『ブレイヴイマジン』第2章 ウィンド⑩
「受けるがいい、自分自身の振るってきた剣の重みを! 裂天旋風撃!」
風を纏った刀身が、予備動作を殆ど見せずに俺に肉薄した。俺は急いで技を繰り出し、それを相殺する。鍔迫り合い状態になると、俺は思い切り腕に力を込め、彼を押し返そうとした。ハンディキャップに付け込むような真似は汚いと言われそうだったが、今はヴァレイの安全が第一だ。腕力では、義手の彼よりも俺の方が彼より上回っている。
「スパロウーっ!!」
俺は叫び、デュアルブレードを押し込む。が、まさにその時、スパロウがギラリと瞳を輝かせた。
「世界が滅びれば、ヴェンジャーズ以外の人間が生きる場所はなくなる。ルールもモラルも温情も、あったものではない。……フォービデン・ホロロゲイン!」
剣を押し込む力が強くなった、と思った瞬間、
「ケント君、それは!」
リビィが、警告の声を上げながら駆けて来た──刹那、スパロウの剣から竜巻のような風が迸った。俺が押されて鍔迫り合い状態を維持出来なくなると同時に、その刀身が胸甲に思い切り叩き付けられる。口から血液混じりの消化液が飛び、熱い二酸化炭素の塊が肺から押し出された。
気付けば、俺は吹き飛ばされて傍の天幕に背中から叩き付けられていた。視界が、涙で霞んでいる。風を正面から喰らって息が出来なくなり、肺を絞られたせいで、呼吸器は真空状態に近い。
「ケント君!? ……よくもあなたは! スピニングマリン!」
ユリアが入れ替わるように剣を振り、スパロウに斬り掛かる。だが、彼はまたもや突風を起こし、彼女を吹き飛ばして地面に転がした。リビィは「ユリア!」と彼女の名を呼んだものの、エムロードハンターを下段に構えたまま動けないでいるようだった。
俺は手を突いて立ち上がり、デュアルブレードを杖代わりにして彼女に近づく。その足が小刻みに痙攣しているのが分かり、俺は胸が絞られるようだった。ブレイヴを攻撃すれば、イマジンも傷つく。だからこそリビィは、スパロウに剣を振るう事が出来ないのだ。
しかし、スパロウの方は容赦がなかった。
「裂天旋風撃!」
最初に俺に繰り出してきた攻撃を喰らい、リビィは横ざまに薙ぎ倒される。風属性技、今まで自分がヴァレイと共に使っていた攻撃を受け、彼女の目からは涙が溢れ出していた。
「どうして……」
リビィは、濡れた声で呟いた。
「どうしてなの、ヴァレイ……私と、ずっとブレイヴとイマジンで居たいって言ったのに……どうして、こんな事になっちゃうのよ!」
ショックなのだろう、自分が契約し、利害を超えた絆を繋いでいたヴァレイの技がスパロウに使われている。しかもヴァレイは洗脳され、意思を封じられ、スパロウにその力を搾取され続けている。
ユリアは立ち上がり、スパロウの後ろで冷笑を浮かべ続けるレーナに叫んだ。
「レーナ、こんな事はもうやめてよ! リビィ、泣いているじゃない! 彼女とヴァレイを、こんな風に小手先の技術で切るなんて、絶対に許されない!」
「あれえ? おっかしいなー、ユリアちゃん」
レーナはヴァルキュリアピアサーを抜き、指先でくるくると回転させた。
「元々、ヴァレイは誰のものでもないよ? 雀ちゃんと契約する可能性だって、なかったとは言えないよ? それなのに、たまたま近くに居たリビィちゃんが勝手に彼の事を好きになって、『契約する』とか勝手に決めちゃってさ。それ、自分の近くに居た男を見栄と所有欲で自分のものにしたがる蓮っ葉な女みたい。挙句に、こうしてヴァレイが雀ちゃんのものになったら泣き落とし? それって、超我儘でエゴイスティックじゃない?」
「レーナ……あんたは!」
「世界はあんた中心に回っている訳じゃないのよ、ウザったい!」
レーナは、鞭でも振るうかのような舌鋒でリビィを貫いた。彼女が地面に蹲り、背中を震わせるのを見ると、ユリアは双眸に怒りの炎を燃やした。
「許さないんだから……!」
「レーナに近づいたら危ないよ、可愛くて愚かなユリアちゃん!」
嘲笑し、レーナは飛び出したユリアにヴァルキュリアピアサーを投擲する。短剣は恐ろしい正確さで撃ち込まれ、彼女の脹脛に突き刺さった。ユリアが悲鳴を上げて転倒し、俺は咄嗟に声を上げた。
「ユリア!」
駆け寄ろうとするが、再びスパロウ兵長のフォービデン・ホロロゲインが繰り出される。俺は先程と同様に、高威力のアグレッシヴブレイズで相殺を図ったが、焦ったのが仇となった。
「効かぬ!」
刀身同士がぶつかり合うと、スパロウの剣から拡散した突風が俺に打ちつけ、リビィのすぐ傍に転がした。
「加減ってものを……」
「雀ちゃん、さっさと止め刺しちゃって。そろそろユリアちゃんたちの持っているメダルも手に入れたいし。せっかく、ターゲットが進んで飛び込んで来てくれたんだもんね」
レーナが指示を出すと、スパロウは剣を真っ直ぐに向けた。その直線上には、足から短剣を引き抜こうとして苦痛に呻いているユリアが居た。
「ブレイヴフォースの、最強にして最後の奥義を見せてやろう。受けるがいい、無限の闇の奔流を……森羅万象を内包せし大いなる虚無へと、万物を帰しめる、我が葬送を! オフランド・オウ・ネアン!」
虚無への供物。
不吉な単語が鼓膜に届いた次の瞬間、スパロウの剣先から赤黒いエネルギーの激流と紫色の稲妻が迸った。
流れの中心の黒い渦は、何処までも漆黒だった。あたかも、覗き込んだ瞬間吸い込まれる、底知れぬ深淵のように。その渦の部分だけ、この世界が途切れてでもいるかのように。
それが、座り込んだまま、成す術もなく恐怖の表情を浮かべているユリアを呑み込み、遠雷の如きドロドロという音を響かせた。
「ユリア─────っ!!」
絶望で飽和したその絶叫が、自分の声帯から発せられたものである事に、俺は暫し気付かなかった。
漆黒の渦が消えた瞬間、ユリアの姿は変わり果てていた。チュニックの布地は襤褸と化し、黒ずんだ血に塗れている。髪も水色から焦げたような黒っぽい色に変わり、辺りには夥しい血痕が飛び散っていた。
「オフランド・オウ・ネアン!」
スパロウは再び、彼女に向かって黒い渦を放つ。立ち上がろうとしていたユリアは再び蹂躙され、それが消えた時既に変身は解除されていた。分離したシルフィが、近くで苦しそうに喘いでいる。
「もうやめろ!」
俺は、彼に飛び掛かった。彼を斬ってはならない、という冷静な判断は、既に頭から欠落していた。これ以上ユリアを甚振るのなら、許さないと思った。
スパロウは、剣先をこちらに向けて尚も技を放とうとする。
「オフランド・オウ……」
「やめて、ヴァレイ!」
リビィの声が、それを遮った。スパロウは獰猛に嗤い、ターゲットを俺から彼女に移して剣を水平に持ち上げた。
が、そこで彼は不自然に硬直した。
「ヴァレイ……お願い、私の声が届いているなら、聴いて。私があなたとの契約をずっと続けたいって思ったのはね……純粋に、あなたが好きだったからなんだよ」
リビィは、止め処なく流れる涙を拭おうとしなかった。
熱い感情を隠さないまま、しかし何処までも優しい声で語り掛けた。
「何年も一緒に居て、私、ヴァレイの事を色々知ったよ。優しくて静かで、シャイなところもあるけど責任感が強くて、時々感情的で。私はそんなあなたに会って、どんどん好きになっていった。
……私、ヴァレイが助けに来てくれた時、嬉しかった。ずっと一緒に居たいって言ってくれて、涙が出そうになった。私たちは、変わる必要なんてない。こんなに大事なものが、すぐ傍にあるんだから……ねえ、ヴァレイ。これは、世界の法則なんて枠に嵌めて、片付けられるものじゃない。義務とか責任とか、メダルっていう形ある縁に勝るもの、ユリアの言うように、心の契約なんでしょう? こんなに一緒だったんだから……私たちの仲は、理屈ある技術でそう簡単に破壊出来るものじゃないはずでしょう?
お願い、ヴァレイ。ブレイヴフォースなんかに負けないで。私のところに戻って来て。私を独りにしないでよ……ヴァレイが帰って来なかったら私、もうどうしたらいいか分かんないよ……!」
レーナはそんなリビィを苛立つように眺めていたが、やがて癇癪を起こしたように足をバタバタと動かし、ニューニの脇腹を踵で蹴りつけた。
「綺麗事を並べ立てて! 絆なんて言葉ばっかりで、どうせすぐに壊れちゃうものなのよ! レーナ、それを小さい頃に見てきたんだもん! 雀ちゃん、いい加減こいつ黙らせて!」
しかし、スパロウ兵長は動かなかった。固唾を呑んで見ていると、彼の肩がぴくぴくと痙攣し始める。そして、彼は突然地面に倒れ込むと、全身を掻き毟るように悶え出した。
俺は息を呑む。強制的に憑依させられていたヴァレイが、スパロウから分離しようと──ブレイヴフォースを破ろうとしている。機械的な、冷たい技術の力にも負けぬその心の力、リビィとの絆を体現しようとしている。自分を封じ込める縛めを、内側から打破しようと抗っている。
スパロウから、紫色の波動が漏れ出して強く発光した。
「ヴァレイ!」
リビィが彼の名を呼んだ時、その光が消えた。近くに、ヴァレイと彼のフォームメダルが転がり出る。彼は気を失っているが、目立った外傷はなかった。
リビィは、彼に駆け寄って抱き起こした。安堵するような泣き笑いを浮かべ、彼の名を絶えず呼ぶ。ヴァレイの瞼がぴくぴくと動き、数秒の後、その目がぼんやりと開かれた。
「リビィ……ちゃん?」
「ヴァレイ……良かった、無事……なの?」
「分からない。何も思い出せないんだ。何処か、暗い場所に居たような気がする……そしたら、リビィちゃんの声が届いて……僕を励ましてくれて……」
ヴァレイが呟いた時、スパロウが呻きながらも立ち上がった。腕を激しく痙攣させながらも剣を振るい、潰れたような声を上げながら彼らに襲い掛かる。リビィが、ヴァレイを庇うように覆い被さる。
(マズい!)
俺は跳躍し、彼らの前に立ち塞がって技を繰り出した。剣の重みは減っているが、こちらにダメージがない訳ではない。刀身が叩き付けられた瞬間、骨の髄まで痺れるような痛みが襲ってきた。
「リビィ、ヴァレイは消耗している! 早く安全な場所に、駐屯地の外に連れて行ってくれ!」
二人の後方を見ると、既に自警団はヴェンジャーズの多くを倒し終えていた。昨日の攻撃、それから最初に俺とユリアで数を減らしていた事が、功を奏したらしい。脱出する道は開けていると言って良かった。だが、
「リビィちゃん、お願い」
ヴァレイは、上体を起こしながらリビィの手にフォームメダルを握らせた。
「僕にも、皆の為に戦わせて。……今までみたいに」
「えっ? だけどヴァレイ、体の方は?」
「大丈夫。僕にだって……格好付けたい時くらいはあるよ」
微笑む彼を見、リビィは表情を固めた。微かに顎を引き、彼の手を取って立ち上がる。俺と斬り結んでいたスパロウが大きく後方に跳び退き、ヴァレイは緑色の光となってフォームメダルに溶け込んでいった。
「見せてあげる、本物のブレイヴってやつを。……トランスフォーム『ヴァレイ・ウィンド』!」
リビィが叫び、レーナとスパロウが息を呑んだ。
メダルから生じた魔方陣は緑色だった。それはリビィの体を包み込むと、同色の胸甲、短いケープへと変化する。ショートパンツはミニスカートに変わり、髪も先程のスパロウと同様変色する。だがその色は、スパロウの時よりも遥かにヴァレイに近いものに感じられた。
「ブレイヴが三人!?」
レーナが目を丸くする。リビィは「ケント君」と俺の名を呼んだ。
「ユリアたちは、ケント君が守って。私とヴァレイは、あいつを!」
「貴様許さんぞ!」
スパロウは憤怒を浮かべ、剣を突き出す。リビィは地面を蹴り、エムロードハンターを横向きに構える。ケープが激しく翻り、一直線に敵へと向かう彼女の姿は飛び立つ鴻鵠を彷彿とさせた。
「風神戦翼刃!」
ビュンッ! と風を切るような音と共に、目にも留まらぬ神速でスパロウの剣が弾かれた。彼女は構えを変えると、続いて裂天旋風撃を繰り出す。主導権は完全に、スパロウから捥ぎ取られていた。彼は最早、兵長としての威厳や体裁などかなぐり捨てたように、歪んだ叫びを上げた。
「何故だ! 何故同じ力で……いや、練り込んだイコルのない分、貴様の方が弱いはずなのに、何故私よりも強大な力を!」
「ブレイヴフォースには、イマジンとの絆がないからよ!」
リビィは言い、更に攻撃した。スパロウはそれを、両手で掲げた剣で受ける。
「私たちの心の繋がりは、どんな事があっても、何人たりとも切らせない!」
「愚かな……利用出来るものを利用する事の、何がいけない!? それこそが、戦略というものであるはずなのに! 綺麗事のみで、世界は変わらない!」
「それでも!」
彼女は、渾身の力で剣を跳ね上げる。
茜色に暮れ泥む空に、スパロウの剣が高々と舞い上がった。
「これで終わりよ、スパロウ兵長! フォービデン・ホロロゲイン!」
彼女の止めの一撃が、エメラルド色に輝く風と共にスパロウの身を通過した。彼が光の中で掻き消すように消滅すると、彼女も限界が来たようにそこに片膝を突き、変身を解いた。
気を失ったヴァレイがぐったりと傍らに横たわるのを見ると、レーナはスパロウが敗れた事への驚愕を浮かべていた瞳に、瞋恚の焔を宿した。
「あんたたちなんて!」
短剣をまた投げつけようとするので、俺はまだ倒れているユリアを抱き起こし、仲間たちの前に滑り込みつつ両手を広げた。
「君の負けだ、レーナ。俺たちはこの先も戦い続ける。エヴァンジェリアの為に、イマジンたちの為に……そして、リビィとヴァレイみたいな、人と人の繋がりを奪わせない為にな」
「お……覚えていなさい!」
レーナは憎々しげに言うと、ニューニを発進させ、飛び去って行った。




