表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄されたので、その場で証拠を上映します〜記録魔法は嘘をつきません〜  作者: 小林翼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/30

第7話

 異変が知らされたのは、その翌日のことだった。


「面会記録が、消えた?」


 王宮の地下牢を管理する看守長は、文書院の決裁室で額の汗を拭いながら頷いた。


「は、はい。ドラン男爵令嬢の牢の前に、何者かが立ち入った形跡がございます。床に外の土、それに香の残り香も。ですが面会には必ず記録簿への記帳が要りまして、その、該当の日の頁が……綴じ紐ごと、抜き取られておりました」


「牢番は何と?」


 アルディス殿下の問いに、看守長の顔色がさらに悪くなった。


「それが、その……三名とも、当夜の記憶が曖昧なのです。眠っていた覚えはない、持ち場も離れていない、なのにその晩のことだけが思い出せないと」


 私と殿下は、目を見合わせた。


「──セラフィーナ嬢。お願いできますか」


「今すぐに」



 地下牢へ続く石の廊下は、昼でも冷たい闇に沈んでいた。


 私は手袋を外し、膝を折って石畳に指先で触れる。残留記憶は、どんな場所にも必ず残る。人の目が届かない場所ほど、記録は雄弁になるものだ。


「《レコルダ》」


 銀の魔法陣が石畳に広がり、光が像を結び始める。看守長の言う夜の廊下。燭台の炎。巡回する牢番の背中。そこまでは、鮮明に映った。


 その直後だった。


 映像が──白く、塗り潰された。


「……これは」


 殿下が息を詰める気配がした。


 夜霧のような白が、廊下の記録をまるごと呑み込んでいる。像が乱れているのではない。欠けているのでもない。まるで書き上げた頁に白い顔料を刷いたように、その一刻だけが綺麗に覆い隠されていた。


 私は時間を遡り、また進め、角度を変えて何度も再生した。結果は同じ。何者かが牢へ至り、去っていったはずの時間だけが、完璧な白に沈んでいる。


 指先が、じっとりと冷えていく。七年間、数え切れないほどの残留記憶を読んできた。乱れた記録も、薄れた記録も見てきた。けれど「消された」記録に出会ったのは、これが初めてだった。


「殿下。これは記録の欠落ではありません。──上書きです」


「上書き、というと」


「残留記憶そのものに手を加え、白い『無』の記録を上から刷り込んでいるのです。牢番たちの記憶が曖昧なのも同じ。人の記憶もまた、残留記憶の一種ですから」


 言いながら、自分の声が硬くなるのが分かった。


 残留記憶に干渉する魔法。それは私の《レコルダ》と根を同じくする技術だ。読み取るだけの私と違い、書き換える方向へ伸ばした枝。理論上は可能だと文献で読んだことはある。けれど実現した者がいるなど、聞いたこともない。


「つまり、これができるのは」


「同じ記録魔導士──いいえ」


 私は白く塗り潰された光を見上げた。読み取ることしかできない自分の指先が、急に頼りなく思えた。


「記録を消せるのなら、読むより遥かに高度です。私と同等か……私以上の使い手が、この国のどこかにいることになります」


 沈黙が、冷たい石の廊下に落ちた。


 七年間、私は思い上がっていたのかもしれない。記録は改竄できない、だから私の鑑定は絶対だと。その前提が今、足元から崩れようとしている。


「一つ、確かなことがあります」


 殿下の声は、こんな時でも静かだった。


「その使い手は、拘束中のミレーヌ・ドランに接触する必要があった。危険を冒してでも。──彼女の背後には、間違いなく誰かがいる」


「口封じ、でしょうか。それとも指示の伝達か」


「どちらにせよ、彼女がまだ『使われている』ことに変わりはありません。あの沈黙は忠誠ではなく、命令なのかもしれない」


 白い闇は、何も答えない。


 けれどそれ自体が、雄弁な答えだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ