第8話
国王陛下の執務室に召されたのは、白い記録を発見した二日後だった。
人払いされた室内には、陛下とアルディス殿下、そして私だけ。陛下は執務机の上で指を組み、重い口を開いた。
「牢の件、報告は読んだ。……率直に問おう、セラフィーナ嬢。そなたの目に、此度の一連の騒動はどう映る」
「王家を狙った、組織的な工作かと存じます」
迷いはなかった。陛下は瞑目し、それから一通の書状を私の前に置いた。王家の印璽が押された、特別勅命の書式だった。
「セラフィーナ・ヴェルクロード、ならびにアルディスに命ずる。ドラン男爵令嬢ミレーヌの背後関係を、極秘裏に調査せよ。権限は王家直属調査官に準ずる。報告は余にのみ行え」
「……宰相府を、通されないのですか」
私の問いに、陛下の目が一瞬だけ翳った。
「牢に出入りできる者は限られる。疑いたくはないが──今は、どこに耳があるか分からぬ」
王宮の中枢すら信の置けない状況だと、陛下自身が認めた瞬間だった。
退出の間際、陛下は私を呼び止め、短く言い添えた。「そなたには、二度も王家の不始末を負わせることになる。すまぬ」と。玉座の人のその一言を、私は胸の奥に記録した。
表向き、私は「婚約破棄の傷心により静養」ということになった。
社交界は快くこの筋書きを信じたらしい。お労しい、無理もない、と。あの夜あれだけ堂々と上映会を開いた人間が傷心で寝込むと本気で思われているなら、それはそれで心外だけれど、隠れ蓑としては上等だった。
実際の私はといえば、連日、文書院の奥まった一室に通っている。
「ドラン男爵家の納税記録、過去十年分です。それから領地の教会に残る洗礼台帳の写し」
「感謝します。こちらは男爵家出入りの商人の帳簿を。……セラフィーナ嬢、その山は」
「ミレーヌ・ドランが学園に提出した書類一式ですわ。入学願書、成績表、寮の面会簿。紙というものは、本人より正直ですから」
殿下と二人きりの調査室は、静かで、埃っぽくて、存外に居心地がよかった。
この方と机を並べて分かったことがいくつかある。集中すると茶が完全に冷めるまで忘れること。その冷めた茶を飲む直前、必ず少し悲しい顔をすること。そして引き出しの奥に、焼き菓子を隠していること。
「……なぜ、そちらをご覧になるのです」
「いいえ、別に。三時の鐘が鳴りましたので」
「記録魔導士の観察眼を同僚に向けるのは、職権の濫用では」
「あら。同僚とお呼びいただけるのですね、王子殿下」
殿下は一瞬黙り、それから諦めたように焼き菓子の包みを開いて、半分をこちらに寄越した。杏子の載った一枚だった。王都の南通りにある、庶民向けの菓子店の包み紙。第二王子ともあろう方が、どうやって買いに行っているのかしら。
「……調査班の機密です。他言無用に願います」
「ええ。記録には残さずにおきますわ」
こんなやり取りが、静養中の身には少しだけ、薬になっていた。
けれど調査の方は、笑ってばかりもいられなかった。書類を洗えば洗うほど、奇妙な感触が指先に残る。ドラン男爵家の記録は、一見どこにも不備がない。ないこと自体が、むしろ不自然なほどに。
「殿下。明日、男爵家の養子縁組関連を集中的に当たりたいのです」
「何か摑みましたか」
「まだ勘の域ですが──この家の書類、整いすぎています。まるで、検められることを最初から想定していたかのように」
殿下の目が、すっと細くなった。
「いいでしょう。では明日は、紙が語らない部分を」
「ええ。現地の残留記憶を、直接読みに参りましょう」




