第六十八話「入れ替わりボーカルの期待と、コーラス軍団の不安」
僕はマイクを口から離し、曲を歌い終わる。
ギャルゲーソングは女性が歌う曲が多く、僕が歌うにはハイトーンで歌いずらいと思っていた。
けれど、この曲は僕の声質でも苦しいとは感じなかった。なんとも、不思議な気分。
「あの……なぜ、みんなはずっと黙ったままなのです?」
歌を歌い始めてから、今にいたるまで誰も言葉を発しない。
異様な空気の中、僕がそう恐る恐る尋ねる。
「岩崎君……キミってやつは」
最初に口にしたのは、金本であった。予想外だと思ったのか、おどろいたような様子を見せた後に、いつもの口調で話す。
「なんですか。あまりにも僕の歌がひどくて、引いているんですか?」
「ふはははは! 君は、僕をなんだと思っているんだい!」
「いや、いつものように悪口でも言うんじゃないかと」
僕は疑いの目で金本を見ながら答えると、金本は顔を真っ赤にして怒り出す。
「まあまあ! ここは、金ちゃんの代わりにあたしが話しましょー」
「ええい! 僕に岩崎君を怒らせろおおおおお!」
金本が放つ怒りの声を止めさせ、響子が話す。
「まず! キョウちゃんは歌ってみてどうだった?」
「え? うーん……そこまで歌いにくさはなかったかな。今までで、一番歌えたギャルゲーソングだった」
僕はそう思ったことを答える。音程とかは、少し外れていたかもしれないけれど。
まだ完璧に歌えていないと考えていると、響子は僕の肩をポンッとたたく。
「メインボーカルは、キョウちゃんにやってもらいましょー! あたしがコーラスとハモリをやるわ」
「おいおい! 説明になっていないぞ? いきなり、決めるんじゃないよ」
唐突のボーカル変更に、僕は納得がいかずに響子に言葉を返した。
「岩崎先輩、自分で気づいていないんですか?」
「あ? なにをだよ」
僕らの会話を横で聞いていた瑠偉が、僕に尋ねる。他のみんなも、意外そうな顔で見つめる。
「先輩が歌を聴いた時、すごいと思ったんですよ」
「うん、曲のイメージが、ばあっと広がった感じです」
「……なにを言っているんだ? おまえらは」
瑠偉と瑠奈の言葉をよく理解していない僕は、頭にはてなマークがつく。そんな僕に、芹沢さんが説明をしてくれる。
「つまり、この曲に合うボーカルは響子ちゃんよりも、岩崎君の声だってことだよ? わたしも、聴いてこの声ならすごい演奏ができると思ったもの」
そう熱く語る芹沢さんの言葉に、僕はようやく理解をした。
そこまでみんながおどろくほど僕はうまく歌えていたのだろうか。おおげさではないのかと思ってしまう。
けれど、みんなの様子を見ると僕がメインのボーカルをやる前提で話している。
「まったく! そろそろ、自覚をしたまえ。君にも歌えるギャルゲーソングの一つがあるということに」
「数々のギャルゲーソングを聴いてきた先輩から見て、僕のボーカルがこの曲をさらに広められるように思えますかね?」
僕は金本にそう尋ねてみる。ギャルゲーソングのことを一番良く理解しているのは彼しかいないし、金本が太鼓判を押せばだいたいがうまくいっていたからだ。
「まあ、今のままではダメであろう。これからさらにボーカルを鍛えて、完璧にこの曲に合うように歌いこなさないとだ。もし……それができたのならば」
「できたのならば?」
「おそらく、これまで僕らがやってきたライブの中で一番となるだろう。これから参戦をするイベントで、優勝を狙えるレベルだ」
いつにもなく、真面目に話す金本の声は本心から言っているように聞こえる。それだけ、僕のボーカルに衝撃を受けたと理解した。
金本の言葉に、僕は重みを感じて答えた。
「僕、やりますよ。メインボーカルとして、このギャルゲーソングでイベントに参加するすべてのバンドを超えてみせます」
「うむ! その心意気や良し。このイベンドでギャルゲーソングの素晴らしさや良いものだと知らしめてやりなさい。そして、今の若者どもに自覚させるがいい」
「ええ。ギャルゲーソングが、そこらへんの楽曲より最高だということを」
金本のギャルゲーソングを世に広めたい動機は、同年代の学生たちにバカにされていたのもあるだろう。オタクしか聴かないと思われているから、異を唱えるために同好会を立ち上げた。
そして、僕らも参加をする学生たちが集うバンドのイベント。まさに、このイベントでそれをわからせてやる最大のチャンスでもある。
金本の想いも胸に、僕は必ずイベントで成功をしてみせると誓う。
「よーし! ならば、さっそく歌の練習だ。岩崎君には、喉が壊れるくらいに歌ってもらおうか」
「金本先輩の指導が入ると、喉どころか精神的にも壊れそうなんですが……」
「きえええい! 君は黙って練習をしたまえ! ギターもついでにみてやろう」
金本は僕の腕をひっぱりながら、ギターと歌の練習に付き合う。なかなかのハードな練習になりそうだと思いつつも、僕は練習を始めた。
しばらく金本の指導を受けていると、なにやら他のみんなが集まって話し合っている。
――みんなで話してなにをしているんだろう? めずらしいな。
瑠偉や瑠奈はともかく、響子や芹沢さんまで集まっている。そんなみんなを見ながら、僕が練習をしていると響子がこちらにやってきた。
「ねえー! キョウちゃん、金ちゃん。実は、相談があるのだけれどー」
「ん? なんだよ、相談って」
「馬場さんや、キミもコーラスとハモリをやらねばならぬのだから、真面目に練習をしたまえ」
僕らがそう響子に言うと、歌詞が書かれている紙を僕らに見せて答える。
「そのコーラスとハモリなんだけどー、あたしだけじゃなくてーみんなにもやってもらおうかなって思うのよー」
「「それはおまえが、楽をしたいだけじゃないのか?」」
僕と金本は同じことを口にした。すると、響子が不機嫌そうな顔をする。
「ちがうよー! ほら、曲のコーラスって複数人が一緒になって歌うところもあるでしょー? 雰囲気を際立たせるには、いいかなーって」
たしかに、コーラスを歌う人数が多ければ、それだけ曲の雰囲気は良くなるしバンドの演奏も盛り上がる。
より原曲を再現するならば、響子のアイディアは正しい。
しかし、僕と金本はそこで疑問を持った。
「おまえはともかく、他のみんなは楽器を弾きながら、コーラスができるのか?」
楽器を弾きながら歌うのは、そこそこ難しい。芹沢さんたちにそれができるのかが問題だ。
「ふっふっふ! そう言われると思って、さっきみんなで集まって軽く練習をしたのでーす!」
得意げに話す響子はみんなを呼び、横に並ぶ。
「とりあえず、今回はコーラスだけでも聴いてごらんなさーい!」
「おっ、おおう……」
僕は響子の勢いにおどろきながらそう口にすると、原曲に音が聴こえてくる。
「はい! せーの!」
「「「ふにゃああああぁ!」」」
響子の掛け声の後、三人は大きな声で歌い出した。その声は、バラバラで誰一人もタイミングが合っていない。
さならが、悲鳴のようなコーラスに僕と金本は言葉を失った。




