第七十五話「ボーカルを鍛えるための動画は僕をわずかに変える」
仙道たちが楽器を取りに行っている間に、僕らはもう一度演奏をすることにした。
何度も繰り返して弾くことによって、いろいろと見えてくるものがある。
「思ったんだけど、そこはあえてギターの音を少しトーンを落としたらどうかな?」
演奏途中で、そう芹沢さんが考えながら話す。
曲の特徴としては、たしかにそこまでロックのような激しめな感じは少ない。あるとすれば、サビのところとギターソロがあるところだろう。
「あー! たしかにー。あんまりギュワーンな感じだと、コーラスが合わさった時によく聴こえなくなるよー」
「そういえば、さっきの演奏だとコーラスとハモリが岩崎先輩のボーカルにうまく重なって聴こえていなかったですね」
そうみんなも、演奏中に感じた疑問や違和感などを口に出していく。
――へえ、みんなもきちんと思ったことを言えるんだな。
以前はそこまで言うことはなかったし、先輩たちの指導もあったから特に問題はなかったのだろう。しかし、この新曲に関しては自分で思ったことを指摘していることに僕は関心をしてしまう。
「なんか……バンドをやっているなあ」
そんなことを考える僕は、ついそう口にした。
「はあ? バンドをやっているでしょー? 練習のやりすぎでキョウちゃんは頭がおかしくなった?」
「そんなわけないだろう! ただ、みんなの話を聞いてそう口に出ちゃったんだよ」
響子が言い返すと、くすくすとみんなが笑う。
「こらこら、岩崎君! 真面目にやっているんだから、そんなボケをかますでない! 君には歌を重点的にやらねば」
「うっ……そうですね」
なぜか金本にまともらしい注意をされた僕は、そう小さく返事をした。
とは言ったものの、歌を指導できるような人物はいない。金本は原曲の歌手が歌う特徴をそれらしく言うだけだろう。
それでは単にものまねになってしまうし、僕の声では再現は難しい。できるならば、僕の声で新しいものへと変えたいという気持ちもあった。
ボーカルの細かなテクニックなどは、自分で開拓していくしかない。
「ふむ、さてどうやってボーカルとしての質を上げるべきか……」
マイクスタンドの前に立つ僕は腕を組みながら、頭をかしげる。
すると、響子が近づいてきた。
「キョウちゃん! スマホの動画投稿サイトで歌い方を検索してみればいいのよー」
「歌い方? ボイストレーナーの講座みたいなやつか」
そう響子から言われた僕は、自分のスマホを取り出して探してみることにした。
検索結果からは、多くのボイストレーナーや、歌い手の動画が出てくる。しかし、どれも有名な楽曲の解説ばかりだった。
――まったく、役に立たない。
いくつかの動画を見てみたけれど、どれもその曲に合わせた練習方法ばかりだ。
「うーん。これといって、参考になりそうなものはなさそうだな」
そう画面をスクロールしながら口にしていると、とある動画を見つけた。
どんな曲もこれを覚えれば、表現力がアップするボーカル講座。そんなタイトルの動画を僕は気になる。
特に限定的な曲をではなく、オールジャンルに対応したボーカルの歌い方講座。動画を再生させて、とりあえず見ることにした。
「へえー。この人、見た感じが学生っぽいなあ。それなのに、講座をできるだなんてすごいなあ」
画面に映るかわいらしい見た目の女の子を見ながらそんなことを口にしていると、さっそく講座が始まる。
腹式呼吸の基礎。声の出し方や、音程の取り方。ボーカルをやるなら、誰もが覚えることをていねいに教えている。
「すーはー! あーあー!」
動画でやっていることを同じように始める僕。その様子を、みんなが黙ってみていた。
これまできちんと基礎的なことは意識をして歌っていたが、改めてやるとそこそこ難しい。
様々な音域を声で出すのはきつさを感じるけれど、動画を見ながらやってみたらコツがつかめそうでもある。
――なるほどな。曲の雰囲気に合わせて、ビブラートとかしゃくりを使って感情を表現していくのか。
しばらくスマホとにらめっこをしながら、僕はボーカルのトレーニングを続けた。そしてある程度終えると、僕はマイクスタンドのほうへ戻る。
「よし! もう一回、イントロからやってみるぞ」
「えー? もうやるの? 休憩時間になると思ったのにー」
「つべこべ言うな、響子!」
「動画を見たからって、そんなすぐに上達するわけないのにー」
ぶうぶうと文句をたれる響子は仕方なく自分の位置へとやってくる。芹沢さんたちも、それぞれ楽器を持ちながらステージに立つ。
たしかにそんなすぐに動画を見て、僕の歌が変わったとは言えないだろう。けれど、僕の中ではうまくやれそうな気がした。
みんなの準備が終わり、僕らはまた曲をイントロから演奏を始める。楽器の音が鳴り、曲が進む。
そして、歌いだしのところで僕はマイクに口を近づけて歌う。
動画を見た内容を意識しつつ、このギャルゲーソングに合う雰囲気の歌声を出した。歌詞の言葉やメロディ。すべてを僕の思うがままに声に出して歌っていった。
――なんか、さっきりも声域が広がったような気がする。声が前に突き抜けていくようだ。
わずかなボーカルの変化。僕はその変わりそようがはっきりと自覚する。
響子たちが歌うコーラスやハモリともうまく重なり、楽器の音とも一体化してるようだった。
曲は進み、気が付けばエンドロールまで演奏しきる。
「……どうだった?」
歌い終わり、僕はみんなにそう尋ねる。
しばらく沈黙が続き、最初に口を開いたのは和田だった。
「うん。これまで聴いた中で、一番よくできたんじゃないかな?」
「ああ、そうだな。原曲通りの演奏なんだけど、岩崎君のボーカルが良い味を出していた印象だ」
和田がそんなことを言うと、荒木もおどろいたように続けて話す。曲を聴いた和田たちも、その変化に気がついたようだった。
「ええー! なんで、そんなすぐに変わるんだよー! あたしのボーカルだったころより、いいだなんてー」
「けど、ボーカルの動画を見てすぐによくできるだなんて岩崎先輩はすごいですね」
「きいいいい! くやしいー!」
一緒に演奏をしていた響子はなぜかくやしがっているし、瑠偉は僕をほめていた。
「もともとボーカルの才能もあるんじゃないですか? ギャルゲーソングとか関係なしに」
「わたしもそう思うな。やっぱり、岩崎君はすごいなあ」
瑠奈や芹沢さんも、僕の歌を聴いた感想を話している。これだけ好印象ならば、ボーカルは完成しつつあると僕は自信がつく。
「……つ」
みんなが話している中、金本だけがずっと黙っていた。僕はそんな金本に尋ねた。
「あの、金本先輩はどうでしたか? 僕の歌を聴いて」
この中で、ギャルゲーソングに一番うるさいのは金本だ。そんな彼の口からどんな言葉が出るのか僕は気になった。
すると、なんともいえない顔をしながら金本は口を開く。
「うむぅ……」
金本が言いかけようとしたと同時に、部屋の扉が開いた。そこから、楽器を取りに戻っていた仙道たちが現れる。
「おっ、帰ってきたのか」
仙道たちに向かって僕がそう話しかけると、仙道はものすごい顔を僕に近づいてくる。
「おい。なんだ、あの曲はよう……」
「え? まさか、聴いていたのか? どこから……」
「イントロからだよ! というか、おまえ……良い声で歌うじゃねえか。正直、びびったぜ」
そう話す仙道の目はものすごく燃えているように見えた。
「いや、単にボーカルの講座を動画で見て参考にしただけで」
「ああ? 動画だあ?」
僕は先ほど見ていた動画を仙道にも見せた。すると、動画に映る女の子を見てなにかに気づく。
「ん? こいつは……」
「どうしたんだ? 見たことがある人なの?」
「いや……まあいい。それより、さっそく対バンといこうぜ!」
仙道はスマホを僕に返すと、ギターを持ってステージへと上がる。追い出されるように、みんなはステージを降りた。
「おらあ! まだ、本番はこれからだぜ? おまえらのギャルゲーソングと勝負だ」
仙道はマイクでそうさけびながら、曲を弾こうとしている。僕らはそんな仙道たちのライブを聴くこととなる。
「あっ、金本先輩! さっきの感想なんですが」
思い出したように僕は尋ねると、金本は仙道たちを見つめながら話す。
「……岩崎君。君のボーカルで、あの仙道たちを黙らせてやるがいい」
「え? いや、ボーカルの感想をですね」
「曲が始まりそうだぞ? まずは、お手並み拝見といこう」
金本がそんなことを口にした意味がわからず、僕が聞き返そうとしても返事はなかった。
――どういうことなんです? 金本先輩。
そんなことを考える僕だが、ステージから豪快な音が聴こえ始め仙道たちのライブが始まった。




