第24話
「よろしいようですわね。──では、上映会を始めましょう」
私は懐から黒革の帳面を取り出し、書記官の卓へ進み出た。
「まず、魔法の要らない証拠から。グラウザー商会の裏帳簿。アルバレス侯爵家と隣国ザルツェンの間の、十年分の金銭授受の記録ですわ。回収の経緯と保管の連続性は、アルディス殿下と近衛騎士団が証言なさいます」
「──何を、たわけたことを」
侯爵の声に、初めてわずかな乱れが混じった。書記官が帳面を検め、顔色を変えて議長へ回す。壇上の重鎮たちが次々に頁を覗き込み、ざわめきが波紋のように広がっていく。
「商会の元金庫番も、証人として控えております。送金の日付は、ミレーヌ・ドランが男爵家へ入った時期、王太子殿下との醜聞の時期と、綺麗に符合いたしますの」
「議長! 被告は審理を攪乱しておる。出所も知れぬ帳簿など──」
「出所なら、これから皆様の目の前でお示しいたしますわ」
私は手袋を、指先から静かに外した。
「資格停止中の私の再生に、証拠能力はございません。結構。ですから今からご覧に入れるものは、証拠ではなく──ただの、余興ですわ」
指先に銀の光が灯る。魔法陣が床に広がった、その瞬間だった。
傍聴席の奥で、フードの人影が立ち上がった。若い男の手が私の魔法陣へ翳され、見えない何かが空気を走る。織り目の粗い、あの白が、私の光を呑もうと覆いかぶさり──
「……あら。いらしたのね、三人目さん」
私は、微笑んだ。
白に呑まれた魔法陣の外で。大広間の、ありとあらゆる場所で。無数の銀光が、一斉に灯ったのだ。
シャンデリアの硝子が。壁の燭台が。貴族たちの手のグラスが。書記官のインク壺が、議長の槌が、私のこの扇が。広間中の物という物が、小さな映像面となって、同じ記録を映し出す。酒蔵の樽から帳簿が回収される一部始終を。そして──玉座の間の礎石に眠っていた、二十年前のあの夜を。
悲鳴とも嘆声ともつかぬ声が、広間のそこかしこで上がった。
「な……っ、消せ! 消さんか!」
侯爵の怒声に、フードの男が青ざめて手を振るう。一つ消える。二つ消える。だが十が灯り、百が灯る。男の額に汗が噴き、膝が崩れた。
「無駄ですわ。昨夜のうちに、この広間の千を超える物品へ、記録を分散して写し込みました。消せるのは『在処を知る記録』だけ。あなた、千箇所すべてをご存知?」
男は答えられず、近衛に取り押さえられた。抵抗する気力も、もう残っていないようだった。二十年育てられた道具は、道具のまま、主より先に折れた。
私は白く塗り潰された自分の魔法陣を、扇でひらりと払った。
「記録とは、残すもの。私、七年間──ずっと、それだけをしてきましたの」
広間中の映像が、同じ場面で重なった。若き日のギデオンが、王位継承簿の頁を、綴じ替える瞬間。
何百という瞳が、その一点に釘付けになる。
「議長、ならびに貴族院の皆様」
凛と響いたのは、アルディス殿下の声だった。王族席から立ち上がり、壇上を真っ直ぐに指す。
「今の再生が偽造か真実か、検証の道は一つ。玉座の間の礎石を、貴族院立ち会いのもと、第三国の記録魔導士に読ませればよい。──さあ、侯爵。同意なさるか? それとも、石が怖いか」
ギデオン・フォン・アルバレスは、答えなかった。
答えられないことが、大広間の全員への、答えだった。
「消し忘れておいででしたわね、侯爵様」
私は二十年分の埃を払うように、静かに告げた。
「──石は、何もかも覚えておりますのよ」




