かつて神童と呼ばれしモブ その2
ある日、あいつは突然俺の前に現れた。
「ヤッホー!元気にしてた?」
なぜこいつがここにいる?これは夢か?
「無視しないでよね。せっかくこの私が貴方に会いに来たのよ。感謝しなさい。」
嬉しくないし、会いたくなかった。こいつは自分の婚約者の浮気相手の貴族の女に男をけしかけて拐わせて娼婦にまで身分を突き落としたし、未来予知の能力を悪用して多くの男から金を巻き上げ、挙げ句には金ぴかの宮殿を作ったりしていた。俺はこいつの愛人をしていたことがあるが、あれは黒歴史である。
「とっとと帰れ。ぶっ殺ろされる前にな。」
「あら、失礼しちゃうわね。愛玩動物の分際で私に楯突くのかしら?随分と良いご身分になったのね。」
クスクス
「それよりも何でお前がここにいる?お前の前世がこの世界だとしても、今のお前は異世界の住人だ。どうやってここに来た?」
「簡単なことよ。私はこれでも王子様の婚約者よ。王家秘蔵の召喚術式をパクってここに来たの。ホームシックとかいうやつかしら?貴方達のような異世界転移した人達を見ていたらどうしてもこの世界にもう一回だけ帰りたくなったの。悪いかしら?」
「あのな、この世界ではtype2の人間はかなりレアだし、捕まるとヤバイことになるぞ!薬漬けの肉便器ライフか監禁生活が始まるんだぞ!もっと危機感を持て!」
かっとなって怒鳴ってしまった。俺は何をしているんだろ。こんなことを言いたかった訳じゃない。
「あら、心配してくれるの?嬉しいわね。何だかんだで私のことが大好きだもんね。撫でてあげる。よしよし、いいこ、いいこ」
彼女はつま先立ちで俺の頭を撫でた。
正直に言おう。実は俺は彼女のことが好きだ。
素直に撫でられておく。自然と頬が緩んでしまう。
彼女はエリザベス・バノーリア公爵令嬢。身長154cm体重はピーである。彼女は金髪碧眼の天使のような少女で、年齢は13歳である。俺よりも若い。 こいつは婚約者の23歳の王子を初めとするイケメン達の逆ハーレムを形成しており、色んな男性から溺愛されている。それが恋愛感情なのかは不明だが、周りの男性は毎日のように彼女に贈り物を送っていた。
逆ハーレム要員の中でも俺は最年少の17だ。それ以外の奴は全員成人しており、最年長は50代の宰相である。
ロリコン集団として俺達逆ハーレム要員が世間から白い目で見られていたのは記憶に新しい。
「あら、泣いてるの?」
「え?」
気づいたら涙が頬を伝わっていた。
彼女とは数ヶ月ぶりの再開だ。俺は彼女に二度と会えないと思っていた。あの時は、自分の契約が切れることを彼女に隠していた。ずっと苦しかった。彼女は俺以外の男性に優しくするし、俺のことを恋愛対象として見てくれなかった。だから、自分から姿を消して諦めようとしていた。
でも、会えなくなってからの日々は灰色だった。
「貴方は本当にツンデレね。フフ、でも許してあげる。だって貴方の見せるデレは反則級に可愛いわよ!私が保障するわ!」
あれ?今度は悲しくて涙が零れてきた。やっぱこいつ嫌い。
「そんなことはどうでもいい。単刀直入に聞くが、お前は俺に何をして欲しい?」
俺の元に来たということは何か頼みがあるのだろう。俺は彼女の護衛として一時期彼女に言い寄っていたロリコンの屑を排除したことがある。今回やって来たのにも何かしら理由があるのだろう。
「凄いやる気満々ね。貴方の主人としてとても嬉しいわ。でも今回は単純にこの世界に遊びに来ただけよ。貴方の近況も知りたかったし、荷物持ちも欲しかったからね。私のエスコートをしてくれればそれで十分よ。」
「その程度の仕事なら俺は必要ないだろ。俺になんのメリットもない。」
無性に腹が立つ。いつもそうだ。彼女は俺にそこまで重要な仕事は任せない。俺は精々荷物持ちか雑用といった誰でもできる仕事しかやらせてくれない。理不尽だ。
「ぐれてるの?もしかしてご褒美にチューしてあげた方が良いかしら?」
「お前は貴族の令嬢だろ!婚約者がいるのに簡単にチューなんてしちゃダメだろ!もう分かったから俺が引き受ける。」
彼女はまだ幼いから良いが、男をなめ過ぎている。将来、彼女に本気になった男が彼女に襲いかかるのではないかと不安でしょうがない。だから俺は彼女がイケメン王子と無事に結婚するまで、影から守りたいと思う。
そのはずなのに、俺はさっきから随分と心が乱されている。悲しくなったり、嬉しくなったり、自分の感情がコントロールできない。なぜ彼女は俺に優しくするんだ?
彼女との出会いは最悪だ。元はと言えば彼女の悪評を聞いた俺が彼女に襲撃をかけたのがすべての始まりだった。
俺は彼女のことを殺そうとしたのだ。案の定、彼女が思いの外強くて返り討ちにあったが、その俺のことを彼女は許した。
そして、俺は虎視眈々と暗殺する機会を待っていたはずだ。
それがどうしてこうなった。俺は情に絆されてしまった。もし、あの時の彼女を殺そうとした自分が今、目の前に現れたらきっと殺してしまうだろう。彼女は自分の悪行に対して肯定も否定もしなかった。彼女は悪人かもしれない。それも相当なレベルだ。だけれども、それが事実でも俺は彼女のことを殺せない。
彼女のためなら自分の命を捨てたいと思ってしまう。
「さっきからずっと黙ってるけどどうしたの?もしかしてエッチなことでも考えてた?」
プイ
「あからさまに視線をそらさなくても良いのに。本当にツンデレね。」
「買い物に行くんだろ?さっさと買いたいものを買ったら帰れ。」
何で思ってもないことを言うんだろ。言った直後に後悔した。彼女がいなくなると俺の生活は灰色に戻る。
「まあ!早くデートに行きたいって言っているのね!分かったわ。じゃあ行きましょうか」
彼女は俺の手を繋いでくれた。ダメだ。彼女には婚約者がいるんだ。こんなことをしても後で辛くなるだけだ。
「離せ、俺は別にお前との関係を誤解されたくない。」
俺は彼女の手を強く握りしめた。言っていることとやっていることが逆である。
「ハイハイ、ツンデレ乙。ご馳走さまです。本当に甘えん坊さんね。もうツンデレはいいから、それよりも貴方の話を詳しく聞かせてちょうだい。」
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「ふむふむ。如月神なら私も見たことがあるわよ。」
喫茶店に入って、俺は彼女に帰ってきてからのことを話した。そして、彼女は如月についての話に食いついた。
「!まさか、あいつも俺と同じ異世界に行っていたのか。」
異世界といっても複数存在する。異世界人の召喚術式がある俺がかつていた異世界‐α世界と便宜上名付ける‐の出身者が最も数が多いが、召喚術は不確定な要素もあり、必ずしも望んだ通りに召喚できるわけではない。ロボットのいる異世界‐β世界と便宜上名付ける‐に誤って飛ばされることもあるし、その他のγ、Ω、Σ……といった異世界に飛ばされる可能性も存在する。
基本的には契約期間が切れたらどこの異世界にいても帰ることになるが、いかんせん飛ばされる場所が悪いとすぐにあの世行きだ。生き残るだけでも実は大したものなのだ。
「ええ、眼鏡をかけたひょろい男でしょ?私も見たことがあるわよ。確か、今から4年前かしらね。」
「眼鏡?ひょろい?別人じゃないか。」
「そうなの?あいつは貴方の言うようにtype3だったと思うわよ。眼鏡を掛けていたのはα世界に来た当初のことだし、typeが変われば容姿も体つきも大きく変わるから、同一人物じゃないの?」
いくらなんでも変わりすぎだろ。
「分かった。それならまずはあいつの顔写真を見てくれ。」
俺は近くを歩いていた店員のポケットから素早くスマホを取りだし、素早く検索して企業ホームページに掲載されている奴の顔写真を見せた。
「あらやだ、イケメンね。甲冑を着ていたから知らなかったわ。」
「眼鏡を掛けてたんじゃないのか?」
「ええ、最初は着けていたのだけれども、途中から厳つい鎧を着始めたから顔立ちが全く分からなくなったの。こんなイケメンなら甲冑を取ればモテたでしょうに。」
なぜ鎧を着ていたんだろうか?あいつは俺から見てもなかなかの男前だと思う。
「あの世代はカニスの変が起きてから今までの中でも最強クラスのtype3があいつを合わせて7人いたのよね。多分、容姿ではナンバーワンでも実力が伴わなかったからいまだに自分がtype4だと思っているんじゃないかしらね。」
「type3がそんなにいたのか?俺の少し前にいたのに何故誰も噂しなかったんだ?」
「それは貴方が来る前に一時期私の国は異世界人のせいで植民地になっていたから、貴方達のような異世界人の前では話したくなかったのよ。」
「もっと詳しく聞かせてくれ。」
「そうしたいのは山々だけど、それはまた別の機会にしましょう。この店を出るわよ、早く!」
彼女が突然、行動に移ることは珍しくない。おそらく未来予知で何かを見たのだろう。俺は彼女と一緒に店を離れることにした。
「何で離れたんだ?」
「あの店は後10分でtype4の男が突入してきて、そこで籠城を始めるわ。そうしたら私達も不用意に動けなくなる。」
距離を置き、近くのビルの屋上に上がって、様子を見てみると、本当にtype4が乱入した。
「何でわざわざあの店に来たんだろうか。」
「無意識にやって来たのでしょう。仮にも戦場で生き抜いていたのだから、魔力の痕跡から私たちがあの場にいることを勘づいたのかもしれないわ。一緒にDDPFを迎撃しようと考えたのかもしれないわね。私の能力も万能ではないし、少し油断したわ。」
よく言うぜ。こいつの変装はかなりのレベルだ。俺の気配を隠すの術とタメを貼るレベルだ。
「お、如月はいないがtype4の中でも手練れの数人が店を取り囲んでいるぞ。」
「せっかくだから、見ていきましょうか。」
「それにしても、お前は驚かないのか?ペット制度なんて制度が日本に出来たんだぞ。」
「全く驚かないわ。だって、あの6人がこの世界にいるのでしょう?逆に異世界からの帰還者の生存を許していなくても不思議ではないわよ。」
「そいつらか?お前の国を植民地にしたのは?」
「ええ、その通りよ。私には兄と姉がそれぞれ二人ずついたけれど、あの6人によって無惨に殺害されたわ。私はあいつらを絶対に許さない。」
「まさか、復讐しに来たのか?」
「いいえ、私の力ではあいつらに到底勝つことはできない。でも、私は貴方よりも強い。私は貴方を止めに来たの。」
「何でだ?俺だってtype3になってあいつらを倒して見せる!」
「あいつらはたった二年でtype3になり、異世界の覇者になったのよ。貴方とは全然違うわ。」
「あいつらはラッキーだっただけだ!俺は絶対に超えてやる。」
「無理ね。この世界だと貴方が驚くべき成長をすることはないし、犬死にするだけよ。」
反論をしたかったが、なにも言い返せなかった。悔しいが、今のままではどうしようもない。
「それにしてもあの人達はなかなかいい動きをするわね。」
そういえばさっきから店に籠城したtype4が数人相手に善戦している。大規模な魔法の使用を人質をとることで防いでいるとは言え、いい勝負だと思う。
「ああ、あいつもtype1に到達しうる可能性があるだろうな。」
最近は手練れのtype4をよく見かける。この前のデブも強かったし、今回の奴もまあまあ強い。
「何であいつらは降参しないのだろうか。DDPFに入ればとりあえずは生活が保証されるのに。」
「貴方も分かっているでしょう。」
ああ、自分でも分かっている。結局、そうなったら何のためにこの世界に帰って来たのか分からなくなる。彼らは人間を辞めたくなくて、死の危険があるにも関わらずtype1にならなかったのだ。殺しあいをしたくて帰って来たのではない。
俺も似たようなものだ。俺がtype3に成れなかったのは俺自身が迷っていたからだ。本当に化け物になっても良いのかどうかを。
結局、両親が生んでくれた俺の体を大事にしたくて、踏ん切りがつかなかった。その結果、自分可愛さに今でもtype4なのだ。俺は中途半端なカスだ。
「プライドか。」
彼らには譲れないものがあったのだ。俺もそうだ。結局、自分にブレーキをかけてしまうから上手くいかないのだ。
そして、一年前に言われた彼女の言葉の通りだと思った。
‐1年前‐
「変わることを恐れている人も少なくないわ。貴方は本当はtypeなんてくくりで呼ばれたくないはずよ。この社会から人間として認められたい、違うかしら?」
彼女は俺と最初に会ったときにこう言った。あの時は自分に向き合うこともなく、彼女の言葉を否定するしかなかった。だが、今なら分かる。まさに彼女の言う通りだ。俺は喫茶店の中の死闘を眺めながら、誰かに認められたくて俺達は闘うのだと改めて感じた。
俺は決心した。
「エリザベス、俺は決めたよ。」
俺の選択がこの先の未來を決める。
「俺は‐」
「よっしゃああ、勝った!」
喫茶店の中にいた男が勝利の雄叫びを上げた。
「どうやら喫茶店の死闘が終わったみたいね。なかなか見所があったわね。あの男が想像以上に強かったわ。それで何か言った?悪いけど聞いてなかったわ。大事なことなの?とりあえず、大事なことなら買い物している間に教えてちょうだい。」
「……」
「じゃあ、行きましょう。」
少しだけ気分が悪くなったので、その日はむすっとして過ごした。俺は彼女の荷物持ちとしてそつなく仕事をこなして、その晩は俺の家に彼女を停めた。
「今日は一日付き合ってくれてありがとう。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
この晩、これから彼女とのドキドキワクワクの同棲生活が始まると俺は期待したが、次の日の朝、彼女を停めている部屋に行ったらもぬけの殻だった。




