第七十話「そのコーラスに難あり!けれど、それより僕に難があり」
瑠奈のドラムによるカウントが聞こえ、それを合図に僕らはそれぞれの楽器を鳴らす。
忠実に再現した曲のイントロが聴こえ始め、そこに響子らのコーラスが入る。
「ほにゃららー! ふにゃああー」
これまたなんとも言い難いコーラスだけれど、そこそこ改善されたのかマシに聴こえた。
――うーん。まあ……最初だから、こんなものか。
ギターを弾きながら、みんなが歌うコーラスを聴きながらそう考えた。
不安定なコーラスだけれど、各パートはきちんと練習をしているようでミスはない。
正面で聴いている金本たちの顔はなにか考えているように見えるが、まだ表情は変わらない。
しばらくイントロが続き、そろそろ僕のボーカルが入る頃だ。メインボーカルとして歌うのは初めてなだけに、変に緊張をしてしまう。
けれど、僕のボーカルが曲にどう変化をもたらすのか、確かめる必要がある。
マイクに口を近づけ、オケにボーカルが加わる。僕が歌う時が来た。タイミングを良く図って、僕は腹から息を吸い吐き出した後に声を演奏に乗せる。
出だしの音程は外れず、入りは完璧。そのまま勢いよく、メロディを歌い出す。
――うん! 悪くないな。音域もきつくないし、歌えている。
うまい具合に曲に合うことができた僕の歌声は、みんなの音に重なっていった。
ギターを弾きながら歌うのも、難しいと思っていたが意外にできていることに自信が湧いてくる。
後ろのほうで聴こえるコーラスを僕は気にしなくなり、思いのままに歌った。
Aメロからサビに進行し、曲は続いていく。
演奏をしている側からの感想としては、きちんと曲を演奏できていると思う。しかし、Bメロへと移る途中で、正面からストップのかけ声が飛んだ。
「ストップ! ストップだ」
止めたのは金本かと思ったが、その声が意外にも山本先生だった。
予想外のかけ声に、僕らはピタリと演奏が止まる。
「え? なにか、悪いところでもありましたか……山本先生」
演奏が止められるようなミスは誰もしていない。みんなは、きちんとできていたし感触は悪くないはず。
しいて言えば、コーラス隊の不安定さだろうと思った僕は、そう先生に尋ねた。すると、山本先生は意外な言葉を投げかける。
「演奏は悪くない。きちんと弾けている……だが岩崎、おまえのボーカルが曲を不安定にさせているように聴こえるぞ」
「え……? 僕ですか? そこは、コーラスじゃあないんですか?」
「コーラスはきちんと音に合わせてできている。まあ、声に勢いはまだないがどうにでもなる。しかし、おまえのボーカルが一人歩きをして曲が乱れていたぞ」
山本先生の厳しい指摘に、黙っていた金本たちもうなずく。
そう言われた僕は、衝撃が走った。自分の中では、メインボーカルとしていい感じだと思っていただけに先生の指摘をしたことは大きなショックであった。
「えー! でも、キョウちゃんの歌声は曲に合っているしー。別に乱れていた感じはしなかったよー?」
「うっ、うん……わたしもそう思ったけれど」
僕の代わりに反論をしてくれたのは、響子と芹沢さん。二人は納得がいかないようで、そう山本先生に尋ねる。
「演者側からしたら、それは気づきにくいのかもなあ。けれど、聴き手としては致命的なほどさ」
「岩崎君。この曲はオケもそうだが、コーラスやボーカルにも注目しやすいものだよね?」
山本先生が答えた後、和田がそう僕に聞いてくる。
たしかに、この曲は歌のパートも他と同じく印象的で、楽器と同じように息を合わせる必要があった。
「はい。だから、感情を込めてオケに溶け込むように歌うことを意識してますけど……」
「だろうね。そこは聴いて感じ取れたけれど、じゃあ……馬場さんたちのコーラスをきちんと意識して歌っていたかい?」
「そっ……それは」
僕は和田からの問いに、言葉を詰まらせた。なぜならば、みんなのコーラスが不安定だと思い、それなら自分だけでもうまく歌えればいいと考えて歌っていたからだ。
「その様子だと、聞かずに一人だけで歌っていたって感じみたいだね」
「すみません……」
僕は素直に謝った。正直、自分の弾く音とみんなの楽器の音だけを聴いて歌っていた。コーラスは、そこまで深くは聴いていなかったからだ。
初めてメインボーカルで歌うことになって、そこだけを集中したことに僕は反省をする。
「まあ、岩崎君はメインで歌うのはやったことがないからね。まだそのへんがどうすればいいかわからないのも理解ができるよ」
「はっ、はあ」
「楽器だけでなく、みんなのコーラスを聴いて歌うのがバンドのボーカルというものさ。岩崎君のボーカルだけうまくなっても意味がない」
和田はそう諭すように、僕に話す。その言葉の意味を僕はわかっている。
ずっとコーラスとハモりをやってきて、メインボーカルとの違いや難しさを改めて思い知った。
そう考えると、響子はそれをやってのけるから感心をする。
「コーラスの声に悩むのは仕方がない。そこは馬場さんたちも改善していかないとだね」
「「はーい」」
和田は響子たちにもそう話して、演奏をした時に思ったことを説明した。
僕はもっと周りの声や音を意識して歌う。響子たちはコーラスの質をさらに上げる。
それらが、今回の初演奏で見つけた課題であった。
「とは言っても、どう練習をすればいいのだろう?」
改善をするところを見つけたのはいいが、普段の練習でそれが良くなるのかは不透明。
すると、そこにまた山本先生は僕らに話す。
「そこはこの顧問であるわたしに任せなさい! とっておきの秘策を思いついたのさ」
「山本先生がそれを言うのは珍しいですね……」
「顧問だからな、顧問! とりあえず、明日からは部室での練習はなしだ」
そう言って山本先生はどこかに電話をかけて誰かと話し終わると、にやりと笑う。
「なんか……嫌な予感がするなあ」
僕はそう不安に思っていると、その予感は当たる。
「岩崎。即決ですまないが、明日以降は合宿をやるぞ! 場所は、ずばり……神社だ」
突然の展開に、僕らは困惑。
勝手に決まった僕らの同好会がやる合宿はこうして始まったのだった。




