第3話
「三つ目。五日前、毒物混入未遂とやらの記録でございます」
銀の光が、新たな場面を織り上げる。
映し出されたのは学園のサロン。午後の茶会の支度が整えられた卓の上で、ミレーヌが小瓶の中身を自らの茶器に振り入れていた。それから彼女は懐から取り出した別の包み──私の部屋から持ち出したのだろう、ヴェルクロード家の紋入りの薬包紙を、卓の下にそっと落とす。
『誰か! 誰か来て……お茶に、変な味が……!』
映像の中の悲鳴に、現実の広間が冷ややかにざわめいた。
「ちなみに彼女が服んだのは、腹を下す程度の下剤ですわ。医務室の診断記録とも一致しております。毒殺を装うにしては、ずいぶん体を張られたこと」
ミレーヌはもう、反論しなかった。真珠色の頬から血の気が失せ、床の一点だけを見つめている。あれほど雄弁だった涙も、震える肩も、観客を失った舞台の上では何の意味も持たないらしい。
三千件。私がこの七年で法廷に提出した鑑定記録の数だ。その一件一件と同じ手順で、同じ精度で、私はただ淡々と事実を並べている。彼女にとっての不運は、陥れる相手を間違えたこと──ただ、それだけのことだった。
殿下は、と見れば、玉座に続く階の手すりに縋るようにして立っていた。信じていたものが音を立てて崩れていく顔。お可哀想に、とは思わない。踊らされたのだとしても、確かめもせずに私を断罪の壇上へ引きずり出したのは、殿下ご自身なのだから。
「以上で、私に着せられた罪状三件、すべての記録のご披露を終わります」
私は一礼した。広間のあちこちから、堪えきれぬ囁きが漏れ始める。
「──さて」
扇を、ぱちりと閉じる。
「ついで、と申しては何ですが。事実の記録とは公平であるべきもの。せっかくの夜会ですから、もう一幕だけご覧に入れますわ」
「ま、待て、セラフィーナ……!」
殿下が何かを察して声を上げた。遅い。魔法陣は既に、最後の記録を紡ぎ始めている。
映像に浮かんだのは、月明かりの中庭だった。
東屋の陰に寄り添う二つの影。王太子レオンハルトと、ミレーヌ・ドラン。彼女の指が殿下の胸元をなぞり、殿下の腕が彼女の腰を抱き寄せる。婚約者のいる身で、と誰かが小さく呟いた。
『ねえ、レオン様。わたし、怖いの。セラフィーナ様がいる限り、わたしたちは……』
『案ずるな。あの女さえいなければ、すべてうまくいく。近いうちに必ず、おまえを俺の隣に立たせてやる』
『嬉しい……卒業の夜会で、みんなの前で言ってくださるのね? あの筋書きの通りに』
『ああ。あの氷の女が衆目の前で崩れ落ちるところを、特等席で見せてやろう』
映像の中の二人が、声を合わせて笑った。
その笑い声だけが、静まり返った大広間に長く尾を引いて響いた。
誰も、もう囁きすらしなかった。貴族たちの視線が、氷の刃となって壇上の二人へ突き刺さっていく。数刻前まで私に向けられていたものの、何倍も冷たいそれが。
ミレーヌはくずおれたまま動かない。殿下は震える唇で何度も言葉を探し、そのたびに失敗していた。国の頂に立つはずだった人が、こんなにも小さく見える夜が来るなんて、七年前の私に教えても信じなかっただろう。
「ち、違う、これは──」
「何が違うのでしょう。記録は、あった事実しか映しませんのに」
私は静かに壇上を見上げた。声を張る必要すら、もうなかった。
「殿下。あなた方は筋書きをお書きになった。けれど、お忘れでしたのね」
閉じた扇の先を、崩れ落ちるように膝をついた二人へ、すっと向ける。
「筋書きの外で過ごした時間もまた──すべて、記録に残っておりますのよ」




