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Fairy tale by Andersen -迷える童たち-  作者: 三月 ニナ
第一章 『人魚姫』
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第一章3 『泡沫に消える夢物語3』

「るーるららーるーるー」


 最近、毎日が楽しくて仕方ない。

 ふわふわとした気持ち。ふと地面を蹴ればどこまでも飛んでいけそうな感覚にまた気分が高揚する。

 理由はやっぱり、あのことだろう。


「ふふ、ふふふ」


 ああ、もっと。

 笑おう。


「ふふ、うふふ……はは、あはははは!」


 今ならきっと、なんでもできる。昔やりたかったこと。やり直したいこと。

 そう、なんでもできる。

 でもやはり、なんでもするためには、何かを代償に払わなければならないだろう。

 だから今日も、


「こーんばんはー! 今日も来ちゃいました――お婆ちゃん!」


 あの人の元を訪れる。


「ああ……なんだ、もう来たのか。まったく……次は何を望むんだい?」


 めんどくさそうな声音。しかしその表情は隠し切れない笑顔でおおわれている。

 それがどことなく可愛くて、少女はつい意地悪なことを言ってしまう。


「あはは、顔、ニヤけちゃってるよお婆ちゃん」

「む……はあ。まあ、楽しいのは間違いないからねえ。――それより、」

「ん?」


 お婆ちゃん、と呼ばれた人物の手が伸びる。

 その手は、少女の頭へと――


「いだ、いだだだだ!?」

「誰がお婆ちゃんだ。ボクのことは『お兄さん』と呼べと何度言ったら……」

「だって、その外見でお兄さんとかあり得ないよ……呼ぶとしてお姉さんかな?」

「ぬ……ならなんで『お婆ちゃん』なんだ」

「なんでかなー、それが一番しっくりくるの」


 そう言って少女は笑う。

 楽しいから、面白いから。


「でね、でねお婆ちゃん。今日もまた――ね?」

「良いけれど、わざわざボクのところに来ることはないんだぜ? 前にも言ったけど、キミはもう自分で力を使えるだろ」

「えへへー、こうして直接会った方がね、お婆ちゃんにちゃんと代償をあげられてる気がして……」

「それが必要なくて、意味のないことだとしても?」

「気持ちの問題だよ!」


 そう、気持ちの問題。

 こうした方が――楽しいから、面白いから。


「まあいい。で、今日はどんなモノをくれるんだい?」

「んーとね、やっぱりいらない記憶かなー。これが一番だってわかったから」

「…………。……キミがそれでいいならいいさ。――っと、今日はボクが決めていいか? どんな記憶を貰うか」

「ん? いいけど、なんで?」

「ちょっと面倒なことになってるようだからさ」


 なんのことだろう、と少女は思う。が、思うだけでその疑問を口にはしなかった。

 その疑問を口にしたところで、これ以上に楽しく、面白くはならないだろうから――。


 ◇◇◇


「え、なんで……なんで、窓、えっと」

「童話の力は、鏡の国ではまったく意味を成さないんだ」


 現実に存在する彼と、鏡の国に存在する彼。

 その姿はほとんど同じ。しかし上半身だけが違って。


「言っただろう。僕はちゃんと上を着ているって。半裸に見えるのは、ちょっと不思議な力のせいだ」


 窓の向こうに別の誰かがいるわけではない。その証拠に、彼の動きと窓に映る彼の動きは同調している。

 ……意味が分からない。

 これも何か、アンナの視界に映る灯火と関係しているのだろうか。


「オマエの力も、僕が持つものと同種のものだろうさ」

「ちょ、ちょっと待って……整理させて」

「整理しなきゃいけないほど何かを話してなんかない。続けるぞ」


 ヤスダは再び廊下を歩き始め、


「とにかく、この世界にはあり得ないような力が存在している、ということさえ理解できていればいい。そしてそれが、童話に関係しているということも」

「う、うん」


 頷くアンナであったが、いまいちピンと来ないものがある。


「えと……この不思議な現象が童話に関係してる、っていうのはわかった……理解できた、と思う」


 なら、

 この現象が童話に関係しているというのなら、

 その原因はいったいなんなのだろうか。


「さて、質問には答えた。オマエはもう帰れ。……外は暗いしな」

「え、えー……中途半端に話を切ったね。そういう時は訊かれてないことまでペラペラ喋って、私というヒロインを未知の世界に引きずり込むのが王道ってもんじゃないの?」


 思わず文句を言ってしまったが、どうせ彼は聞いちゃくれない。

 そう思ったから、ヤスダが立ち止り振り返った時にはびっくりした。

 その口が開く。


「……そのセリフといい、さっきの、」


――あろうことか、この私に向かって! ブス!? 信じられない!


「ってセリフといい……ふぅ。まさか典型的な『私ってばマジヒロインな女の子』とか思っちゃってる系だったとはな……痛い、痛すぎる……」


 口が開いたかと思えばとんでもない罵倒だった。


「な、ななな……!」

「クラスでは優等生を演じ、ダンス部では抜群の運動神経を見せつけ、さらには普段一人でいる僕に声をかける心優しい女の子を演じ……完璧超人にでもなったつもりか。気味が悪い」



 ブチッッッ――。



 改めてヤスダという存在を認知して数時間。たったの数時間ではあったが、


 我慢の限界だった。



「――うるせえ、このド変態露出狂のクズ童貞が」



「……お?」

「少しばかり顔が良いからって調子乗ってんじゃねぇええええ――ッ!!」

「うぉあ!? 熱っ、ちょ、本当に熱く……!?」


 と、またも突っ込み不在の混沌へと陥るかと思われたが、


「うへへ~、楽しいな~、楽しそうな声が聞こえるな~」


 と、なんとも場違いな声が割り込んできた。

 ヤスダとアンナが振り返ったその先、そこには、


「……えっと、同級生、じゃないだろうし……先輩さん、ですかね。何してるんですか? 楽しいことですか!?」


 いつの間にか一年四組の教室から消えていた、水宮秘女がいた。


「あ、あれ? ヒメちゃん、私たちと一緒に四組の教室に……」

「僕とオマエが不毛な言い争いを続けている間にいなくなってたんだろ」


 ああ、なるほど。

 確かにあの時、実行委員たちがいなくなっていたことにも気づかなかった。


「それで、ヒメちゃんはこんな時間まで何してたの? 帰らないの?」

「それ、僕らが言えたようなことじゃないな本当……」


 ヤスダのツッコミは無視し、ヒメの返答を待つ。

 ……しかし、


「……ヒメちゃん?」

「えっと……先輩方は、なんでアタシの名前を知ってるんですかねえ?」

「え――」


 ヒメは少しだけ、つまらなさそうな顔をして、


「んー、いつの間にか知らない人に名前を知られていて、しかもいきなりファーストネームで呼ばれるなんて楽しくないなあ。――面白くないなあ」


 瞬間、アンナは息苦しさを覚えた。まるで、水中にいるかのような。


「チィ――!」


 すぐそばからヤスダの舌打ちが聞こえた。

 それと同時に右腕を引き寄せられて、


「いつまでボケっとしてんだブサイ女! 自分の足で走れ!」

「え、あ?」


 気づけばアンナは、ヤスダに腕を掴まれて、半ば引きずられるような形で廊下を走っていた。

 なんだ今のは。一瞬感覚が消えかけて――。


「あはぁ、追いかけっこ? それ、すっごく楽しそう!」


 背後からごぽごぽと、廊下で聞くことのないだろう音が聞こえた。

 アンナは思わず、怖いもの見たさから振り返ってしまい、


「――――!?!?」


 そこに、海が生まれていた。


 波が立ち、潮が引き、渦が生まれ……その海が、あり得ないことに廊下に発生していた。

 どこからと知れず溢れる海水は廊下の窓を破り、外へと溢れていく。

 その海はアンナたちを追いかけてきていて、


「ね、ねえ、ねえ! あれ!」

「わかってる! ひとまず屋上に行くぞ! 屋上なら海水で溢れるなんてことはない!」


 アンナが自分の足で走るようになってからも、ヤスダはずっとアンナの腕を痛いほどに強く握っている。その導きに従い、アンナはヤスダの後をついていく。

 階段を駆け上がり、時に背後から聞こえるさざ波の音に呼吸を荒くし、四階にある屋上へ続く階段まで辿り着く。


「あ、え、屋上、鍵!」

「んなもん、ぶち壊す!」


 屋上には鍵がかかっていたはずだ。それもかなり頑丈で、専用の鍵がなければ開けられないようになっている。

 それを壊す? どうやって。


 問い質す前にアンナたちは屋上の扉に辿り着いてしまい、


「ちょっと下がってろ」


 そこで初めてヤスダはアンナの腕を離した。

 早く。海水はすぐそこまで迫って――、


「おんどりゃぁああああ!」

「何してんのぉおおおお!」


 ヤスダは扉に体当たりをぶちかました。


 ◇◇◇


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 屋上の扉の方を見てみれば、少しずつ海水が浸入してきていて、あと少しでも遅ければ……という恐ろしい不安を掻き立てる。

 そしてその扉の奥から、


「あっれー、屋上の扉、丸い穴が空いてる……どんな壊し方なのこれ! あははっ!」

「ヒメちゃん……」


 ――水宮秘女、の姿をした化け物が現れた。

 上半身は間違いなくヒメだ。しかし下半身が違う。

 哺乳類である人間にはあるはずがない鱗がその両足を覆い、というか、その両足すら一つの――魚類のヒレとなっていた。

 その姿は、まるで人魚。


「代償を払うことで、自らが望むものを手に入れる……まさに『人魚姫』」


 ぴくり、とヒメの眉が、遠目にも動いたのがわかった。


「……やっぱり面白くないなあ。なんで知ってるの? なんで驚かないの?」


 ヒメが不機嫌を現した途端、彼女から(ヽヽヽヽ)溢れ出す海水の量が増した。

 彼女はそんな海水の中に浮いていて、


「むしろ、なんでオマエは僕らのことを忘れている? だいたいの見当はついているけど……言ったはずだ。失う記憶は選べと」

「言われたっけ? そんなの憶えてないや」


 ――ぞわり。


 背筋を虫が這いずり回る感覚。止まらない鳥肌、震えは勘違いなんかではない。

 先ほどから目の前で起きている不思議な現象。それらがヤスダの言う通り、童話に関係しているのは間違いない。


「なんで、ヒメちゃんは私たちのことを忘れて――」


 ――代償を払うことで、自らが望むものを手にれる……まさに『人魚姫』。

 ――なんでオマエは僕らのことを忘れている?

 ――そんなの憶えてないや。


 不意に、アンナの中で何かが一つに繋がった。


「人魚姫は、声を代償に両足を手に入れた……」


 なら、


「ヒメちゃんは、」


 何を代償に、あんな力を好き勝手に使っているの?


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