第1話
シャンデリアの光が、磨き抜かれた大理石の床に砕けて散っている。王立学園の卒業を祝う夜会は、王宮の大広間で例年通りの華やかさをもって始まった。楽団が奏でるワルツ、行き交うグラス、着飾った令息令嬢たちの笑いさざめく声。
その音楽が、不意に止んだ。
「セラフィーナ・ヴェルクロード公爵令嬢。前へ」
広間の中央、一段高い場所から響いたのは、私の婚約者──この国の王太子レオンハルト殿下の声だった。
視線が集まる。囁きが波のように広がっていく。私は扇を軽く閉じ、ドレスの裾を払って歩み出た。七年間、王太子妃教育で叩き込まれた歩幅は、こういう時にこそ乱れない。
「お召しにより参上いたしました、殿下」
「セラフィーナ。貴様との婚約を、この場で破棄する」
ざわり、と広間が揺れた。
殿下の隣には、男爵令嬢ミレーヌ・ドランが寄り添っていた。淡い薔薇色のドレスに包まれた華奢な肩が、小刻みに震えている。潤んだ瞳、噛みしめた唇。庇護欲を誘う造形として、完璧な姿だった。
「理由をお聞かせいただけますか」
「白々しい。貴様がミレーヌに働いた数々の狼藉、この俺が知らぬとでも思ったか」
殿下は声を張り上げ、指を突きつけてくる。観衆に聞かせるための、よく通る声で。
「一つ。先月十四日、貴様は学園の中央階段からミレーヌを突き落とし、全治二週間の怪我を負わせた。二つ。今月三日、彼女が夜会のために仕立てたドレスを切り裂いた。三つ。五日前、彼女の茶に毒物を混入させようとした。──いずれも、王族への婚姻を妬んだ卑劣な凶行である」
「ひどい、ひどいわ……わたし、セラフィーナ様に嫌われるようなこと、何もしていないのに……」
ミレーヌが両手で顔を覆い、殿下の胸にすがった。すすり泣きが広間に響く。同情の眼差しが彼女に注がれ、侮蔑と好奇の視線が私に突き刺さる。
「まあ……あのヴェルクロード公爵家のご令嬢が」「氷の記録係と呼ばれるだけあって、顔色ひとつ変えないわ」「恐ろしい。あれが本性というものかしら」
扇の陰から漏れる囁きは、もう隠す気もないらしい。昨日まで私に微笑みかけていた顔ぶれが、今夜は一斉に距離を取っていく。社交界とはそういう場所だと、七年の王太子妃教育で誰よりも学ばされたのは私自身だった。
ああ、と私は胸の内だけで嘆息した。
台本のような口上だこと。日付まで揃えて、証人の用意もあるのでしょう。哀れなのは、この筋書きを心から信じている殿下ただ一人だ。
「セラフィーナ・ヴェルクロード。貴様には追って沙汰を下す。国外追放か、修道院か──いずれにせよ、貴様が社交界に戻ることは二度とない」
勝ち誇った声だった。ミレーヌの肩がまた震える。俯いた顔の、口元だけがわずかに緩んだのを、私は見た。
なるほど。これが彼女の勝利の瞬間というわけね。
私は閉じた扇の先を軽く顎に当て、それから、ゆっくりと顔を上げた。動揺も、涙も、彼らが期待したものは何一つ差し上げない。
「罪状は、以上でよろしくて?」
「……何?」
「確認しておりますの。私に着せる罪は、その三つで全部かと」
殿下が眉を寄せる。ミレーヌの泣き声が、一瞬だけ止まった。
私は右手の手袋を、指先から静かに外す。あらわになった指先に、淡い銀色の光が集まり始める。床に、天井に、幾重にも重なる精緻な魔法陣が広がっていく。
広間のどよめきが、今度は質を変えた。あの紋様を知る者は知っている。王国法廷が唯一、改竄不能の証拠として認める魔法。過去に起きた事実を、あるがままに映し出す光。
王宮記録魔導士、セラフィーナ・ヴェルクロード。それが私のもう一つの名前。十一の歳、史上最年少でこの資格を得てから七年──法廷に提出した鑑定記録は三千件余り。覆された判例は、ただの一度もない。
「では──証拠をご覧に入れますわ」




