第六十一話「労働とやりがいと……誘惑の古びたギターケース」
どこを向いても、木ばかり。どれくらいの広さなのだろうか。
僕は岡山に果物を収穫するためのやり方を教わると、すぐに収穫し始める。
「んしょ……んしょ」
一つずつ、慎重に取ってはカゴの中に入れていく。けれど、ものすごく遅い。
「へーい! 岩崎君、そんなんじゃあ今日中に終わらないぞ? ささって取るんだよ!」
――シュパパパパ!
金本は素早い手つきで、果物を取ってはカゴの中に入れる。僕の数倍は入っていた。
「……あの人、なんであんなに手際がいいんだ」
「かっ、金本はお金が必要な時はいつもここでバイトをしていたからね。もう慣れているんだよ」
「はっ……はあ。それにしても、岡山先輩の実家が農家だとは知りませんでしたよ」
「かっ、母さんのほうね。この時期は、いつも手伝われるんだけど人が足らないんだ」
そう話しながら、岡山もテキパキと作業をしている。
「それにしても、この量を収穫するのは苦労しそうだな」
「いっ、今のシーズンは梨とかブドウが中心だからね。他に野菜とかも、手伝ってもううことになるよ? 今日の分は頑張ってね」
「げえええええ……」
朝からのバイトで、一日のほとんどが収穫の手伝い。果物だけでなく、野菜もあると考えたらげんなりしてきた。
「こらあああ、岩崎君! そんなでは、ギターを買う資金を得ることはできないぞ。やる気を見せたまえぇぇ!」
金本は僕に向かって、そんなふうにさけぶ。
たしかに、バイトをやる目的はギターを買うことだ。ここで、弱音など吐くわけにはいかない。
そう発破をかけられた僕は、気持ちを切り替えて収穫を再開する。すべては、ギターを買うために。
僕は一心不乱に作業に取りかかった。
最初は手こずっていた収穫も、数をこなすうちにうまくできるようになっていく。
――お金を稼ぐって大変だな。けど、こういう仕事も楽しいかも。
もぎ取った果物などが、きれいに出荷用の入れ物の中に詰められる。その数におどろきつつも、これがお店に並ぶと思うと妙にうれしい気持ちになる。
僕が取った物が、知らない誰かの手に渡るのだから。
「よーし! 今日はここまでだな。みんな、ご苦労様。また明日の頼むね」
気がつけば、もう夕方になっていて今日のバイトが終わる。
「はあはあ……久しぶりのバイトだから、かなり疲れたなあ」
「金本先輩。バイトもいいですけど受験勉強は……」
「きええええ! そんな話は聞きたくなーい!」
タオルで顔を隠す金本は、疲れたようにそうさけぶ。僕も同じように疲れ果て、地面に倒れ込む。
「みっ、みんな。夕ご飯ができるから食べていきなさいってさ」
しばらく休んでいると、岡山がそう僕らに話しかけてくる。
――ぐうぅぅぅ。
夕飯の話をされた僕と金本のお腹が大きく鳴った。そして、僕らは同じことを口にする。
「「ゴチになりまーす!」」
勢いよく飛び上がり、僕らは岡山のほうへかけて行った。
そのまま岡山家で夕飯を食べさせてもらうことになり、僕は大きな部屋へと通される。
テーブルにたくさんの食品が並び、僕らはそれをほおばる。
「ところで、君はなぜバイトを始めようとしたんだ?」
そう尋ねて来たのは岡山のお父さんだ。僕は口に入っている食べ物を飲み込んだ後、話す。
「それはもちろん、ギターを買うためです!」
「ほう、そういえば君らは学校でバンドを組んでいるんだってな。うちの息子がやかましいドラムを叩いていると思ったら、ライブをやっていたとはなあ」
「岡山先輩のドラムはすごいんですよ! 体に似合わず、迫力のある音を叩きますし」
「そうですよ、おじさん! こいつ、こんな太いのに激しく動くんですよ! 太いのに」
「みっ、みんな……ひどいなあ」
そんな岡山は、誰よりもたくさん食べながら口にする。
しばらくみんなで食べながら話していると、岡山のお父さんが思い出したように話す。
「ギターの話で思い出したが、そういえば家にもギターがあったな」
「へえ、ということはおじさんも楽器をしていたんですか?」
「いやあ? 家族で楽器をやっているのは、こいつだけでわしらはしてないな」
「それは不思議なことですね……誰もしていないのに、ギターがあるなんて。岡山先輩は知ってました?」
岡山に尋ねると、彼も初耳なのか首を横にふる。
農家に眠る、謎のギター。僕は、それがどういうものか興味がわく。
「あの、よければそのギターを見せてくれませんか?」
「ああ、構わんよ。ちょっと待ってなさい」
岡山のお父さんは立ち上がって、どこかに去っていく。そして、すぐに戻ってきたと思ったら手には黒いハードケースがあった。
やたら分厚く、いかにも中の物を守っているようなケースだ。
「うわあ! ほこりがすごいですねぇ、こりゃあ年季の入ったものだな」
「金本先輩は気にならないんですか? あのギターケース」
「んにゃ、まったく! 僕はギャルゲーにしか強い興味はない。ギターなど、なんでもいいのだよ」
金本は気にかけることなく、また目の前の食事にありつく。
「けっ、けど。本当に、こんなギターケースがあったなんて知らなかったなあ。誰のだろう」
「んんー! わしもだ。まあ、親戚かバイトに来たことのある人が置いていったものだろう。大きいから、場所を取って邪魔なんだよ」
長年放置されたであろうギターケースはほこりまみれで、サビなども目立っている。
「あの、中身を開けてもいいですか?」
「ん? ああ、構わんよ」
ギターケースを渡された僕は、床に置いてまじまじと見る。
――本当に何年もほったらかしにされている感じだな。
そう思いながら、ケースの中にはどんなギターが眠っているのか気になり、僕はパッチン錠に手をかけた。
「あれ? 開かないぞ、なんで?」
僕が何度も、カチャカチャと動かしてもまったく開く気配がない。
「ああ、これはサビついて錠が壊れているかもな! どれどれ」
岡山のお父さんが代わって開けようとするも、結果は同じだった。
「ははは! 岩崎君、あきらめたまえ。そんなボロいケースに入っているんだし、中のギターも状態が最悪だろう。もしかして、もらおうと欲が出たかね?」
「ちっ、違いますよ! ただ、中のギターが見たかっただけです」
金本は僕を茶化すが、僕は必死にそれを否定をする。本当に、ギターが気になっただけである。
「まあ、新しいギターを買う君には関係のないことさ。さあ、明日のバイトを頑張るために、食うべし!」
結局、ギターを見ることは叶わず、金本の言う通りにする。晩御飯をごちそうになった僕らは、そのまま帰宅し明日のバイトに備えることとなった。
それから、数週間が過ぎてついに念願の給料をもらえるバイト最終日。
「今日まで、ありがとうね。はい、バイト代」
「ありがとうございます!」
僕は給料が入った茶封筒を受け取り、中身を見る。そこには、札束がぎっしりと入っていた。
「よーし! これだけあれば、あのギターを買いに行けるぞぉ!」
「ほうほう。では、さっそく楽器屋へと向かうとしようか」
「ぼっ、僕も今日は着いていくね。新しいドラム用品を買いたいし」
僕は岡山のお父さんへ、何度も頭を下げてお礼を言った後に金本たちと楽器屋へ向かうことにした。
「岩崎君。お金は足りているのかい?」
「もちろんですよ! 一応、手持ちのお金もありますから」
僕は意気揚々としながら、楽器屋へ入って店員さんを呼ぶ。
「すみませーん! 前に来た岩崎ですけど、取り置きをしておいたギターはありますか?」
「あっ、いらっしゃい……あー、えっとですねえ」
僕がそう尋ねると、店員さんはなんだか気まずそうにしていた。
「ん? どうかしたんです?」
僕がそう店員さんに尋ね返すと、向こうから金本の声が聞こえる。
「おーい、岩崎君」
「なんですか、金本先輩。これから、ギターを買おうとしているのに」
呼ばれた僕は金本に近づきそう答えると、金本は指を指している。
「これじゃない? 君が言ってたギター」
そう言われて、振り向くとそこにはギタースタンドだけが立っている。さらに、そこには小さな用紙が張り付いていた。
――ソールドアウト。
大きく英語で書かれいる文字に僕は、衝撃が走る。
「……売り切れぇ?」
買いたかったギターがなくなっており、完売。僕は、その場で足が崩れ落ちた。




