第七十六話「どんなライブをやろうとしても、飯には抗えない」
仙道たちの演奏が始まると、場の空気がガラリと変わる。
――疾走感。心臓がバクバクと波打つ音の衝撃。
ステージの上で、仙道たちは光る汗をかきながら懸命に奏でていた。
「やっぱり、仙道のバンドはすごいな。前よりも、さらにレベルが上がっているじゃないか」
演奏を近くで聴いている僕は、そう感想が口から出る。
久しぶりに彼らの演奏を聴くが、以前よりも演奏力とパフォーマンスがさらに上がっているとわかる。
マイクスタンドの前でギターを弾きながら歌う仙道の額から出る汗は、とても輝いて見えた。
これだけの実力ならば、きっと東京でライブをやっても通用していけるだろうなと僕は思った。
「おや、岩崎君。めずらしく、君の顔から焦りや嫉妬が見えないようだぞう?」
「失礼ですね……金本先輩。そんなことはないですよ。こんなすごい演奏を聴かされたら、そういう感情の一つは起きますよ」
「ほうー! そのわりには、冷静に聴いているではないか」
茶化すようにそう話しかけてくる金本に、僕は静かに答えた。たしかに、以前のようなバンドに対する複雑な感情をそこまで考えていなかった。
ただ、自分のバンドを信じることができればいいのだ。
「ふふふ。だが、どんなにすごかろうとも君たちがやるアノ曲が完成されれば、同格かそれを超えられるものとなろう」
「やけに自信がありそうですね?」
「うむ! 君のメインボーカルをひっさげた新曲を、この後に炸裂させたまえ」
「とは言っても……まだボーカルの練習方法を見て歌った、付け焼刃のようなものですけど」
妙に自信たっぷりに話す金本に、僕は小さく口にする。短時間で習得した技術だけでは、仙道たちのライブに敵うとはどうしても思えなかった。
二曲、三曲と仙道たちが演奏を続けていき、もうすぐ僕らの出番がやってきそうだ。
仙道らのバンドはクライマックス。最後の曲が、始まる。
「よーし! これが俺たちの新曲だぜー! ビビるなよー、いくぜ!」
――ジャカジャカ! ジャガガガーン!
ギターの音から始まり、他の楽器も追うように鳴り出す。これまで聴いたことがないリフに僕は度肝を抜く。
一つ一つの音が、僕の心臓に刻まれていく。
そして、仙道はギターを奏でながらマイクに向かってボーカルをのせる。
メロディラインはロックであるものの、歌詞が耳に残るような印象だ。しかも、それをきちんと感情を込め、思いを伝えようとするフィーリングがこちらにはっきりと届いてきた。
これこそが、僕がやるべきボーカルだと心が言っている。
仙道たちが弾く曲に、僕らはいつのまにか引き込まれていった。
「すげえ……すげえ曲だ」
他にどう言っていいかわからない僕は、ただすごいとしか口にできない。それくらい、この曲に僕はおろどくばかりだ。
「前言撤回ですよ、金本先輩」
「ん? なにがだい?」
「僕の顔を見てくださいよ……どんな顔をしてます?」
曲を聴きながら僕は金本に顔を見るように頼むと、金本はじっとりと僕を見る。
「ものすごい、くやしそうな顔をしているのう。こりゃあ、嫉妬の鬼だな」
「ええ。やっぱり、仙道たちには負けていられないですね」
僕が口からそう妬ましい声で話していると、金本はにやりと笑って答えた。
「その根性で、こちらの新曲でやつらを同じ顔にしてやるがいい」
「はい!」
ギャルゲーソングを弾く僕だが、そのまえにバンドマンである。すごいバンドの弾く曲を聴いて、黙ってはいられない。僕のバンドマンとしての闘志が再点火する。
曲のエンドロールをむかえ、仙道たちのライブパフォーマンスが終了する。次は、いよいよ僕らの番だ。
「よーし! みんな、こちらも全力で弾くぞ! できるギャルゲーソングを仙道たちに聴かせてやるんだ!」
ライブを見終わった興奮と余韻で僕のテンションは上がっている。モチベーションも高まっている今ならば、僕らも良い演奏ができそうである。
乗るなら今しかない。このビックウェーブに。
「なんか……岩崎先輩が、いつも以上にハイテンションですね」
「変に触発されたんでしょー。あれは、どうしようもない状態ねー」
「けど、たしかに仙道さんたちのライブはすごかったですね。最後の曲は、わたしもすごいと思いましたよ」
僕の横でみんながそう話しながら、演奏を始める準備をしている。
「わたしたちにも、同じような良いライブができたらいいね!」
「芹沢先輩も、なんだか燃えているような感じですねえ」
「さすが、芹沢さん! 大丈夫さ。僕らだって仙道に一泡吹かせてやろう」
芹沢さんのやる気に僕はそう声をかけ、先にステージへと向かう。
バンドチェンジによる機材の直しと演奏用のセッティングをやり、僕のギターとボーカルはバッチリ。
他のみんなもセッティングを終えると、自分の立ち位置に立つ。
「岩崎君ー! たとえ、曲のボーカルに自信がなくとも最後までやりきるんだぞー」
演奏を始めようとした時、こちらに向かって金本がそうエールを送る。
たしかにまだ完璧とは言えないであろう僕のボーカル。それが本番であるイベントでやれるような域に達してはいない。
しかし、やれることはやりきってみようと金本の言葉に僕は覚悟を決める。
ステージから仙道たちが僕らの演奏を見ようとする姿が見える。僕は、そのまま彼を見る視線を変えない。
――ふう。そうだ、僕らならばやれる。やってみせる。
頭の中にある不安や緊張。仙道たちに対するうらやましい気持ちを、僕はいったん捨てる。
ここからは、僕たちのステージであると深く考えてギターを握りしめた。
全員がいつでも演奏ができる状態を確認すると、みんなの顔を見てうなずく。そして、僕はギターを構えて右手に持つピックを弦にむけて振るう。
ステージのアンプからギターの音が鳴り始めると、ついに僕らのライブがスタートする。
――ガラガラ!
一曲目のイントロを弾き始めたと同時に、部屋の扉が勢いよく開いて小野寺君のお父さんがなぜか入ってきた。
「え? なんだあ?」
僕はいきなり現れた小野寺君のお父さんにおどろき、おもまずマイクでそう声を出してしまった。
すると、小野寺君のお父さんからマイクに負けないくらいの大声でさけぶ。
「君たち! もう夕飯の時間だ。すでに用意をしているから、食べに来なさい!」
時計を見れば、すでに夜の七時を過ぎている。
「こらー! これからって時に飯なんか食えるかー!」
仙道が不機嫌そうに怒鳴ると、小野寺君のお父さんは一喝。
「かーつ! いいから、さっさと食わんかあああ!」
その圧に仙道だけでなく、部屋にいる全員がおののいた。
ライブは中断となり、僕らは楽器をその場に置いて無言で部屋を出ることとなった。僕らのライブは夕飯を食べ終わった後にやることにした。
まさに、不完全燃焼である。




