第六十四話「そのギタリストは、まだ果てぬ想いがあるのか」
かつて、僕らの住む都市にすごい才能を持ったバンドがいた。
出演をするライブでは満員。どのライブハウスでも、その演奏に観客は熱狂をしていた。
「まあ、よくある話ですよね。そんなバンドなんか、ゴロゴロといますし」
話す店員さんに、僕は冷静な態度でそう口にする。どこでも聞くバンドストーリーであるから。
「いやいや、お客さん。そこら辺のバンドと一緒にしてもらっては困りますよ! 他とはまったく違うんですから」
「え……けど、それでもメジャーデビューができなかったバンドでしょう?」
「岩崎君、君はさりげなくひどいことを言うね」
横で話を聞いていた和田が苦笑いを浮かべている。そして、店員さんは話をつづけた。
「まあ、音楽事務所からはオファーがあったらしいんですが、とある出来事でなくなってしまったんですよ」
「「とある出来事?」」
なにか意味深なことを言う店員さんに、僕らは同時に声を出した。
「それはですね……このバンドのギタリストが亡くなったんです。人知れず、部屋で」
店員さんのショッキングな話に、僕らはおどろく。
「つまり、それって……」
僕はその後の言葉をにごす。部屋で知られずに亡くなっていたのなら、そういうことだからだ。
「メジャーデビュー寸前で、メンバーの一人がいなくなって悲しいですね」
芹沢さんは悲しそうな顔で、小さくつぶやく。
「そのギタリストが最後に出たライブが伝説的でね、コアなバンド通には今でも語られるくらいなんだ」
「へえ。そんなバンドが僕らの住むところにいたんですねえ」
「ということは、そのギタリストが持っていたギターが岩崎に渡ったということ?」
和田は話を聞いた中で、そう思いついたのか店員さんに尋ねる。
「いやあ、あくまで似ているってだけですけどね。私も、店長から話を聞いただけで実際には見たことがないので」
「そんな話を聞いた後だと、なんか……このギターを使いたくないな」
まるで怪談話を聞いたような気がして、僕は寒気がする。
このギターが、その亡くなったギタリストが使っていたのかは不確定。けれど、もしかしてそうだったら、これは特級呪物のようだ。
「まあ、せっかく修理したんですから思う存分に弾き倒してくださいよ!」
「はっ、はあ……」
他の業務があるのか、そう言って店員さんが去っていく。残った僕らは、しばらくなんともいえない雰囲気の中にいた。
「そっ……それにしても、芹沢さんのギターは今日もよく弾けているね」
「ありがとう。わたしも、イベントに向けて頑張らないとだから」
僕は話題を変えて芹沢さんに話す。彼女なりに、どうにか今よりギターをうまくなろうとする意気込みを感じた。
「芹沢さんは努力で上達するタイプだからね。さらに弾き込んでいけば、岩崎君よりギターがうまくなるよ」
「え? そうですかね」
「和田先輩! 僕だって、努力タイプですよ。毎日、コツコツと練習をしているんですから」
妙に芹沢さんを持ち上げる和田に、僕は対抗心を向き出すように答えた。
「あっ、ああ。そうだね……けど、モチベーションを上げるには使う機材を新しくするとか、ギターを変えることでも重要だね」
和田そう話して、僕のギターを見つめる。たしかに、こいつを試してからギターに対する意欲も上がった気がした。
「経緯はどうあれ、岩崎君はこの新しいギターを手に入れたんだから、ギターの性能に負けないくらい頑張ればいいのさ」
「そうですね。他の人と比べるくらいなら、もっとギターを弾けるようにやるしかないですよね」
変に納得してしまう僕は、手に持っているギターに目をやるとボリュームとトーンのノブがあるところに小さなスイッチがあるのに気が付く。
「なんだ? このスイッチは」
僕はスイッチをカチッと押すも、特にギターが変わった様子はない。
「本当だ。なんだろうね? ギターにスイッチがあるなんて初めて見た」
「これは電源を入れるスイッチなどでもないね。僕も、よくわからないな」
二人は僕と同じように、ボディにあるスイッチが何に使うかわからずにいた。いろいろと改造されているだろうと思っていたが、こんなギターは初めてだ。
――うーむ。用途不明のスイッチがなぜ付いているのだろう?
僕はその目的もわからず考えていると、なにやら派手な恰好をした人が近づいてくる。
「ほう。これはまた、面白いギターだ」
「……どちら様ですか?」
いきなり現れた人物に警戒しながら、僕はそう尋ねる。すると、答えるわけでもなくジッと僕の手にあるギターを見つめる。
「このスイッチは、コイルタップ用の切り替えるものさ。スイッチをオンにすると、ピックアップの一つがキャンセルされてシングルコイルの音が出せるってやつ」
「……つまり、どういうことです?」
「簡単に言うと、君のギターはレスポールタイプとストラトタイプの音を作り出せるってことさ。音楽の幅が広がって、いろんなジャンルに対応ができるかもね」
まさか、このギターにそんな機能がついていたとはますますおどろきだ。ということは、このギターで多くのギャルゲーソングを弾けるかもしれない。
しかし、このギターを見たいだけですぐにわかってしまうこの人は誰だろうか。風格からして、同じバンドマンか。
「あっ! いたいた、店長! なんで遅刻して来るんですか。あなたの店でしょうに」
「ああ。昨日、飲んで酔いつぶれて二日酔いだったのさ。悪い悪い」
すると、先ほどの店員さんが目の前の人に向かってそう声をかける。
――え? この人が、楽器店の店長なのか。まったく、そうは見えない。
まったく楽器屋の人と思えぬような姿に僕はおどろく。
「しかし、まさかそのギターが出てきたなんておどろきだ」
「え? もしかして、このギターを持っていた人を知っているんですか?」
「ん? ああ、昔の知り合いがバンドでギターを弾いていた時に使っていた一本だよ。その独特な改造されたギターで、他とは違うから覚えているよ」
「まっ、まさか……それって、さっき話していたバンドの人では?」
「いやいや、そんな偶然はそう起きないですよ」
僕と和田はまさかと思いつつ小声でそう話していると、次の店長が発する言葉に耳を疑った。
「まあ、もうそいつはこの世にいないからなあ。いいギタリストだっただけに、残念だよ」
店員さんが言っていたことと、この人が話すギタリストはどうにも同じ人物だと僕は確信してしまう。
「結構、ギターにこだわっていたやつだったからね。念でもこもっていそうだな! はっはっは」
豪快に笑いながら、店長さんはスタッフルームに消えていく。
「ははは……岩崎君のところにやって来たギターは、その亡くなったギタリストのもので間違いないね」
和田はそう口にして、ほんの少し距離を取る。それはまるで、なにかから逃げるように。
「けっ、けど。そんなすごいギタリストが使っていたなら、きっとすごいギターなのもわかる気がするね」
芹沢さんはフォローをするかのように僕に話すも、それがかえって不気味さを表す。
「ははは……死んだギタリストが使っていたギターか。もう、呪物にしか思えなくなったよ」
僕は皮肉るように吐露する。
この世を去ったギタリストの話を聞いただけで気が重いのに、まさかその人が使っていたギターが僕の元にやってきた。
それは、運命なのか呪いなのかは僕にはわからない。ただ、ものすごくモヤモヤが心に残る。




