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Fairy tale by Andersen -迷える童たち-  作者: 三月 ニナ
第一章 『人魚姫』
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第一章2 『泡沫に消える夢物語2』

 そもそも、ヤスダはずっと空き教室にいるわけではない。もちろん授業を受けに教室を訪れるし、昼休みは昼食を摂るため購買なり食堂なりを訪れよう。

 その時に出会ったのがヒメだったという。

 その時の彼女はやけに気分が高揚しているように見え、周囲も一歩引いていた。


「浮かれるにも、様子がおかしかったんだ」


 一年四組へと向かう道すがら、ヤスダからヒメとの出会いを聞いている。アンナは、自分のしていること――他の女の子との関係を聞いていることが、まるで彼氏の交友関係を調べる彼女のようだと思い苦笑を浮かべる。

 ヒメは数歩先を鼻歌交じりで、やはりスキップで移動している。

 アンナは彼女には聞こえないように、


「……どんな風に?」

「与えられたオモチャで遊ぶ子どものように」

「んん?」


 ヤスダの言葉はなるほど、たしかに彼女がはしゃいでいる様子をまざまざと連想させるものではあった。しかし具体性に欠け、それの何がおかしいのかを理解できない。


「つまり……どういうこと?」

「わかんないならそれでいい。……問題はその後だ。アイツはな、オマエと同じように、俺の元に相談しに来たんだよ」


 オマエと同じように(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)――それはつまり、アンナのように何かしらの怪現象の相談?

 それを問い質すために口を開こうとしたが、


「先輩方ー、着きましたよー」


 先んじて聞こえた声に遮られてしまった。

 クルリ、とターンし振り向いたヒメが指差した先には、『1-4』と書かれた表札があった。

 当たり前だが、アンナが所属する二年一組とほとんど変わらない構造。前後にある引き戸はガタがきているらしく、ヒメは開けるのに苦労していた。


「よ、よっと。開いた開いた! ささ、どうぞ」


 ヒメは手招きを一つ置き、そそくさと教室の中へと入っていった。よく言えば元気、悪く言えば落ち着きがない、せっかちである彼女は止まることを忘れたマグロのようだ。

 ――はしゃいでいなければ、生きていられないかのような息苦しさを感じる。


「さて、それじゃあ調査を始めるか。……ところで、ナチュラルにオマエもついてきたがどうするつもりなんだ?」

「ん? いやまあ、なんとなく流れでついてきちゃったねえ。どうしよっか?」

「…………」

「どうかした?」

「クラス一の才女も、蓋を開ければこんなものか……」

「バカにされたっ!?」


 なんてやり取りを交わし、ヤスダは「失礼します」と一年四組の教室へと――「あ、キミ上半身裸のままじゃ」



「きゃぁああああ――ッ! 露出狂ぉおおおお――ッ!」



「いや待て、僕は露出狂じゃ――通報は待って!?」

「やっぱりそうなるよねえ」


 むしろ、廊下で誰ともすれ違わなかったことがすごいよね。なんて考えるアンナであった。


 ◇◇◇


「んーとね、この人は先輩なんだよ、先輩。アタシの相談事に乗ってくれてるの! ……たぶん?」

「そのたぶんって何さ、アンタ……」


 ヤスダの誤解を解き、ヒメがクラスメイトに突っ込まれつつヤスダを紹介している横で、アンナは四組内を見渡していた。

 放課後だというのに案外人は残っていて、そのせいで突如半裸男が突入してくる事態に遭遇してしまった可哀想な後輩たち。その多くはアンナと顔見知りではない。

 しかし、その中に一人見知った顔があった。アンナは近づき、


「あれ、アカサキさん」

「……へっ?」


 不意を突かれたのか、気の抜けた声を上げた女子生徒をアンナは知っている。


「あら、アンナさん……なぜ一年生の教室に?」

「アカサキさんこそ……ここ四組だよね。あれ? アカサキさんって二組だったよね?」


 一年二組、赤崎アカサキ月詩ツクシ。アンナと同じダンス部に所属する後輩だ。育ちの良さそうな口調から初見では圧倒されるものの、実際に話してみれば意外と流行を知りえていて、話すのに苦労しない貴重な存在である。


「いえ、今日は体育祭の実行委員がありまして……そのミーティングだったんですの」

「ああ、なるほど……少し意外だな。実行委員とかするんだ」

「ワタクシだってしたくてしているわけでは……まあ、任せられた以上は、それなりに仕事をこなしますけれど」


 結局『それなり』なんだ……、と苦笑し、話題は『なぜアンナがここにいるのか』に移る。


「それで、アンナさんは? まさか実行委員というわけでもないでしょう?」

「んーとね、なりゆき」

「……んん?」


 なりゆき、とは言えども、結局は彼が何をするのかが気になったのも理由なのだが。

 なんとなく、それを言葉にするのははばかられた。


「ぬ、オマエにも話を聞こうか」


 アカサキが微妙な表情をしている間に、いつの間にやら近くにいたのか、ヤスダがアカサキを指してそう言った。

 ちなみに、未だに上半身裸のままである。

 しかし、意外にもアカサキは動じることなく、


「ワタクシに? 何を聞こうと言うのでしょう」

「いやな、普段のヒメの様子を聞こうと」


 どうやら、先ほどまでの短い時間で、教室にいた生徒にヒメのことを聞き回っていたらしい。この教室に来たのはそれが目的だったのか。

 にしても、そんな探偵ごっこは何のためにするのだろう。ヒメが持ち込んできたという相談事に関係するのだろうか。


「ヒメ……それはどなたを指して?」

「水宮秘女。このクラスのノーテンキバカだ」

「ああ、あのお方ですの。そんなに素敵なお名前で、どうしてあのようになるのでしょう」

「名前知らなかったのに、今のでわかったんだ……!?」


 ボケるのも大概にしろ、と突っ込む役も存在せず、ただただ場は混沌とするのであった。


 ◇◇◇


「――だから俺は半裸なのではなく、しっかりと服を着ているからこそ、こうやって堂々としているわけで……」

「いやいやいやいや、服着てるって、ズボンだけじゃん」

「上もほら」

「ほらって言われても何も見えないよ……」

「あの、お二人共……そろそろ実行委員が始まってしまうのですが、要件はもうよろしいので?」


 若干どころではなくドン引きしつつ声をかけるアカサキ。しかしその声はアンナとヤスダには届かず、


「クラス一の才女だと思っていたが、大したことはなかったらしいな。これからはクラス一のブサイ女と呼ばせてもらおう」

「ブ……っ!?」

「あのー……はぁ。あ、もう始めますの? でも少々騒が……ああ、移動」


「キミはいったい何様なのかな……あろうことか、この私に向かって! ブス!? 信じられない!」

「フッ……僕が何様か? そんなの、これまで散々言ってきたじゃないか――」

「ではお二人共、ご機嫌よう」


「……ねえ、まさか、言うつもりじゃないよね? ね?」



「そう――王様だよ!!」



「言ったー! この人なんの躊躇いもなく言い切ったぁー! まだ教室内にはたくさんの人がいる――の、に……?」


 ふと我に返る。

 教室を見渡せば、残っていたはずの生徒も、実行委員も存在せず。

 一年四組の教室には、二つの影だけが伸びていた。


「ブサイ女に構っていたせいで時間を無駄にしたか……なあ、オマエ本当なんで僕についてくるんだ? 邪魔したいのか? 嫌がらせしたいのか?」

「本当なんでキミについてきたんだろうね私!? 勉強しなきゃいけないのに! ああ、でも走馬灯が気になって集中できないから結局同じなんじゃないかな!」

「…………」

「……コホン」


 テンションが変に上がるアンナを、ヤスダまでもが引き気味で見ていることに気づき、些か落ち着きを取り戻す。

 そして気づく。


「……ん? あれ!?」

「……なぜ僕を見る。そのあからさまに『何があったのか聞いてほしい』と訴えかける視線はやめろ」

「……ん? あれ!?」

「コイツ繰り返しやがった!? めんどくせえ!」


 いつまでボケ倒しているつもりかと。


「……で、どうしたんだよ」

「ちゃんと訊いてくれるあたり、なんだかんだ言って優しいよね。相談事に乗ってくれたり」

「うるさい」


 今日は本当に、ヤスダの新たな一面を見られるな、と思いつつ、


「あのね、いつの間にか走馬灯が見えなくなってた」

「……ほう」


 この教室に入るまでは確実に、視界の外周を覆うように存在していた灯火。依然その火は灯っているが、『思い出』は映っていなかった。

 すでに走馬灯が見え始めて一週間。その間どうやっても消えなかったソレが消えたことに、歓喜の感情を抑えられない。


「ねえ、これってどういうことなの? っていうか、……キミは、これがなんなのか知ってるの?」

「…………」


 一人、上半身が裸のクラスメイトは教室を出た。

 廊下に出ると、すでに夕焼けも暗く染まりかけ、アンナの姿が窓ガラスに映り込む。


「オマエ、童話は好きか?」

「――――? 好き、って訊かれてもよくわからないけど……有名なのは知ってるよ」


 自分が窓ガラスに映るのを見ながら答える。


「えっとね……赤ずきんとか、三匹の子豚とか。あと、泣いた赤鬼とか。……あれ、最後のは日本昔話だったね――」


 何気なく、彼の方を振り返り、


「あ、れ?」


 窓に映る彼を見て、


「――――」


 違和感。
















 ――――窓に映る彼は、半裸などではなかった。


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