chapter#1
名も知らない街路樹の葉が春風に舞い、街を染めている。
ソメイヨシノの開花予想が全国的にニュースで取り上げられ、花見の季節の訪れに世の中が浮き足立っているのが分かる。
いつもこの時期になると、不思議と上を見上げることが多くなるように感じた。
三月十八日、正午。
地元の国道である大通りから少し外れた商店街を、私は歩いていた。
いつもと全く変わらないのに、自分の気持ち一つで全然違うものに見えてくる。
風が強い日、雨が降っている日、交通整備をしている日、休日で人が多い日…。
見方によっては、ただの街にも表情や色んな姿があり、それを眺めるのが私は好きだった。
それに何より、ここには音が溢れている。
私、音無唯は、昔から耳が聞こえない。
生まれつきの、いわゆる先天性。
誰かに話かけられても気付かない。
近所の犬に吠えられても、反応を示さない。
そんな症状に、医師すらも先天性聴覚障害だと思い込んだ。
幼いながらに私は、それが自分の特異性だと受け入れ始めていた。
そして身も心も幼少期を抜けて、少女として自律してきた頃。
私は自身の特異性の
見解の相違を知ることとなる。
ふと母親に意識を向けた私は、今まで一度も聞こえなかった母親の声が、突然に聞こえた。
今思えば、これが開花の瞬間だったのかもしれない。
原因は分からないけれど、私が自発的に意識を向けた一つの生命体の声は、常人と同じレベルで聞くことが出来る。
つまり、意識をすれば対人で一人ずつなら会話が出来るということ。
これは、ただの聴覚障害などではない。
医学系の学会で取り上げられた例も一切なく、似たようなデータもどこにも記されていない。
私だけに備わる、異能とも呼ぶべき障害。
いつしか私は、次第にそれをコントロールし始めた。
頭の中の意識をTVチャンネルのように上手く操作して周囲の会話に合わせ、そしてあたかも常人と同じように振舞ってきた。
両親は、治るはずのない障害が治ったと、大喜びしていた。
医者も、驚きを隠せないようだった。
でもある日、意識操作を行った時に私は、自身の持つ特性の根幹に関わる事実に、気付いてしまった。
私の異能は、
これだけではなかった、ということに。
初めは、単純なものだった。
あれはまだ、私が小学生の頃。
授業中に先生に意識を向けて、授業を聞いていた時。
先生の発する言葉とは別に、
ああ、帰ったらまた文句言われる…
というセリフが、頭の中に飛び込んできた。
最初は、戸惑いしかなかった。
音を持たず、セリフのみを頭で理解している。
一体、どういうことなんだろう…?
すると、授業中に先生が少し疲れたような溜息を吐いた。
するとすかさず、ある男子が
「先生、溜息なんか吐いちゃってどうしたのー?」
と、先生に問いかけた。
すると、先生はこう言った。
「最近、テストの採点やらのおかげで、帰りが遅いって嫁さんに言われてなぁ…早く帰らないと、また文句言われるんだよ…はぁ」
私はこの時、自分の中で、新たな力が存在していることに気が付いた。
私は、
意識を向けた人の心を
読み取ることが出来るんだ、と。




