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王太子との婚約王命をガン無視する大公令嬢の策略  作者: 有栖 多于佳


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王太子と婚約せよと言う王命 その2

想像だにせぬ発言に、家族の揃う食堂に静寂が満ちた。


いち早く意識を取り戻した大公である父キリアンが、眉間に深い皺を寄せながら低い声で尋ねた。

「いったい、どう言うことだ」


父の重い圧なぞ全く意に介せず、頓着無い様子でアイシャは、

「早馬が我が家にもたらされたと言うことは、ローゼンバーグ公爵家(おじさま)にもサリマン帝国皇帝(大おじさま)にも届いて居るのでしょう?ああ、大伯父様に届くのは少し距離があるから2日ほど後かしら。

まあさておき、この大変興味深い(ざれごと)をどう料理しようかと、それぞれのお立場でお考えになるでしょうね、お父様だってお考えでしょう?

お母様のお気持ちを心配しながらも、頭半分では国境線をどこまで下げるか、或いは一思いに王国を飲み込んでしまうか、とか。


わたくしにしてみたら、飲み込むのは愚策、緩衝地帯はそこそこの広さが必要だと思うのだけれど。


ここ何年も、南の半島の先の大陸から、不法移民が毎日のようにボートで、はたまた泳いでまでルミニアに押し寄せていると聞いておりますし。飲み込めば、港が手に入るとは言え離れた土地の治安維持が必要で、そこまでして取る必要あるかしら?わたくしにはあまり必要性を感じませんわね。


今、前線で対処されているルミニア王国は、まあ出先機関だと思ってそのまま置いておけば宜しいのでは?

ただこの機会に、長らく保留にして差し上げていた、我が国へのローゼンバーグ公爵家の統合は難なく進めてしまえば宜しいわ、ウフフ誠に僥倖ですこと」

うっそりと口許に笑みを添えて答えるのだった。


隣で顎に手を添えて、考え込んでいた次期大公である兄レオンは、アイシャと同じ目の笑っていない冷笑と共に、

「ローゼンバーグ公爵家を統合すると言うことは、ルミニア王国の北側半分、いや家門一同の寄り子貴族家まで意に添うはずだから、王都の二つ北の宿場町辺りが国境線になるのか。緩衝地帯としては南の半島とそれだけあれば十分だな。

父上、アイシャの言う通りこの機会に(平和的に)進めてしまいましょう。もう微睡みの時間は終わりだ」

そう言って、アイシャに頷き返した。


「では、大至急、婚約式の列席を願う招待状を伯父様と大伯父様にお出ししましょう。前公爵(おじいさま)宛の方が良いかしら?どのみち身内の祝賀ですものね、みなで大手を振ってやって来れますわね。あら、いけない、大公国の大司教様にもすぐにお知らせしなくては。最短の良き日を押さえなくっちゃ始まらないもの、ウフフうっかりうっかり。

あと、皇帝陛下には時間の関係上、名代で隣国の国境線を治めているアルスラン辺境伯閣下に来てもらえば早いし近いしちょうど良いですわよね。


お祖父様ご一行のご到着は早くて2日後だから、教会が許せば明明後日(しあさって)の午後の式、それで宜しい?」

アイシャが指折り日付を数えながら、行程の指示を父に問えば


「そうだな。王命の話だって昨日の夕方に王太子が騒いだ位だろうから、まあ本当に向かうとしても早くて明日か。指示を出して出来る限り出立を遅らせ、亀の歩みで馬車を進めよ。さすれば、我が国の早馬で一晩の距離が、まあ1週間はかかるだろうな。その間に全てを終えるように取り計らえ」

それを目を瞑って聞いていた父が、カッと威圧の籠った様子で目を開けて、壁際に控えている侍従たちに矢継ぎ早な指示を出した。


「我が軍はどこに控えますか」

兄が当然のように戦争の準備について問いかければ、


「公爵家一門の寄り子当主たちも各々引き連れて来るだろうから、出来るだけ広く場所の手配をしろ。

披露宴と言う呈で兵糧も多く用意せよ。何、大公女の婚約だ!商人たちも祝いと称して寄進するだろう。

その者たちには後日褒美を与えるから、抜かり無く控えておけよ。


その上で、公爵には王都からの街道沿いに充分な戦力を並べておくように申し入れよう。何、従姉妹の婚約の祝いに隣国の王太子がやって来るのだ、粗相があっては困るから、そう申し付けてな」


父はとても悪い笑顔で家令に申し付け、一変して困ったように眉を下げて母を見た。


母は先程の微笑のまま固まっていて、一言も発してはいなかったことに、ようやく父が気がついて、顔を覗き込んで問いかけた。


「セレス、どうした?何を憂う?君が気にすることなど何も無い。全ては私が執り行う、君はアイシャの纏う婚約式のドレスを選んでくれていれば万事整う」


父が優しく隣席の母の手を取ってその甲を撫でながら、先程までの威厳に満ちた声から変わって甘く囁くと、母は父の目を覗き込んだ後、前の席に座る兄へ視線をやり、そのまま横のアイシャを見つめた。


「ええ、娘の婚約の設えをするのは母の仕事ですし、わたくしもアイシャが生まれてからその日を楽しみにやって来ましたのだけれど、」

戸惑いがちに母は言葉を紡ぎ出して、一度息を吸い込み、父の手の中から自身の手を抜いて姿勢を正した。


そのいつもとは違う、緊張した様子に慌てた父が

「どうした、何が気になる?やはり緩衝地帯なんて悠長なことを言わずに制圧してしまうか!一週間なんて時間もかからぬ、あんな国なぞ今日にも更地にしてくれよう。君が気に病むのなら今からでも!大至急、騎士団長を呼」


「呼ばなくて良いわ。そちらの荒事に関して、わたくしは一切関与しません。それはあなたと前公爵の父や帝国の義伯父様とお考えあそばせ。そうでは無くて、」


「では何を先程から気にしているのだ!言ってくれ。君の気にすることは全て知りたいのだ」


父が母の思考を読み違えて危うく朝食後に隣国へと攻め入りそうな危機が起こって瞬時に無くなり、今度は迷子のように目を泳がせて母を見つめている、ちょっと涙目。


良い大人が涙目って。


父がナイスガイなイケオジだからギリ許されるけれど、およそでそんな姿を見せないでよね~とシラケた目で両親の茶番劇(イチャイチャ)を微笑ましく眺めていた。


すると父から顔を背けて、母は真っ直ぐ前に座っているアイシャを見て、凛とした声で問いかけた。

「ねえ、アイシャ。あなた誰と婚約をするの?」



その言葉に、戦争だ戦争だと浮き足立っていた使用人たちもピタリと動きを止め、隣の席の兄も、母の横で捨てられた子犬のように母の横顔を見つめていた父も、大きく目を見開いてギギギと油の切れたからくり人形のような不自然な動きでアイシャを見つめた。


「あなたにそんな将来を誓った相手が居るなんて、かあ様全く気がつきもしなくて。ごめんなさいね、あなたもデビュタントを終えた、成人した淑女。婚約、結婚を気にかけなければならなかったのに。

まだレオンも婚約者を決めていないからとうっかりしてしまったわ。

アイシャ、その方とは、そのぅ~、将来を誓ったようなお話をしているのよね?」

母が言い出し難そうに言葉を選び選び問いかけた。


アイシャは母の気遣いを気にも止めずに、

「ええ、当然よ。もう何年も前から話してあるわ」

胸を張って答えたので、隣の兄が驚いて被せ気味に大声を上げた。


「全然気がつかなかった!お前はアレン、アレンとアレンを追いかけていたから、ずっとアレンが好きなんだとばかり思っていた!誰だ、お前が将来を誓うような者がお前の近くに居たか!?」


「勿論、アレンですわ。当然でしょう」


アイシャは何を言ってるのだ、と人を食ったような表情で兄に答えた。


「ええええ~俺ぇぇぇ?」

すると、兄の後ろの壁際に控えていたアレンが焦り驚いた顔で絶叫したのだった。

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