第26話
ミレーヌ・ドランが王宮に自ら出頭したのは、審問会から七日後のことだった。
付き添いはなかった。ヴェスパーの姿も。ただ一人、正門から歩いてきて、衛兵に静かに両手を差し出したという。
「会わせてほしい、と。あなたを名指しで」
アルディス殿下の言葉に、私は頷いた。断る理由を、探さなかった。
貴人用の軟禁室で、彼女は窓辺に座っていた。
薔薇色の髪。華奢な肩。学園で見た姿と同じで、けれどまるで違う。儚げな令嬢の輪郭の内側に、まっすぐな背骨が通っているのが、今は隠されていなかった。
「──いらしてくださったのね、セラフィーナ様」
「ええ。伺いたいことも、申し上げたいことも、ございましたから」
卓を挟んで、私たちは向かい合った。一年前、同じ学園にいた頃には、ただの一度もなかった距離で。
「先に、こちらから申し上げますわ。あなたの生まれは、記録が証明しました。第一王子ラファエル様の御息女、ミレイユ様。あなたが受けた不正義──奪われた名も、故国を追われた歳月も、すべて事実として認められます」
「……ずいぶんと、事務的なのね」
「記録係ですもの。ですが」
私は、まっすぐに彼女を見た。
「あなたが私に着せた罪は、消えません。仕組まれた階段も、稽古された涙も、断罪の壇も。あなたの受けた不正義が事実であるのと同じ強さで、あなたが行った不正義もまた、事実ですわ」
沈黙が落ちた。
やがて彼女は、ふ、と息を漏らした。あの計算され尽くした儚げな微笑ではない、素顔の、少し皮肉な笑い方だった。
「……ええ、そうよ。それでいいわ。謝らないもの、私」
「存じております」
「ねえ、セラフィーナ様。私ね、あなたが憎かったわ」
彼女は窓の外へ目をやった。王宮の庭。彼女の父が生まれ育った場所を。
「任務だから、ではなくてよ。本当に、憎かったの。生まれた家で愛されて、婚約者がいて、才能まで認められて──何も奪われたことのない顔をして、そこに立っているあなたが」
窓の光の中で、その横顔は初めて年相応に見えた。十三で名を捨て、七年を復讐の稽古に費やした娘。私が妃教育に明け暮れた同じ七年を、彼女は嘘の令嬢を演じることに費やしていたのだ。
「……奪われたことのない人間など、おりませんわ」
私は静かに返した。
「私は七年を、愛されない婚約に差し出しました。あなたはそれを『持っている』と数えた。私は『奪われている』と数えていた。……人の勘定とは、そういうものでしょう」
ミレーヌは私を見つめ、それから初めて、声を立てて笑った。取り繕いのない、二十歳の娘の笑い方だった。
「──ああ、嫌だわ。あなたのそういうところが、一番憎らしかったのよ」
笑いの尾が消えた後、彼女は居住まいを正した。
「貴族院に、文書を出したわ。王位継承権の、正式な放棄を」
「……よろしいの? あなたには、正統な」
「玉座が欲しくて戦ったんじゃないもの。父様と母様が確かにいたことを、この国に認めさせたかった。名前を返してもらえたなら、それで十分。──それはもう、あなたの魔法が果たしてくれたわ」
処分は、追って下る。血筋ゆえに極刑はない。恐らくは辺境での長い謹慎になるだろうと、殿下は言っていた。
「では──ごきげんよう、セラフィーナ様」
「ええ。ごきげんよう、ミレイユ様」
和解では、なかったと思う。
ただ、対等だった。奪った者と奪われた者ではなく、それぞれの七年を生き延びた二人として。それだけが、私たちの間に成立し得る、最上のものだった。




