第17話:彼女と街歩き
通信を終えると、樹は魔接石を懐にしまって一息ついた。
肩に疲労感が伸し掛かる。
「大変だったね」
教会の脇道を歩いて大通りに出ると、見張り役を務めてくれたシフォンが同情のまなざしで迎えてくれた。
魔接石からの怒号が大きく響いていたのを、樹は思い出す。
「むっちゃ怒られた」
教会を出たところで、都市散策をする許可をショーンに求めたら案の定、怒鳴られた。勉強とは言いつくろってみたものの、遊んでいるのと変わらないのだから怒らないほうがおかしい。
「でも、許可が取れた」
「槍でも降るのかな」
「…降るかも」
最終的には許してくれたのが意外だった。魔接石越しに罵られたのも、今にしては許可が前提にあったからだろう。実際、鍛錬に入るには、都市の情報が足りないと樹が感じたのも事実で、この点についてはショーンと激しくやりあった。
「ということで、シフォン。案内よろしく」
「任されました♪」
カラパの街並みは、大まかに城外と城内に分かれている。
城外はカラパの人口増加に伴い、城内では収まりきらなくなった人々が、城外と川の間に住みついたのが始まり。自然発生したので、家屋が計画もなく乱雑に建てられているので、乱雑になっているのが特徴である。道は定規を当てずに直線を書いてみたようにゆがんでいて、幅も一定ではない。
外と中の接点になるので、このあたりは露店が中心の市場になっている。たえず人々で混雑し、売り手と買い手の交渉の声が響き渡るのがカラパの繁栄ぶりを物語っている。
「そういえば、気になったことがあったんだけど」
「なに?」
「剣皇教会のコンクリンさんだけど、人当たりは柔らかいだけど、目つきが妙に鋭かったんだ。なんでだろうと思って」
恨みも何も、初対面の相手に警戒される覚えはない。それとも実は得体の知れない化け物になっているのではないかと、樹は考えてしまったのだが答えはすごく単純だった。
「しかたがないよ。剣皇教の人には戦闘力を計る癖があるから」
「戦闘力?」
「こいつはどれくらい強いんだ? という目で初対面の人を観察するから、どうしても目つきが悪くなっちゃうんだ。コンクリンさんはいい人だから、あんまり気にしなくていいよ」
「剣皇教って」
「戦闘狂の集団」
剣皇教の人々は、誰であろうが敵に回ることを想定している訳で、そうなると目の前に立っている人物にどれほどの戦闘能力があるのかが重要になる。見方を誤れば即、死だからだ。たとえ、相手が子供であっても。
実害がなさそうなので、樹は気にしないことにした。
「ポラリスちゃんは、剣皇教会には連れて行かないほうがいいかも」
"なぜ"と聞きかける前に、理由に思い当たる。
「シフォンは、ポラリスをどう見る?」
「ズラトちゃんってかわいいよね~ 髪の毛サラサラで気持ちいいよね~」
「この髪フェチが」
「じゃなくて、正直分からない。感じる気配は子供だし、赤毛狼の時も苦戦した」
「でも、普通の女の子が自転車に変形しない」
「だから、剣皇教会の人たちなら、ポラリスちゃんのことも気づくと思う」
樹はショーンとのやり取りを思い出す。
味方につくことを望んだが、ショーンは身内までも破滅させる気かと拒絶していた。樹だけなら、すんなりと仲間になっていただろう。ズラトには特別な何かがある。
竜の耳や尻尾が生えていたり、自転車に変形するのだから、特別うんぬん言うのが間違っているのだが、ショーンの警戒ぶりを察するに、ズラトは世界が敵になるほどの恐ろしい存在なのだろう。
今更ながらに、ショーンの言葉が重く響く。
樹一人が破滅するなら、それでよかった。
シフェンやショーンは完全な善人とはいえないかもしれないが、正義の味方に成敗されるべき悪人でもない。樹のせいで2人やその家族が破滅したら、樹は一生、後悔続けるだろう。
それでも、決断は間違っていないと樹は断言できる。
「シフォンは、誰を信仰してる?」
「わたし」
自分だと言い切る人間とは付き合えそうだと樹は思ったが、話が終わってしまう。
この世界に住んでいる人たち、いや、少なくてもシフォンの宗教観がヘリウムのように軽いことだけはわかった。ご利益を与える神が死に絶えたのだから、軽いものにならざるおえない。
「宗教は剣皇教、聖帝教、賢者教とか色々あるんだけど、
この国では聖帝教が主流。なんといってもご先祖様だからね。でも、この国は各地を侵略しているから、ヴェストファーレン以外では評判が悪いんだ。逆に、剣皇教はどこでも人気があるね」
神というものが存在しない以上、どうしても祖先を崇める方向に行かざるおえないのだろう。
「神様を信じている人はいる?」
「いる事はいるけど、変態扱いされてる」
「変態かよ」
「神様を信じているというよりは、神様を復活させたがってる。そういう人たちって、現状に不満を持っているから、強引にでも変えさせてたがっている」
自分が間違っているのではなく、世界が間違っていると思う人々が大量にいるので、神様はこれらの人々の受け皿になるのだろう。
いずれにせよ、この世界は神を捨てた。
否定したといってもいい。
神を復活させようというのは、時計の針を逆行させる行為にしかならない。
「教会に入る前に語ったけれど、天使の欠片というものがあって、それさえあれば神が復活できるんだ」
これは伝説ではなく事実。そうでなければ剣皇が伝説になっていない。
「散らばったっていったけ。それが残っている?」
「残ってないと考える方が危険でしょ。天使が復活したら、大災害なんだから。剣皇教や聖帝教では欠片を見つけ次第、焼却するのが掟になっている」
この世界における天使とは、生けとし生ける者全てが滅ぶまで破壊をやめない存在。降臨したら、この地は地獄と化すだろう。
「面倒な話だね」
この世界が憎い、嫌い、滅ぼしたい。あるいはリセットすることでみじめな人生を書き換えたいというのであれば、天使は縋りつくのに絶好の存在だろう。
「シフォンはこの世界のこと。好き?」
「なんでそんなことを聞くの!?」
「否応なく、この世界で生きていくことになるから、楽に生きられるのかどうか知りたい」
アマゾンで購入候補の商品のレビューを読むような、軽い動機。
「――私はこの世界が、好きといえば好きかな」
樹としても、一昨日まで住んでいた世界を全面的に肯定できていたわけではない。
「うん。大好き♪」
シフォンは笑っていた。
「冒険者は気楽だし、アクィラ姉はきさくだし、シエラ姉の作る料理はおいしいし師匠は……まあ、あれだけど、その強さは尊敬できるし、とっても楽しい毎日だよ」
樹は気づかない。
後日、この質問をしたことを後悔することを。
ただ、この瞬間を記録したくなった。
「それって、なんなの?}
樹がスマホを取り出したのをシフォンがいぶかしむ。
「これはスマートフォン、通称スマホ。自分の世界で魔接石と同じように通信ができる道具なんだけど、ここでは使うことができない」
樹はスマホを立ち上がる。ほんの数秒でメニュー画面に移行する。
もちろん電波は捉えれないのが、それでも使い道はいくらでもある。
カメラのアプリを立ち上げると、画面全体がファインダーに変わる。
「なにするの!?」
樹はスマホのレンズを向けて、シフォンを撮影する。シャッター音がして撮影した結果がスマホに記録されると、そのサムネイルをクリックした。
「これはわたし!? どうして!?」
画面いっぱいに映る自分の姿に、シフォンは驚きを隠せない。
「前にも見せたと思うけど、これはカメラ。今見ている風景を……切り取って画像にする装置」
カメラを知らない存在に、概念を説明するのは難しい。
「すごい。見ているものを画像にしてくれるんだ。私の顔ってこんな感じなんだ。樹って、すっごく面白そうなところから来たんだね」
「誰だって、自分ん家よりも他人ん家のほうがすごいとは思うんだけど」
樹は、露店の中から突き出たようにそびえている剣皇教会を撮影する。アプリをカメラからギャラリーに切り替えると、剣皇の紋章がついた教会がデカデカとスクリーンに現れる。
抱いている想いを、理解できるように説明するのが難しい。
「残しておきたいんだ」
「残す?」
「オレがここにいたという記録。記憶だと曖昧だけど、写真に撮れば、確実に証拠として残る。誰もが忘れてしまったとしても、証を刻み込める。だから、残しておきたいし、シフォンという女の子がここにいたということも、ちゃんと脳裏に刻みこめる」
「私、ここにいるの?」
シフォンの様子がおかしくなった。
樹の目の前に存在しているにもかかわらず、自身の存在を疑っているのは、いささか危険な兆候のように見える。でも「単純に目の前にいる」とはいえない。
樹は、スマホのカメラでシフォンを撮影すると、スマホの画面を見せた。
「ほら、目の前にもいるし、ここにもいる。時間が流れても今のキミがここにいたということが記録できるし、忘れかけてはいても、この写真を見ればちゃんと思い出すことができる」
言ってて臭すぎると思った樹ではあったが、自己を振り返る余裕は消滅した。
「シフォン!?」
シフォンの大きな瞳から、波が滝のようにあふれだしていた。
「わたし……ここにいてもいいんだよね。ずっとずっとおぼえていてくれるんだよね」
何気ない言葉にシフォンが深く傷ついたのか分からない。ただし、やることは決まっている。
樹はシフォンを優しく抱きしめる。
「大丈夫。ちゃんと覚えている。シフォンがいなくなったら悲しいから」
「ほんと!?」
大きな胸が食い込み、頭からの甘い薫りが鼻腔をくすぐることに心臓がひときわ高く鼓動するが、今は幼女のように泣きじゃくる女の子を、これ以上悲しませないように抱きしめてあげるだけだった。
「…ごめん。恥ずかしいところ見せちゃった」
写真を撮ったら、大泣きされたのは初めてだった。
「なんのことかな?」
今まで明るい奴だと思っていたシフォンであったが、さきほどまでの姿を見たら評を変えざるおえない。とてつもない闇を抱えているのは明らかで、樹としてはどうにかしてあげたいところではあるのだけれど、安易に踏み込むのは危険だ。
「……ばか」
「で、シフォンの写真は撮ってもいい?」
「おっけーだよ。さっきのは泣きたいぐらいに嬉しかっただけなんだからね」
とてもそうには見えないのだが、本人が死にたいぐらいに恥ずかしがっているのが明白なので、傷口に塩を塗りこむような真似はできない。
「できれば、画像もらえると嬉しいんだけど」
「善処はする」
これが日本なら、いくらでもプリントできるのだが異世界なのでプリンターはない。魔接石を介すれば紙に印刷はできるが試行錯誤は必要だろう。
スマホのSDカード容量には余裕があるが、長期戦になることを考えれば、別媒体にファイルを保存する方法も探す必要もある。
「それじゃ、一枚撮ろうか」
「了解。うまく撮ってよね」
写真を撮ると2人は歩き始める。
今度は城の外から、門を通って城内へと入る。
城に初めて足を踏み入れるエリアだけあって、こちらも賑わいを見せている。ただし、城内ということもあって、露店中心の城外とは違って2階建て以上の建物が立ち並ぶ他、宿屋や酒場といった設備が立ち並ぶのも、この界隈ならではの事なのだろう。
野犬亭もこの界隈にあるが通り過ぎる。
立ち並ぶ建物や、張り巡らされた道路、行きかう人々を観察しながら、樹は思索する。
妙なことになった。
自転車旅行に来たつもりなのに、ヨーロッパのような街並みを美少女と一緒に歩いてるなんて想像もできなかった。
高校時代、なぜか同年代の女性と浮いた話はなかったのは、旅をするということに意識が向いていたからだった。
どこか遠くに行きたかった。
日常に不満を抱いているというわけではなかったが、ここではないどこかに行きたかった。
そのためにはお金がかかる。
旅の相棒になるプロ代や、旅費を稼ぐために高校時代の暇な時間が費やされた。
後悔しているのだろうか。
後悔はしているのだろう。バイトに明け暮れた時間で、他の誰かとも知りあえたかもしれなかった。
でも、バイトに明け暮れていたからこそ、異世界に行ってシフォンと知り合えたのだろうと樹は思う。
彼女こそ、今までどんな時間を過ごしてきたのだろう。
シフォンは圧倒的美人だから、男性なんて選り取りみどりなはずなのに、彼氏らしい存在がいないのは不可解といってもいい。
その一方で、写真を撮った時の反応を見た限りでは、深い闇を抱えているのは明らかだった。今に至るまで、どのような体験してきたのか気になるが、答えてはくれない。
今は、今という時間を楽しめばそれでいい。
「この辺りが、私たちにとっては一番重要かな。武器屋や魔道具屋などね」
冒険者にとって必需品が一通り手に入る場所ではある。
「どこに向かっているの?」
「まずは中央部の聖帝聖堂。カラパは聖堂と王城に行けば事足りるのかな」
観光都市としては、物足りないかも知れない。
感覚としてはドゥブロブニクの旧市街を歩いているようなものなのだが、ドゥブロブニクの旧市街は古い様式の建物が残っているからこそ珍重される訳であって、どこの都市もこんな風景なのだから目立つ訳がない。
ヨーロッパでいえば、あちこちに寺院があってポイントになるのだが、カラパでも同じなのだろうか。
ストップウォッチで時間を計っておけばよかったと樹は思った。都市一周にかかる時間をシフォンに聞いても答えられない可能性が高いからである。
「カラパってどんな都市?」
「旧シャケズ公国の首都だったんだけど、ヴェストファーレンに破壊された。だから、ヴェストファーレン様式とシャケズ様式が混ざっているのが特徴? 占領の時に破壊されたから下町がヴェストファーレン様式に変わっていて、山の手が残っているんだ」
様式の違いについて樹には分からないし、シフォンにも説明はできないだろう。いや、説明する必要がない。実際に行ってみて、比較すればいいだけの話だからだ。
樹はスマホを取り出して、街並みを適当に撮影する。
「カラパを語る上で重要なのは、コス王国との国境だということ」
「コス王国とは仲が悪いんだよね」
「むっちゃ悪い。ヴェイトファーレンは各地を征服してきたから、周辺各国には恨まれている」
「いつ戦争が起きてもおかしくない感じ?」
「そうだね。おかしくないし、実際に小競り合いがあったり、逆に裏工作をしているということもある」
すっごく楽しそうな環境で、樹としては胃が痛くなる。
「つまり、カラパは軍事拠点だということ?」
「そうそう。最大の都市だから軍団が駐屯しているんだ」
シフォンの説明で、樹にはカラパの背景が理解できた。
「聖帝教ってどんなの?」
「聖帝教というのは、剣皇様と共に魔王と天使から世界を救った、帝国初代陛下を崇める宗教で、帝国の国教。一番偉い人が皇帝だもん」
「祭政一致で最強じゃないか」
ある意味、最強ではある。
バチカンとか、本願寺がアメリカの権力を握っているといえば分かりやすい。
「文句を言ったらどうなる?」
問題なのは政府がどれだけ強圧的になっているかという事である。ちょっとした不平で、身体を細切れにされて博物館に飾られるというレベルであれば絶望する。
「そんなには厳しくないかな。剣皇様の教えをマイルドにした感じ?」
剣皇教が、言葉こそはアレだが日本人の宗教観を形にしたような感じなので樹は安心する。剣皇が日本人で、聖帝が語られるような名君だとするのなら、聖帝がより良い政治を行うために剣皇に聞いてみただろうと思われるからである。
「全てが、陛下の思うようにいっているという訳でもないんだけどね」
物事が理想通りに行くはずがない。
「イツキの国は、どんな感じで治められているの?」
「立憲民主制かな」
「りっけんみんしゅせい?」
「王はいるんだけど、象徴として君臨しているだけで統治はせず、国民が選挙で代表を選んで、代表があーだこーだと言いながら政治を行っていくという感じかな」
「素晴らしいじゃない」
シフォンが目を輝かせたのに、樹は驚いた。
「国は国王の持ち物ではなく、全ての人々の物って、とってもいいことじゃない」
皮肉でもなんでもなく、純粋に感動してしまっているのに樹は引く。異世界人に感動されるほど日本の政治がいいというわけではない。
「民主制にも欠点はあるよ。例えば独裁制では一人が全てを決めるから物事がスピードに進むけど、民主制では複数の人間が対立する意見を出して、その中から一つを選ぶから、決定の速度が遅いというのもあるけど、最大の問題は原因は国民がバカだと機能しないこと」
「バカだとどうなるの?」
「宣伝などに騙されて、バカを王に選んでしまう」
……間が空いた。
「バカを王に選ぶぐらいなら、優秀な人間に治めてもらうというのもあるかも」
君主制の問題は国民に選択権がないという点である。有能な国王の後継が有能より、無能のほうが圧倒的に多いのは歴史書を読めばわかる。
「帝国が一応は義務教育なのって……」
「そういうことなんだろうな」
民主制を完全に行うのなら教育が必要不可欠である。そうでないと特権階級が決めるものになってしまう。
「剣皇教って、要は聖帝教と一緒?」
樹の問いに、シフォンは考える。
「一緒かも。剣皇様と陛下は兄弟だから似通うのも当然だし、聖帝教の従神でもいいんだけど、従神にするにはあまりにも偉大すぎるんだよね」
ヒンドゥー教では、シヴェ神はヴィシュヌ神の子分、あるいは逆というのもやりそうだけど、従神とされる側からは反発されるに決まっている。
「違いは、聖帝教は帝国独自の宗教だから国外では反発されているのと、剣皇様は幅広く人気を集めているということ。あと、剣皇教では崇めるのは剣皇様お一人なんだけど、聖帝教では奥方や家臣たちも崇められているんだ」
聖帝の嫁や、組んだパーティ相手も神として崇められているのだろう。
「マゼンタ様も、どちらかといえば剣皇様寄りなのに、陛下の従神になっちゃってるし」
聞きなれない固有名詞が出てくるが、寺院につけばシフォンがきっちり説明してくれるのだろう。
会話をしているうちに、ひときわ巨大な建物が見えてくる。
剣皇教会よりも巨大で、しかも良くいえば豪華絢爛、悪く言えばゴデゴテと装飾が施されているので、場を圧するほどの存在感を放っている。
「ほら。あそこがカラパ大聖堂」
樹はスマホを取り出すと写真を何枚か撮る。
「シフォン。モデルになってくれない?」
「いいよー。かわいく撮ってよね」
大聖堂を背景にシフォンを撮る樹。
数分後に、地獄が待っていることをつゆ知らず。




