第六十二話「買えぬ岩崎の手には、あのギターケースが」
欲しいものが手に入らなかった時、人はどれくらいのショックを受けるのだろう。
「見ろ! 岩崎君の頭が、床とキッスをしているぞ」
「かっ、金本……さすがに、そのジョークは笑えないよう」
僕が崩れ落ちている姿を見ながら、金本がそう話すと岡山が答えている。
けれど、二人の声は僕には聞こえずに黙って床にひれ伏していた。
――まさか……売り切れていたなんて。そんなことはあるのか。
あんなにバイトを頑張ってお金を手に入れ、この日にギターを買えるとばかり思っていたのに、こんな結末になるとは。
「いやあ……ごめんねえ。しばらくは取り置きをしていたけど、気前がいいサラリーマンのお客さんが大量に商品を買ってくれて、そのギターも欲しいって言うから……つい」
「きええええい! ちょっと、薄情じゃないですかね? 岩崎君はそのギターを買うために、バイトを頑張ったんだ」
申し訳がなさそうに謝りながら話す店員さんに、金本は食ってかかる。僕は、金本を止めて店員さんに謝った。
「まあ、買われてしまったのは仕方のないことですよ。ははは……運がなかったんです」
「代わりのギターはたくさんあるよ! お客さんには申し訳がないから、特別な割引もしちゃいます!」
僕に気をつかってか、店員さんはそう話しながらギターをいろいろと見せてくれる。
けれど、どのギターもいい物であるが買いたかったギターに比べるとどうにもしっくりこない。
「はあ……」
「いっ、岩崎君。大丈夫? あまり気を落とさないようにね」
先に買い物を済ませた岡山は、ため息をつく僕を元気づけるような言葉をかけてくれた。
結局、楽器屋に来たものの僕はギターを買うことなく、店を後にする。気分を変えるために喫茶店に入ったが、僕はまだ買えなかったことを引きずっていた。
「辛気臭いぞ、岩崎君! もう忘れてしまいたまえ」
「そっ、そんな言い方はないだろう? ギターを新しくしなきゃ、今後のライブで支障をきたすかもなんだからさ」
「ギターなど、弦がくっついていればいいではないか! 壊れていないギターなら、なんでもいいだろう? ならば、金本様のギターを貸してやるぞい」
「そっ、そういうことではないと思うけどなあ」
「はあ……」
金本と岡山が話している中、僕はもう一度ため息をついた後に口を開く。
「たしかに、金本先輩の言う通りですね。買えなかったことをいつまでもグチグチと気にしていてもキリがないですし」
「おお! そうだとも、岩崎君。まあ、今日はこの金本様がおごってやろうではないか! さあ、好きなメニューを頼みたまえ」
金本が店のメニューを僕に渡し、そう答える。
僕は気分を変えるために、金本の好意に甘えてとりあえず食べたいものをかたっぱしから頼む。
「……これは、少し多すぎじゃないかね?」
「大丈夫ですよ。そのために岡山先輩がいるでしょう?」
「あっ、歩いたらお腹も減るからね。いただきまーす」
運ばれたたくさんの食べ物を前に、僕らは話しながら手を付けていく。そのほとんどが、岡山の胃袋へ入ることだろう。
しばらく飲み食いをしながら話していると、金本が今後について話始める。
「とりあえず、ギターはどうするのかね? さっきも言ったが、僕のギターを貸そうか?」
「いやあ、金本先輩のギターは僕には扱えないですよ。人の使っているギターって、どうにもしっくりこなくて」
「うーむ……そうか。となると、別の楽器屋で同じギターを探すのかね?」
「そうですねえ。それが、確実に手に入れる方法かなあ? あればいいんですけど」
「けっ、けど。最近になって発売されたギターじゃないから、他の店に在庫があるかはわからないよね」
「うっ、たしかに……」
岡山が言うように、都合よく同じギターが売っているとは限らない。僕は、スマホを取り出して近場にある楽器屋のホームページから、在庫確認をする。
けれど、どの店も探せど欲しかったギターはなく、あったと思ったらソウルドアウト。
「はああああー! やっぱりない……」
そんな都合のいいことは起きないし、僕はつい変な声を上げてしまう。
「ここは和田先輩に相談して、使っていたギターを完全に修理に出そうかなあ」
「そっ、それはいいアイデアだけど。オールリペアって、かなりの金額じゃない?」
「うむ! 和田がギターを修理に出したのを見たことあるが、たしか数十万円だったな!」
「あの、金持ちの坊ちゃんめ」
金本の話を聞いて、僕は和田が上級国民のような存在に多少のいら立ちを感じる。僕にそんな大金はなく、稼いだバイト代だけでは無理なことに気づかされる。
「よりギャルゲーソングを演奏するためにギターを考えることは良い心がけだな。だが、無意味だ」
「すげえ、古いネタですね……」
「ニッ、ニーサン」
金本の寒いネタに顔を引きつつ、僕はギターをどうするか本気で考える。
「もう、なんでもいいから真新しいギターを買ってしまおうかな」
無駄な時間をかけるとバンドの練習にも支障が出るだろうし、ここは妥協をして似たギターを買おうと思う。すると、岡山が思い出したように口にする。
「うっ、うちにあるあの開かずのギターケースはどうなのかな? もしかしたら、中にギターが入っているかも」
「ああ! そうだな、岩崎君よ! 岡山の家にあるギターをもらってしまいなさい」
「うっ、うん。どうせ誰も使えないし、家にあっても邪魔なだけだからね。お父さんに話してみるよ」
「え? いやいや、もらうだなんて悪いですよ……」
岡山の話に、僕は申し訳なさそうに答えた。それに、ギターは高価なものだしタダほど怖いものはない。
「そうは言いつつ、実は中のギターが気になり弾いてみたい岩崎であった」
金本は語り部のように、僕の心を読むようなことをしゃべる。
「なにを勝手に言うんですか……金本先輩」
「いやあ! 実際はそうであるに違いないと思ってだなあ」
「まあ、嘘ではないですけど」
「じゃあ、決まりだな! ほら、岡山。さっそく、親父さんに電話をしたまえ」
「わっ、わかったよう」
岡山は金本にせかされながら、電話をかけ始めた。
――数日後。
僕の手元には、岡山の家にあったギターケースがある。ほこりとサビだらけの物。岡山のお父さんは二言返事でオーケーをだし、すぐにこちらに届けさせた。
タダでもらうのも申し訳がないので、バイト代のすべてを手渡した。
実質、買い取ったわけだけれど、これをどう開けようか。錠が壊れているため、無理にこじ開けると中身まで壊れてしまう。
「さあ! 岩崎君、さっそく開けようじゃないか! 任せてたまえ、ハンマーと電動ドリルを持参したぞい」
「いや……金本先輩、いきなり自宅まで押しかけないでくださいよ」
「細かいことはいいんだよ! では、開封の儀」
「わわ! 勝手に開けようとしないでくださいよ」
僕の静止を振り切り、金本はギターケースに向かって電動ドリルを押し付ける。
――ウィィィン!
ドリルが響き、ケースの穴が開く。そして、パカッという音が聞こえてホタテのように勢いよく開く。
ギターケースの中には、やはりギターが入っていた。
そのギターが僕にとって、運命のギターになるとは思いもしなかった。




