『ブレイヴイマジン』第2章 ウィンド⑧
* * *
林の中まで退却すると、ユリアや自警団は既に撤退を完了していた。
俺たちが戻ると、ユリアが真っ先に俺に飛びついてきた。
「ケント君! 良かった、無事で……!」
「あ、ああ、何とかね。ユリアたちも無事で何よりだよ。自警団に犠牲は?」
俺が赤面しながらも確認すると、彼女は首を振る。
「怪我した人は居るけど、幸い死者は出なかったから大丈夫。レーナの魔物が居なかったのが良かったんだと思う。ケント君たちの方は、リビィさん、ちゃんと助け出せた?」
俺は肯き、背後を振り返る。そこでは、リビィとヴァレイがひしと抱き締め合っていた。
「リビィちゃん……良かった! 良かったよ……!」
「ヴァレイ……会いたかった。ここ二週間、ずっと心細かった。ごめんね、心配掛けちゃって……助けに来てくれて、本当にありがとう!」
「お礼なら、ケントたちに。彼らが居なかったら、僕は」
ヴァレイは言いかけ、口を閉じる。本当に死ぬ覚悟だった、などと言えば、リビィを心配させると思ったのだろう。彼の視線を辿るように、リビィもこちらを向いた。ヴァレイから体を離し、こちらに進んでくる。
「ケント君、アロード君、それに……」
「ユリアよ。水のブレイヴ、契約の相手はシルフィ・アクア」
ユリアが名乗ると、リビィは肯いた。「ユリアさん、シルフィさんね」
「さんは付けなくていいよ。私もあなたの事、リビィって呼んでいい?」
「勿論! じゃあ改めて……ユリア、皆。今日は私を助けてくれてありがとう。皆には、感謝してもしきれないな」
「リビィ」
彼女がぺこりと頭を下げると、グリム団長が前に出てきた。リビィは二週間前の事を思い出したらしく唇を噛んだが、すぐに頭を振り、団長に駆け寄った。
「団長……ごめんなさい。私、勝手に駐屯地に行って……」
「いいんだ、リビィ。私こそすまなかった、君をそこまで追い込んでしまって、挙句にケントさんたちの助力がなければ……村を守る為だと言い訳をして、君を見捨てていた」
グリム団長はそこまで言うと、手の甲でそっと目を拭う。ヴァレイはリビィの横に並び、彼女の胴に手を回した。
「アロード、シルフィ、ケント、ユリア……僕からもありがとう。諦めなくて良かったって、本当に思う」
「まあ、いいって事だ」
アロードは、照れ隠しなのか少々ぶっきらぼうな口調で言った。
「それに、俺たちの目的はこれからが本番のはずだぜ」
「そうそう、リビィちゃん」
ヴァレイは、リビィに向き直る。
「この四人は、ヴェンジャーズに奪われたフォームメダルを取り戻す為に旅をしているんだ。それで、僕たちの所にも来てくれた」
「フォームメダルを?」リビィは目を丸くし、俺やユリアを見つめる。「凄い、本当に勇者ギルドみたい。憧れるなあ……」
「魔物の被害に異常気象、どんどん深刻になっているからね。可及的速やかにメダルを取り戻さないと、本当に世界の滅亡は現実になっちゃう。だから、私たちは作戦を実行するの」
ユリアは、リビィの手を取って顔を近づけた。
「さっきも見てきたけど、人手の居る作戦になりそう。リビィも協力してくれる?」
「勿論よ! ヴァレイの為ならね」
リビィは微笑み、元気良く返事をする。
「だって、友達だもん」
「リビィちゃん、ありがとう!」
ヴァレイが、微かに涙を浮かべながらもう一度彼女を抱き寄せる。友達、という言葉を頭の中で繰り返し、俺は何だか嬉しくなった。
『ブレイヴイマジン』を開始し、エヴァンジェリアに送られてから、どんどん友達が増えていく。心を閉ざしかけていた俺は、人付き合いがこれ程喜びに満ちたものだとは思ってもみなかった。
無論、この世界はメタバースであり、住人は皆AIで動いているNPCだ。それは俺も忘れた訳ではない。だが、それでもユリアたちが皆、俺にとって大切な友達である事は誰にも否定出来ない。
もし、このイレギュラーが終了し、この時間が終わりを告げたら。現実世界で本当に五日間が経過し、体験会が大事件に発展していたら。その思考は必然的に付きまとうが、俺はこの嬉しい気持ちを、思い通りに行かない現実からの逃避願望だとは思えなかった。
「それに僕、リビィちゃんとずっと、ブレイヴとイマジンで居たい」
「……私も」
二人の視線が絡み合うのを見つめ、シルフィが口笛を吹いた。
「見せつけてくれるねえ、二人とも。あたしの大好物よ」
「シルフィ!?」
ヴァレイがぱっと赤くなり、慌てたようにリビィと体を離す。彼女も離れたが、それでも二人はちらちらと視線を交わし合い、俺とユリアはどちらからともなく顔を見合わせてくすくすと笑った。
* * *
レーナたちの報復を警戒し、林の中へ移動した自警団のキャンプで野営を行い、一夜明けの翌日。
ブレイヴの三人──リビィは現在変身出来ないが、素の戦闘力も高いようだった──を中心に交替で見張りを行ったが、夜の間に村へヴェンジャーズが攻め込むような事はなかった。何度か夜目の利くレーナの魔物が偵察に来たが、鬱蒼とした木々の中に隠れた俺たちを発見する事は出来なかったらしい。
太陽が昇りきる前に、俺たちは林の出口に集合した。
「えーと……私たちはこれから、ヴァレイのフォームメダル奪還作戦を始めます」
ユリアは、一同と窪地の下に広がる駐屯地を交互に見ながら宣言する。眼下の駐屯地には、早くも天幕の間を無数のヴェンジャーズ兵たちが歩き回っていた。レーナは今日も真ん中のパビリオンに居るのだろうか、と俺は考えた。
「今度は、フォームメダルを持っているレーナを誘き出す事を第一に考えるよ。敵兵は相変わらず多いから、グリム団長率いる自警団には彼らを足止めして貰います。その隙に、私とケント君、リビィでレーナを探す」
「質問だけどよ」
アロードが、律儀に挙手をしながら声を出した。
「お前とシルフィが昨日戦った時、ヴェンジャーズの中にガーディは居たか?」
「ああ、そうそう、ガーディの事も言わなきゃ。……結論から言うと、ガーディは昨日の戦いには居なかった。元々彼は私狙いで、昨日スピナジアに居たのはあくまでスパロウ兵長に同行しただけって事かもしれない。ヴァレイの攻略に、わざわざ三侯のうち二人が乗り出してくるとも思えないし。だからもう駐屯地を去ったって思うのが普通だと思うけど、油断はしないようにしようね。もし、一気に彼ら二人を相手にする事になったら……」
ガーディさんと戦うような事はあって欲しくないが、今から俺たちが背負う事になるのは自分たちだけの命ではない。それに、ユリアが彼に命を狙われたというのは事実らしい。彼女を失わない為にも必要な事だ、と思いながら、俺は続く言葉に耳を傾けた。
「……その場合は、一時的に戦略的撤退を試みる。レーナがまだ村を壊滅させ得る戦力を持っている事を忘れちゃいけないし、それに対抗する為にも、決して私たちが賭けみたいな突進をする訳には行かない」
「分かった、ユリア」
リビィは言うと、エムロードハンターの柄を握り締めた。
「私、今回は自分の独り善がりで無茶な事をして、却ってヴァレイや皆に心配掛けちゃった。今度はちゃんと見極めをするし、自分一人じゃなくて、皆を信じる。私が自警団の主力になれたのだって、ヴァレイが居なきゃ叶わなかった。今までだって、私だけで戦ってきた訳じゃないんだって、改めて思ったから」
「また一緒に戦おう、リビィちゃん」ヴァレイが、彼女に声を掛ける。「絶対に取り戻すんだ、これからの為にも」
「……そうだね!」
リビィが肯き、目を据えて窪地を睨む。ユリアは話をまとめるように柏手を打ち、レジーナソードを掲げると、高らかに叫んだ。
「じゃあ皆、行くよ!」
この最初の試練に挑むメンバー全員が、同じように各々の武器を掲げ、鬨の声を上げる。俺もその声の一つとなりながら、自分がこのように集団の一員となり、気合いを入れて叫んだ最後はいつだっただろう、とふと思い返した。




