第六十七話「おいおい、まさかここでボーカル変更はあるまいな?」
さっそく、曲のギターとコーラスを覚えるわけだが、いきなりつまずく。
というのも、イントロのコード進行は把握ができるけれど、なかなか弾きにくい。そこに、コーラスが頭からあるわけで頭が混乱する。
「このコーラスを歌いながら、ギターをこう弾くのか?」
僕は原曲を聴きながら、見よう見まねでやってみるもなにか違う。
――ジャララーン!
ギターは上機嫌に良い音を出してくれるものの、歌うコーラスが変だ。
普段より同時進行ができない歯がゆさに、僕は頭を悩ませている。
「この曲はメインボーカルもそうだけど、コーラスも難しいのよねー。キョウちゃん、全部のやつをこなせそう?」
「……正直、無理じゃね? と思ってしまうくらい、厳しいなあ」
横で歌詞をスマホで見ている響子が、そう僕に尋ねてくる。曲を聴きながら、僕は頭をかきながら答えた。
メインボーカルを担当する響子はまだ簡単だろうけど、コーラスをやる僕にとっては覚えるところが多すぎる。
「出だしから特徴的なコーラス。その後は息をつく暇もなく、おまえに合わせてハモらないとだし」
「やってることは、今まで同じだけどー。この曲は他とは違ったコーラスだからねえー、それはわかるわー」
「おまえ……メインだけを歌えて気楽だなあ」
僕がぼそっと口にすると、響子は不機嫌そうな顔で反論をする。
「なにを言っているのさー! あたしだって、苦労をしているんだよー。そんな、イージーな歌ではないんだからね!」
「あっ、ああ……悪かったよ。そんなに怒るなよ」
なぜかピリピリとしている様子な響子に、僕はおどおどしながら謝った。
とにかく、コーラスとハモリは頭の中にたたきこむしかない。僕は一度ギターを止め、イヤホンから流れてくる曲を集中して聴くことにする。
「ねえ、瑠偉。ここって、ダダダダン! みたいな感じでやったほうがいいの?」
「ドラムは原曲の通りにたたけばいいと思うから、そこはダダンってしたほうがいいかな? それなら、ベースラインも入りやすいしさ」
瑠偉と瑠奈はお互いのパートに対する意見を言い合いながら、弾いたりたたいたりをしているようだ。
曲を聴きながら、二人を見た後に芹沢さんのほうを向く。
芹沢さんはギターを膝に置きながら、曲を聴いて弾いている。以前のような困った様子はなく、なにかをつかんだように左手を動かしていた。
――すごい。もうコードがわかるのか、自分で考えて試しながら弾いているなあ。
芹沢さんの成長は、まだまだ伸びそうな気がするなと僕は思う。
「芹沢さんや。そこは小刻みに弦をはじくのではなく、ジャララーンと一気に弾くと良いぞ?」
「え? けど、聴いた感じだと小刻みに弾いているようですけど」
「そこはメインのギターと音が重なっているからねえ。間違えやすいのだよ」
金本がいるのはわかるのだけれど、やたらと芹沢さんに絡むようにギターを教えている。
その顔はなんとも腹立つ顔をして、どうにかしてなぐってやりたい。
僕は少しイライラしながら、黙って曲を聴く。
「ぐへへ……どれ、そこはだねえ」
金本の気持ち悪い声がイヤホンをしても聞こえる。僕は芹沢さんに良からぬことをするのではないかとイヤホンを外し、大きな声で怒鳴ろうとする。
「この……!」
「ああああああ!」
僕が声を出そうと同時に、響子が大きな絶叫を上げる。その声にみんなはびっくりして、目線を響子に向けた。
「どうしたの? 響子ちゃん」
芹沢さんが響子に駆け寄り、そう尋ねる。金本からとりあえず離れたことに、僕はホッとした。
「それがさー! この曲を歌うボーカルに寄せて軽く歌ってみたんだけど、あたしにはキーが低すぎるのよー」
「なにを言ってんだ、おまえは。同じ女性のボーカルなんだから、歌える範囲内だろう?」
「キョウちゃんはわかっていないね! あたしはこう見えて、高音の声を出して歌うほうが大得意なのよー! 今までやってきた曲はみんな声が高かったでしょー」
僕の言葉に、響子はそう答える。たしかに、これまでバンドでやった原曲たちはキーが高い人の歌ばかりだった気がする。
言われてみれば、このボーカルは女性にしては低いキーで歌っていた。だから、歌がかっこよく聴こえるわけだ。
「まあ、馬場さんの言うことはわかるぞい! 君には、歌いにくい曲だろうと僕も思っていたのだ」
「金ちゃん! それをわかってあたしに歌わせようと選んだなあああー!」
響子は金本の胸倉をつかみながら、グワングワンと首を振るう。
けれど、バンドのメインボーカルは響子が担う。やるからには、そこは彼女がどうにかするかない。
そう考えていると、瑠偉が思いがけないことを口にする。
「岩崎先輩がメインを歌うっていうのはどうです? 先輩の歌を聴いた感じだと、この曲に声が合いそうですけど」
「いやいや、待て。僕はコーラスとハモリを担当するんだぞ? それに、僕がメインボーカルをやれるほど、歌はうまくないんだよ」
これは、過去の経験でそう僕は話す。
金本たちとバンドをしていた時は、ほとんどのギャルゲーソングは僕の歌声に合わない。歌の下手さもあって、メインボーカルがやらずにいた。
僕の強みはコーラスやハモリであり、それを中心にした構成でやってきたのである。
メインボーカルを横に置き、コーラスを目立たせることにより他のバンドと違った感じで、これまで多くのライブを成功させてきたのだった。
「だから、それを変えずにバンドをやったほうがいい」
僕はそう瑠偉に話すも、どこか納得をしていない様子。
それを聞いて、金本はなにかを考えている。
「仮に僕がメインボーカルをやったら、響子がコーラスとハモリをやるんだぞ? 絶対に変な感じになるだろう」
「それはそうだけどー、なんか嫌な言い方だねー」
「ここは響子がボーカルのキーを合わせて歌うしかない! 低く歌ってみろよ」
そう説得をして歌わせてみるが、響子が歌うと、実に不安定な歌声を出している。
「うん! あたしには無理だね! さっきも言ったけど、まったくもってイージーじゃないわー」
「おいおい! そこは頑張れよ。おまえがメインボーカルなんだぞ?」
「そうは言ってもさー! 下手に歌ってイベンドで敗退したら、それは嫌じゃーん」
どんなに曲を熟知していても、いざ歌うとなるとまったく別物。ここにきて、新たな問題が発生。
かと思いきや、考えていた金本が目を見開き、僕を見てさけぶ。
「岩崎君! ここは君がメインボーカルをやってみたまえ! 僕にいい考えがある」
「ええええ……」
いきなりそう提案された僕は、難色を示す。
「まあ、そう嫌な顔をするでない。とりあえず、君がメインボーカルのパートを歌ってみたまえ」
金本が僕にマイクを手渡して、歌うようにうながす。
いまさら、歌ったところで僕の歌がひどいものになるのは変わらないだろうに。
「もし歌ってダメだったら、響子に無理やりやらせるか、他の人にメインボーカルをやらせてくださいよね!」
「わかったわかった。そこは考えるから、ひとまず歌ってみなさい。オケが原曲のオフボーカルを流す」
僕は金本にそう話して、マイクを握る。
そして、スピーカーから歌がない原曲が流れ始める。
――僕がメインのパートを歌うのも、なんか久しぶりだな。
かつてはバンドでギターボーカルをやろうと思ったこともあったが、それは過去のこと。
懐かしさを感じながらも、僕はオケに合わせて歌い出す。
そして、その瞬間。部室にいるみんなの雰囲気が変わったような気がした。




