第2話
「証拠、だと……?」
殿下の声が上ずる。私は答えず、魔法陣の中央に指を滑らせた。
「記録魔法。場所に、物に、人に──過去は残留記憶として刻まれております。私はそれを、光としてお目にかけるだけ」
銀の光が大広間の空中に集まり、一枚の巨大な鏡のような映像面を織り上げていく。楽団も、給仕も、誰もが息を呑んで見上げていた。
「まずは一つ目。先月十四日、学園中央階段の記録から」
映像が灯る。
見慣れた学園の階段。昼下がりの光の中、薔薇色の髪の令嬢が周囲を見回している。ミレーヌ・ドラン、その人だ。彼女は誰もいないことを確かめると、階段の中程に立ち──自ら、身を投げた。
どよめきが上がった。
映像の中のミレーヌは段の途中で巧みに腕をつき、勢いを殺して転がり落ちる。そして駆けつけた生徒たちに囲まれるや、涙声で囁いたのだ。
『セラフィーナ様に……押されて……』
その瞬間の広間の静寂を、私は生涯忘れないと思う。
落ちた扇を拾う音さえ響きそうな沈黙の中、貴族たちの視線が、映像とミレーヌの間をせわしなく往復する。先ほどまで彼女に向けられていた同情の熱が、音を立てて冷えていくのが分かった。
「そんな……嘘よ!」
悲鳴を上げたのは、当のミレーヌだった。
「捏造だわ! その魔法が本物だなんて、誰にも証明できないじゃない!」
「──発言を控えられよ、ドラン男爵令嬢」
低い声が響いた。壁際に控えていた近衛騎士団長が、一歩進み出る。
「記録魔法は王国法第二百七条により、国家認定の法廷証拠である。過去七年、王国のあらゆる法廷がこの魔法によって裁きを下してきた。これを捏造と申すなら、貴殿はこの国の司法そのものを愚弄することになるが」
ミレーヌの顔から表情が抜け落ちた。
殿下はといえば、映像と彼女の顔を何度も見比べ、口を開けたまま固まっている。哀れなほど分かりやすく、血の気が引いていた。
「ば、馬鹿な……ミレーヌ、これは、何かの間違いだろう。おまえは確かに、階段から突き落とされたと……」
「続けてもよろしいかしら、殿下。罪状はあと二つ、残っておりますでしょう」
私は扇の先で、宙の映像を軽く払った。銀の光が渦を巻き、次の場面を織り上げていく。
「二つ目。今月三日、切り裂かれたというドレスの記録を」
映像に映るのは学園の私室。ミレーヌが衣装箱から取り出した薔薇色のドレスを寝台に広げ、鋏を手にする姿。彼女は一切の躊躇なく、胸元から裾までを引き裂いた。それはもう、手慣れた作業のように。
裂き終えると、彼女は鋏を仕舞い、乱れた呼吸を整え──それから稽古でもするかのように、鏡の前で泣き顔を作ってみせた。一度、二度。三度目で満足したのか、小さく頷いて。
広間のどこかで、誰かが乾いた笑いを漏らした。
同情の空気は、もうどこにもなかった。あるのは怖気と、嫌悪と、そして先ほどまで彼女に注がれていた憐憫が行き場を失って漂う、居心地の悪い沈黙だけ。
「い、いや……違うの、これは……」
ミレーヌが後ずさる。すがるように殿下の袖へ伸ばされた手を、殿下は初めて、振り払った。
その一部始終を、私は静かに見届けた。哀れとは思う。けれど、同情はしない。この七年、私が積み上げてきたものを踏み台にして、涙ひとつで焼き払おうとしたのは彼女の方だ。ならば私も、私のやり方で応じるまでのこと。
声を荒らげる必要はない。泣く必要も、訴える必要もない。
ただ、事実を並べればいい。それが記録係の流儀だった。
「三つ目に参りましょう。毒物混入の記録──ああ、それと」
私は扇を開き、口元を隠して微笑んだ。
「せっかくの機会ですもの。皆様には、もう少しだけお付き合いいただきますわ。この上映会、まだ終わりではございませんの」




