心を決めた。




