第百九十八話「イベント開幕! トップバッターは滝沢エマ!」
ステージに上がった僕は、下の方でイベントを待っていた観客を見る。
予定していた人数よりは、はるかに少ない。人がたくさん来たと思っていても、いざステージから見るとそれほどではないと感じてしまう。
「えー、今回のイベントについてなんですが……」
演奏を始める前に、僕は観客に向けてイベントの趣旨について説明を始める。
そんなことをする必要があるのかと言われてしまうだろうけど、ギャルゲーソングの良さを広めたい僕らにとってはまさに通過儀礼のようなものだ。
シーンと静まり返る会場。
この雰囲気にも、もはや慣れている。
無料の音楽イベントかつ、学生によるものとなるとギャルゲーソングというジャンルは一般的には受け入れにくいだろう。
仙道や滝沢さんなどの本格的なバンドを加えても、盛り上がりには欠けてしまう。
だが、観客はまだ僕らの演奏を聴いていない。
――これから、その考えを変えてやるさ。
そう思いながら、淡々と話していく僕。だが、その後僕の長話にしびれを切らした仙道が僕からマイクを奪う。
「んなことより! 今日は盛り上げていくんでヨロシクー!」
そうシンプルな一言をマイクでさけぶと、観客がいるほうから歓声が上がる。
これが仙道の率いるバンドの盛り上げ方。それに応える観客の歓声は、まさにライブハウスの雰囲気そのものだ。
「さすが仙道だな……一気に音楽イベントのノリにさせやがった」
「まあ、岩崎君の説明口調が悪いのだろうけど。このまま彼らに勝ち逃げされるようなイベントにならないようにしよう」
「そーそー! これじゃあ、誰のために開催されたイベントなのーって感じじゃん?」
「そっ、そうだな……」
荒木や響子たちにそう横で言われてしまう僕であるが、まさにその通りだ。
すでに場の雰囲気は仙道たちに支配されているようなもの。場数をこなしてきたバンドだからこそだろうけど、まだライブはスタートしていない。
ここからが僕らのステージだくらいの意思がなければ、ギャルゲーソングの良さを広めることもできない。
そして、一番手である滝沢さんを残し僕らはステージから一旦離れる。
イベントのトップバッターを務める滝沢エマ。
彼女は一人で曲を披露するのだが、ここにいる全員がどんなパフォーマンスをやるのかを知らない。
リハの時は単なる音出しと、曲のわずかなフレーズしか聴いていないのだ。その短いフレーズを聴いた時、誰もが息をのんだ。
以前に一緒にやった時よりも、歌もギターの実力が格段に上がっていたからだ。
あれからたくさんのライブに出ただろうと思っていたが、それだけの実力をリハで見せつけてくれている。
そんな滝沢エマのライブがこれから始まろうとしていた。
「どんなオリジナルを聴かせてくれるのだろうか……それに、彼女の弾くギャルゲーソングも」
「ああいうタイプのギャルゲーソングを歌う歌手はいるけども……さてどうギャルゲーソングを表現するのか」
「ギャルゲーを知らぬ女の子って、斬新だなあ」
「そういえば、先輩たちって滝沢さんの演奏ってまだ聴いたことないんですよね?」
芹沢さんが和田たちにそんな風に尋ねると、彼らは無言でうなずく。たしかに、和田たちは彼女のライブを見てはいない。
だからこそなのか、和田たちは興味深々で滝沢さんのいるステージをじっと見つめている。
「みなさん、こんにちは! わたしは滝沢と言いまして……」
すると、曲を始める前に観客に向かって軽くあいさつをし始める滝沢さん。彼女なりのMCなのか、柔らかい口調であれこれマイクで話していった。
「まずはわたしのオリジナルからやりますので、ぜひ聴いてください」
――ぱちぱち。
彼女のファンなのだろうか、大きな拍手が聴こえる。それに釣られるように会場全体から小さな拍手も次第に重なっていく。
そして拍手の音が聴こえる中、滝沢さんのパフォーマンスが始まる。
――ジャララーン!
アコースティックギターの枯れた音が、アンプから鳴ってイントロが聴こえる。
「おおぅ……」
僕は曲のイントロを聴いて思わずうなってしまう。
おそらく新曲だろう。今まで聴いたことのないイントロのギターラインが実に印象深い。一音弾いただけで、一瞬で雰囲気を変えていく。
それは僕らだけでなく、観客の反応も変えていった。
音楽イベントにありがちな、どんな音楽をやるかを待つ人特有の空気感。
ちらりと観客のほうをのぞくと、スマホをいじる人もいれば雑談をする人もいる。けれど彼女がギターを弾いた途端、それがピタリと止まる。
滝沢エマというアーティストの雰囲気に僕らは魅入られるように。
「すごいね。まだ始まったばかりなのに、観客の目線が釘付けになっているね」
「あれが、滝沢エマです。あの人の音楽は、どんな人に向けて演奏しても一瞬で夢中にさせることができるんですよ」
「だろうね。ギャルゲーソングを歌うアーティストだったら、即効で名が知れ渡るレベルさ」
和田はそう冷静に答えるけれど、視線はずっと滝沢さんに向いている。もちろん、荒木や岡山も。
それだけでなく、芹沢さんたちも黙って曲を聴いている。
イベントのトップバッターにして、すでに頂点に立っているような感じになっていることに僕は複雑な心境になっていく。
一曲目から観客の心をつかみ、その次の曲でも観客はさらに盛り上がっていった。
そして、三曲目。
「ラストの曲なんですが、このイベントの目的であるギャルゲーソングというものを知ってほしくてですね……」
滝沢さんはギターを弾くのを止め、最後に歌う曲について観客に話す。
彼女なりのイベントへの配慮なのか、観客が困惑しないように言葉を選びながらギャルゲーソングについて説明しているようだ。
「ふむ。それなりにギャルゲーについて理解があるように話しているな」
「ええ。きちんとリスペクトしてくれているみたいですね……あれなら観客も、嫌悪感を抱かずに聴いてくれそうですね」
僕らは滝沢さんの話の内容を聞きながら、そう言葉を交わす。滝沢さんは話が終わると、ふたたびギターを構えて曲を弾こうとしている。
滝沢さんや仙道がこのイベントに参加するためにはギャルゲーソングを弾けと言ったけれど、具体的にどの曲をやるかまでは指定していない。
それぞれが調べて選んできたのだろう。彼女がどの曲を選び、どんなアレンジをして演奏をするのか。
僕はそれがとても気になっていただけに、観客のような気持ちで演奏が始まるのを見守る。
――ドッ! ドッ! ジャララーン! ジャッジャッジャーン!
滝沢さんはアコースティックギターのボディを手のひらでたたいてリズムを取った後にギターコードを鳴らす。
その音を聴いた瞬間。観客よりも先に僕らは大きく反応してしまう。それが、僕らも知る有名なギャルゲーの主題歌であるから。
「すごいな……あの曲をアコギ一本で弾き語るのか」
和田はそうおどろいたような顔で、言葉を口にする。
彼の言う通り、アコースティックギターだけで曲のイントロを弾けてしまう滝沢さんに僕らもおどろいてしまう。
そのまま歌のパートが入り、滝沢さんのボーカルがギターの音と重なった時。その実力に僕らはさらに驚愕してしまう。
ギャルゲーソングを演奏する僕らですら、脅威を感じる。滝沢エマの歌声が、会場いっぱいに響き渡っていくのだった。




